秩序神

 アリシアはユニオの機動力でクリハ村から500kmほど離れた平原にいた。

 辺りには草原しかなく見渡す限り、何もなく人の気配はせず、心を落ち着かせ、煩いを鎮める。




「やっぱり、人間は嫌いです」




 アリシアの悲しそうな顔を見てユニオが頬擦りして慰める。

 アリシアもユニオの温もりを噛み締めるようにユニオの首周りに手を回し、抱擁する。

 名前を名乗っただけで勝手に偽名扱いした挙句、殺意を向けてくる。

 やはり、人間なんて野蛮で好戦的、低俗な生き物だった。


 そう思うと次々と嫌な考えが浮かんで余計に不愉快になり、やり場のない感情が溢れ、負の感情で出て来ると共に忘れたはずの過去の記憶や当時の感情を無意識に心で吐露する。

 殺意が痛い……誰もアリシアの声を聞かない。

 聞いても理解はしない。

 どれだけ教えを説いてもどれだけ道徳と正義を解こうと誰も聞き従わない。

 人には色んな考えがあるから良いと善人の真似事をして悪事を働く。

 色んな考えがあれば、殺人をしても良いと言っているのと同じだと言っても理解はしない。

 そうして、自分は殺されたんだ。




 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!




 どこかで味わった過去の記憶が不意に過るが、頭を振って、断ち切る。




「こんな時は本でも読んでよう」




 アリシアは”空間収納”から1冊の本を取り出した。

 いつ、敵が来るのか分からない今、敵の事を知るならこの本が最適だろう。




 秩序神分析日誌


 リバインが書き残した神に対する分析や考察を記した日記。

 アリシアはそれを捲り、瞬読した。

 古い記述もあれば、最近書かれた詳細などもあった。

 その内容を纏めるとこんな感じだ。


 <<この世界の神は魔物の誕生と同時に誕生したとされる。

 彼らは自らの秩序なる神”秩序神”と名乗っているようだ。

 神には感情と言うモノが乏しいらしくどうやら、彼らに秩序にとって利他心と言うのは非常に良くないようだ。


 神にとって利他心は毒であり、彼らは亜神と徒党を組むと見せかけて殺すのは、亜神と言うのは彼らにとっての毒だからと推測される。

 他にも亜神ではない(亜神となり得る可能性)者、特に柔和な者、謙虚な者、慈愛がある者などを「神の決定が絶対である」と口癖のように正当化してそう言った者達を間引きしているようだ。


 ただ、それは神の代行者や代行者に雇われた殺し屋などにやらせていることが多く、神自らが出てくる事は殆どない。


 ワシのように神が直接手を下すのはかなり本腰という事だろう。

 そして、神の奇跡と言うのは神が力を行使すればするほど世の中には理不尽を振り撒くようだ。


 破壊の神ガンバインが破壊を尽くせば、多くの命が失われ、それに起因して各地で戦争が激化、守護の神ラナンが守護を行えば確かに守られるモノもあるが、愛が滅び、悪が護られるようになっている。

 また、神は単に殺してはならない。

 奴等の力が失われると秩序が失われる。

 秩序を失えば、この世界の理に亀裂が奔り、世界が滅びるやも知れん。

 恐らく、この秩序は”概念魔術”の系譜、もしくは”創造魔術”による干渉と考えられるが、その干渉はあまりに高度であり、容易に干渉はできない。




 ……




 アリシアからラナンの話を聴いた時、本来は神の事も教えたかったが、それを教えるよりももっと重要な事があると思い伏せた。

 ここにはワシが知る限りの事を書き加えた。

 どうか、役立ててくれ。

 こんな形でしか伝えられなかった不甲斐ない男を許してくれ。>>

 




 ここから書かれている文章は割と最近書かれたリバインの心中が書かれ、リバインの言葉にしなかった叫びが書かれていた。




 <<この世は悪に満ちている。ならば、ワシは亜神を創りし神に問いたい。秩序の神がやっている事が正しい事であり我々は間違っているのだろうか?愛と言うのは尊いモノのはずなのに何故、人は簡単に捨てられるのだ?あなたがどんな神なのかわたしは知りません。もしかすると、我々の感情を秩序の一環として作った神があなたなのかも知れません。なら、あなたはなんのために亜神を作ったのか?亜神と秩序神は決して相容れない。今の秩序神が有利に運んでいる世界です。亜神は何の為に生まれたのだろうか?生まれながらの絶対悪なのか?そう言う秩序の一環なのか?それとはあなたは秩序神とは違う神なのか?だとしたら、わたしの頼みを聴いて欲しい。わたしの孫を……わたしの孫娘を……アリシアが生き長らえるようにどうかお導き下さい。それだけがわたしの願いです。>>




「お爺ちゃん……」




 アリシアは膝の上で本の撫で、リバインの想いを噛み締める。




(お爺ちゃんは本当にわたしの事を大切に思っていたんだ。わたしは毎日が楽しくて自分の記憶を取り戻す事を考えて来た。でも、その裏でお爺ちゃんがこんなに思い悩んでいたなんて知らなかった。こんな思いをしてまでわたしの為に犠牲をして尽くしてくれたなんて知らなかった。わたし……なんて親不孝なんだろう。わたしの目から自然と涙が溢れて祖父を近くで感じたい)




 そんな思いからアリシアは本に頬擦りする。




「ごめんね……ごめんなさい……お爺ちゃん……」




 アリシアは感極まってしばらく、泣き続けた。

 泣き終わる直前、感情が収まらなかったアリシアはリバインへの想いを溢す。




「お爺ちゃんは不甲斐なくなんか無い……わたしの……自慢のお爺ちゃんだよ……」




 その言葉でまた、感極まり泣き始めたアリシアをユニオは後ろから憐憫な眼差しで暖かく見守る。

 アリシアの泣き声は誰もいない静寂の平野が風と共に掻き消していく。

 まるで世界が彼女の弱いところを優しく包むように……。




 ◇◇◇



 気が済むまで泣いたアリシアは涙を拭い、さっき得た情報を基にある事を考えた。

 リバインの資料の中には”神封じの剣ロン”の存在があった。

 古代の亜神が神の秩序を破壊せずに封じ込める為に作った剣らしい。

 既にその製法は失われ、リバインは古代の遺跡から発掘した2本の”神封じの剣ロン”しか持っていないらしく内1本は破壊神に使い失われ、アリシアの手には最後の1本が握られていた。




「天授眼。開放!」



 ”天授眼”はどうやら、戦いに関するありとあらゆる情報を仕入れる能力があると最近気づいた。

 その能力を使えば、この剣の”スクリプト”がどうなっているのか解析する事が出来る。

 5秒くらい目を通してアリシアは目を閉じた。




「今まで見たお爺ちゃんの魔剣よりもかなり複雑だけど、複製だけならなんとか出来そうね。でも、もし、わたしの考えが正しいなら……」




 アリシアの中には次の一歩を考えていた。

 それは神に対する怒りが為せるアリシアの執念が導いた軌跡……神を許さないとするこの世界では異端的な考えが彼女にこの知恵を齎らした。

 そして、彼女は躊躇わない。

 決めた事は必ず完遂するのだ。


 アリシアは”武器創造”の神術で自分が考えた対神決戦用の兵器を創造する。

 光の粒を纏った粒子の剣がアリシアの目の前で宙を舞いながら組み上がる。

 高度な”スクリプト”を頭の中で編み上げながら書き込み加え、”神刻術”も併用して高速に更に効率的な更に強力に剣を編み上げていく。

 ”神刻術”を纏わせ疾る指先と迸る想い、理性に満ちた叡智により、まるで作家が文章を書き記す様にライブでセッションを編む様に頭に浮かぶ、アルゴリズムを刻む。


 指を動かす毎に記録が呼び覚まされる。

 神術や魔術は何もスクリプトの様なやり方だけで現すモノではない。

 プログラムの様なアルゴリズムでも表現は可能だ。

 ”マジカライズアルゴリズム”と呼ばれる系統技術もある。

 この様式は他世界では”魔法”と呼ばれる技術体系を造り出し、人為的に超能力者を産み出す為の礎になったとされる。


 様々な様式こそあるが、これらの様式を組み合わせる事でより高度に、より柔軟に、より、緻密に、より堅牢に昇華していく。

 それは指で行う世界創造の如く、指で世界を創る事だ。

 指先に込めた想いで”生命””伊吹””呼吸””血脈””胎動””情動”を創り出すアリシアの血の運命だ。

 アリシアが持つ前世の記憶とこの世界でアリシアがリバインの孫として歩んだ記憶と想いが調和を果たし、成し遂げる信念と言う名の信仰が更に指を加速させ、肉体の枷からアリシアを解き放ち、無意識に更なる高みと悟りの境地に至らせる。

 この光景を第3者が見たなら、それは草原で指揮棒を振るう楽師の様であり、風と共に舞う指先はショパンの”革命のエチュード”が流れている様で優雅であり、戦慄と共に香、自然が雄大さを現わし、アリシアを戦慄として心情を現わしていた。


 風と共に流れる戦争と戦いを予感させる神の指先が剣を編み上げていく。

 全ては自分の幸せを奪い、自分の大切な人を不幸にして、神の名を穢した愚か者共を粛清する為にアリシアの高慢に対する怒りの炎がかつてないほど真剣な形相で食い入るように燃え上がり、剣の作成に情熱を注ぐ。


 そして、この世界に神に対抗する為の新たな兵器……赤き螺旋の刺突の形を持つ”神封じのロンギヌス”……通称、”ロンギヌスの剣”が誕生した瞬間だった。

 そして、日が沈みかけたその頃、事態は動く。

 それがアリシアにとっての大きな転換期となる事をこの時のアリシアは知る由もなかった。

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