12.ドレスアップしましょ!
まずはクラッセンさんが興味を持っていることから始めてみようと思い、装いについての嗜みを教えることにした。
服の知識や流行は彼女の方が詳しいので割愛して、自分に似合う装いを知ってもらうことにしたのだ。
というのも、彼女は「私なんてどの服を着ても服に着られてしまうので」といっていつも白いブラウスに紺色のスカートを合わせているのだ。もったいない。
プロフェッショナルのこだわりとしてその組み合わせを自分の制服にしているのならいざ知らず、始めから似合わないと決めつけて服を選ばないでいるなんて言語道断だ。
今日の教室はブラントミュラー卿が持つ王都内のお屋敷。その一室を貸してくださることになった。待ち合わせして馬車に乗せていただき、彼のお屋敷に向かう。
ブラントミュラー邸は立派な塀にぐるりと囲まれており、その内側にお城のように建っている。その荘厳な建物を目の前にして、任務とはいえ平民の服を着せたりしてごめんなさいと心の中で謝罪した。
馬車から降りると、感じの良い老紳士が部屋へと案内してくださった。
部屋にはすでにブラントミュラー卿が居た。私は彼に礼を言って、魔法でドレスや鏡を取り出してゆく。
ぽんっとドレスが出てくるたびに、クラッセンさんは感嘆の声を上げた。宝石のような目を輝かせて「まるで童話の魔法使いみたい!」と言っていただけて私は得意気になってしまう。
一通りドレスを出すと、クラッセンさんに1着1着をあててみて鏡で見てもらう。
「パステルカラーもお似合いですわね」
「私なんて特徴のない顔してるので色と一緒に消えてしまいます」
「そんなことないですわ。あら、鮮やかな赤色もお似合いですわ」
「私なんて生まれつき顔色が良くないのでなんだか病人みたいに見えてしまします」
「そんなことないですわ。あらっ! このタイトなシルエットもお似合いでしてよ」
「私なんて体形にメリハリがついてないのでただの棒きれみたいに見えてしまいます」
正直言って、クラッセンさんの謙遜レベルを舐めていた。こんなにも見事に返されるとは思っていなかったのだ。
美人に分類される容姿であるのに、どうしてそのように卑下されるのだろうか……?
これではご自分で似合う装いを見つけられないままだ。
私なんて、のオンパレードに思わず頭を抱えたくなるが、プロフェッショナルはそんな
私の意見だけでは納得しないかもしれない。こうなればプランBの出番。もしものことを考えて予備の作戦を用意するのはプロフェッショナルの常識。
「ブラントミュラー卿! クラッセンさんのドレスについてご意見いただけますか?」
「私でよろしければ」
貴族の彼なら夜会にもよく出ているはず。殿方の視点からドレスについて意見を聞かせてもらおうではないか。
クラッセンさんに淡いピンク色の裾になるにつれてふんわりと広がるドレスを合わせてみる。
「いいですね」
続いて深緑色のマーメイドシルエットのドレスを合わせてみる。
「素敵です」
お次は紫色のちょっと妖艶な雰囲気の胸元があいたドレス。
「とてもよくお似合いです」
たしかにクラッセンさんはどのドレスも似合うのだが、今日はご自分の一番似合う装いを見つけていただくための時間だ。同じような回答では絞られない。
「ブラントミュラー卿、確かにクラッセンさんはどのドレスも大変お似合いなのですが、ぜんぶお褒めいただくと参考になりませんのでもう少し辛口にしていただけますか?」
「しかし、クラッセン様はどの服も完璧に着こなしています」
事もなげにそう答えられてしまい、私ははたと嫌なことを考えてしまった。まさかこのお方は適当に言っているのでは、と。
私は手に持っているドレスをそのまま自分にあてて彼と向き合う。
「ブラントミュラーきょ……」
「ブルーム様ですとそのお色みはいささかお控えになった方がよろしいかと」
「か、間髪入れずに言われるとさすがに傷つきます……!」
「申し訳ございません……髪のお色みに近かったので……」
確かに辛口評価して欲しいと言ったが、条件反射のように言い放たれるとダメージが大きい。思わず床に崩れ落ちる。
そんなに?! そんなに似合いませんでしたか?!
その時、笑い声が降ってくるとともに目の前に手を差し出された。クラッセンさんとブラントミュラー卿ではない。新たに部屋の中に入ってきた人物のものだ。その人物を見て、私は顔が引きつりそうになった。
誰よりも先に口火を切ったのはブラントミュラー卿だ。いつもの神妙な表情は崩れてしまい、唖然としている。
「マ……マクシミリアン……わ、笑ってる……?!」
「そうおどろくなよ、ルートヴィヒ。私だって笑う」
殿下がいらっしゃる。しかもなぜか平民の服を召されている。私は声にならない悲鳴を上げた。
なぜに?!
一瞬だけ殿下と視線が合うと、彼は微笑みを深めた。いつもの穏やかな御顔なのだが、どうしてか嫌な予感が顔を覗かせる。
「ルートヴィヒの不器用さは相変わらずだな」
彼はそのまま私を立ち上がらせると手を離し、ドレス1着を手に取る。事態を呑み込めず呆然としているクラッセンさんの隣に立った。
「リタはこの淡い色が似合いそうですね」
「わかります! 柔らかな雰囲気が髪のお色を引き立ててきっと素敵な妖精のようになると思います!」
「妖精も良いですねぇ……イメージを一転させて濃い色を着た姿も見てみたいものです」
「きゃ~! きっとお似合いですよ! 陶器のような白いお肌が良く映えると思います!! それにシルエットは腰の辺りで少しタイトめにして……」
クラッセンさんが食い気味に賛同した。早口でまくし立てるようにドレスのデザインを提案していっている。私に着せる前提で。
「ほ?!」
殿下とクラッセンさんが意気投合して頷きあう姿に、思わず変な声を出してしまった。
クラッセンさんはまだ彼の正体に気づいていないようだ。
いつもの調子でお話されている。彼女は先ほどまでの様子が嘘のようにスラスラと私への賛辞を述べてくださっている。それはもう、目を輝かせて。
殿下も一緒になって何か仰っているが私は何も聞いていません。聞かなかったことにさせてください。
なんてことだ。
これが2人の初めての出会いになるなんて……。ロマンチックさ皆無なんだけど。
ぐぎぎと首を動かしてブラントミュラー卿の方に見ると、あらぬ方向を見て目を合わせようとしない。殿下が来ることを知っていましたのね。
「……ブルーム様、お気持ちお察します。主の命によりお伝えできませんでした」
「……ブラントミュラー卿。殿下は政務で忙しいはずなのですよね?」
「近ごろは夜を徹してされております」
お身体に障りがなければ良いのだけど……いえ、良くないわ。まるで遊びたいから勉強を夜にする子どものようだ。
そこまでしてここに来たかったのは、実はクラッセンさんにお会いするのを楽しみにしていたことなのだろうか……?
私はごくりと唾を呑み込んで彼らの前に出る。
候補
「で、殿下。いまお話されているお方が
「……え?!」
私の言葉に、クラッセンさんは目をぱちくりと瞬かせて固まった。みるみるうちに顔色が悪くなっていく。
彼女は床に顔がつきそうな勢いで頭を下げて殿下に謝罪をした。殿下は全く意に介さない様子で、彼女に顔を上げるように仰った。
その様子を見守っていると、不意に殿下がこちらを向く。なぜか急に金縛りにあったかのように身体が動かなくなり、少し肌寒さを覚えた。
「リタに深い青色のドレスを着せてみたいですね。クラッセンさん、彼女にプレゼントしたいので王室からの注文を受けていただけますか?」
「ぜひ!!!!! 殿下の瞳のお色のような青色にしますね!」
「名案ですね。そうお願いしようと思っていました」
先ほどまでとは一転して水を得た魚の如くお話を進めるクラッセンさん。どこからともなく取り出したノートにスラスラとメモを書き始めた。
あわわわわ。クラッセンさん、そのお方とあなたを引き合わせようとしているのですよ、私は。彼の瞳と同じ色のドレス着るなんて恋人がすることじゃないですか。
頭の中が真っ白になった。気がつくと、メジャーを手にしたクラッセンさんが迫ってきて瞬く間に壁まで追いつめられる。
助けを求めようにも、殿下はにこやかにこちらを見ているだけで動かないしブラントミュラー卿に至っては憐憫を滲ませて目をそむけるだけ。
なに堂々とドレスをプレゼントするだなんて公言なさるのですか?!
ましてや私が決めた
……2人の出会いが予想外の展開になってしまった。ひと月後はどうしよう?
考えがまとまらず、動けなくなってしまう。そのままクラッセンさんに別室に連れていかれ、採寸されてしまった。
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