決闘

ギルド付属の訓練場で、ノトラと向かい合う。

ここは主に、駆け出しの冒険者が知り合いのベテラン冒険者やギルドが雇った指導員に教えを乞う場として使われる。


俺とノトラの間に審判員としてモーブが立ち、俺達の周りには野次馬達が立っていた。

ギルドにいた冒険者のほとんどが観客としてついてきたのだ。


「アーシュ君…本当に良いんだね?」


「俺が挑んだ決闘だ。」


「……わかった。」


そう言いつつ、ノトラが剣を抜き、正眼に構える。

俺は自前の槍を元の宿に置いている為、訓練場で貸し出している槍を構えた。


「…僕も訓練場の剣を使おうか?」


余計な気遣いを見せるノトラを鼻で笑う。


「ふんっ…その必要はない。お前がどんな剣を使おうが、関係ねぇからな。」


「悪いけど、手加減はしないよ。」


「んなもん期待してねぇよ。つか、手加減とかしやがったら殺すぞ。」


「……わかった。全力でいかせてもらおう。」


「おう、死ぬ気で来い。すぐに終わっちゃつまんねぇからな。」




互いに構えた俺達を見てモーブが口を開いた。


「これより、アーシュとノトラによる決闘を開始する。一方が降伏した場合か、続行不能と俺が判断した場合に勝敗を決する。ただし、殺害は禁止だ。故意であろうとなかろうと、法により罰せられる。それを忘れるな。良いな?」


「大丈夫です。」


「問題ねぇ。」


「よし、それじゃ…………始めっ!!」



号令と同時、ノトラが素早く踏み込んでくる。

剣と槍というリーチの差がある以上、ノトラはそうするしかない。

また、奴は俺の技量や武器を振るう速度も知っている……と思い込んでいる。

単純なスピードなら負けるはずもない、と判断したのだろう。


それはあまりにも当然の考え。

だからこそ、俺にも簡単に読めた。

予想通りの始動に、俺はほくそ笑みながら槍を振りかぶった。




そして、こちらに向かってくるノトラに向かって、全力で投げる。


「っ!?」


奴の驚愕の表情を、俺の目はまるでスローモーションのように捉えていた。

一対一の決闘、ましてや初動で槍を投げてくるとは思っていなかったのだろう。

というか、普通はこんな風に投げても当たるはずもない。


そもそも俺が持つ槍は投槍用の槍ではないのだから。

仮に投げられたとしても、大したスピードは出ないし安定して投げる為には並外れた筋力がいる。

それが常識。

だからこその投槍。

だからこその奇襲。


なにせ今の俺には、その並外れた筋力があるのだから。




それでも流石の反応速度。

ノトラは瞬時に足を止めて体を逸らそうとする。

しかしそれすらも意味を成さない。

何故なら、俺が狙ったのはその止まった足だったからだ。


「ぐっ!?」


投槍とは思えない、矢のような速度で飛んでいった槍がノトラの右太腿を貫く。

奴の顔が苦痛に歪んだ。


「ふっ!」


俺は即座に走り寄る。

そのスピードは以前までの俺とは比べるべくもなく、野次馬の冒険者達も目を剥いていた。


「っ!はっ!」


飛び込んでくる俺のスピードに驚きつつも、ノトラが剣を横薙ぎに振るう。

しかし太腿を貫かれたままで踏ん張りも利かず、咄嗟の行動だった為にその一閃はお世辞にも強い攻撃とはいえなかった。


「そらよっと!おらぁ!!」


体を沈ませて剣を避けつつ、そのまま接近。

思いっきり腰を入れた左のローキックを、槍が刺さったままの太腿に叩き込んだ。


これでも長く冒険者を経験し、生身での取っ組み合いの数だって豊富だ。

徒手空拳でもそれなりに戦えんだよ。


「うっ!ぐぅ!!」


ノトラが激痛に呻き、崩れ落ちそうになる。

どうにか踏ん張ろうとしているが、体勢を立て直すには至らない。


その隙に奴の剣を持つ右腕を抑え、力づくで捻る。

文字通り人間離れした怪力で捻られて、千切れそうな痛みにノトラは剣を手放した。



更に俺は奴の腕を捻りながら脇に挟むようにし、そのまま重力に身を任せて倒れ込む。

引っ張られるようにして地面に叩きつけられたノトラの右肩から、鈍い嫌な音がした。


「ぐぁっ!あぁぁぁ!!」


「の、ノトラさん!!」


肩を壊されたノトラが悲鳴を上げ、外野にいたトアが思わず叫んだ。

駆け寄ろうとするのを、冒険者達が止める。

決闘を止めて良いのは本人達と審判だけ。

それが冒険者における決闘の鉄則だ。


「くっ…ふっ……うぅ……」


「どうした優男?手加減はいらねぇって言ったはずだけどな?ほら、立てよ!!」


蹲るノトラの脇腹を爪先で蹴り上げる。


「がっ!くぅ……」


「何だよ、降参か?ならあの女は今から連れてってグッチョグチョに犯してくるけど良いんだな?」


「ふっ…ふっ……ま、まだ…だ……」


歯を食いしばりながら這いずり、奴が左手を剣に伸ばす。




その手が剣に届く直前、俺は踵で思い切り奴の肘を踏み砕いた。

思わずぞくっとするような感触が足裏から伝わる。


「っ!がぁぁぁ!!」


ノトラが何度目かの悲鳴を上げた。

痛みに耐えかね、奴の目から涙が流れる。


「うっ…うぅ……ぐぅぅ……」


「降参しろ。諦めてあのクソビッチを俺に差し出せ。」


俺が嘲るようににやにやと笑いつつそう言うが、ノトラは無言で首を振った。

だが彼が諦めなくとも審判は公正な判断を下す。

モーブが口を開いた。






だが、彼が号令を口にする直前、俺は素早くノトラの剣を拾い上げ、無様に這いつくばる奴の右腕を、肘上から切り落とした。






一瞬の沈黙。

周りの冒険者達やトアはおろか、今にも言葉を発しようとしていたモーブでさえ、そのまま唖然として硬直していた。


「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ノトラの絶叫が響き渡る。

いつものスマートさの欠片もない。


「ひいぃぃぃぃ!!ぃぎゃぁぁぁぁぁ!!!」


泡のような唾を吐きながら叫んでおり、顔は涙や鼻水なんかでぐちゃぐちゃになっていた。


「おい、審判。判定はまだか?」


俺はその様子を冷たい笑顔で見下ろした後、呆けているモーブに目を向けた。

彼は目を見開いて俺を見たが、すぐに冷静さを取り戻した。

何か言いたげな顔だが、自分の役割を全うする。


「勝負あり!勝者、アーシュ!!」


モーブが号令を下すと、野次馬達がザワザワとし出す。

だがやがて、俺を讃える声やノトラを蔑むような笑いがあちこちから飛び出した。

急な展開に驚いていたのだろうが、この辺の切り替えの早さは冒険者らしいと言える。


未だに泣き叫んでいるノトラを介抱させる為に、モーブがギルドに常駐している回復魔術師を呼びに行かせた。

トアが駆け寄って治すかと思っていたのだが、彼女はペタリと座り込んで呆然としたまま涙を流していた。

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