26.救出

「あら、ジルベルト殿下、ごきげんよう」



「ああ」



テスト結果が公表され、またクローディアに並べなかった事を少し悔しがりながら廊下を歩いていると、すれ違いざまに一人の令嬢に声を掛けられる。



どうせ何時もの擦り寄りだと思い適当にあしらおうとするが、彼女が次に発した言葉に進みかけた足を止めた。



「クローディア様には会われましたか?」



「…クローディアに?」



「はい。クローディア様が先ほどジルベルト殿下の場所を私に聞かれたので、教室にいると思います、とお伝えしました」



「…来ていない」



「え?」



「クローディアは、私の教室には来ていない」



嫌な予感がする。




「それはいつの話だ?」



「10分ほど前のことですが…」



「そうか」



クローディアの教室からジルベルトの教室までの道のりは複雑なものではない。その上クローディアがこんな単純な道を間違えるはずもない。



途中で他の道があるとすれば…



噴水へ続く道しかない。あの噴水はとてつもなく巨大で、影に隠れてしまえば見つけるのは非常に困難になるだろう。



「アラン!」



荒々しく名を呼び噴水へと走った。




*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー




ーーー体が重い。



学園用とはいえ、クローディアが着ているのはドレスだった。

何重にも重なる布一枚一枚が水を吸い、動きづらさは増す一方だった。



巨大な噴水の水深は、美しい見た目に反しかなり深かった。三メートル程あるだろうか。もしかしたらもっと深いかもしれない。地面に深く掘られた噴水は、外から見た水深は1メートル程だろう。クローディアもその程度だと思っていた。



ーーー苦しい。



なんとか水面に向かおうともがけばもがく程、ただ体力を消耗するだけで息もできないため、苦しさだけが増していった。



息ができない体は、水中にも関わらず反射的に空気を求め呼吸の動作をする。



途端、大量の水が体内に入り、代わりに自らの肺に残っていただろう空気が水面へと無情にも昇っていった。これまで以上の苦しさとともに意識が薄れ始める。




ーーーここで終わるのね…。




水面がキラキラと光るのが見えた。



意識を手放す瞬間、光る水面に影がさした気がしたが、考える間も無く闇に包まれた。




*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー



噴水がある方向へ全力で向かう。もしこれがただの杞憂であるならいいのだが。



その時、噴水の方から激しい水音が聞こえた。



ーーーまさか!



最悪な予感がして進むと、噴水の方から血相を変えた令嬢たちが向かってきた。



「ク、クローディア様が…!」


「ジュリア様がクローディア様を…!」


「私たちそんなつもりなかったのに…」



皆が同時に喋り出した。パニック状態に陥っている。



「アラン」



「はい。みなさん落ち着いてください。早くその場所へ案内を」



ジルベルトがアランに指示を出し、現場へと案内させる。




案内された先には、噴水の水面に向かって気が狂ったかのように高笑いを続けるジュリアの姿があった。



「お前!何をしている!」



ジルベルトが問い詰める。



「オホホホホ!!!これで一番!私が一番よ!」



ガバッと水面を覗き込む。水面の反射でよく見えないが、紫色が見えた気がした。



クローディアが今日着ていたドレスの色だった。



「クローディアっ…!」



「殿下っ!おやめください!」



アランの制止も聞かず、無我夢中で噴水に飛び込んだ。



冷たい水のなかを掻き分け進んでいくと、水中でゆらゆらと揺れるシルバーの髪が見えた。



手を伸ばし抱き抱えて水面へ向かう。



「殿下!ご無事ですか!」



クローディアを抱えて噴水から這い上がると、未だ笑い続けるジュリアをアランが拘束していた。嫌がらせをしていた令嬢たちはその様子を見て立ち尽くしている。



「私は問題ない!それよりもクローディアだっ…!水を大量に飲んでいて意識がない!」



「…っ!」



ジルベルトがクローディアの体を横に向け、気道を確保し水を吐かせる。



「ゴホッ…!」



少しするとクローディアがかなりの量の水を吐き、その後力なく横たわった。



「クローディアッ…」



青白い顔をしたままのクローディアにどれだけ声をかけても、返事が返ってくることはなかった。








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