第十二話 テレビって何となく惰性で点けちゃうよね
絶妙のタイミングで仕上がった
どうせならお笑い芸人やグラビアタレントが意味なくはしゃいでいるだけのバラエティの方が見る側も頭を空っぽにして眺めていられるのだが、画面の中では何やら仰々しく堅苦しいコメントを、これまた厳めしい顔付きのどこぞの有識者が静かなトーンで淡々と述べていた。
『……で……なのであって……』
完全オフモードの今の俺には少しも内容が頭に入ってこない。かと言って他に観たい番組がある訳でなし、無気力を絵に描いたような表情のまま志乃姉の隣に座ってぼんやりと眺める。
「終わったー!」
洗い物を済ませて脱いだエプロンを丁寧に畳んだ浅葱が、俺と志乃姉の間の狭いスペースに無理矢理お尻をねじ込ませるようにして座った。ハムスターかなんかなのお前。かわいい。
「ね、何観てるの? って……何の番組なの、これ? すっごく面白くなさそうなんだけど」
「おう。マジでつまらないぞ、これ」
「じゃー何で観てるのさ……」
「悪いな。私が観たいんだ。……他に何か観たい番組でもあったのか?」
「べーつーにー?」
そう言って軽く肩を竦めた。でも、心中複雑な浅葱の表情の示す意味は痛いほど分かる。観たい番組があろうとなかろうと、これよりマシな番組は探せばいくらでもあるに違いない。
『これが現在の姿ですが――』
ようやく満たされた腹が落ち着きを取り戻し、俺の年相応にピンクがかった灰色の脳細胞がふいーんと
かつて世界は、大国アメリカと同じく大国であったソビエト連邦によって二分された、いわゆる「東西冷戦」の体制だった。その後、ソビエトは解体されて属州が次々と独立を果たし、新生ロシアに加え新たな経済的連合体制としてECが誕生する。それがやがてEUへとその名を変えていく訳だが、英国の離脱を機に再びヨーロッパは諸国分割・独立の機運が高まって、ひいては再び世界地図をがらりと刷新してしまうことになったのである。今ここ。
画面上には、より複雑さを増した現在のヨーロッパ州の地図が映し出されていた。不出来なステンドグラスのような幾何学模様の一つ一つは、現実にはそれぞれが独立した国家であり、そこに住まう人と人とを区別し、生き方と運命を容赦なく分ける境界でもあるのだ。目には見えない。だが、その違いは如実に現れる。
「なんかー。よくわかんないけど、タイヘンだよね、こーいうの……」
実に残念な浅葱のコメントだが、究極的にはこれが平穏な日本で暮らす俺たちの本音だ。
ナンダカカワイソウ――でも、所詮は他人事。
海向こうの隣国が絶えずざわざわしているとは言え、あいも変わらずこの日本と言う国は平穏そのものだ。だから薄っぺらな同情はできても、実感なんてまるでできないのである。まだ記憶に新しい地球規模の《大災害》に見舞われたとは言え、それでもこの日本は良くも悪くも変わり映えがしない。変わったのは――変わってしまったのは地図上の日本の姿くらいだ。
かつて「東京二十三区」と呼ばれていたエリアは、現在では「東京二十一区」と呼ばれている。そしてその失われた二区の代わりを補うようにして、東京湾の中心に今俺たちが暮らしている新たな行政特区、《学園島》が誕生した。
元々東京湾の平均水深が一五メートルほどしかなかったこともあり、人工の地盤は最も厚い場所でもそれを超えることはない。インフラ整備目的の配管が縦横に敷設されているが故に、《学園島》での地下施設の建築にはかなりの制限があると言う話だ。島の周囲は高さ一五メートルの保護外壁に囲まれて、津波などの自然災害の心配はないと言われているが――それそのものが生み出す息苦しさと閉鎖感に、俺はいまだに馴染めずにいる。
中二心をくすぐるぜえ!
かっけえ!
世界視点でも極めて特異なこの都市の景観を目にすると、そんな能天気な感想を抱く輩も少なからずいたりする。しかし俺は、それでもやはりこの街が好きではなかった。何故なら俺たちは、自らの意志でここで暮らすことを決めたのではなく、ここで暮らすべし、と強制的に定められているからだ。
そう、ここは実験場なのである。
隔離施設、と言い換えても良いだろう。
住人のほとんどは一〇代の学生たちだが、それは言うまでもなく、居住権を得るための最優先事項が『すでに《超能力》を発現させた者』もしくは『今後《超能力》を発現させる可能性が高い者』であるからだ。
俺たち学生がこの《学園島》に集められた表向きの理由は、一極集中化による国ぐるみの研究推進のためとされているが、実際には、国家財産である能力者の囲い込みと管理掌握目的、そして《持たざる権力者たち》との間にいまだ深く根ざしている嫌悪の情を緩和する目的がある。だからこその実験場なのであり、隔離施設なのだ。
などと、高校生にしては裏の思惑にまでやたら詳しいように聴こえるかもしれないが、ほとんどが志乃姉からの受け売りである。
俺たちは俺たち自身のことについてきちんと理解しておかなければならない――。
それが志乃姉の常日頃からの口癖だ。
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