第十一話 美人さんは身内だろうがドキッとする
鼻歌混じりで台所へ引っ込む
「さて……と」
まだ学校も初日だ。宿題もロクに出されていない状況でやれることと言えば、明日持っていく教材の準備をすることくらいだろうか。寸分の隙間なく詰め込まれている鞄の中身を一気に引き摺り出すと、丁寧に選り分けてからいくつかを鞄の中にしまい込む。
終わってしまった。
もうやることがなくなってしまった。
きっと物語の《主人公》であれば、この絶妙なタイミングで個人用の
しかし、今や昔で言う生徒手帳の代わりに専用の情報端末を全生徒に支給するのが一般的であり、その強制的に割り振られ設定されたセンスの欠片もないメールアドレス宛ならばまだしも、そもそも個人用の方はまだ誰にも伝えたことがないのだから何も届くはずはない。
大体だ。もし友達がいたとしても毎日学校で顔を合わせるのだし、わざわざメールする必要なんてなくないか? きっと大半が無意味なやりとり。直接会って伝えるまでもない言葉の羅列。そんな風に浪費しようと決してなくならない。それが高度に情報化されたインターネットの世界。凄え。ネットは広大だわ……。
チ、チ。
「……ん?」
背面に我が母校、南三街区高校の校章を配した学校支給のHi-Padの方にふと目を向けると、メールの着信を示す緑色LEDがしきりに点滅を繰り返しているではないか。期待と希望を胸に、微かに震える指先でそっと画面に触れると――。
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帰ったにょーん(・ω・)
from しのちゃん
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「お前かよっ!」
間違っても壊れないように細心の注意を払い、柔らかなベッド目がけて手の中のそれを思いっきり投げつけた俺は偉いと思う。その程度で気が済んでしまった俺は、お出迎えのために階下に降りる。右足が一階の床に触れるかどうかというタイミングで玄関のドアが開いた。
「お帰り、志乃姉」
「うーい、ただいまあー!」
相変わらずギャップが酷い。特に口調に関してはほぼ別人と言っても差し支えないだろう。学校での『大神教諭』が日頃その身に纏う
「ん」
「ん」
短いやりとりを交わして、当たり前のように志乃姉が差し出してきたショルダーバッグを当たり前のように受け取った俺の肩に、当たり前のように志乃姉の手が、とん、と置かれた。そのままもたれかかるように体重をかけ、踵の方からヒールのストラップを片方ずつ外す。何か良いことでもあったのか、髪をかき上げた横顔にはうっすら笑みが浮いていた。こういう何気ない仕草を見るにつけ、やっぱり美人だな、と身内ながら思わず見惚れてしまった。
「ん。さんきゅ、ひーくん」
「お、おう。ずいぶん機嫌良さそうだな、志乃姉。何か良いことでもあったか?」
「ま、これからだ。面白くなりそうな予感がするんだよなあ……私だけではないんだが」
少し嫌な予感がするんですが。
しかし、お気に入りのもこもこくまさんスリッパに足を滑り込ませた志乃姉は、俺と俺に預けたショルダーバッグを玄関に残したまま、さっさとリビングの方へ歩いていってしまう。
「それ、どういう意味だよ?」
「ふっふーん。ヒ・ミ・ツ♪」
振り返りざま、ばちこーん、とウインクされる。あのなあ、志乃姉。そういうのは美人じゃねえと社会的に許されねえんだぞ? あ、じゃあいいのか。いや、ちっともよくない。バッグを抱えたまま、俺は未練がましく追いすがった。つーか、このクソ重いバッグ、何入ってんだよ。今すぐ捨てたい。
「なー、教えろとは言わないけどさ――!」
「いやいや。何を言ったところで教えないよ?」
でしょうね。
知ってました。
「じゃあ、いいよ、もう!」
「うむ。よろしい。じゃあこの話は終わりな」
駄目だ。少しくらい拗ねてみせたところで無駄である。仕方ないので、苦行を強いているクソ重いバッグをリビングに鎮座するソファにぼこん! と投げ捨ててやった。だが奴は、ぼよん、とソフトに一回跳ねただけでダメージはない。
くそう。どうしようもなく優しいのな、俺とソファーって。
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