第二十六話 ヒントはたくさんあったはず
「あ――あの………………」
一瞬聞き漏らしたほど、
「あ………………あの……っ!!」
今度は、どきり、とするほど大きかった。
「ひ……ひどいです……よっ!! 確かに人付き合いは苦手ですけども……っ! い、いいじゃないですかっ! これでも私、いろいろ限界なんですよ……っ!!」
柄にもなく大声を出した奈々瑠と、驚きのあまり息を止めていた俺の吐いた呼気がシンクロする。そして――くそ、駄目だ。耐え切れなかった。見事に笑いのツボに入ってしまう。
「ぷ――ぷははははは!」
「な、何で笑うんですか……っ、一番君っ!」
「あ……。いや、悪ぃ悪ぃ」
前髪のヴェール越しにも奈々瑠が頬を盛大に膨らませてふくれっ面をしているのが分かる。それを目にした途端に怒りの衝動は消え、醒めるどころか何だか馬鹿馬鹿しくなっていた。
「何だよお前、ちゃんと言いたいこと言えるんじゃないか。それに、自分がコミュニケーション能力に乏しいって分かってるんだな。ちょっと意外」
「あ……。えへへ、それほどでも……」
褒めてないっつうの。
むしろ馬鹿にしているくらいなんだが。
「あー。あと、一応言っとくが――あー。……お、俺の名前、一番じゃないからな? 苗字が
狐につままれたようにきょとんとする奈々瑠の横で、驚きのあまり目を丸くし、それから優しく目を細める志乃姉の顔が見えた。そっと吐いたその息は――安堵だろうか。もうすっかり冷めてしまった紅茶で唇を湿らせてから、志乃姉はさっきと同じ問いを俺に向けて投げる。
「じゃあ改めて聞くぞ? 私は彼女たちの身元引受人になろうと思う。賛成してくれるか?」
答えなんて、そんなの最初から決まっているだろ。
「――賛成しない。反対だ」
「え……? ええええええええええっ!?」
だよな。
驚くよな。
すっかり訳が分からなくなってあうあう呻いている奈々瑠を尻目に――けどな? と俺は言葉を繋ぐ。
「反対だよ、反対。だけど……駄目じゃない。そりゃあ確かに、志乃姉じゃなくて他の奴に任せればいいだろ、って今でも思ってる。けどさ……それでも家主は志乃姉だ。養ってもらってる身分の――感じの悪い口ばっかり達者なとっつきにくい奴がどうこう言えた義理じゃない」
「はあ……ひとまず理由はそれでいいとするか。ったく……。あー、奈々瑠=ティアーレ?」
「は、はい!」
一転、しゃきっと背筋が伸びた。その奈々瑠に向けて志乃姉は真っ直ぐ右手を差し出す。
「……よかったな。そして私もほっとしたよ。今日から私がお前たちの身元引受人、ハウスマザーだ。改めてよろしく頼むぞ」
「は……はひ! こちらこそよろしくおねがいしまふ!」
噛んだ。こいつ噛んだ。
志乃姉にしっかりと握り返されたままの手がぷるぷる震えている。耳まで真っ赤だ。俺は口元を手で覆い、顔を、いや、もう身体ごと全部背けるようにして必死に笑いを噛み殺していた。何というか持ってるなあ、こいつ。天賦の才と言うべきか何と言うべきか。肝心な時にとびきりしまらない抜けたことをしでかすのが、この奈々瑠という駄メイドの特殊能力らしい。
あ。そうだ。
そうだった。
はた、と思い立ち、志乃姉と奈々瑠に向けて交互に視線を送りながら尋ねる。
「なあ、聞いてもいいか? この《学園島》に来たんだし、奈々瑠も『持っている』ってことでいいんだよな? つまり《
「ああ、そのことか」
何故か奈々瑠はきょとんとした顔付きになり、代わりに志乃姉がさっと言葉を差し挟んだ。
「お生憎だがな……彼女は『持っていない』。お前が言う《第六感》なんて代物は。今までも、これからもだ。彼女たちの場合は、そう、少し事情が違っていてだな。その代わりに――」
ぷるる。
玄関のインターフォンが鳴った。お陰で我に返る。
「………………は?」
《第六感》を――持っていないだと?
そんな筈はない。あり得ない。
「お……おいおいおい! それはどういう――?」
俺は驚きを隠せなかった。可能性すら持っていない生徒は、この《学園島》に住むことを許可されない。そんな当たり前のルールは誰だって知っている
「ま、話は後だ……聴こえたろ? 答えを聴く前に出迎えて来い。二人揃ったら教えてやる」
「ちょ――!」
ぎろり。
「……あーはいはい。わかったよわかりましたよ」
俺はよほど動転していたのだろう。だからこそ俺は、志乃姉の命ずるままに疑いもせず玄関へと足を向けたのだ。そして、何度も耳を掠めた――彼女たち――二人――そんな分かりやすいヒントをすっかり聞き流してしまっていたのだろう。
がちゃり。
玄関のドアを開けると。
そこに彼女がいた。
一瞬、冷たい風が頬を撫でたような気がした。
「ここは大神教諭のお宅……の筈なのだけれど?」
そこにグラディス皇国の第七皇女、アルマ・ジェミ・グラディス、その白い姿があった。
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