27.記憶喪失
「……………………。」
…声が聞こえる。
薄く開いた瞼に眩しい光が差し込んだ。
「ん…」
見慣れない部屋が目に入った。金で装飾され一見派手に見えるが、部屋全体はシンプルにまとめられていて上品な雰囲気がする。
「ここは…」
「…っ!?お嬢様!」
一人のメイドが声を荒げて近づいてきた。
「お嬢様!お気づきになられましたか!?」
「貴女は…」
彼女を知っている気がして名前を呼ぼうとする。
ーーーあれ?
おかしい。何かがおかしい。わたくしは彼女を知っている。絶対に知っているはずなのだ。それなのに。
ーーー何も思い出せない。
わたくしの本能は彼女を知っていると言っている。でも具体的に考えれば考えるほど頭に霧がかかったように思い出せない。まるで思い出したくない、と言っているかのように。
「ごめんなさい。思い出せないわ…」
「嘘っ!お嬢様!私ですよ!」
「…ごめんなさい」
「…っ!?お医者様をお呼びします…」
わたくしがそう言うと彼女は息を飲み後ずさりをし震え声でそう言った。
「嘘よ…。お嬢様に限ってそんなことがあるはずないわ…」
ブツブツと呟きながら彼女は大急ぎで部屋から出て行った。
数分後。
バタバタと大きな複数の足音が聞こえた。先ほどのメイドが呼ぶ、と言っていた医者が到着したのだろう。
「クローディアッ!目が覚めたのか!」
お医者様だと思っていたが、入ってきたのは同い年くらいの青年だった。
かなり取り乱しているのか、半ば転がるように部屋に入るとわたくしの元まできた。
「大丈夫か?どこか痛むところはないか?気分が悪かったり…」
「大丈夫です」
「私の…名前は分かるか…?」
美しい金髪の一部が変色している。
「綺麗な髪…」
「えっ?」
「すっすみません…。とても綺麗な髪でつい…」
どうやら思っていてことが口に出ていたようだ。
「ジルベルト殿下、ですか?」
「分かるか!?」
青年の顔がパッと明るくなり安堵の色が現れる。
「申し訳ありません。髪の一部が変色しているので王族の方だと言うことは分かるのですが、同年代の王族の方はジルベルト殿下しかいらっしゃらないので…」
しかしわたくしがそう言うと酷く肩を落とした。
どうにかして記憶を辿ろうとするが、またもや霧がかかったかの様に白く霞んで思い出せない。
「失礼します」
聞きなれない声が聞こえて横を見ると、白衣を着た男性が立っていた。どうやら医者の様だ。恐らくジルベルト殿下であろう方が先にわたくしの元に詰め寄っていたため今まで話に入ってこられなかった様だ。
診察が始まり、いろいろなことを質問されたがほとんどのことに答えられなかった。
*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
クローディアが意識を失ってから一週間たった。
噴水から助けられたクローディアの心肺は停止していた。教師、養護教諭、医師などをアランが呼びに走り、ジルベルトはクローディアの命を助けることに必死だった。胸骨圧迫から始まり、できることは全てした。
皆の懸命な救命活動により、心肺機能は無事に戻った。未だ意識を失ったままだったが療養のために一時的に王宮の一室に運び込まれた。婚約者であったため特に問題はなく、何よりも学園からの距離が近かったためだ。
あとはクローディアが目を覚ますだけ。誰もがそう思っていた。
「くそっ…」
クローディアを助けられなかったことに対する悔しさでジルベルトは自室の壁を拳で思い切り殴った。
先ほど医師に告げられたクローディアの症状に、その場にいた全員が言葉を失った。
『クローディア様は記憶を失っておられます。これまでかなり精神的にお辛かった様です。そのタイミングでこの様なことが起きたのでショックに耐え切れなかったことが原因と思われます。もう思い出したくない程辛いことがあったのでしょう』
クローディアはいつも私に大丈夫だと言っていた。本当は記憶を無くすほど辛かったのに、ずっと黙っていた。私はクローディアに信じてもらえていなかったのだ。
ーーー私は一体何をしていた。
頼られたい一心で心配をしている気になっていただけだった。クローディアの辛さに気づいてやれなかった。何もしていなかった。あんなに近くにいたのに。全ては単なる自己満足に過ぎなかったのだ。
ジルベルトは自分の不甲斐なさと無力感に酷く苛まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます