そして、少女は野に放たれた
ランスロットとの話でリバインの過去の事やリバインの財産の在り方やランスロットとアリシアの関係性等をこの時、打ち明けられた。
「あなたはこれからどうするつもりだ?」
「森の外に出る。記憶も探す。それにお爺ちゃんの遺言通り人間に慣れる努力をしてみる」
「そうか……少し寂しくなるな」
「あなたも来ない?あなたも帰りたいんでしょう?」
「帰りたいとは思うさ。だが、わたしはこの群れの長だ。ここの竜の事を自分の家族のように思っている。きっと、わたしの忘れてしまった主も同じ立場なら同じ事をしたと思う。だから、わたしの事は気にしなくて良い。わたしの事は君が帰る手段を見つけた際のついでにくらいに思えば良い」
帰る事を諦めている訳ではないのだろうが、それでも群れの為に仕え自らを犠牲にする。
確かにその主らしいのかも知れないとアリシアはなんとなく思った。
「それにあなたとわたしはどうやら、繋がっているらしい。あなたが思い出せば、わたしの記憶を思い出せるかも知れない。そうなれば、わたし達にとって最良の結果を導く事も出来るだろう。それからでも遅くはないさ」
やはり、彼も故郷への想いは諦めてはいないようだ。
それにその考えには一理ある。
何事も情報がないと作戦の立てようも無い。
2人で帰還しつつ群れの面倒もみれる方法があるならそれに越した事はない。
ランスロットの為にもアリシアは記憶を取り戻さないとならない。
ランスロットと別れたアリシアは家に戻り、リバインの財産や資料を全て”空間収納”に仕舞い込み、支度を整えた。
その翌日、ユニオに跨り、森を駆け抜け旅立った。
そして、もうこの家に戻る事はなかった。
◇◇◇
クリハ村
そこは地獄だった。
絶望すらないほどの絶望しかなかった。
突如、漆黒の仮面を付けた男とダガマ帝国の鎧に身を包んだ騎士に訪れた。
それだけでも畏怖すべきだが、彼等はあくまでこの村と言う巣を囲う柵だった。
漆黒の仮面男の背後から50m巨体1匹と30mが6匹いた。
オリハルコンスネークとアダマンタイトスネークだ。
災いの森から現れるとされる幻の魔物にして1匹で国すら落とすとされる災厄の獣。
それが7匹いたらもう絶望しかない。
後に起こった事は鏖殺だ。
村人は獣達の喰われ尻尾に叩き潰され、ミンチにされ、村から逃げようとする者は囲む兵士達に刺し殺される。
そんな中、茶髪で真面目そうな好青年の風貌をしたカシムは同じく茶髪のまだ、あどけない顔立ちの弟リンクと共に兵士達の包囲網をなんとか突破して弟と災いの森に逃げようと走った。
災いの森の入り口付近には基本的な魔物はいない大深部に行かなければ、魔物に襲われる心配はない身を隠すなら持ってこいだ。
父と母はカシム達が逃げる為に時間を稼いで死んだ。
カシムは右手に剣を構えて弟も共に走る。
だが、カシム達を逃さまいと兵士2人が追いかけて来る。
カシムは恐怖のあまり心臓が跳ね上がり足並みが自然と速くなり、幼い弟の足並みの遅さが煩わしく思えて来る。
無理もない。
弟はまだ、8歳だ。
17歳のカシムとは体格も何もかも違う。
だが、騎士課過程を終了して家に帰省したと思えば、こんな災難で不甲斐ないことに怖くてカシムは剣すら真面に握れない。
そんな自分が歯痒い。
今はただ、逃げるしかない。
だが、そんな焦燥感で慌てたカシムの脚が速すぎたのか弟が転けてしまう。
慌てて弟を立たせようとするが、その間に敵の騎士に詰め寄られる。
やるしかないと決意を固める。
カシムは剣を両手で構え力を振り絞り、前に踏み出した。
カシムの思いがけない突貫で同様してか目の前の騎士が慌てふためく。
どうやら、技量や実戦経験はカシム並みしかない新兵のようだ。
(これならいける)
カシムには覚悟と勢いがある。
だから、いけると思った。
だが、カシムの剣は無情にも紫光の何かに防がれた。
カシムの剣が砕け、カシムは呆然と立ち尽くす。
「お前、危なかった……あの魔術師の魔術がなければ死んでたぜ」
「そうだな、運はオレに味方している。おい。お前、中々、惜しかったな!」
そう言って目の前の騎士は力任せに剣を振り、カシムの胴体で裂かれ、カシムの悲鳴と共に大量の血が流れ、弟がカシムを呼ぶ叫び声が聞こえる。
カシムの途切れそうな意識は弟の声で繋ぎとめられる。
カシムは足に力を込めて踏んばり、敵を睨みつける。
また、死ぬ訳にはいかない。
弟が逃げる時間は稼がないとならない。
「ち、死に損ないが!」
だが、今のカシムには立って弟が逃げる時間を命を賭して稼ぐ事しか出来ない。
全ては終わったと思ったその時だった。
後方から凄まじい音を立てながらカシムの真横を何かが駆け抜け、カシムに斬りかかった騎士の頭部に激突、次の瞬間、男の頭部が消え血飛沫が吹き上がり、蒼い金属製の投擲槍が近くの木に深々と刺さる。
そして、馬が嘶く声が聞こえ、横を振り向くとそこにはこの世の者とは思えないほど美しい容姿をした鎧を着た女騎士がいた。
その美しさに自分の痛みが抜ける様だった。
女騎士は投擲槍に付いた紐を勢いよく引き寄せ、自分の右腕に戻した。
どう見ても30kgはあるあの槍を自分と歳のそう変わらない女があんな勢いで投げたとは信じ難い。
だが、敵もそれが理解でき尚且つ、味方を無残に殺された事に発狂した。
「バ、バケモノだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
男は情けない声を挙げて逃げようとするが女騎士はいきなり馬から跳ね上がり、逃げる男の目の前に現れ怯える男の胸倉を掴み右手で吊るした。
「あなたにかけられた守護魔術は一体誰がかけた!?」
その声は重い響くような声が入った鋭い声だったが、どこか聞き入ってしまうほど凛として透き通るような美しい声だった。
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