では、地球に行ってきます



ノックをする。

ついた所は、工場の跡地で今も工場で使用されていた缶やトラックが置いてある。それらはもはや再度使うこともできないくらい錆びついていた。今ノックした2メートルもの金属扉も開くかどうかわからない。

どのくらい待っただろうか、不気味なあたりの静寂が怖い。なぜだろうか急に頭が冷えてきたような気がして、ここにいる自分の存在に後悔し始めようとしていた。

すると金属のギギギという音に脊髄が反応する。

もしかしたら、もしかしたら、現れる人は人じゃなくて・・・

さまざまな悪い予想をする。冷気が開いた隙間から漏れ出してくる。

頭にバンダナ、黒いタンクトップの上に若草色のジャンパーを羽織る180は優に超すような大男が目の間に現れた。


「そのまま入れ」


横確認するなという事だろうと受け止め、中に入る。

足が震えていた。手にも汗がにじんできていた。

大男の後を1Mの距離で捉えながら、周りに目をやる。外から見たとおり、大きな建物で上が体育館程度に高い。思った通り、中は冷たく冷蔵庫のようだ

後ろで扉のしまる音を聞くと、自分が本当にとんでもない所へ来てしまったんだと痛感する。


「ここは?どういった所なの?いいえ、何をこれからするつもりなの?」

「逆に問いたい。ルミアさんだったね君はどこまで知っている」

「え?」


目を大きく見開いて大男の背を見る


「あそこの扉の向こうで俺たちのかしらがいる。話はその時だ、行け」


ルミアはせかされながらもその扉を開けると、スーツを着た年若い背の高いかしらと呼ばれるには、先ほどの大男を見た後には、軟すぎるわという感想を考えずにはおれなかった。しかし


「ようこそ、ルミアさん」


ドスの利いた低い声だった。


「私の持っている情報がなんなの?何か意味のあることでもあるの?」

「そうだな、ルミアさんのその生き方環境下、目指しているもの勉強してきたもの影響したもの、それに君に影響されてしまった者、君はきっとこれから広すぎる未来を狭くすることさえも可能にするだろう」

「なによそれ、説明になってないわよ、からかっているの?広すぎる未来を狭くするって何よ」


ルミアは”頭”に吠えた。


「からかっているわけじゃない、それに怒らせたいわけじゃない。ルミアさんの真意を知りたい。何で政府の犬のような地位にいて、ルミアさんの個人としての将来は安定しているのに周りの環境を君は一切受け付けようとしないのか。

ルミアさんの素性はほとんど調べたよ、お祖父さんの政府での働きもちゃんと知っている。小さいころに地球に旅行へ行ったこと、現在パイロット2尉の腕を持っていることも」

「いいえ、パイロット3尉です。もう少しで昇級しますが」

ルミアは青髪をかきあげた。


「何で、パイロットを目指しているか、ですよね」

「さらに、なぜここに来れる」


突如として、部屋が冷え狭くなったような心地がした。


「私は―――」


心臓の鼓動が止まってしまうかと思った。


「スクヨウ、やめてあげて」


”頭”はそこでルミアから自分の隣にいた女性に振り返った。


「ルミアさん、こんにちは、ごめんなさい。申し遅れたのだけれど私はロテン」

「私たちはスクヨウのお弟子さんなのね、私もそなんだけど・・・ロクチャンです」


さらに近くにいた赤眼鏡をかけた女性がお辞儀をした。ロクチャンはスクヨウに近づいていきルミアを見つめた。


「私は、私たちは今の政府の強行的な政治のやり方をよいだなんて思っていないわ」

「あの」ルミアは口を開こうとした。

「ええ、私の言い分としてはせめてよ、せめて”地球選別”はやめさせるべきなんだと思うの。あなたは?」

「もちろん。私だって反対です

止めさせるべきなんです。そんな地球人の意思に沿わない法案なんてあっていいはずなんてない。今起ころうとしている事件で歴史をかえるかもしれない。こんなの絶対神様は放っておかないわ、完璧な平等主義者であろうと、こんなこと放っておいたら私は未来を生きていけさえしないわ」


ルミアの言葉にロクチャンは目を細める。徐々に目を閉じていくと”頭”をふりかえり、耳たぶを触った。それはまるで合図だったようでスクヨウとロテンはフロアから奥の方へ消えていった。


「ルミアさん私たちが今から行おうとすることは少なからずこの宇宙に害をもたらします。ですのでもちろん危険な道です。お姫様のように今日まで育てられてきたあなたがこれから起こるすべてに対処できるとは限らない。ここまで来てくれたことに気持ちでは感謝はするわ、けれど家に帰りなさい。」


いきおいこんでここまで来たのにまるで拍子抜けしてしまった。眉をひそめ何が悪かったのか戸惑った。


「あの、どうしてなんですか?なにが不満だったのでしょうか」

「いいから、家に帰りなさい。あなた とても危ないわ」


まるで予言の言葉のようにロクチャンはルミアに自信ありげに言い放った。ロクチャンは再度”頭”がいるであろう部屋を振り返り手を上へとかかげた。

その時エンジンの鳴る音が二人が入っていった部屋の方から聞こえた。耳をすませたがどうやらヘリコプターの稼働音だ。今まさに飛び立つのか、強風までも起こり体をあたっていく覆いかぶさせた手からロクチャンが遠くなるのが見えて、後を追おうとしたルミアは風のせいで膝を打ちその場にうずくまった。

瞬く間に、風がやみ稼働音までも遠くなっているのを聞きようやくフロア全体を360度見まわし、何が起きたか確認した。

奥の方のフロアへ行った。そこは天井が吹き抜けており地面には土埃とともにくっきりと跡が残っていた。吹き抜けから天空を見上げてみるとかすかな雲から黄金の明かりがのぞいていた。




「失礼しまーす」

「誰もいねーな」

コトコは再びルミアの家の鍵をかけた。よく遊びに来ていたためコトコは合鍵を持っていた。二人はともに八畳ほどしかない部屋を見渡した。そのまま躊躇することなく、テーブルや台所机などを一通り探るが特別に変わったものはなかった。30分ほどで諦めがつき、コトコはルミアのベットに腰をおろした。


「何もないね、手掛かりこのまま何もないのかな」


枕の下に手を滑り込ませそのまま体重をかけると手にパサパサしたものがふれる感触があった。その何かを引き抜いてみると手紙のようなものがあった。コトコはあわてた様子でその手紙を開け中を確認する。


「コトコ、それは?」

「ルミア宛の手紙よ――――ねえ、これって

なにこれ物騒なことばっかり書いてるじゃない、チェス、ここ出るわよ

住所書いてるわ、ここに行きましょ」


一気に早口でいいチェスの手を引っ張り、手紙の主のもとへと向かった。


「おい、俺にもその手紙見せろ」


少し納得のいかないチェスはコトコから手紙をもぎ取り自らも全文読み込んだ。ようやく状況がわかると、手紙を丸めポケットに詰め込むと、コトコよりも早く走り出した。


「コトコ、ルミアの空自転車も借りるぞ」


駐輪場についた二人は空自転車を探し動くかを確認するとチェスは前に乗りコトコを後ろに乗せエンジンを回す。

空自車は砂煙をあげ、その砂が二人を包み底から脱出するように動き出した。十分に速さはあるが、舗装されているだけの道を通るわけじゃないため、いつもどうりにはいかない歯がゆさをコトコは感じた。


「チェス。捕まってもいいからもっと早くいけないの?」


コトコは大声を上げた。背中をたたきながら左手はチェスの背をつかんでいた。実際つかまっても仕方がないという速さは出していた。少しの恐怖に包まれているチェスはそれでも頭は冷静で人通りの少ない道を選んで走っていた。


「みて、チェス。あれじゃない?あの建物、私見たことあるわ」


コトコは工場跡地らしき港場を指差す。工場がいくつも立地しているそこはルミアがいる場所を見つけるには困難だった。


「コトコ、もう一度その手紙を読み上げてくれ」


そんなコトコの様子を察する。コトコはもう一度その文章全文を読み上げる。半分読み終わったころ、コトコは右下の紙の端に数字が書かれているのを発見した。


「数字があるんだけど、これってもしかして工場の番号かな」


「さあな、見えないから何とも言えないが、きっとそうだろ」


それからは速かった。一気にエンジン音が大きくなるとともに、スピードが上がった。次第に小さかった工場は赤茶けたさびが壁に発見できるほど近づいていくとコトコが読み上げた工場の番号らしきものが屋根付近に記載していた。


「あそこじゃない?」


そう言ってコトコは空自車の後部で立ち、行くよといった後ジャンプしてひとり数字の書かれている工場に向かった。コトコがその入り口まで行く頃にチェスは空自車を止めていた。


「チェス、はやく」


コトコはそういって駆け出すように中に入っていった。またコトコの声が聞こえたが何を言ったのかはわからなかった。ようやく中に入ったそこに、コトコと座ったままのルミアがいた。


「ルミア、何か言って、どうしたの」


ルミアはコトコに気づいているが、何か言葉を選ぼうとしているようでなかなかしゃべらない。


「何でここに来たんだ」


チェスは、そういって手紙をルミアの前に差し出した。ルミアはきょとんとして答えた。


「地球を守りたかったから」


「そういう意味じゃない、なぜ、俺たちにいわない。何でこんなことを一人でしようとするんだ」


チェスはしまいにどなった。ルミアにはそばに寄り添うような家族はいない。


「私たちは、ルミアにいてほしいよ、これがもし、危ないことなら地球よりルミアが大事なんだよ」


コトコもルミアの手を握りながら言う。


「うん。分かってる。でも私は・・・・・」


「どうして、そんなに地球が大事なの?ねぇ地球選別だっていつしか歴史の一ページにしかなりえないわ。」


「どうして・・・・。じゃあどうしてその地球を見捨てられるの?そんなの私にはできっこない。ねぇ、私たちはこれからとても長い歴史を歩んでいくわ。ロックの歴史にこの悲惨な歴史までも残すの?ロックの歴史は・・・・」


そこまで行ってルミアはしゃべるのを留まった。その代わりにコトコがしゃべりだす


「ロックの歴史は確かに地球と比べると幸せな過去を送ってきたのかもしれない、だから、少し悪いことをしても…・せめてルミアが危険な目にあうよりいいわ」


チェスも頷いた。ルミアは首を振りなおも抵抗する。


「ねぇ、二人とも、このロックは地球よりもっとずっと長い歴史を持っているわ。こんな浅ましい行為が許されるなら、ロックの歴史はもっと残酷なはずだと思うのねぇ、お願い。私は地球選別なんてするべきじゃないと思うわ。」


今度はチェスが口を開く。


「確かに歴史がどこかお偉いさんに改変されているかもしれないけど、俺たちがそれを調べるすべはないんだ。与えられたことをして、決まりきったルールを守らなきゃいけない。」


「お願いよ、二人とも、わかって、こんな無情な世界ってないわ」


コトコの手を振りほどいて、ルミアは立ち上がる


「ごめん、二人とも、私は一人でも行動するわ」

彼女はぎこちなく笑い、出口へ向かった。チェスはそれを呼び止める。


「地球選別を止めさせたいんだろ?俺たちでさえ納得させられなかったお前に何ができる?勝手にほざいてろ、どうやって止めさせるんだ?暴力か?抗議か?お前には何一つまともにできないぜ――――――――――――――ルミア、せめて、多くの人を納得させるだけの証を見せろ。それぐらいだったらお前に手を貸せる。」


ルミアは向き直る。逆光のせいでその表情は読み取れない。


「ロックの歴史書よ。完全なロックの歴史書さえあればせめて政府の上層部の人たちは説得できるはずだわ。若い世代がそれさえ読んでくれ、考えてくれれば時代もまた変わるわ。すべての人を納得させるのは難しいけれど、無知なままは――――――――真実を知らないなんてあってはいけない」


「歴史書?今ならっているのは違うのか?」


「違わない、けれど重要で語り継げていかなければいけないはずのものがなさすぎる。本来歴史というのは過去の過ちを二度と起こさないために学ぶはずのものよ、なのにそれがないっていうのはおかしいわ」


「お前はそれをいつ見たんだ?」


「ずいぶん前よ、読み書きが充分にできたころには、歴史書を端から端まで読んでた」


今のルミアはかつてないほど淡々としていた。


「今から100年ほど前にも内乱が起きてたわ戦闘機という飛行物がごっそり盗られていて、クーデターも起こった。それこそ惑星選別が行われたころだったわ。今日はたぶんその生きていた人たちがいたの。私はその人たちに会って、話をしてた」


「どうだったの?」


「私じゃダメみたい」


頭をおろした。うなだれているようだった。


「必要ないってこと?ここまで来たのに?」


「うん、なんだか未熟だからみたいだった」


「ルミア」


「うん」


コトコはゆっくりとルミアに歩み寄る。


「ルミア。私たちも歴史書を探すよ」


帆とんだ抱き寄せられる距離まで来ていた。コトコの手は宙に浮き、ルミアの頬を挟んだ。


「ついていくから、ずっと、一緒に行こう」


コトコの泣きそうな声がルミアを少し弱くした。


「ありがと」






帰りは三人で歩いて帰った。ルミアが口を開いた。

夕日の横を通りながら坂道を登っていく


「ナギ先生のひいおじいちゃんが歴史書を作成したわ。彼は三十年かけて、その本を完成させたのだけど、その本に日の目が当たることなんてなかった。今もどこにあるのかさえ分からないんだもの」


「ナギ先生に頼んでみるか」


コトコも頷く。その表情は心なしかどこか疲れているようでもあった。


「ナギ先生はその歴史書も読んでいたのかな?」


「うん。きっと読んでいたと思う。ナギ先生は何も言わないけど、惑星選別があるたびにとても暗かったもの」


そういうと二人とも黙って歩き続ける。チェスはあることを思い出したようにバックから書類を取り出す。それをルミアに渡し、


「これ、はい」


「ああ、ジダン石光・・・もし、この輸送を・・・」

「ん?なんか言った?」

「この書類にはね、ジダン石光が地球に輸送されるってことが書いてあるの。もしこの輸送を止められたら、少しでも地球の脅威は減るんじゃないかな?」

「うん。悪くはないけど、どうやって止めるの?」


ルミアは二人に目線を合わせようとはせず、前を向く


「地球に輸送してから私が取りに行くわ」

「・・・・・そうか、ルミアはどこまでも平和的だな。撃ち落とした方が早いと、俺は思ってしまうよ」

「だめよ、暴力的じゃない」

「確実じゃない。――――――――けど、撃ち落とすなって、ミサイルを発射するのはルミアだよ。決定じゃなくて方法だよ」


コトコは言った。けれど同時にルミアがこの選択をするなんて思わなかった。夕日が沈んでいき、暗くなるにつれて物事の重さも重くなっているような気がした。坂道を曲がり、今度は夕日が背にあたった。影は伸び、その上を歩くような形になる。


「歴史書を探すか、輸送されている方へ行くか・・・・・そういえば、その書類はどこから来たんだ?」

「住所がどこにも書いていないの、というか手紙なのに輸送された感じじゃないみたいだし、誰かが私が学校に行っている間に投函したんだと思う」

「結構面倒なことするな、なんて書いてあったんだ?」

「うん、地球滅亡を阻止、反抗する思いがある人に届けてる、目的は惑星ロックの政治に対し、正しきことを通しぬくこと、それと私が最年少のパイロットということも書いてあったわ。」

「ここまできちんとルミアを誘っているのになぜ、ルミアではだめだったのかしら」

「ルミアの個人的な意思があまりにもその組織の意にそわなかったからだろうな、なんか心当たりあるか?ルミア」

「今にしてみれば、あの時私は地球人の事ばかりを優先していたわ地球を中心にして物事を考えていたし、ロックの全体で歴史がどう変わっていくかについて考えようとしていたから、私の甘い考えをそんな甘い決意を見ていたんだと思う」

「そうだなルミアは理想論者だから」


チェスはでも嬉しそうに笑っていた。


「ルミアがその組織に入っていなくてよかった」

「コトコはルミアのお母さん代わりだな」

「姉妹って言ってよ、老けてないわ」


ルミアは笑い自身のお母さんを思い出していた。15年前に流行っていた病気で死んでしまった。病気自体は薬が普及していたのだが体が弱かったから、薬の副作用にアレルギーをおこすから飲むことができず、病気にも勝てないまま死んでしまった。


「ねぇ、飛行機を奪いましょう」

「ルミア、またいきなりな」

「見回りしている人のシフト具合では出来るかもしれない」

「知り合いがいるのか?」

「イルフって人が警備員で知り合いなの、仲がいいわけじゃないけど友達の頼み事には断れない人だから」

「どっちがルミアと一緒に行く?」


すぐさまチェスが言った。


「コトコがいけ」

「なんで?」

「コトコじゃ飛行機がなくなった後の処理なんてできないだろ、俺がいた方がイルフさんも安全だ」

「そうだねコトコは嘘つくの苦手だし」

「え、いやいやなんか私そんなに頼りにならないかな」

「お前より俺だよ」


コトコは顔を膨らませ、大きなジェスチャーでしかたないといった風に取り繕う。


「じゃあ学校に戻ろうか」


そこでルミアは携帯機器のテレビを取り出した。今やっているチャンネルの中からロックの議会が議論しているものを選ぶ。その間にコトコはもまた携帯機器でニュースを見始める。5分程静寂が続き、コトコが口を開く


「地球の議論が8月の28日にまたおこなわれるわ、この前の議論で地球への旅行が禁止され、次は本格的な地球選別が行われる。前例を考えたらその準備は優秀なことに2週間から一か月の間で行われているから、私たちが地球でいられるのは1ヵ月程度ね」

「一か月か」


携帯機器をポケットに沈めると、ルミアの携帯機器も見る。


「お爺ちゃんとお父さんがいるね」

「うん、昔私もあんな風に仕事をするんだろうなって思っていたわ」

「地球が人生変えちゃったね」

「まぁ俺らはまだ若いし、これからまだ何百年と生きていくんだ」

「ねぇ知ってる?地球人は80歳までしか生きられないんだって」

「短命なんだな、なんか貧弱な生き物なんだなって思えてくるよ」

「身体能力、精神、頭脳はほとんど同じなんだよ、ただ命が短くて儚い命なんだ、例えば、私が今同じ年代の子と友達になって30年後に会う約束をしたとしても、私は未だ若いままで出会った友達は何百とあっていないかのように老けている。それはまるで時間の流れが全く違う異世界のようだよね」

「そうだね、なんか・・・切ないね」

「うん、とても」


やがて学校が見えてきて、沈みかけそうな夕日が照らして窓は赤く光り白い校舎は色を反射していた。


「校舎きれいだね」

「うん、とてもきれい」




飛行場の訓練場に向かい、足を忍ばせながら様子を見ようとする。中にいる人はいなくてシフト表の部屋まで扉をコトコが針金のような細い金属の針を取り出し開けた。


「コトコ、悪用はしないでね」

「大丈夫、鍵開けはただの趣味だから」


壁を見渡すとそれらしいものを見つける。


「イルフ・・・っと、」

「おいおい何してるんだよ、ここは遊びで入っていい場所じゃないんだからな」

「あ、イルフ。今からお仕事だったよね」

「ああ、それがどうしたんだ?」

「飛行機を盗みたくてお願いしにきたの」

「盗むって、お前授業で散々使えるだろ?普通に使用する許可だって、学生カウンターで紙を提出すればいい話だろ?」

「しばらく、いただきたいの一か月くらい」


イルフは驚きを顔に表す


「何に使うんだ?遠出か?」

「地球へ行くわ」

「地球って、なんで?なんのために?」

「ジタン石光を取りに」

「お前、それは無謀ってやつだぞ?」

「それ、俺たちも説得した」


イルフはチェスに一瞥し、またルミアに向き直る。


「お前がどうこうして解決できる問題じゃない、出来ることの前にやっていいこととの見定めをしろ。お前がそんなことをやる必要なんてないんだよ」


なだめるように、静かに訴える。


「私がしなかったら誰も動かないわ。」

「それでいいんだよ」

「よくないわ、イルフは非情なひとね、心はないの?地球のありがたみをちっともわかってないわ。地球には唯一私たちが生きれる環境が整っているというのに、政府のいうことの訳も分からないわ、どうして地球の必要性をわかってくれない?一部の経済学者や科学者達はどれほどの地球の有用性を訴えていることか。ロックは地球と比べあいっこしながらともに育ってきたようなものじゃない。大切な仲間じゃない。なぜあっさりと切り捨てられるの?分からなくてどうにかなってしまいそうよ」

「お前が変わり者すぎるんだ」

「イルフはまるでロボットのようだわ」

「ルミアは人間臭すぎて、気味が悪い」

「けど、ルミアのそれは私とても好きだわ」

「長所であり、短所だからな」

「イルフさん、とりあえず飛行機は出してくれ、少しでも早くルミアを地球に」

「お前、初対面で申し訳ないけど馴れ馴れしいんだけど、・・・・飛行機を出すことはできない。俺の首が飛びかねないからな」

「イルフ、首が飛ぶようなことには俺たちがさせない」


イルフはチェスを見て、悩んだ。


「どうしてそんな保証が君にできると確信できる?どうしてそれを俺が信用できると思う?」

「それは分かっているつもりです。私こそルミアの意思を尊重するだけの人形のようであっても、ルミアは本物だから、地球の文化やロックより深い歴史を支持している人は口では発言しないけど結構多いわ、ルミアが地球を救えばこのロックのなかでも強い発言者になるはず」

「だからそれで信用してくれ」

「コトコ、チェス」


イルフは頭を搔いた。ひそめた眉と真一文字に結ばれた口は決して開かなかった。


「俺がどうしてこんなにも協力的じゃないか分かるか?」

「私たちが去った後どうやって説明すればいいかわからないから?私たちが地球へ行って帰れなくなったらっていう責任に耐えられないから?」

「違う、なんでこんなことをするのか分からないからだ」


ルミアは思わず聞き返す


「なぜって・・・それもわからない」


ルミアも言葉に詰まった。

これが他人と自分との違いだった。

(誰も反対の島に住んでいる知らない誰かの安否を心配することはないでしょう?)

いつかナギ先生が言っていた。他人の火事は他人事。まして地球なんてどこの誰が心配するというのだろう?


「ルミア行けばいいさ、あとは何とかこっちでする。けど覚えておけ、他人は自分の事しか考えてない。それで胸を痛めることに意味なんてない。」

「イルフ、私頑張るよ」

「行って来いルミア」

「チェス・・・うん。イルフもお願いね」


ルミアはそのままコトコを連れだって走り出す。一目散に

チェスとイルフはゆっくりあとを追う。


「チェス君、もっとルミアを止めろよ」

「止めたかったさ、けどルミアと一緒に走ってるやつコトコっていうんだけど、ほんとはあいつが一番地球に行ってほしくないって思ってるはずだよ。あいつとルミアはお互いを尊重し合ってる。ルミアがパイロットなのをコトコが憧れているとともに、コトコが医者に・・・・なろうとしていることにルミアも手を合わせたい気持ちでいっぱいなんだ。だからコトコが許したのなら本当に俺の声を届けたって意味がないんじゃないかって思えてくる」

「君はルミアとコトコどっちが好きなんだ?」

「どっちも。どちらも言葉足らずで言い表せないくらいに大切で手放したくない友達だ」

エンジン音が響き、ルミアとコトコの頭にはヘルメットがかぶさっていた。こちらに手を振っている。無邪気に笑う彼女たちの心配を今になってしてしまいそうになる。チェスの手が動く大きく彼女たちに向けて

「気をつけて」

「チェスもね、待っててね!いい知らせを必ず持ってくるから」

「行ってくるね」


エンジン音がさらに大きくなり、プロペラもまわり始める。扉も締まり、車輪が動き始め徐々に加速し始める。やがて地上の重力をはねのけ、飛び出した。


「行っちまった」

「ああ、さみしいか?」

「さみしい、かもな。さ、行こうぜ」

ルミアとコトコはすでに暗黒の広がる宇宙にいた。匂いや音もない無機質ばかりな背景が広がる。見えるものといったら飴玉のような星と直視できぬほどまばゆい太陽のみ


「地球が見えるね」

「うん。真っ青だね」

「今からあそこに行くんだなって思うと嘘のよう・・・コトコは地球に行ったことがある?」

「ううん。ないわ。どんなところなの?」

「なんて言ったらいいのか太陽がまぶしいの、ロックで感じる太陽は地球でいう電球のような光らしいのよ、ほら教室で使っている電気がロック全体を覆っているような明るさなの。」

「結構明るいのね、眠るときはどうするの?」

「あちらは24時間周期で一回転するから、眠たくなるころには外は真っ暗になっているから大丈夫なの、それとね地球にはたくさんの水があるの、だからあんなに星の表面が青くなっているの」

「水の惑星・・・だったね」

「うん。緑も豊かなの」

「そうなんだ、ロックにはもうほとんど緑は残っていないのに・・・」

「うん。貴重でしょ?地球のような星が生まれる確率をコトコは知ってる?」

「知らないわ」

「バラバラにした時計の部品を50メートルプールに入れてから、プールの水をかき回して、水の流れだけで時計が組みあがるぐらいの確率なんだって」

「それ、訳わかんないわ」

「私だって思ってるわ、けどそういう確率がでているんだもの」

「ん、低いんだね」

「とても低いんだよ」

会話が途切れてしまえばまた無音の世界が広がる。それはとても寂しくとてつもなく現実味を帯びないせいで変に会話を長引かせてしまう。けれど、長引かせてからまた、自分が変なことを言っているのかな?みたいな変な気持になってしまって、まともな会話をしている気になれない。まるで迷い込んだかのようなこの慣れない世界、どうしてこんな世界に紛れ込んでしまったのだろうか?思っても飛行機は進み、地球へは刻々と近づいている。

彼女たちはまた、たわいのない話をし始めた。



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