ライトメイスの後悔

 クリハ村




 ライトメイスは事の詳細をカシムや村長から聴いて、更に後悔した。

 聴いた限りアリシア・ズィーガーランドなる人物は相当の化け物だ。

 村に到着した時、真っ先にカシムの元に向かったので気づかなかったが、村の隅にはオリハルコンスネークとアダマンタイトスネークの細切れや首が跳ね飛ばされた死体が山積みになっていた。




(一体、どんな斬り方をしたんだ?わたしですらこんな斬り方は出来ないぞ)




 ライトメイスは感嘆した。

 聴いた話ではアリシアは「対価として頂いた情報と自分の働きが割に合わないからここにあるオリハルコンスネーク達の死体を良ければあげる」と渡して村長達は度肝抜かれたようだ。


 彼女にとって情報がそれだけ価値があったのだろうが、それでもオリハルコンスネークを無料同然で手放すなどかなり慈悲と慈愛に満ちた女性なのかも知れないとも思えるが、一概にそうとも言えない話も聴いた。


 彼女から剣の稽古をつけて貰ったと言ったカシムの話では彼に渡したアダマンタイトのロングソードを余り物で作った物としてカシムで無償同然で渡したそうだ。

 しかも、その剣を見せて貰うと余り物とは名ばかりの超一級品の国宝級の剣だと言う事は判明した。


 込められている術式も高度であり、使われている”触媒石”もB級相当……これが普通の訓練武器なら、この世ある剣やライトメイスの国宝剣”スケール”も含めて殆どの武器が訓練武器以下の粗悪品になってしまう。




(どうも金銭感覚が常人とかけ離れた御仁のようだな)




 ただ、それも村長の話を聞いて納得した。

 なんでも彼女は災いの森から来た部族長の孫娘と名乗っていたらしい。

 確かに”災いの森”にはアダマンタイトやオリハルコンが豊富にあるとされる宝の地とされ、多くの者のロマンに駆り立て、多くの者を死なせた”災いの土地”だが、そこで生きていたならこの戦闘力も頷ける。


 更には帝国最強と言われるアインとナーベスを赤子の手を捻るように倒したと言う。

 死体の持ち物や魔導具を確認してもアイン・ソフ・オウル本人であるのは間違いない。

 それを率直に評価するなら、アリシアの実力は世界最強と言われるアイン・ソフ・オウルと同等、もしくはそれ以上と言う事になる。


 しかも、あの伝説のS級の魔物ライトニング・ユニコーンを使役している。

 ”ズィーガーランド英雄記”の一部に記載された幻の魔物であり「生きた光」と称される速さを持ち、とある戦争でその機動力を活かして両国の兵士を皆殺しにしたとされる人に懐かない凶暴な魔物だ。


 それを従えているアリシアはそれ以上の化身であるのは想像に難くない。

 カシムの言う通りどこの国の騎士でもないのだろう。

 だとしたら、惜しい事をしたとライトメイスは激しく後悔した。

 アレほどの逸材なら引く手数多の人材のはずなのだ。


 部下を自制し切れなかった自分の責任だと彼は本当に悔いた。

 彼女にも事情があり、偽名を名乗っていただろうにそれを考慮しない無遠慮な部下の行いは自分の未熟だ。

 ライトメイスが後悔しながら夕暮れの村を歩いているとそこで岩の前に立ち剣を構えたまま動かないカシムがいた。

 彼は目を閉じ意識を集中させている。

 ライトメイスは何をやるのか興味があり、様子を見る。


 その瞬間、彼の纏う空気が代わり、目を開いたと思うと……目の前の岩の半分を両断するほどの切れ込みが入った。

 ライトメイスはそれに目を見張るばかりに驚いた。

 村に帰る前の彼には到底、出来ない技を今の彼は熟していた。

 ライトメイスですらあの岩を斬るのはそう簡単ではない。

 剣の硬さがあるからと言って、チーズを斬るのと岩を斬るではまるで違う。

 硬ければ硬いほど技術等で補う必要があるのだ。

 気づくとそれに思わず、拍手をしていた。

 そして、彼に歩み寄る。

 カシムはこちらに気づき深々と頭を下げる。




「凄いな、この短期間にそんな事まで出来るなんて……これだとわたしが抜かれる日もそう遠くないかもな」


「いえ、わたし等、まだまだです。あの方の頂は本当に遠いです」




 カシムは感慨に耽るような眼差しで空を見据え、遠くを見つめる。

 彼にとってアリシアは良い師になり得ただろう。

 その可能性も奪ったのは他でもない自分の不甲斐なさだった。

 だからこそ、ライトメイスも彼が何を見たのか気になった。

 もう後には戻れない。

 なら、彼にとって目指すべき模範を示すしか自分の贖罪は為せないだろう。




「カシム。わたしとアリシア殿は一体どのくらいの差があった?」


「差、ですか?」


「正直、勝てるとは思わんがアレほどの御仁が一体どれほどの高みにいるのかわたしも知りたいのだよ。だから、君が見たままの素直な意見をくれ」




 カシムは俯きながら考える。

 その考えを言うのが憚られるのか、かなり逡巡している。

 それほどだったと言う事だろう。




「無礼かも知れませんが、良いですか?」


「言ってみろ」


「蟻とオリハルコンスネークくらいの差です」


「……それはわたしが蟻なのだな?」


「はい……その、すいません……」




 ライトメイスは思わず笑いが込み上げ「あはははは」と高笑いをした。

 もう笑うしかない。

 勝てるとは思わなかったが時間稼ぎくらいは出来る自負があったが……そもそも、勝負にすらならない差とは勝負する気すら失せてしまう。




「なるほど、それほどか!」




 ライトメイスはカシムの肩を叩いた。

 カシムはなんで突然、笑い出したか分からず、呆然と立ち尽くす。




(わたしはどうやら、贖罪することすらできない罪を背負ったようだな。少しでも近づいて彼の道標になればと思ったが、彼の抱いた感動をわたしが埋める事は出来るはずがないか……)




 ライトメイスは夕暮れに沈む太陽を見つめる。




(遥か彼方にある遠い頂き……彼女と自分はどのくらい離れているのだろうか?ここから太陽があるところまでの距離だろうか?だとしたら、計り知れぬ罪を背負ってしまったな……この悔いがもし埋められるなら埋めたいモノだ……だからこそ、埋める努力しないとな)




 ライトメイスは硬く決意した。




「カシム。さっきの技はアリシア殿から学んだのか?」


「はい、剣が折れれば心の恥と思え。そう言われて教わった技です」


「なるほど、真理を得た重い言葉だな。だが、実戦を想定した斬り合いで使えねば、意味は無かろう。良ければ、わたしが相手になる」




 カシムは目を開き「是非、お願いします!」と答えた。

 水を得た魚のようだった。

 カシムは「この剣を訓練に使う訳にはいかない」とあのアダマンタイトの剣を置き、団員が持ってきた鉄剣を握り締め、ライトメイスも同じ物を握る。


 それからライトメイス達は日が落ちるまで模擬戦を行った。

 彼の学んだ”剣化”という技以外、特に特出して伸びた技術はないようだったが、受けた剣の一撃は以前にも増して重みのある一撃になり、斬り合う度に精度を増し、模擬戦が終わる頃にはカシムの鉄剣がライトメイスの鉄剣を半分食い込ませるほどになっていた。

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