堕人の烙印

見つめ合うトアとノトラに、冷徹な眼差しを向ける。

震えそうになる声を必死に抑えながら、何とか冷静に口を開いた。


「……トア、本当にそれで良いんだな?」


「……うん。ごめんなさい、アーシュ君。」


「ノトラは…退くつもりはないか?全てを謝罪して今すぐ消えるなら、これ以上の糾弾はしないぞ。」


「……すまない、アーシュ君。僕もトアさんの事が好きだ。君には、本当に申し訳ないと思う……」


「そうか。」


申し訳ない?

何を寝ぼけたこと言ってんだこのカスは。

そんな言葉で俺の心が慰められるとでも思っているのか。

それともただのアホなのか。


「なら、仕方ねぇな。」


2人を置いて出口に向かう。

恨むなら、不貞をはたらいた愚かな自分達を恨め。



「お、おい…どこに行くんだ、アーシュ?」


ギルドを出ようとする俺にモーブが話しかけてきた。


「どこって…決まってんだろ。教会だよ。」


「教会?一体何しに……」


首を傾げているモーブ。

その奥では未だに床に座り込んでいるトアとノトラが、不安そうな目で俺を見ていた。

俺は2人に不敵な笑みを送る。


「そりゃ勿論、告発する為さ。そこのアバズレ女の不貞行為をな。」


「なっ!?」


驚きの声を上げたのはノトラだった。

モーブ達も目を見開いており、トアは呆然としている。


「ど、どうしてそこまでする必要があるんだ!?」


間抜けな間男が叫び声を上げた。

彼がそれほど驚くのには理由があった。




教会では配偶者やそれに類する者への重大な裏切りである不貞行為に対して、非常に重い罪であるという認識を持っている。

信徒が不貞をはたらいたとなれば、信徒の資格が剥奪され、堕人おちびとの烙印を額に刻まれる事になる。

堕人の烙印を押されてしまえば、まともに生きていくのさえ難しくなる。

教会の定める重罪を犯したと一目でわかる為、誰からも蔑まれるようになるのだ。


トアは回復魔術師として、教会との縁も特に深い信徒である。

彼女の不貞行為が教会に漏れれば、烙印だけでは済まされないだろう。

最悪、処刑される可能性すらあるのだ。


それがわかっている為、ノトラは焦っているのだろう。

おおかた、俺が怒っても流石に教会に申し出るような事はしないと高を括っていたのだろう。




「俺はお前達を決して許しはしない。お前達を罰する為なら、何だってするぜ。」


「し、しかし告発なんて……いくらなんでもやりすぎだ!!」


「それを決めるのはお前じゃねぇ。立場を弁えろよ間男。」


「死ぬかもしれないんだぞ!」


「だから?」


ノトラが絶句する。


「死ねば良いんじゃねぇか?自業自得だろ。」


周りの冒険者達も軽く引いたような目で見てきているが、口を挟みはしない。


「トアさんは君の幼馴染なんだぞ!?」


「その幼馴染に裏切られた俺の気持ちがてめぇにわかんのか?あ?」



「あ、アーシュ君…ほ、ほんとに……?」


トアが震える声で問いかけてきた。


「はんっ、冗談で言ってるとでも?バレても俺が怒らねぇとでも思ったか?…いや、そもそもバレるなんて思ってなかったんだろうな。」


「わ、私……」


「弁明を聞くつもりはねぇ。お前の気持ちはさっき聞いた。お前がそれを貫くなら、俺にだって貫くもんがある。」


そう言って再度歩き出す俺を、ノトラが呼び止めた。


「ま、待ってくれ!」


「あ?なんだよ?」


「僕にできる事ならなんでもする!だからトアさんを許してくれ!」


「てめぇが懇願できる立場か?どこまで頭弱いんだよ。」


「わ、わかってる。それでも……頼むっ!!」


土下座して頭を下げるノトラ。

俺はそれを見下ろしながら、にやりと笑った。




「ノトラ、俺と決闘しやがれ。もしお前が勝てたら、全て水に流してやるよ。」


「な、なに!?」


「お、おいアーシュ!」


ノトラが目を見開き、モーブが焦ったように声を上げた。


「その代わり、俺が勝ったら………トアを一晩、俺の好きにする。とことん使い倒して、お前に送ってやるよ。」


「え!?」


トアが驚きと困惑が混ざったような声を上げる。


「そ、そんな事をさせられるか!!」


ノトラが怒りに顔を赤くした。


「別に嫌なら良いんだぜ?俺は今から教会に行ってくるからよ。」


「くっ……」


「アーシュ君…なんで……」


「どうしてそんな酷い事を…ってか?そいつは俺の台詞なんだが。……アバズレ女のあそこが俺の知らない内にどれだけガバガバで汚くなったのかを、最後に確認してやろうと思ってな。良いじゃねぇか。俺とだって今まで散々ヤってきただろ?」


「ひ、酷い……」


トアがポロポロと涙を零す。

モーブ達も流石にドン引きした様子だ。


「くっ…あ、アーシュ君……」


ノトラが顔を歪めて葛藤している。


「早く決めろよ。もう行っちまうぞ?」


「ぐっ………ぼ、僕が勝てば、許してくれるんだな?」


「おう。お前もトアも、全てを忘れて2人の仲を祝福してやるよ。」


ノトラがトアを見つめた。

2人の視線がまたしても交わる。



「……トアさん。僕を信じてくれるかい?」


その言葉に、トアは涙を拭って頷いた。


「……うん。私、ノトラさんを信じてる。」


「……ありがとう。」


2人の信頼感が伝わってくる。

おいおいやめろよ。

まるで俺が悪者みたいじゃねぇか。



「………アーシュ君。君の挑戦、受けるよ。」


「良いね……んじゃ、早速始めようぜ。訓練場で良いだろ。行くぞ。」


ギルドに併設されている訓練場に歩き出す。

だが俺の肩を、モーブが掴んで引き留めた。




「お、おいアーシュ。お前、大丈夫なのか?」


「何がだよ?」


「惚けんなよ。ノトラはスピード型の前衛剣士だ。バランス型の中衛槍士のお前じゃ、相性が悪いぞ。」


「この1ヶ月、あいつとパーティーを組んでたんだ。あいつがそこそこ強いのは知ってる。」


「真正面からじゃお前に勝ち目はねぇぞ。」


「そいつはどうかな。俺だって、いつまでも中途半端なままではいられねぇさ。」


「どういう意味だよ?」


「これでも結構鍛えてんだぜ?今までの俺と一緒だと思うなよ。」


「………そういや体格変わったか?ちょっと前までもうちょい細かったろ?」


「服の上からじゃその程度の変化か。……まぁ、やってみればわかるさ。」


「…わかった。でも1つだけ聞かせろ。何でわざわざ決闘なんて挑んだ?お前があいつらを許してやる義理なんてねぇだろ。」


「あんなのでも一応幼馴染なんでな。チャンスくらいはやっても良いだろ。それに……あの野郎は、あらゆる面で屈服させてやらねぇと気が済まねぇからな。」


そう言うと、今度こそ俺は訓練場へ向かった。

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