剣化
「その前に確認したいんだけど、神力の制御はできる?」
「えぇ、魔術を使う上での必須能力ですから……」
「なら、剣を折った事は?」
「今回もありました。訓練中に何度か……」
「なら、今から教える事を習得したら今後は折る度に心の恥と思いなさい」
アリシアは”空間収納”からアダマンタイトの塊と普通の鉄剣を出し、右手にアダマンタイト、左手に鉄剣を構えた。
「これは何の変哲も無いただの鉄剣です。これをアダマンタイトにぶつけるとどうなると思う?」
「剣が砕けると思います」
「このままならそうです。しかし」
アリシアがアダマンタイトに軽く降りかかるとアダマンタイトは両断、剣がアリシアの掌で止まる。
カシムは我を疑うように目を凝らす。
「神力を制御して剣と一体化すれば、持ち主の心の在り方が剣に宿る。これを”剣化”と言います。このように鍛錬された心があれば、どんな剣を使おうとこのように斬れます。あの戦いをしていた時のあなたはこれが出来ていないようなので今回はこれを教えます」
アリシアは彼がどの程度、神力を制御できるか見た。
正直、言えば神術や魔術が発動出来る最低限の精度しかない。
剣に神力を流しているだけで纏わせている訳では無い。
確かに”触媒石”を使って魔術を使うならそれで良いかも知れないが、剣を使うとなるともっと高度な制御が必要だ。
「う~ん、制御が悪いね。それはただ、流し込んでいるだけ」
「す、すいません」
「ちょっと後ろに回るね」
そう言ってアリシアは彼の後ろに回り込み背中から密着した。
すると、彼女の柔らかく大き過ぎず、小さ過ぎない双丘の感触にカシムの胸が跳ね上がる。
「大丈夫?」
「えぇ?」
「心臓が跳ね上がったけど?」
「だ、大丈夫です。続けて下さい」
アリシアは彼の体内を介す形でアダマンタイトの剣に神力を流す。
神力を彼が感じられるようにゆっくりと剣の中に一杯に敷き詰め、剣の中に自分の心と言う剣の骨組みを刺し込む感覚がした。
そして、剣の軋みや撓み……そして、微かな歪みすら自分の体のように感じられるほど研ぎ澄まされていくのを感じた。
そして、アリシアはゆっくりと離れた。
「今のが剣化だよ」
「今のが……ですか?」
味わった事のない感覚が不意に消え、その余韻に浸り、その衝撃に次の言葉が出なかった。
「これが戦場で素早く確実に出来れば、あなたの剣を防いだ紫の光の膜ですら斬り裂けます。現にわたしはそれで投擲槍を以て敵を貫いたでしょう?」
カシムはあの時の事が頭に過ぎる。
重い槍を軽々と投げ飛ばし、敵の頭を粉砕したあの一撃……今でもその鮮烈とも思える美しさは頭の中に焼き付く程に印象深かった。
(単純な膂力が為せる技だと思っていたが、膂力以前にこう言った技術が為せる技か……)
カシムは凄く感心した。
アリシアと言う騎士は単純な膂力にも秀でいているが、それだけではないのだ。
膂力に秀でいているだけならカシムの周りの騎士団にもそう言った人間はいる。
だが、騎士団は体格や筋肉=戦闘力と考える毛色が大きく、アリシア程精巧に練り上げた戦闘技術と言う類のモノがなかった。
騎士団で言えば、剣の型や素振りを早くする等と言う単調さがあるが、アリシアの教えはそれとはまるで異質ではあったが、どこか本質を得た極めて小さな事にすら疎かにしない様な緻密な”強さ”を感じ始めていた。
彼女との稽古はカシムにとって凄く心踊り有意義だった。
「今の感覚は分かりましたね」
「はい」
「では、これを斬って下さい」
そう言ってアリシアはカシムの目の前で今度は白い石を取り出した。
「これは?」
「オリハルコン」
平然と大した物では無いように言っているがオリハルコンを個人持ち歩く人間などいない。
貴族ですら希少過ぎて出回らない高級品だ。
それを「斬れ」と言われると些か動揺する。
それに普通に考えればオリハルコンはアダマンタイトよりも硬い。
アダマンタイトはその分、強靭ではあるが「斬れ」と言われて簡単に斬れる物ではない。
「これを……斬るですか?」
「やれば、できます」
そう言ってアリシアはカシムの目を見つめる。
「やれば、できます」
その力強い励みに押された。
アリシアはカシムが出来ないとは微塵も思っていない。
なら、その期待に沿わないと男が廃る。
カシムは勢いよくアリシアの掌のオリハルコンに剣を振る。
上手く制御できないが、さっきの感覚を思い出しながら剣に神力を流し込み、剣に自分の心を詰め込む。
あの感覚を思い出しながらゆっくりと入れてみる。
鋭くなったカシムの感覚がオリハルコンと接触した時、剣の歪みやカシムの脆弱な部分などを浮き彫りにしてその瞬間に接触面に一気に神力を満たす。
だが、剣全てに満たしたわけではないのでオリハルコンには剣の半分ほどの切れ込みが入っただけだった。
「失敗か……」とカシムは呟いたが拍手が聞こえた。
「おめでとう。初めてにしては上手いと思うよ」
そこにはさっきまで見せなかった微笑ましい彼女の笑みがあった。
勇ましくカッコいい女性と思ったが、その時の微笑み方は凄く可憐でカシムの頬が赤くなる。
「じゃあ約束。その剣はあなたにあげるね」
「えぇ?」
「いや、そう言う約束でしょう。あなたのわたしの課題を少しだけ達成した。だから、その剣はあなたのモノです」
そう言えば、そんな約束をしたが本当にくれるとは思わなかった。
アダマンタイトを平然と渡す様な騎士は常識的に考えていないはずだからだ。
そんな騎士が仮にいるなら間違いなく常人ではない。
(本当に彼女は何者なのだろう?これだけの武威があるなら、有名な騎士のはずだが……何故、偽名を使ってまで名前を隠すのだろうか?)
カシムは率直にそんな疑問が浮かんだ。
「あの…アリシア様。差し出がましいようですが……」
「何?」
「あなたはどこの国の騎士なのでしょうか?」
「どこの国にも仕えてないよ」
「そうなの……ですか?」
「なんで驚くの?」
「いえ、他国の騎士である事を隠す為にあのような名前を名乗られたのかと……」
(あのような名前?何か、引っかかる言い方だね。アリシア・ズィーガランドと言う名前はそんなに可笑しい名前かな?そう言えば、以前「偽名だ」と騒がれたような気がするな……その辺の常識も調べておくべきかな?)
アリシアが疑問に思っていると遠くから馬が走ってくる音が聞こえた。
その先頭には若い風貌の凛とした金髪で整った顔立ちの俗に言うイケメン王子風の男がこっちに接近して来る。
カシムよりも鍛錬された強者の男のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます