円【短編連作】

疑わしいホッキョクギツネ

鏡【短編】

 円(まどか)には現実感がない。自分が此処に存在していることが不思議であった。


 全身鏡の前に立つと、自分の姿がうつる。われながらスタイルがいい。

 まだ大人というには乳臭く、少女というには垢ぬけた女の姿に、円は満足する。


 鏡にうつった自分の顔を凝視する。整った顔貌をしている。肌が白く、年相応の丸顔だ。頬はほんのりピンク色に染まっている。鼻が高くて、筋がしっかりと通っている。瞳が大きく、まつ毛は長くカールしている。


自分で見ても、可愛らしい。こんな顔で見られたら女の子でも赤面してしまうわね、とひとりごちて、寂しくなる。


 街を歩いているとたびたび視線を感じる。声をかけられることもある。声をかけられても、上手く反応することができない。あなたは本当に私に話しかけているの? と思ってしまう。


 円は自分の顔貌をうまく思いだすことができない。だから、たびたび鏡を見て顔の造作を確認する。すぐに靄がかかったようにおぼろげになってしまう。


 それでも円は不安である。「鏡にうつっているから何なのだ! だからといって、それはわたしが存在している理由になるものですか!」と心のなかで叫んでみる。「ものですか!」という芝居がかった言いかたに、心のなかとはいえ恥ずかしくなる。


 Tシャツからのびる、肌の白い下膊をつねってみる。


 痛い。痺れたような嫌な痛みがはしる。指先に下膊の柔らかい皮膚に触れている感覚を実感し、安堵する。つねったことによって赤く腫れている皮膚は、円の肌の白さとあいまって綺麗だ。


 円は声にだして呟いた。


「自分で自分に触れても、しょうがない」


 円は鏡にうつる自分を無表情で見つめる。少しだけ左右の目の大きさが違う。誰かに指摘されことはないけれど、自分ではすごく気になる。


 もう少し胸が大きければいいのだけれど……。


 Tシャツの上から、申し訳程度に膨らむ胸を突きだしてみる。


 形には自信がある。しっかりと上を向いて、漲っている。


 誰かに触ってもらったら、大きくなるのかな……。Tシャツの上から乳首をつまんでみる。ピリッとした。ほんの少し切なくなった。


 誰かに触れてほしい。思いっきり、背骨が折れてしまうくらい抱きしめてほしい。そして誰かの背中に腕をまわしたい。


 確かめたい。確かめてほしい。


 私はここにいる。

 私はここにある。

 私はここに在る。


 それにしても私は、可愛くて美しい。

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