11.気の置けない友人

 苦いお茶会を経験した数日後に、私はまたお茶会に招かれた。


 今回招いてくださったのはヴァルター公爵夫人。宰相の奥様で、ティメアウス王国での協力者の1人である。


 社交界で顔が広く、貴族家の事情から王都で流行りのお店まで何でも知っている。王太子殿下と年齢の近い貴族令嬢の情報は彼女からも集めていた。


 そんな彼女は自分の繋がりを活かして私の薬屋兼住居の手配をしてくれた恩人でもある。

 

 夫人には娘がいなかったため、いつも私を自分の娘のように大切に迎えてくださる。

 実際、これまで外国を飛び回っていたことや礼儀作法を身につけていることを気に入っていただき、息子の妻にならないかと勧誘されたこともあるのだ。


 彼女と夜会のお話に花を咲かせていると、侍女が控えめに現れ彼女に耳打ちした。来客のようで、公爵夫人はちらと扉の外の様子を窺う素振りを見せる。


「あら、こちらに通してちょうだい」


 公爵夫人の声に応えて、1人の男が案内されてきた。鳶色の髪を頭の後ろで1つに結っており、澄みきった空のような水色の瞳を持つ男。


 知り合いの登場に、私は驚いて目を見張った。


 彼はオスカー・ホフマンという名前の王宮の庭師見習いで、ここティメアウス王国で初めてできた友人だ。


「公爵夫人、マクシミリアン殿下よりお花をお持ちしました」

「まあ、オスカーね。わざわざ届けてくれてありがとう。お義姉様もきっと喜ぶわ」


 公爵夫人はオスカーから花を受け取り、侍女に指示した。

 この家に飾られている故クラウディア王妃殿下の肖像画の前にいつもマクシミリアン殿下から送られてくる花を飾っているようだ。


 そう、ヴァルター公爵家は故クラウディア王妃殿下の実家であり、宰相は王妃殿下の弟にあたるお方なのだ。


 オスカーは私の姿を確認すると、ニヤリと笑う。先ほどまでの王宮に仕える使用人らしい粛々とした様子はどこに行ってしまったのやら。


「リタ、珍しいところに居合わせたね」

「あら! お2人とも顔見知りなの?」


 ヴァルター公爵夫人が驚いて口元に手を当てた。微かに頬が上気しているのだが、なにやら恋仲にあると勘違いされていないか気になるところ。

 確かに、いち町娘として潜んでいる私が王宮の庭師見習いとしてあまり街に下りてこない彼と知り合いなのは驚きだろう。


 私たちが初めて出会ったのは故クラウディア王妃殿下のお墓の前。


 ティメアウス王国で生活し始めた頃だった。その日私は、マクシミリアン殿下のお母様である故クラウディア王妃殿下にご挨拶しようと思って訪れたのだ。


 王太子殿下に素敵な乙女ヒロインを見つけますと、王妃殿下にも誓いをたてるために。


 お祈りをしていると、薔薇の花を持ったオスカーが現れたのだ。その時も彼はマクシミリアン殿下の命を受けて故クラウディア王妃殿下に花を贈りに来たらしい。


 忙しい殿下に代わってよくここに来る彼は、初めて見る私に興味をひかれたらしく声をかけてきた。そこから、私たちの交流は始まったのだ。


 歳が近いこともあってか意気投合して、初めはお互い敬語を使っていたのに、いつの間にか気を遣わずに会話をするようになった。


 彼の人柄も影響しているのかもしれない。


 王宮で働いているためか一見するとどこかの貴族家の令息のような面持ちの彼。しかし、中身は砕けている方だ。気を遣われるのが苦手らしく、出会って早々に敬語を止めるように言われた。

 そんな彼だが信仰深い一面もあるようで、いつもお守りの指輪を身に着けている。


 3人で話していると、また侍女がやって来た。申し訳なさそうな表情で夫人に耳打ちする。彼女はキョトンとした顔になったが、すぐにそれを戻した。そして、オスカーをチラと見る。


 何かあったのだろうか?


「あらあら、私としたことがこの後の来客を忘れてしまったみたい。ブルームさん、せっかくお越しいただいたのに申し訳ございませんわ」

「まあ、そうでしたの。それでは、私はこの辺でお暇申し上げますね」


 私とオスカーは夫人に挨拶をして公爵邸を出た。それからオスカーに王宮の薔薇園に来ないかと誘われる。

 行きたいのはやまやまなのだが、彼だって仕事があるだろう。それに私は先日そこで殺伐としたお茶会を経験したばかりだ。


 歯切れの悪い返事で断ろうとしていると、彼の大きな手が私の頭をがしがしと撫でてくる。せっかくお茶会に合わせて髪を綺麗に結ったのになんてことを。


「気分転換も大事だ。この前会ったときより顔色が良くないぞ? 根を詰めて仕事してても身体に悪いし、気晴らしにでも俺の愚痴に付き合えよ」

「それって私の気晴らしというよりあなたの気晴らしよね……?」

「細かいことは気にするな。要はリタのことが心配なんだよ」


 彼は私が言い返さぬうちに半ば強引に王宮への隠し通路に私を連れて行きくぐらせるのであった。ブラントミュラー卿もそうだが、彼らはなぜ私に機密を隠さないのだろうか。


 大国の警備が心配だ。


 今日の薔薇園は誰もいなかった。たまに彼のお師匠様や仲間を見かけるのだが、今は違う場所を手入れしているようだ。

 王宮の庭師たちは陽気な人ばかりで、私とオスカーが一緒にいるのを見るとすぐに囃し立ててくる。


「オスカーは行かなくて大丈夫なの?」

「俺は殿下のおつかいがあったからね」

 

 そうは言っても仕事の最中に遊んでいたら叱られそうなのだが……。彼は悪びれる様子もなく薔薇園の奥に案内してくれ、私たちは小さなベンチに座った。

 

 穏やかな真昼の空には雲が流れている。


 オスカーからお師匠様たちの愚痴を聞かされるのかと思いきや、彼は本当に私のことを心配してくれているようで、街のことや普段の生活で困ったことはなかったか聞いてくれた。

 

「リタ、人のために一生懸命なのはいいけど、自分のことも大切にしろよ?」

「あら、いつになく優しい言葉をかけてくれるのね」

「なんだよ、心配しているのに可愛くないこと言うよな」


 言葉とは裏腹に、私たちは顔を見合わせて笑った。強引だが面倒見が良い友人。実のところ殿下のプロポーズのことが最大の悩みであるのだが、彼に仕えているオスカーには名前を伏せてもなんだか言い難いため、相談するのは止めた。


 それでも、敬語を気にせずにとりとめもない話しをすることができて少し心が楽になった。強引だと思ったが、彼には感謝しなくてはならない。


「忙しいリタに良いものやるよ」


 帰り際、彼はそう言ってポケットから小さな袋を取り出した。顔に近づけてくると良い香りがする。


「薔薇のポプリ?」

「ああ、クラウディア王妃殿下がご存命の頃に、お部屋から出られない殿下のためによく作って贈っていた」

「そう……だったのね」


 故クラウディア王妃殿下はマクシミリアン殿下のお母上だ。お身体が弱かったため、彼が幼い頃に崩御された。

 国王陛下も王太子殿下もひどく悲しまれたという。


 後に国王陛下は後妻に現王妃であるオリーヴィア殿下を迎えて、マクシミリアン殿下の弟であるアレクシス殿下がお産まれになったのだ。

 

 そのため、彼らは腹違いの兄弟だ。アレクシス殿下はマクシミリアン殿下を慕っているが、オリーヴィア殿下はそれをあまりよく思っていないと噂を聞いている。


 幼い頃より甘えられる母親が居なかったマクシミリアン殿下のことを思うと胸が痛む。


 これからは彼に孤独を感じて欲しくない。

 その点においては、クラッセンさんは人の心の機微に敏感な方だから、きっと殿下を寂しいままにしておかないはず。


 それなのに、なぜか胸に靄がかかったような気持になった。理由はわからないが、何かが引っかかる。


 このとこと、殿下の予想外な行動に振り回されてばかりだったから休まってないのかも。今日は早めに寝よう。




 その日の夜、寝る前にオスカーがくれたポプリの香りを胸いっぱいに吸い込んでみる。


 甘い香りに包まれたような気がして、少し身体が軽くなった気がした。

これのおかげで、今宵は良い夢が見られそうだ。


 明日はクラッセンさんにまた会う日だ。全力で、彼女をサポートしよう。


 令嬢たちのドレスを考えている彼女の、きらきらとした瞳を思い出すと自然と笑い声が零れる。


 純粋で、思いやり深くて、温かい人。


 絵に描いたような心清き乙女ヒロイン。誰もが彼女のようになれるわけではない、特別な存在。そんな彼女を、幸せにしたいと思う。



 私は明日に備えて瞼を閉じた。

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