第6話 「少・女・決・断」
春・三月。
石ノ森高校も春休み。
生出姉弟。佐田啓介。風田渡。金沢撫子。前田翔子の六人は、亜留葉の提案で遊園地へと出向いていた。
「呉越同舟ってやつだな」
スタジアムジャンバー姿の佐田がいうのはもちろん風田のことである。
「そ、そうだな」
可愛らしい格好の亜留葉がほほを染めつつ同意する。
「お嬢様」イメージで白いワンピース。大きな同色の帽子。
意外にもツインテールと帽子は相性がよい。
「戦うことでしか、俺たちはわかりあえない」
Tシャツの上からデニム地のジャケットを羽織った風田。
相変わらずの黄色いマフラーをたなびかせて言う。
「どこぞのジョーカーか。お前は」
真顔の風田に突っ込む佐田。
そのやり取りを見て、くすっとかわいらしく笑う亜留葉。
入れ替わり騒動以前と比べて、格段に柔らかい笑みだ。
「自分は男だ」という気負いが消え、力の抜けた「女性的な」笑みだ。
「随分と可愛くなったな。亜留葉」
それを言う佐田も優しい表情だ。
「そ、そうか……しら?」
照れつつ女言葉を紡ぐ。
意図して……むしろ「無理して」女子になろうとしている。
それが恥ずかしいのか?
それとも別の気持ちからかその白い肌に朱が散る。
「むーっ」
面白くなさそうな翔子。彼女にしてはガーリーにピンクのワンピースと決めているあたり、佐田と遊園地に出向くというのを意識してのものだ。
それがいくら親友の亜留葉とは言えど、意中の相手の佐田といい雰囲気では面白くない。
「まあまあ。今日は姉さんに免じてみんな仲良く」
さりげなく翔子の肩を抱きつつ、青い生地にストライプのシャツと白いスラックスに身を包んだ平太がいう。
その手を笑顔でつねる翔子。
不穏な空気が漂うが、遊園地についたらいっぺんにそれが吹き飛んだ。
オカルト研究会の儀式で押収した謎の石の惨劇から10か月。
生出理人は亜留葉、平太の二人に別れ
物語は混沌を極めていた。
「何? これ?」
唖然とする一同。
この日は土曜日。遊園地には野球をメインとしたスタジアムがあり、そこで前夜に開幕戦を行ったプロ野球。
この日はデーゲームが予定されており、両チームの応援でにぎわっているのははわかる。
もちろん土曜日ともなれば親子連れが遊園地にも来る。なおさらわかる。
そして競馬も開催されるため、敷地内にある場外馬券売り場目当ての競馬ファン。
また別の建屋でではプロレスが開催されそのファンも。
この時点でかなりカオスだったが、決定打として定期的に組まれているコスプレイベントが開催されていたこと。
そのためエリアが限定されているとはいえ、広範囲にコスプレイヤーが大挙しているという這い寄る混沌な様相であった。
「まぁ。うずうずしますわ」
こちらは白いブラウスに花柄のワンピースを重ね着した撫子が、バッグからメイクセットを取り出す。
「弟さん。ちょっとお化粧してみません?」
レイヤーに刺激されたか?
あるいは彼女なりの「おちょくり」だったか平太にそんなことを言う。
断るのを見てからかうのもあったが
「うーん。悪くないけどこの格好だからなぁ」
もちろん男子の服である。
だが『メイク』にはまんざらでもなさそうな平太である。
「まぁ。それではお洋服を持ってくればよかったですわね」
どこまで本気かわからないが、柔らかいもののまじめな顔つきの撫子。
「そうだね。ここに混じるんじゃ思い切り飾らないと負けるね」
乗っただけか。まるで女装を拒絶する意思を見せない平太。
当人たち以外は軽く引く。
(平太の変な扉を開いちまったか?)
佐田が思うそれは文化祭の女装コンテストの話。
代表として出場させた平太が、それ以降というもの「女装」むしろ「女の子の姿」に抵抗なくなっていた。
こちらも変化である。
だが他者は知らないが一番は、なんといっても入れ替わりの一件。
ともに『異性』を体験して考えが変わった。
特に亜留葉は「念願の男」に「戻れた」はずなのに、逆に「自分が女」と認識したことに。
それがこの態度の変化につながっている。
反対に平太は「女子」を知り、別な意味で興味を持っていた。
だからこそ今の撫子と交わした会話である。
「とにかく遊ぼう。ウー。楽しみ。わくわくもんだぁ。何から乗る?」
翔子の先導でアトラクションに向かう一同。
連れていかれた先で青ざめる亜留葉と佐田。
軽いノリで翔子が言う。
「まずはジェットコースターなんてどうかな?」
「「さらっというなぁああああああ」」
見事にハモった亜留葉と佐田。
直後に轟音を響かせ、コースターが上を駆け抜け、悲鳴が響き渡る。
「なぁに? 怖いの? 二人とも」
上から目線で言う翔子。若干サティスティックな目つき。
「怖いんじゃねぇ。苦手なだけだ」
何の言い訳にもなってない佐田のコメント。
「そうだ。それに私は身長が基準に満たないのではないか?」
いくら女子と言え自らの小ささまで口にする亜留葉。
確かに低いが「この辺に亜留葉」とか「アルハヘッド」などと矢印を指されるほどではない。
「さすがに大丈夫ではないかと」
撫子が控えめに言う。
「とにかくいい。私は待っているから、みんなで行って来い」
「お、俺も?」
心底苦手らしく情けない声をあげる佐田。
そこに意外なことに風田からの助け舟が入る。
「女子を守るのが男の役目ではないのか?」
壁にもたれ腕組みしながら風田が言う。
「どこのチェイサーだ? お前は」
「なら乗るのか? 覚悟はいいか? オレはできてる」
「だから乗らねえよっ」
「私もだっ」
結局は二人して待つことに。そう。男女二人きりである。
(き、気まずい……)
ベンチに並んで座っている亜留葉と佐田。
男・生出理人だったころはなんとも思わない佐田と二人だけ。
しかし女子である現在は意識してしまう。
何とか平静を装うがたまらなくなっていた。それで
「あー。佐田。実は私は前からこういうのが苦手だったんだ」
緊張に耐えかねて亜留葉が沈黙を破る。
「それにしちゃお前の片割れは喜々として乗りに行ったがな」
言外に「同じ母親から同時に生まれたのにこの違い」と言っている。
「あいつは女の子の前では、どんな苦手でも我慢できる」
「大したスケベだよ。見上げた根性だ」
「ほんとだな」
笑い合う。そして黙りあう。
ベンチの前をレイヤーたちがひっきりなしに通る。
場所がら特撮ヒーローも多い。
そんな非現実的な空間で
(うー。間が持たないよぉ)
現実的な思いに縛られる亜留葉。
赤い頬の亜留葉がちらっと佐田の横顔を見る。唇に目が行く。
(キス……したゃったんだよな。こいつと。女として……気持ち悪い)
もはや自分は女。そう割り切ったはずだった。
(な、なんで? 私は女として生きる覚悟をしたはずだぞ?)
気持ちの整理のためにこの「合同デート」に踏み切ったのに「予想外」の感情。それに戸惑う。
(もともとが平太の彼女として出た存在。それなら恋愛対象も男のはずなのに、なんで同性に対する思いに?……同性!?)
阻む『同性』に、その「内なる存在」に思い当たりが。
逡巡しているうちに時間が過ぎ、みんなが戻ってきた。
いきなりきつかったのと、絶叫マシンが苦手な二人も楽しめるようにゲームコーナーに。
ゲームコーナー。
迫りくるゾンビを銃で撃破していくゲームを、平太と翔子がしていた。
ほかにも空いている台はあったが独占を避けたのと、なにより友達に観ていてほしかったのである。
この組み合わせなのは翔子は佐田に。平太はもちろん亜留葉に対するアピールで。
しかし平太のキャラがゾンビにやられてライフが無くなった。
開始前には「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ」と息巻いていたのにだ。
「あわわわっ。コンティニュー。コインは?」
慌てているためうまく小銭を探し出せない。ゲームオーバーが迫る。そこに
「お父様の財産からいただいたコインです。無駄遣いせぬよう励みなさい」
「女性らしさ」を意識してか、コインに口づけしてから亜留葉がスリットに入れる。
「サンキュー。亜留葉ぁ」
まるで巨体化したような印象を抱かせる復活だった。
「この星を、なめるなよ」
居合わせた赤いブルゾンの青年がなぜか反応する。
ブルゾンの下のTシャツは一面ワシの顔がプリントされているという、近畿エリア一部でおばさまたちに好まれるとされるデザインだった。
和太鼓を叩いてのリズムゲーム。曲は「恋幻想(ラブ・ファンタジー)」というタイトルだった。
「いよおっ。爆裂強打の型」
派手にバチをたたきつけフィニッシュを決める佐田。
「キャー。すごぉい」
はしゃぐ翔子。しかし亜留葉は何となく気恥ずかしい。
(まただ? 今までさんざん女として意識していたのに、いざ女としてふるまいかけると逆に徹しきれない。これはやはり……)
表面上は笑顔だが、内心ではこわばっている亜留葉。
プリントシールの筐体エリア。
基本的に女子用で、男性は女子と一緒でないと入れない。
「これを見るたびに男性差別って気がするがなぁ」
「撮りたいの? 佐田君」
「い、いや。別に」
翔子の問いかけを慌てて否定する。
「まぁちょっと興味はあるが……そうか。女が一緒ならいいのか。勝利の法則は決まった」
いうなり佐田は翔子の手を取る。
「えっ?」
赤くなる翔子。
「翔子さん」
空いた手で今度は亜留葉の手を掴む。
「お、おい!?」
「亜留葉さん」
二人を引き寄せ筐体に。
「女子の力、お借りします」
何のことはない。
女子と一緒でないと撮れないから、二人を道連れにしただけだ。
協力を要請するので、珍しく敬語だ。
(な、なんだ? 手を握られてときめいたぞ。ああ。やはり私は女なんだな)
考えが落ち着きかけるが
(……でも今度は理人の心が邪魔に。私はなんと半端な存在なのだ!)
やはり迷う。
いろいろと考えていたが撮影が始まるとそうもいかなくなる。
ポーズや表情を作ってみる。
その際に『女の子らしい』表情やポーズがしっくりくるなと自分で思う亜留葉であった。
(この見た目同様に、私の心も完全に女ならどれほど楽なことか……)
ゲームコーナーの次はホラーハウスだ。
懐かしい呼び方だと「お化け屋敷」。
デートの定番である。
それもあり男女ペアでとなる。
「いくよ。せーのっ」
六人が一斉に手を出す。
グーを出したのが亜留葉。撫子。佐田。
チョキが風田。
パーで一致したのが平太。そして翔子。
「よっしゃ! ラッキー。まずは僕たちがペアだね。さぁ。いくよ」
(翔子とヘアであんなに喜ぶなんて。私が本命じゃないのか? まぁ私とは家でいくらでも一緒にいられるが。だから翔子とのペアが貴重か)
納得はした亜留葉。
一方、平太とペアを組むことになった翔子はかろうじて不満顔を抑えていた。
佐田と組みたかったのは間違いない。
だから平太に八つ当たり気味にきつく当たる。
「暗いからって変なことしたら叩くわよ」
全く信用の無い平太である。
決まったからには仕方ないからそのまま出発する。
三回繰り返して風田と撫子。佐田と亜留葉というペアになる。
先行した風田達から五分あけて亜留葉たちも入る。
当然ながら中は暗い。
不気味な効果音が場を盛り上げる。
「な、なかなか雰囲気あるじゃねーか」
どもったあたりで怖がっているのがバレバレの佐田だった。
「お前、もしかして怖い?」
思わず口にする亜留葉。
「なんてこった!? まさか俺様がお前にそんなことを言われるなんて。すなわち、屈辱」
やたら持って回った言い回しだった。
亜留葉は佐田を見下すというよりかわいらしく感じてしまった。
それに気が付いてまた自問自答。
(あれ? これって母性本能? やっぱり私は女でいいのか?)
体は間違いなく女である。
心もほとんど女なのだが、わずかに残った元の生出理人としての部分が苦悩を産む。だが
「行くぞ! 心火(しんか)を燃やして突き進む」
佐田がいきなり亜留葉の腕を取り進みだした。
しかしそれに軽い反発をする亜留葉。
(あれ? 男にリードされるのが何となく面白くないぞ。これってもしや男のプライドが残っていたのか?)
またわからなくなる。
後ろが閊えるほどに遅いペースの佐田と亜留葉。
二人とも意外に「ビビリ」で、互いにしがみつくようにして暗闇を進むゆえだ。
やっとのことで出口から出る。
「遅かったじゃない」
揶揄という感じではない。明らかに不満顔の翔子。
それも原因は「遅かったこと」ではないようだ。
「その理由を話す」
このセリフは佐田ではない。平太だ。
比較的距離のある所からいきなり叫ぶ。
「佐田啓介ぇ」
いきなり小芝居が始まった。
「君たちかなぜ、こんなに遅く出てきたのか?
「どうして姉さんがしがみついていたのか?」
「ホラーハウスの中で何があったのか?」
まさにひのき舞台という感じのふるまいだった。
「それ以上言うなぁーっ」
真っ赤になって亜留葉が駆け寄る。
「やめろぉーっ」
佐田も駆け出す。
「その答えはただ一つ」
翔子が平太の胸ぐらをつかむ。
「二人ともォ、お化けにビビって進めなかったからだぁ。げははははは」
まるで神(自称)のように尊大な態度であった。
「おおーっ」
あたりのレイヤーから拍手が沸き起こる。パフォーマンスとみなされたらしい。
「だからやめろと言ったんだ。恥ずかしい」
「……破廉恥」
「もういい? 満足した?」
翔子の冷たい口調が妙に怖くてその場を離脱した。
さんざんに遊び倒して夕暮れに。
三月ともなるとずいぶん日が伸びているが、それでも暗闇が訪れる午後六時。
親の庇護にあるだけにそろそろお開きにとなってきた。
「遊園地デート」締めくくりの定番は観覧車。
これも男女ペアで三組で乗り込むことにした。
「それはいいけど……まさか緊急停止したはずみで、中の二人がキスしちゃったりしないよね?」
平太が言う。
「そんなのを期待しているのか? 破廉恥な。危ないからお前は私と来い」
亜留葉が憤慨して平太を連れて行く。
こうなると女子サイドは思惑が一致している。
翔子は佐田と。撫子は風田とともにゴンドラに。
「監視」を名目に平太と乗り込んだ亜留葉だが、残りの四人が乗り込んだのを見届けたらいきなり疲れた表情になる。
それどころか膝に顔をうずめてしまう。
「わっ。どうしたの? 姉さん」
「……疲れた……佐田といるとなんか意識して疲れて」
だからわざと離れるように平太と観覧車に乗り込んだ。
「意識って……姉さん。本当に佐田のことが?」
「わかんない。それ以前に私は女なのか? 男なのか?」
「なに言ってんのさ。姉さんは立派に女性だよ。スキーの時によく見たから間違いない」
平太と入れ替わった際にさんざん自分の裸体をみられていたのを思い出した。
顔に赤みがさす。
「……破廉恥」
罵倒というより恥じ入る乙女のそれだった。
時計の文字盤に例えると双子のゴンドラか10時の位置くらいの時に、亜留葉が独白を始めた。
「私は『生出理人の彼女』としての存在だから女の体になった。同時に『もう一人の理人』でもあるので、私の一部は生出理人なんだ」
平太は黙って聞いている。
「だからそれが私を完全な女にさせない。私はそれを抱えたまま生きていくのだろうか? とてもつらい」
「だったら僕が支えるよ。亜留葉」
この時は「姉」ではなく「愛しい女性」として名前で呼ぶ平太。
そっと抱き寄せる。
「僕だって生出理人の半分なんだ。二人で一人の生出理人なんだ」
「半分こ同士か……ふふ。まさにベターハーフだな
やっと亜留葉に笑みが戻った。そして
「べ、ベターハーフ!? それって夫婦のことじゃないか。破廉恥。破廉恥だぞぉぉぉぉ」
照れて暴れる亜留葉。
「ね、姉さんが言い出したんじゃないか」
ちょうど抱き寄せていた平太が、押さえつけるようになる。
当の亜留葉も言い出したのは自分自身と指摘され、冷静さを取り戻す。
だから言い直した。
「ベターハーフがだめならベストマッチではどうだ? 例えばウサギと戦車とか……むしろウサギとドラゴンかな?」
「……なんか行けそうな気がする」
「ふふっ。ほんとに私たちはいい姉弟だな」
可愛らしく亜留葉が笑う。男から分裂したとは思えない愛らしい存在だった。
「そうだね。姉弟だね」
どこかさみし気な笑顔で平太が答える。
(亜留葉姉さんの中にも同じ「生出理人」の一部があるから、僕と姉さんは血を分けた存在。だから結ばれない。姉さんの中からそれを取り除ければ……結ばれることが罪だというなら、僕がすべて背負ってやる!)
「どうした? 平太?」
無防備に顔を近寄せる金髪の美少女。
佐田をあれだけ『異性』として意識しながら平太にはあくまで弟としての態度。
(僕のことを『男』扱いしていないな。はは)
心中で苦笑する平太。
いっそこの至近距離にある唇を奪って、自分が男と思い知らせようかとも平太は思うが、彼の中にも同じ生出理人の要素がある。それゆえ手を出す気になれない。
(ああっ。本当に理想の美少女なのに手を出せないなんてっ。いっそ僕も女だったらあきらめもついたのに……僕が女だったら?)
その言葉が引っかかった。しかしとりあえず亜留葉の追及をごまかしに。
「ああ。何でもないよ。姉さん。景色に魅入ってたんだ」
暗くなってきて灯が付き始める。キャンドルを思わせる灯だ。
「ああ。本当だな。とてもきれい」
亜留葉もさみし気に言うと二人して窓の外を見て、下につくまで一言もしゃべらなかった。
平太は考え事のつづきを。亜留葉は何を思ったか?
六人全員が観覧車から降りて集まった。
「さて。最後は飯食って帰ろうか? 何が食いたい?」
佐田が仕切る。
「はいはーい。みんなで中華料理なんてどう?」
「おっ。中華か。いいな。俺は『ラーメン大好き啓介さん』と言われるほどラーメン好きでな」
舌なめずりしかねない佐田の表情。文字通り「食いついて」来た。
「うん。観覧車の中で聞いたもん。じゃ、そうしよ」
翔子は佐田の腕にしがみつく。ちらりと亜留葉を一瞥する。
友人に対する目ではない。『恋敵』に対するものだ。
「アイツ……」
遠くで観ていた亜留葉にもその「挑戦状」は届く。
「姉さん。彼女は確か?」
「ああ。脂分の多い中華を太るからと避けていたけど、佐田の好みに合わせたんだ」
食べ物の話とはいえ自分より相手を立てるところに、翔子の女性性を感じ取った亜留葉。
「それでは風田さん。案内していただけます?」
撫子も素直にエスコートを願い出た。
「わかった。俺について来い」
風田は右手を差し出した。彼の利き腕。戦士の腕。それを預けた。
「はい」
撫子も柔らかく手を重ね、手をつないで二人でついて行く。
「うわぁー。ただの庶民的な中華料理店に行くだけなのに、まるで高級レストランにでもい行くかのようだね」
「……あんなに可愛らしく『お願い』されたら男なら誰だってお姫様を守るナイトになるさ。私の中の『理人』がそう告げている」
「いや。それはどっちかというと女の子の考えじゃない? それも相当な乙女の」
「私は撫子のような乙女にはなれない」
「だから姉さんがした発想が乙女だって言ってるんだってば」
「たとえ私の一部が乙女でも、中に残る男の部分があんな可愛らしくさせてくれない。余計な『男のプライド』が邪魔して、あんな風に手を委ねたりできない」
「姉さん……」
「撫子も翔子もとても可愛い。だけど私はあんな可愛い女にも、ましてや男として佐田や風田と肩を並べる事もできない」
「どうしたのー? 亜留葉」
「行っちまうぞ」
そこで翔子と佐田に声をかけられたので、とにかく歩き出した。
店でも亜留葉は終始無言の食事であった。
高校生ということもあり十時になる前には帰ろうとなり、食べ終わってしばらくお茶を飲みながら談笑。そして解散に。
夜道ということで方角の理由から翔子を佐田が。
撫子は風田が送っていくことになった。
生出姉弟は平太がナイトだが、亜留葉自身もそれなりにやるので二人だけだ。
帰宅する。
親には食事して帰ると連絡していたので特に問題なく。
一息ついたらシャワーを浴びることに。
まず亜留葉。
そして平太の順。
平太はシャワーを浴びながら元気の無くなった亜留葉を案じていた。
(ひと眠り。ひょっとしたら「ひと泣き」かもだけどそれで元に戻るかな?)
それならそっとしておいた方がいいかな?
そう思ったものの、何しろ最愛の女性にして姉。気になって仕方ない。
だから後で亜留葉の部屋を訪ねることにした。
亜留葉の部屋の前。水色のパジャマを着た平太がドアをノックする。
「姉さん。入るけどいいよね」
許可を得る前にドアノブを回している。
『わっ。バカ。誰が入ってもいいなんて言った?』
声の調子が気になったが声がした。起きてはいたようだ。
「答えは聞いてない」
鍵まではかかってなかった扉を開けて、平太は中に入る。
そこにはピンクのネグリジェ姿。寝る前なのでツインテールも解いた髪で、赤い目の亜留葉がいた。ほほにくっきり涙の跡。
「……やっぱり泣いてたんだね。姉さん」
真顔で指摘する平太。
それに対して隠す気もない亜留葉。
「泣きもするさ。今日一日で嫌というほど自分の中途半端さを思い知らされたんだ」
「それでずっと元気がなかったの?」
「ああ。観覧車でも言っただろ。私は男にも女にもなれないって」
「確かに言っていた」
「けど体は女だ。男だったら佐田と風田のような関係に。生出理人だった時のようになれたのに、それすらもできない」
再び亜留葉の目から涙が零れ落ちる。
そして彼女は叫ぶ。咆哮といってもいいほどに声を出す。
「もう嫌だ。男と女の板挟みに耐えられない」
再び同じことを言う。
「私は男になれない。だけどこの心に男の心の一部があるから、完全な女にもなれない。中途半端な存在なんだ」
泣きながら亜留葉は訴える。
「……姉さん」
平太も二の句がつげない。
「いっそやり直したい。お前は生出理人に戻り、私はその彼女として再生される。完全な女になったその方がよっぽど楽だ」
存在をリセット。それは「死にたい」と同義語だった。だから平太が止める。
「そんなの嫌だ。亜留葉が亜留葉でなくなる。姉さんの消えた世界なんて嫌だ」
絶叫に近い声で平太が声を張り上げる。
本気の叫びが彼女に届く。
涙は残るが、笑みになる。
「平太……ありがとう。愛してくれて」
亜留葉は親愛なるものを、その半身を優しく抱きしめる。
「当然さ。亜留葉。だって君は僕の理想の女性で、最愛の姉さんなんだ」
平太も優しく抱きしめる。亜留葉のぬくもりが感じ取れる。
「あはは。確かに私は『姉さん』だよな。なのにまるで恋人のようにお前から離れたくないぞ」
泣きながら明るい笑顔を見せる亜留葉。
「僕だって離したくない。ずっと一緒にいたい」
平太がそう告げたとたんに、二人の腹部から強い光が。
亜留葉は平太から放たれた強く青い光を見て、平太は亜留葉辛い出る優しい赤い光を見た。
「これはいったい……あれ?」
驚いて離れようとした亜留葉だが、まるで接着剤でくっつけたように腕が離れない。
「離れない!? むしろ僕が姉さんに引き寄せられている?」
彼の言う通りに二人は引き寄せられていく。
平太のパジャマと亜留葉のネグリジェが粉々に砕け散る。
下着すら消失し、ともに一糸まとわぬ姿に。
まるでこれから愛し合うかのようだ。
「あ、亜留葉」
「平太!」
それがそれぞれが紡いだ最期の言葉となった。
赤い光も青い光も次第に本来の紫色に変わる。
二人は一つになったのだ。
時は流れて五月。
漫画研究会の部室前で、息をひそめている二人の男女。
中の会話から決定的瞬間をとらえて踏み込む。
「動くな。学園警察だ」
佐田が大声で牽制がてら告げる。
「わああっ。ガサ入れだぁっ」
踏み込まれた側は大慌てで「証拠物件」を隠そうとする。
だが付き添う銀髪ツインテールの少女が、証拠として現場を撮影していたのでもはや言い逃れはできない。
追い打ちをかけるように佐田が大声で宣告する。
「学園警察の権限をもって、実力を行使する!」
観念した漫画研究会部員はおとなしくなる。
その隠そうとしたもの。彼らが言う「芸術的資料」
ヌードモデル代わりと主張するわいせつ本。
平たく言うとエロ本を女の方が平然と取り上げる。
「あんたたちのお宝、いただくわ」
にっこりと笑う銀髪ツインテールの美少女。
最上級生となった佐田啓介は相変わらず「学園警察」の一員として忙しい日々を送っていた。
この日も「漫研が部室内に卑猥な本を持ち込んでいる」という情報を得て、現場を抑えたのちに没収。厳重注意をした。
「ふう。いい加減くたびれたぜ。まったく。ルール違反の部活が多くてかなわん」
ぼやく彼に傍らの少女がタオルを差し出す。
「お疲れさん。汗を拭いてあげようか?」
優しく柔らかい「女らしい」声だった。
その少女は身長168センチと長身だった。
Eカップの胸は大迫力だが、体の方は細い。
肌は輝くように白く、そして優し気な顔立ちの美少女だった。
最大の特徴は銀色の髪。それを左右にくくるツインテールにしている。
女らしく可愛く微笑み、佐田に優しい瞳を向ける。
「ああ。ありがとう。緒愛芽(おめが)」
佐田もやはり笑顔で、遠慮なくタオルを受け取った。
我々はこの少女を知っているッ!
この銀色の髪と、ツインテールに見覚えがあるッ!
そう。彼女・
「元に戻った」のではなく「合体生出姉弟」となったのだ。
大本の理人も巨漢だったが分裂して小柄な双子に。
それが再び融合したが、今度は女子ということで170を超えない程度の高さであった。
彼女はアルファでもなくベータでもない。最期の者・オメガだ。
そして亜留葉でもなく平太でもない。二人が融合した生出 緒愛芽という少女だった。
かつての生出亜留葉の背が伸び、胸が大きくなった姿。
だけど髪の毛は平太同様の銀色。
それを亜留葉のトレードマークであるツインテールにしていた。
「最後の者」になったからなのか。それとも願いをかなえたからか。
あの紫色の不思議な石は、きれいさっぱりと無くなっていた。
光と化してどこかに行ってしまったとしか思えない。
緒愛芽にとってもはや無用のものではあったものの、それでも石の消失はすべてが終わった暗示に思えた。
もうこれ以上に姿が変ることはない。だから最後のギリシャ文字である「オメガ」から自ら名をとった。
「それにしても緒愛芽。お前は女なのにエロ本は平気なんだ?」
学園の廊下を歩きながら佐田が問いかける。
「え? えーと、それはね」
うまい言い訳が出てこない。だからそのまま口にした。
「あたしの中にもう一人のあたしがいて助けてくれるの。だから平気なの」
「なんだ。そりゃ?」
(ふふ。あなたのおかげで助かるわ。平太)
彼女は内なる「半身」に語り掛ける。
(どういたしまして。姉さん。いや、亜留葉のためなら)
生出理人が分裂して現れた後天性の双子。亜留葉と平太。
その二人がもう一度一つになっても「生出理人」にはならなかった。戻らなかった。
それは平太の「亜留葉を消したくない」という思い。
そして「一緒にいたい」という願いがこういう形でかなった。
また「亜留葉」「平太」として生きた日々もこの形へと導いた。
生出理人の中にあった理想の女性像。
アニムスが亜留葉なら、今度は平太が亜留葉の内なる存在となった。
一つの肉体に二つの心。
男の要素はすべて平太が引き受けた。
だから男子を内包しつつも「彼女」はまごうことなき女だった。
ちなみに平太と一体化したことで『エロ』に対する耐性もできた。
小学生並みの「純情さ」から「女子高生」くらいにはなったからエロ本押収もできた。
「男の部分」をすべて平太に託したことで、亜留葉としては素直に抱けなかった男への恋心も『緒愛芽』としてなら持つことができた。
(だけど平太。あなたは本当にそれでいいの?)
「犠牲」にした形で負い目がある「亜留葉」だった。
(願いはかなっているよ。亜留葉は消えない。そして僕は君といつでも一緒。それにね)
(それに?)
(女の子になるのも悪くないかなって思っていたから)
なんとなく平太の照れ顔が「亜留葉」の脳裏に浮かんだ。
一つの体には戻ったが、二つの心のままだから内側で会話もできる。
(入れ替わったときに、そんなこと考えてたの?)
スキー旅行の時、一時的に二人は入れ替わったが、念願の男の肉体を得た亜留葉はむしろ自分が女であることを再認識し、平太は逆に女の子も悪くないと考えていた。
そもそも学園祭での女装がその扉を開いていた。
女であることを認識した亜留葉と、女も悪くないと思ってしまった平太。
その二人が「合体」したために「合体生出姉弟」ではなく『生出緒愛芽』という新たな存在へと変化した。
(それに亜留葉なら堂々と女子更衣室も、女湯も入れるし役得じゃないか)
まんざら照れ隠しだけでもない気がする言葉。
(破廉恥。スケベなのだけは治らないのね)
(さらにいくらでも可愛い服が着られるし)
(うーん。でも背が高くなりすぎたし、この胸だとロリータ系はちょっと無理が出てきたわ)
服も当然だが当たり前に女性服を着こなしていた。
「あっ。緒愛芽ーっ」「緒愛芽さん。生徒会ですか?」
二人の少女の呼びかけで緒愛芽は内なる会話をいったん止めた。我に返る。
「撫子。翔子。待っててくれたの?」
こちらは部活を終えたばかりらしい翔子と撫子である、
笑顔で手を振り駆け寄ってくる。
緒愛芽として完全な女になったことで、すっかり女同士の友人関係だ。
「ええ。だって風田さん。また修行という名の特別課外授業にでてしまいましたもの」
さみしげに撫子が言う。
「彼氏がいなくなっちゃったんじゃそりゃ暇よねぇー」
翔子が茶々を入れる。
「か、彼氏だなんて」
赤くなる撫子。
生出理人が存在していたのが「世界A」として、分裂して後天性ツインズになったのが「世界B」と仮定する。
その二人が融合し『生出緒愛芽』となったのが「世界C」。
そこでは撫子は風田に思いを伝えられていた。
風田もその愛を受け入れたのだが「撫子にふさわしい男になる」と言い残し、グレードアップのための修行に出てしまった。
「佐田君。終わったのなら一緒に帰らない?」
翔子の恋心もそのままだ。ただ亜留葉。いや、緒愛芽は違っていた。
佐田の腕に自身の両腕を絡ませしがみつく。
自慢の胸を押し付ける。
「ごめんね。あたしたちはこの後も報告書を書くから遅くなるの。先に帰ってて」
翔子に向けた表情は「女そのもの」だった。
もう少ししたら『メス』だったろう。
「むぅー」
亜留葉と違い女としての部分が強い緒愛芽は、ストレートに「やきもち」を焼いた。
独占欲にも従った。
「それならさ、佐田君。今度の日曜に映画を観にいかない?」
めげずに佐田を直球でデートに誘う翔子。
その強気の姿勢に押されたのは佐田本人だけでなく緒愛芽もだった。
(これだけ見せつけてもはねのけるなんて……あたしにはまだそこまで女としての強さがないわ。悔しいけど今回は……)
(女としての強さがないなら、僕が勇気を上げるよ。亜留葉)
(な、平太。何を?)
そう思っときはもう佐田の胸に飛び込んでいた。平太がそうさせたのだ。
「お、緒愛芽?」
「佐田……ううん。啓介。あたしとだけデートして」
潤む目で佐田を見上げる。
女子としては高い170近い身長だが、それでも佐田を見上げる形になる。
「お、緒愛芽?」
「指きりの代わりにこれ」
緒愛芽はそのまま佐田の顔に近寄せ、唇を押し付けた。
「ひゃあーっ」
スタンドも月までぶっ飛ぶこの衝撃。おとなしい撫子が奇声を上げるほどだ。
「な、何やってんのよ? 緒愛芽!?」
激怒する翔子。それで緒愛芽は正気に戻った。
(あたし今、なんてことを?)
(宣戦布告なこのくらいしなきゃ。姉さん)
(平太。この体はあなたの体でもあるのよ。それなのに男とキスして平気なの?)
(構わない。僕は君の中にいるからずっと満たされている。だけど亜留葉が幸せになるならもっと満たされる。それに女の子としての快感もとてもよかったし)
入れ替わった際に開かれた禁断の扉が、平太にこの行動をとらせた。
「おい。緒愛芽」
さすがに知り合いの前での「略奪キス」には赤面する佐田。
緒愛芽も耳たぶまで赤い。
緒愛芽は赤くなるほほを両手で抑えているが目は泳いでいる。
動揺と錯乱をしている。
だから「何も考えない思ったまま」の言葉が出る。
「あたしったら人前でキスするなんて……あたしの、あたしの」
その場に響き渡るおなじみの一声。
「破廉恥!!」
後天性ツインズ
完
後天性ツインズ 城弾 @johdan21
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