事態は動く

「アレは……」


「知ってる人?」


「えぇ、わたしが所属する騎士団の団長です」


(と言う事はクゼル王国の関係者か……どうしよう。今は下手に関わらない方が良いかな……あまり関わりたくないんだよな)




 祖父であるリバインを裏切った国だ。

 過去の事とは言え、その事実だけでアリシアの中では信用にすら値しない。

 過去の事だからと言えば、聴こえこそ良いかも知れないが、過去に過ぎ去ったから現在も同じ事をしないと言う保証はどこにもない。

 少なくともアリシアと言う人間は人間が簡単に”反省”する等と微塵も思っていない。

 だから、関わりたくないのだが、アリシアの期待に背くように先頭の団長はカシムを見つけ、集団を伴いカシムの前まで来た。




「ライトメイス団長」




 カシムが団長の名を呼んだ。

 この金髪王子様風の男はライトメイスと言うらしい。

 カシムよりも鍛錬された肉体であり、この集団の中で一番強いのは彼だろう。

 体に流れる神力の流れが非常に整っている事から魔術の扱いにも長けていると伺える。

 外見は20代後半と言った所で「その若さで騎士団長になれれば、天才の方だ」とリバインが言っていた。

 その実力に恥じないと言う事なのだろうと予測できた。




「カシム・エールか。どうやら、無事のようだな」




 ライトメイスはカシムの無事に安堵する。




「えぇ、なんとか。それより何故、あなたがここに?」


「この辺りに帝国兵らしい者達を見たと聴いて哨戒任務で出ていたのだ。ところでそちらの女性は?」




 ライトメイスと言う男は具に見つめるようにアリシアを見つめる。

 まるでその技量を推し量ろうとするようにアリシアを観察する。

 戦士として当たり前かも知れないが、やはり人に見つめられるのは慣れない。




「この方はわたしや村を助けてくれた方です」




 カシムはそう言ってアリシアに目線を向けるが、アリシアは目を思わず逸らす。

 こんなにたくさんの人間に見つめられるのは正直、苦手だ。

 ただ、ライトメイスは特に気にする事もなく馬から降りて目を逸らすアリシアを真っ直ぐと見つめる。




「この村を助けて頂きありがとうございます!」




 彼もカシムと同じように真っ直ぐな心で慇懃に頭を下げた。

 彼の誠実さが伝わる。

 だが、そんな彼の対応に辺りが騒めく。




「団長!何故、こんな得体の知れない女に頭を下げるのです!御身とあろうお方がこのような怪しい女に頭を下げるなど……」




 すると、ライトメイスはその男に睨み返した。

 その殺気混じりの眼光に男は息を呑み口を閉じた。




「お前達、騎士団の恥を晒すな。わたしは上位者に接しているだけだ」


「ど、どう言う事ですか?」


「分からないか?この方はわたし達よりも強い。下手に刃向かうな!」




 その言葉に団員達は信じられないと言う顔をしていた。

 こんな目線を逸らすような暗そうな女が自分達よりも強いとは信じられなかった。

 況して、女性の身で騎士団長以上というのが男尊女卑の傾向にある騎士団では信じられずにいた。




「申し訳ありません。わたしの部下が失礼をしました」


「いえ、気にしてはいません」


「良ければ、あなたの名前を教えて頂けませんか?」


「アリシア・ズィーガーランドです」




 その瞬間、アリシアの真横を弓矢が通り過ぎた。

 さっきの男が激昂してアリシアに弓を番えたのだ。

 当たらないと分かっていたがその謂れのない殺気にアリシアは困惑した。




「貴様!この方をライトメイス・クゼル殿下と知っての狼藉か!そのような偽名を殿下の前で名乗るなど侮辱にもほどがあるぞ!」




 それに背後の騎士も同調して殺意を籠める様に剣を掲げ、弓をアリシアに向けた。




(もう、いや!)




 アリシアの我慢が限界に達した。

 こんな謂れのない悪意を放つ人間達とはこれ以上、同じ空間に居たくなかった。




「ユニオ!」




 アリシアの悲痛の叫びを聞きつけて近くにいたユニオが雷鳴と共に現れ、騎士達も前に立ちはだかる。

 ユニオは「主に手を出すな!」と言わんばかりに烱々な眼差しで騎士達を睨みつける。




「まさか、この魔物は伝説の……」




 ライトメイスはユニオの事を知っているようだが、そんな事はどうだって良い。

 とにかく、アリシアはもうここには居たくなかった。

 アリシアはカシムに別れを告げる事なくユニオに飛び乗り、ユニオの加速力で一気に村から消えた。

 辺りはそのあまりの出来事にアリシアが去って行った方向を呆然と眺める。




「まさか、伝説の魔物ライトニング・ユニコーンを従えているとは……」


「アリシア様……」




 2人の中にはそれぞれ驚愕と名残惜しさを感じていた。

 ライトメイスは同時に懺悔の念を抱き、カシムは切望していた。

 とんでもない過ちと掴み取った希望が離れ、もっと教わりたかったと願った瞬間、それぞれが共通して”悔い”だけが残された。




 ◇◇◇




 ダガマ帝国  帝都 オルセラ 王間




「準備の方はどうなっている?」




 王座には白髭を蓄えた岩の様な鋭い顔の男が座していた。

 リヴァルド・ザン・ダガマ皇帝だ。

 70代とは思えない、衰え知らずの覇気を漂わせ、見る者を圧巻させる圧倒的な風貌を持ったカリスマだ。

 そんな彼は今日、この世界の転換期となるある作戦を採択、結印した。




「陛下、準備の方は滞りなく進んでおります。連合とも密な関係を構築しております」


「まさか、連合と手を結ぶ日が来るとは人の世とは分からんモノだな」


「全くその通りでございます」




 文官の男はただただ皇帝の気迫に押されて相槌を打つ。

 無条件に媚を売る様に自分のやる事に愛想を振り撒いて、首を縦に降るのはどこか辟易とするが、今は大切な作戦だ。

 余計な揉め事が避けられるならそれで良い。




「敵には悟られていないだろうな?」


「勿論ですとも!アイの国の支援もあり、情報統制は完璧です」


「まぁ、あの者達は切迫しているようだからな。早急な決着を望んでいる現れやも知れんな」




 ただ、皇帝のこの作戦に対して僅かながら心証が良くないところもあった。




(我が国益になるとは言え、どうにも少しだけ後味が悪いか……何せ、1つの国を完全に滅ぼさねばならないのだからな……)




 それが自分の掲げる覇道にも沿っており、国益になるのだから、躊躇う理由はないが、この作戦に同調している文官達の対応と心情だけが唯一皇帝の心証を悪くする原因だった。




「陛下、如何しましたか?」


「いや……なに、今回の事は敵が災難に思えてな……」


「陛下はなんてお優しいのでしょう。ですが、慈悲を与える必要はありません。敵は穢れた者達です。あの神国メキルの神々のこれに同意している。陛下の御決定は神すらも賞賛しているのです」


(この男は神の信奉者だったか?)




 皇帝はまるで卑しい者でも見る様な目で男を見つめる。

 ここにいる者達は心にもなく自分を褒め、飽きもせず、世辞を言う。

 やはり、その媚を売る態度には辟易とする。

 逆らえとは言わないが、もう少し考えて欲しいモノだった。

 神の名を使い戦争の利権を貪りたいだけの俗物と肩を並べねばならないのはどうにも癪だった。

 だが、皇帝の野望である大陸統一と来るべき日に備えてこの戦には負けられない。


 全ての支配者となるにはいつしか、神の上にすら君臨するのはその道しかなかったからだ。

 無能な神の支配による人の不幸を無暗に楽しむ俗物達の統治ではなく、神を踏み越え、神を超越し、果てしなき進化へと邁進する自分こそ真の皇帝に相応しいとリヴァルドは考えているからだ。

 その為に神国メキルすらいつか、蹂躙して、「神の土地であろうと我に逆らう者無し!」と大陸と轟かせ、神すら凌駕する気だ。

 リヴァルドは神が嫌いなのだ。

 だから、自分が神になり、神すら超越した存在になりたいのだ。

 気に入らないがその為には神の名を使って媚を売る俗人達でも喜んで使うと決めている。

 リヴァルドは文官に指示を出した。




「これよりクゼル王国殲滅作戦を行うように全軍に報せよ」

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