形【短編】

 円(まどか)の身体は均整がとれている。モデル体型とまではいかないが、それなり、である。


 手足は長く、肌が白い。頬に控えめに走る青筋は、男女を問わず魅了する。


 細すぎるわけではない。ほどよく肉がついている。その肉は削ぎ落とすべき肉ではない。健康的に見える。腹に走るうっすらとした縦線は、肉の中に確かに存在する腹筋を想起させる。


 円の身体にはエネルギーが漲っている。内側からエネルギーが横溢して張り裂けてしまいそうである。といった印象を与える。実際に円からは十七歳という年齢相応の若さを感じることができるし、周囲の人間には溌剌とした印象を与えている。肌もピンと張りつめていて、仰向けになっても胸が垂れることはなく、しっかりと上を向いている。


 瞳は茶色い。遠目から見ても茶色く、日本人には珍しい。見つめられた相手は、射抜かれたような感覚になる。鋭い眼差しだ。


 顔も身体も整っている。自分を維持するために努力したことはほとんどない。思いついたら、腹筋と腕立て伏せ、背筋をするくらいである。ほとんど筋肉痛にはならない。辛くなったらすぐにやめる。


 円には、若さが当たり前にある。これが一生続くとは思っていない。しかし自分が若くない姿をうまく想像することができない。


 幼少期の写真を見れば、確かに成長しているのだなと感じるが、その写真に写る自分はどこか他人のようである。写真に写る小娘と今の自分はリンクしない。幼少期の円は、幼少期の円で、今の円は、今の円なのだ。別人だ。


 円は傍から見て、美しい。可愛い。男受けもする。


 そのような綺麗な『形』をしている自分が鬱陶しい。円の努力の結果ではなく、実態がない。


 周りの同級生からは羨ましがられたり、嫉妬されたりすることもある。


 自分が鬱陶しい。まるでコンビニに売られている男性誌の表紙を飾っているグラビアのようである。あのグラビアの写真の中にいる女性は美しいけれど、何もない。


 そこにはイメージしかない。具体性の欠片もない。円の脳裏に浮かぶそのイメージには顔がない。だいたいこんな感じ。円の浮かべる数々の顔をその数で割った顔である。


 きっと私もこんな感じ。円の『形』の良さが、円自身をおぼろげにする。


 鏡で自分の顔を見た数分後、円は自分の顔が思い出せなくなり、不安になる。「私ってどんな顔だったっけ」と心の中で呟く。唯一、自分の茶色い瞳を思い出して、少し安心する。円の茶色い瞳は、円を現実に留めてくれる。



 内臓はどんな形なのだろう。歪な形をしていてもいい。だから私だけの形だったら嬉しい。「これが私の内臓なの」と周りの人に、言えるような形をしていてほしい。


 中学生のときに保健体育の教科書に載っていた、ニコチンで汚れた肺の写真を脳裏に浮かべる。乾いていて、黒い瘤のようなものがたくさん付着している汚い写真。弾力性なんて全然ない。あの写真を見たあとに、正常な肺の写真を見たときには、なせだか「美味しそう」だと思った。綺麗な桃色をしていて、光沢がある。生でも食べられるタイプの内臓である。


 円は煙草を吸っていないし、吸ってみたいとも思わない。同級生の男の子は学校の非常階段や普段は使われていない校舎の奥の奥にある古いトイレなどで吸っているらしい。煙草を吸って教室に戻ってきた男の子たちからは、煙草の匂いとブレスケアの匂いの混じったもったりとした香りがする。男の子たちの顔はなんだか輝いている。たまに円も勧められる。やんわりと断る。


 煙草は吸いたくないけれど、あのニコチンで汚れた肺には憧れる。



 同級生は円を遠慮なしに羨んでくる。「円は可愛い」とたびたび言われる。円はそんなときに開き直ることができず、歪んだ微笑を返すことしかできない。何のためにそんなことを言うのか。ほっといてくれよ、と思うときもある。


 機嫌が良くないときは、「可愛いね」と言ってきた同級生を凝視してしまう。そうすると相手は不安げに目を逸らす。そして数分後、何事もなかったかのように気さくに話しかけてくる。


 きっと同級生たちには少し扱いにくい奴だと思われていることであろう。そんな気がする。常に気をつかわれているように感じる。だから円はあえて同級生には気をつかわない。そのほうが気をつかいやすいだろうと思うから。


 同級生たちは仲がいい。円を中心に円以外で団結している。『円に気をつかう』という共通の目的があるからである。同級生たちはそんな円を、楽しんでいる。

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