第一章 五話

 街の中はすでに祭りの賑わいを見せていた。


 ミルト達三人が駆けている銀の大通りでは、色鮮やかな鎧や美しい衣装を身に纏った男女が、すでにお互いの視線を気にしながら歩いている。


 道の脇には色々な商品を並べた露店や、美味しそうな匂いを漂わせている食べ物屋の出店がずらりと並び、そしてその中を楽しげな明るい音楽を奏でながら歩く楽隊の姿もあった。


 まだこの辺りは一般街の人々が多いので、そこまで派手な衣装の者は少なかったが、それでも目の見張る様な格好の者も中にはいた。


 その中の一人、かなり立派な甲冑を身に付けた鍛冶屋の息子のボマンがミルト達を見つけて声をかけてきた。

「おおい、ミルト坊達じゃねえか。すげえいいもの着てるな」


 そう言うボマンは全身をすっぽり覆う鉄製の全身甲冑を着ていた。


 綺麗に磨かれたその鎧は日の光を反射して輝き、擦れ合う関節部の音と重そうに響く足音がその重厚さを醸し出している。


 ボマンは右手に面付きの兜を抱え、左手を腰に差した長剣に添えながら重い足音を響かせて歩いていた。


 ボマンは一見するとかなり格好は良いのだが、彼のその若々しい笑顔といかつい甲冑の組み合わせが、残念ながら微妙に違和感を感じさせてしまっていた。


 ミルト達三人はその声を聞いてボマンを見つけると、走るのをやめて挨拶をした。


「あっ。こんにちは、ボマンさん」ミルトはそう言うと、何かを思いついたように二人にひそひそと相談をして、皆で駆け寄り横一列に並ぶと一斉に敬礼をした。


 それを受けてボマンも笑顔を引き締めて敬礼を返して言った。


「ほう、それがマレスさんの手作り鎧だな。これが完成品か……う~ん、すごい!よくもまあこんなに立派に作り上げたもんだな」ボマンはそう感嘆する様に言うと、ミルト達の服をまじまじと調べ始めた。顔を近づけて縫い目を見たり、指で触って生地の弾力を確かめたりしている。


「いやな、けっこう前にマレスさんが工房に来てな、鎧の実物を見せてくれって言ってきたんだよ。それで倉庫に案内して鎧を見せてあげると紙に丁寧に描き写してるんだよ。まあ理由を聞くと次の慎月祭に息子達に着せる鎧に見立てた服を作りたいっていうことだったが、こんな風に作るとはなあ」ボマンはしきりに感心していた。


「うん。お母さんの針の腕前はすごいんだから!」ミルトは胸を張った。


「そうだなあ、三人揃って立っていると本気で本物に見えるからなあ」ボマンは顎をさすりながら言った。


「へへ。でもボマンさんも今日はすごい鎧を着てるな」トーマがボマンの甲冑を間近で検分している。


「ああ、これな。凄いだろう?親父から借りたんだ。俺もようやく十八歳になったしな、そろそろ本気でいい嫁さんを探さないといけないからな」ボマンは額に手をかざし遠くを見るまねをした。


 三人はしばらくボマンと世間話をしながら歩いていたが、キルチェのボマンさんの恋人探しの邪魔になるかもしれないという配慮で先に行く事にした。


 三人はボマンに再び敬礼をすると任務があるのでと言ってそこで別れた。少年達は駆け出して、街の人々を次々と追い越していった。


 街の中心部に近づくと、次第にきらびやかな衣装の人達が増えてきた。上流階級の人々はやはり金や銀で出来た鎧が多く、色鮮やかな宝石を散りばめたり、純白の絹の外套を纏ったり、大きな鳥の羽を兜に指したりと意匠を凝らしている。


 この国では鳥の羽は神の使いの落とし物とされ色鮮やかで大きく珍しい羽は、とても珍重され金持ちの象徴ともいえるのだった。


 あまりお金に余裕のない一般街の者達の鎧は革や鉄、銅製の鎧が主だったが、派手な色つきの外套や襟巻きなどで何とかそれに負けない目立つ工夫をしていた。


 王城の正面にある閲兵会場にもなる大きな広場にはすでに多くの人が集まっていた。


 その広場は円形状の形で中央に綺麗な女神像の立つ噴水があり、それを囲うように緑豊かな木々が等間隔に配置され、そのそばに憩いの為の長椅子がいくつも据えられている。


 その広場のいたる所で武装した男達の勇ましい自己表現の場が設けられ、着飾った女性達は木陰や長椅子からそれを熱い視線で眺めていた。


 この広場にも様々な種類の露店も数多く出ていてとても賑わっていた。


 食べ物や飲み物の売店も多いが、それらの売店の中でも一番目立つのは色鮮やかな花を売る花屋である。


実はこの祭りの時期が、この国で最も花が良く売れる時期なのであった。


 その証拠に周囲の人達を見ても、異性と一緒にいない者は、ほとんどが花を持っている。それはこの祭りの時期に花を持つということは自分が恋の相手を探しているという合図になっている為であった。


 花を持っている同士が出会い、お互いの花を交換する事でその好意を確かめ合って二人で語り合うのだが、その時に話が合わなかったり、相性が合わなければその相手から貰った花を捨て、新たに花を持って新しい相手を探しに行くのである。


 そのためこの祭りの時期は街中に花の香りが満ちあふれ、祭りが終わる頃には色鮮やかな花びらが街に散乱しているのだった。




 ミルト達は大人達の間をすり抜けながらこの広場の中を見て回った。


 武装した男達の自分の力量を示す場では剣術や槍術や弓術の演舞や組み手が行われ、そこで一層の派手な立ち回りをする事で、近くで見学する積極的な女性達だけではなく、遠くの木陰にいる奥ゆかしい女性陣にも自分の姿と力強さを訴えかけていた。


 術技の披露の場で一回転切りや三連突きなど大技が繰り出されるたびに観衆が歓声をあげて、広場全体がとても賑やかであった。


 そんな中をミルト達は見た技の感想を言い合ったりふざけたりして歩いていた。


 ふとミルトは誰かの視線を感じた気がして何気なくその方向に目を向けた。 


 そこには広場の隅の木陰に三人組の女の子達の姿が見えた。


 派手で騒がしそうな大人の女性達に挟まれて、その少女達は静かにこちらを見て立っている。


 三人の内の両側の二人はミルトにも見覚えのある街の同年代の女の子で、今日は白や桃色の服を着てとてもお洒落をしているのが分かった。


 そして、その二人に挟まれた真ん中の女の子は忘れようもない、あの街のなかで出会い頭にぶつかりそうになり、そして夕暮れ時の橋の上で出会った、あの銀髪で青い服の少女であった。


 ミルトはその少女をしばらく見とれたように見つめていたが、その少女と目が合った様に感じて、急いで目を逸らした。だがもう、その少女の姿はすでに彼の脳裏にはっきりと焼き付いてしまっていた。


 彼女は薄い青色の滑らかな繊維で出来たようなひとつらなりの服を着ていた。上は装飾の控えめな半袖の衣装で下は長めな膝下くらいの丈の清楚な印象を与える服だ。そして透き通っている涼しげな上着を羽織り、長めの髪を肩に流して可愛らしい帽子をちょこんと頭にのせている。


 とても綺麗で彼女にはその衣装がとても似合っているように思えた。


 それに一番気になったのが、彼女がお腹の辺りで組んだ両手に持つ一本の鮮やかな青い色の花だった。


 彼女もこの祭りの催しに参加しているのかと思うと、ミルトはどうにも気持ちが落ち着かなかった。


 ミルトはいつも以上にはしゃぎながら仲間とすごす事にした。あの少女に見られていると思うと何故か気持ちが高揚してくる。


 トーマ達は、いきなり元気になったミルトの様子を少しいぶかしげに思ったが、友達が明るい事にこした事はないので共に楽しんでいた。


 ミルトは大人達のまねをする時も仲間と会話をする時も彼女を意識して、目の端に捉えるようにしていた。


 しかしそれも金色の鎧姿の太った二人の少年達が、花束を抱えて彼女達に近づいて行くまでの事だった。


 ミルトは、カデとリポが立派な黄金の鎧を身につけて真っ赤な花束を差し出して彼女に話しかけているのを見て妙に気分が落ち込んでしまい、仲間を連れてそそくさと彼女達が見えない位置まで逃げていったのだった。


 ミルトの急な態度の変化を見てトーマが眉を寄せた。

「おいおい、どうしたミルト。なんでそんな顔をしてんだ?」


「いや、向こうで奴らを見かけたからね」ミルトはなるべく仲間に顔を見られない様にして答える。


「奴らってカデ達ですか?まあこんな日まであいつらとやりあいたくはないですけどね」キルチェも嫌そうな顔で頷いた。 


 ミルト達は取りあえず広場の反対側まで歩いて一息ついてからまた見学を始めた。すると、ちょうど近くで魔法の術技の披露の場があり、彼らはそれを間近で見学する事にした。


 灰色の上等そうな法衣を身に纏った青年が呪文を唱えだした。低い声で何かを呟き両手で宙に不思議な図形を描いている。青年は呪文を唱え終えると片手を突き出し、気合いのこもった声をかけるとその手から握り拳くらいの火の球が勢いよく飛び出した。


 その火の球は目で追えるくらいの速度で宙を飛び、立ててある藁の柱の一本に無事に命中した。


 だがその藁に当たった火の球は観客達の意表をつき、その場で凄まじい轟音を立てて天高くそびえ立つ火の柱となった。


 そして、その燃え盛る業火でその催しの場にある全ての藁の柱を一瞬で焼き尽くしたのであった。


 その光景を見ていた観衆はもちろん大歓声をあげ、話を聞きつけた人々も集まってきてこの青年を賞賛し始めた。


 青年を少し遠巻きに見ていた女性達も、我先にと集まって持っている花を差し出していた。


 その青年はしばらく呆然とした様子で、自分が生み出した情景を眺めていたが、はっと我に返り観衆からの賞賛に答えて、群がる女性達に接しだした。


 だが青年の目は、時々その燃えかすとなった藁に注がれ、不可解そうに何度もその首を傾げていた。


 トーマとキルチェは間近ですごい魔法を見られて大興奮をしながら話し合っていた。


 しかしミルトはあの魔法の術技を見ながらもずっと違う事を考えていた。


 それはもちろんあの青い服の銀髪の少女の事である。


 あの子とカデ達が、もしかしたら今あの場所で花の交換をしているのかと思うと、ミルトの心はもやもやと今まで味わった事のない嫌な気分がして、とても気分が落ち着かなかった。


 それから仲間達と賑わう人々の間を歩く事で、少しずつ気は紛れてきたが、今ひとつ心はすっきりしなかった。


 ミルトが下を向きながら歩いていると、こんなにも人でごった返しているのに誰にもまだ踏まれていない、一輪の花が落ちているのを見つけた。


 それは橙色の平たい花びらが4枚の、茎が綺麗に真っ直ぐに伸びている、何かとても格好良く見える花だった。


 ミルトはその花にとても気を引かれ、何となく勿体ないような感じがしたので、あまり深く考えずに拾い上げてそれを自分の腰にそっと差しておいた。




 ミルト達は広場をほぼ一回りして中央の噴水までくると一休みした。


 そこで次はどこに行こうか相談していると、後ろから女の子の声で呼びかけられた。


 皆でその方向を見るとあの三人組の女の子達が立っているのが分かった。


 ミルトは心底驚いたが何とか平静を装う事ができ、素早く周辺を探りカデ達がついてきてないかを調べた。


 幸い見渡す限り奴らの姿はなく、そしてあの青い服の少女は手にまだあの時の青い花を持っていた。


 ミルトは両脇の女の子達は見覚えはあるだけで名前も知らなかったが、トーマ達は知っているようだった。


「ようサラ。なんだよ、今日はえらいお洒落してるじゃん」

 トーマが一歩前に出て、彼らに声をかけてきた少女をじろじろ見ながら、おどけた口調で話しかけた。


 そのサラと呼ばれた少女は、可愛い顔立ちだが少し勝ち気そうな感じで、まとめ役が似合いそうな雰囲気の少女であった。


 彼女は茶色の長い髪を後ろで一本に編み込み、背の高めの彼女に似合う薄紅色のすらりとした丈の長い綺麗な服を着ている。


 彼女はトーマ達と同様の教会の出身なので、トーマとキルチェとは顔馴染みであった。いつもは地味な服装ばかりなので、こうお洒落をすると、何だかとても違って見えたのである。


 サラは少し照れたような顔をしてから、困ったような目でトーマを見た。

「ありがと。あとちょっとね、話があるんだけど……」サラは口ごもりながら言った。


 キルチェは大いに興味をそそられたような目で二人を交互に見比べて、その後ろで見知らぬ銀髪の少女にひそひそ話しかけているもう一人の少女のミクのほうも見た。


 彼女はいつもサラと一緒に行動している内気で小柄な少女である。茶色の肩までの髪型でいつも前髪で目を隠している様な感じだが、今日は可愛いらしい髪留めで額を見せていて、明るい桃色の可愛い服を着ている。


 キルチェは着ているものがいつもと違うと、こうも印象が変わるものなんだと思って、こっそり見ているところにサラに声をかけられた。

「キルチェもちょっといいかな?」


 サラはそう言うと困惑気味の二人を手招きして、噴水の向こう側に連れて行こうとした。彼らがミルトに何か言おうとすると、すかさず後ろからミクが彼らを急きたてて、その場に残った二人から遠ざけていった。


 ミルトはいきなりあの少女と二人きりにされて大いに照れることになった。少し離れて彼女も恥ずかしげに佇んでいる。


 ミルトは少女をちらちら盗み見ながら思った。


 しかし、近くで正面から見る彼女はなんて綺麗なのだろうか。物語で現れるような天の使いとは彼女の様な感じなのかもしれない。


 彼女の澄んだ青い瞳が、上目遣いにじっとミルトの事を見つめている。


 ミルトは彼女と向かい合わせには立ってられずに、横を向いたり下を見たりずっと落ち着きなくそわそわしていた。


 彼女はもう二歩ばかりミルトに歩み寄ると、透き通る様な声でミルトに話しかけた。

「あの……初めまして。私の名前はミラーマ=アクウォートと言います」


 ミルトはまともに目も合わせられなかったが、耳に全神経を集中して彼女の言う一語一句を心に刻んでいた。

 ミラーマか……とても綺麗な名前だ。


「いきなり呼び止めてごめんなさい。貴方の名前はミルト=アドファイスですよね。お友達に教えて貰いました」ミラーはミルトの目をまっすぐ見て話しかけている。


 ミルトは自分の名前を彼女に知られているという喜びをなんとか抑え、少しの間目を向けて小さな肯定の頷きを返した。


 彼女はミルトの反応を確かめながら話を続けていた。


「あの、私、最近この街に引っ越してきたの。それで、まだあまりお友達がいないの。でね、出来れば貴方とお友達になりたいのだけど。……どうかしら」

 彼女はそう言うと耳まで真っ赤にして顔を伏せていた。


 ミルトは目を合わさないようにしながら聞いていたが、彼女が精一杯の勇気を振り絞って今の言葉を言ったのだと分かった。


 今度は自分がそれに答える番だと気づいたが、声が喉に引っかかり何だかうまく声が出ない。


 ミルトはごくんと唾を飲み込んで小さい声ながらも返事を返した。

「うん……もちろんいいよ。よろしくミラーマ」


 ミルトも同じ様に顔を伏せたい衝動に駆られたが、なんとか上目遣いに彼女の顔を見ながら言った。


 彼女はそれを聞くと体の緊張を解いて、輝く笑顔を見せた。

「こちらこそよろしくね。あと私の事はミラーと呼んで。みんなからもそう呼んでもらっているの」


 ミラーのその明るく楽しそうな声を聞くだけで、ミルトの心の中は何だかぽかぽかと温かくなってきた様な気がした。


「うん、僕の事もミルトでいいよ」ミルトもなんとか笑顔を返す事が出来た。少し引きつってはいたが。


「うん、ミルト。……あのね、これを受け取って欲しいのだけど。私の前に住んでいたところに咲く花で、私の一番好きな花なの」

 ミラーはそう言うと、両手で持っていた細めで可憐な青い花をおずおずと差し出してきた。


 ミルトはその花を見ながら少し戸惑ってしまった。


 この花はもしかしたらこの祭りでいう愛の告白なのだろうか。それとも単にお近づきの贈り物なのか。


 ミルトはどう思ったら良いか分からないまま花を受け取ると、ミラーはとても嬉しそうな笑顔を見せてきた。 


 ミルトは彼女のその嬉しそうな顔を見て、自分も何かお返しがしたいと思った。


 そう思って何かないかと考えていると、ふと先程拾った花の事を思い出した。


 その花は剣士や騎士なら本来剣のあるべきところに刺してある。


 ミルトはその花を剣に見立て、腰の鞘から剣を引き抜く様にして、すらりとミラーに差し出した。


 ミルトは王女に剣を捧げる騎士の姿を心に思い描いていた。


 広い王室の玉座の前で、大勢の騎士達を後ろに従えた立派な騎士が、美しい王女様の前で剣を捧げ忠誠の言葉を口にする。


 物語で聞き何度も夢想したような光景が、今まさに形を変えて現実のものになっていた。


 ふと、ミラーが受け取ってくれなかったらどうしようと思ったが、ミラーの温かい手がミルトの手に少し触れて、その花を受け取ってくれた。


「ありがとう、ミルト。大切にするわ」

 そう言うとミラーは大事そうにその花を胸に押し抱いた。青い服に橙色の花がとても印象的であった。


 ミラーの体からなのか花の香りなのか、とにかくミラーが手を伸ばせば届くほどそばにいて、何かとても良い香りを感じるとミルトは何だか頭がくらくらしてきた。


 ミルトはトーマ達がこっちに戻って来るのを待ちたかったが、もう限界だった。


 ミルトはじゃあまたと照れた声で言うと、そのまま後ろを向いて駆け足でその場から逃げ出したのであった。


 ミルトはわき目も振らず大人達の間をすり抜けるように走っていたが、駆けている最中に、こんな別れ方をしたら彼女はどう思うだろうと考え始めた。


 あきれるだろうか?怒るだろうか?それとも悲しむだろうか?もしかしたら嫌われるかもしれない。しかしあの時あの場所で、彼女とどう会話を続けていけば良いのかまったく思いつかなかった。たぶんあそこに居続けていたら気が狂うか気絶するか石にでもなってしまうだろうと思った。だからもうこれはしょうがないのだ。




 ミルトは一応心の中で結論を付けて足を止めると、あまり足を向けない閑散地区にまで来てしまっていると気が付いた。


 よくこんな所まで来たもんだと我ながら感心していると、後ろから仲間の声が追いかけてきた。


「待てってば、ミルトー」


 トーマとキルチェが駆け寄ってくる。ミルトのそばまで来ると、二人は手を膝につけて、ぜいぜいと息を切らしながら話しかけてきた。


「は、走り過ぎですよ」キルチェは息も絶え絶えだ。


「そうだよ、まったく。こんなに遠くまで来る事ないじゃんか」トーマは言葉を一度句切ってから次の言葉を言った。


「……いくら女の子に花を貰ったからってね!」

 トーマはにんまりと笑った。


 ミルトはそれを聞くと慌てて青い花を後ろに隠そうとしたが、無駄だと気づき大きな溜め息をついた。


 そうなのだ、ミラーの友達の計らいで、あの時僕らは二人きりになったのだ。何処からかばっちり見られていたのに違いない。でも僕らが二人きりの間トーマ達は何を話していたんだろう?


 ミルトが疑問に思った事を口にする前にトーマが身を乗り出してきた。

「んで、どうなったんだ?花を貰ってるとこをみると付き合う事にでもなったのか?」


 キルチェもへたり込みながらも興味深そうな目を向けてくる。


 ミルトはもう一度大きな溜め息をつき二人を睨んで言った。

「そんな訳ないだろ。これはただ貰っただけだ」


 そうかな?何の含みもないのかな?何度思い返してみてもはっきりとは分からなかった。


「ミラーがまだ友達が少ないから友達になって欲しいって……」

 ミルトは二人のにやにや笑いが気に入らなかったので足で砂埃をたてて牽制をしたが、素早く避けた彼らの顔を変える事は出来なかった。


「ふむふむ、なるほど。ともだちねぇ」トーマは露骨な笑い顔で考えるふりをしている。


 ミルトはどうあがいても今の自分の立場では勝ち目はないと思い天を仰いで言った。

「あ~ほんとにそれだけだってば!かんべんしてくれよ」


 やっと息が整ってきたキルチェが笑みを抑えて話に加わってきた。


「まあサラ達が言っていた事と同じ様ですね。あの女の子、ミラーマと言ってましたっけ、彼女がミルトと友達になりたいっていうから協力して欲しいって」


「そう。でも、俺たちと、じゃないよな。〈ミルト〉と友達になりたいらしいからな。何で〈ミルト〉なのかは、分かるよな?ミルト君」


 普段ミルトにやり込められる事の多いトーマがここぞとばかりに言ってきた。


 ミルトはどこにも逃げ場がないのを思い知り、戦場で敵に完全に包囲されている一兵士の様な気持ちだった。そこでは剣を抜き大声を出して敵の中に突っ込んで行くか、その場で静かに自害するか、武器を捨てて諦めて投降するかしかなかった。


 ミルトはあっさり降参した。

「そうだね。もしかしたらあの子は僕に気があるのかもしれない」


 トーマはそれだけじゃないだろうという目でずっとミルトを見つめている。


 ミルトはまた大きく溜め息をついて言った。

「……それに僕もあの子の事を嫌いじゃない」


 トーマはいやっほうと奇妙な歓声をあげミルトの肩に自分の肩をぶつけてきた。キルチェも感慨深そうな顔で頷いている。


 ミルトは嬉しいのやら情けないのやらよく分からない気分でただその場に立っていた。




 三人はいつもより興奮した感じで並んで歩きながら帰った。とりあえず興奮しているのはトーマが主だったが。


 それでも話題はことごとくミルトとミラーの事だった。


「でもあの子はかなりの美人ですよね」キルチェが思い浮かべる様に言い出した。


「おっ!まさかキルチェも好きになったのか?恋敵出現ってやつだな!」

 トーマがすかさず話を盛り立ててきた。ミルトはずっとだんまりを決め込んでいる。


「違いますよ。客観的に見てどう見えるかを言っただけです。それともトーマは彼女を美人ではないと思うのですか?」キルチェは詰問口調で言う。


「うっ……美人ではないとは言ってないぜ」トーマはあっさり降参した。


「そうでしょう。もし違うと言うならトーマの美的感覚を疑うところでした。ミルトもなかなか男前の部類に入りますからけっこう良い組み合わせと言えるのではないですか」キルチェの分析癖が始まった。


「まあな。なんか持ってる雰囲気も似てるしな」とトーマ。


「そうですね。感覚的にですが、不思議と」とキルチェ。


「でもまあ、とりあえずミルトの友達なら俺たちの友達だ。何かあったら助けてやろうぜ。ま、取りあえずはミルトに任せるけどね」トーマが結論付けた。


 ミルトはいつもより数倍はしゃぐ仲間に挟まれながら黙々と歩いた。いつになったらこの話題が下火になるかと考えると当分は無理だと思い至った。


 お母さんやポム爺さんには必ず話すだろうし、下手したら知り合い全員に言うかもしれない。そんな事になったら話には尾ひれがついて噂話はいつの間にか大きくなって……。ああ駄目だ、何とかお母さんとポム爺さんだけにして貰わないと。でも、その提案をするのはもう少し後になりそうだ。二人の熱がもう少し下がるのを待とう。


 ミルトは彼女と二人っきりだった時の事を思い出すたびに心が躍り、これからこの話題を話す事による皆の反応を思うと心が沈んだ。


 こんな心の浮き沈みを延々と繰り返し感じながら、ミルトは黙々と歩いていたのだった。

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