魔導王アイン・ソフ・オウル
騎士の男は泣き喚くだけで一向に話そうとしない。
“威圧”をかけたが、逆に精神が耐えきれず、泣き喚くだけだ。
ユニオの機動力で”災いの森”の外に出ようとした直後、森の中にいる人間を発見した。
最初は面倒事になりそうなので通り過ぎようとも思ったが、剣を向けている男性にどうしてか目を惹かれた。
その後ろ姿はどこか祖父を思わせるところがあり、目線がそちらに向いてしまった。
だが、それも鎧を着た人間が紫光の膜に包まれ、それが剣を弾いたのを見て心情が一変した。
「もう良い、後で聴く」
アリシアは”神呪詛術”で仮死状態にして、男を”空間収納”に投げ入れた。
アリシアを呆然と見つめる兄弟達にアリシアの脚が自然と歩み寄る。
あの騎士の手かがりはこの2人しか分からない。
話が聴けそうな男は優先的に生かさないとならない。
「グレート・ヒール」
アリシアが”神回復術”を発動、男の傷が塞がり回復した。
「あ、ありがとうございます」
「別に構わない。それより何があった?」
「オレ……いや、わたしの故郷の村に突如、ダガマ帝国に襲われ弟を連れてここまで……来ました」
カシムは少々、歯切れが悪い返事をした。
自分は逃げる事しか出来なかった。
とてもではこの女性の前で自分を誇れるほど愚かではない……況して、さっきの身体能力や武技を見れば、相手が格上なのは目に取れた。
こんなに堂々とした勇ましい女性を前にして「逃げて来た」とは恥ずかしくて言えない。
「そう、敵の戦力はどのくらい?」
「騎士30人くらいと黒い仮面を付けた男にオリハルコンスネーク1匹とアダマンタイトスネーク6匹です」
訓練された習慣がここだけ活かせた。
敵の情報を的確に伝える事を重要性は教えられた成果だ。
だが、だからどうなると言うわけではない。
相手は人間が1人2人増えたところで勝てないB級クラスの魔物だ。
(この女性の武威が凄くても1人で勝てるわけではない……いや、そもそもこの人が村を救ってくれる保障なんてないのに何を期待しているんだオレは!)
此の期に及んで見ず知らずの誰かに頼る自分に不甲斐なさと苛立ちを募らせ、カシムが唇を噛む。
だが、その直後女性は思わぬ行動を取る。
「村はどっち?」
「あっちです」
カシムが指を指したと同時に女騎士は突如、姿を消し、指を指した方向で土煙が舞った。
あまりの速さに我を疑い呆然と眺めていた。
気づくとさっきの馬も消えていた。
カシムは木の影に隠れているように促し、村の方に戻った。
弟の側にいてやるべきだったと後々、思ったがその時のカシムは何かに惹きつけられるようにあの女騎士を追いかけていた。
何故、追いかけたのか今でも分からない。
強いて言うなら何かの本能だったのかも知れない。
村に近づくに連れて人の断末魔と獣の悲鳴が木霊している。
さっきとは色合いが違うと分かった。
そして、村が見える距離まで来たカシムが見たのは首が切断されたアダマンタイトスネークと今、まさにオリハルコンスネークを切断しようと飛びかかり大太刀で斬りかかる女騎士の姿だった。
オリハルコンスネーク派その大きな口で女騎士を呑み込もうとしていた。
カシムが「危ない!」と声をかけようとしたその時、目にも止まらぬ早業で大太刀を抜いた女騎士が通り過ぎたと同時に身体が崩れ落ち、解体されたオリハルコンスネークの姿だった。
そして、周りにいたダガマ帝国の騎士は女騎士が乗っていた角先から雷撃を放つ馬に焼き殺され沈黙した。
その様子を黒い仮面を付けた男と漆黒の鎧と大剣を身につけた女剣士が仮面越しに驚愕を露わにするように一歩後退る。
女騎士と馬は男達の前に現れて対峙する。
「貴様、何者だ?オリハルコンスネークを細切れにしライトニング・ユニコーンを従魔にするとはただ者ではないな?」
「人に名を尋ねるから自分から名乗ったらどうなんです?」
カシムは村の家の隅から2人の様子を眺める事にした。
「貴様、偉大なるアイン・ソフ・オウル様に向かってなんて口の聴き方を!下等生物如きが身の程を……!」
仮面の男アインは女剣士を手で制止した。
「よい。この女にはそれだけの事を言う権利があると見た!ならば、しかと聴くが良い!我が名はアイン・ソフ・オウル!魔導王アイン・ソフ・オウルである!」
アイン・ソフ・オウルと言う名をカシムは聴いた事があった。
帝国でも最強と言われる魔術師の1人にして「光の化身」の2つ名で知られる魔術師。
“神代魔術”を持っており、自らが創造した忠実なる最高の従魔”ナーべス”の使役、従魔士としても知られる最高位の男だ。
恐らく、あの女剣士は”ナーべス”の1人だ。
だとすると、厄介だ。
“ナーベス”は人類の上位種と言うコンセプトに作れられた生命体。
その力は紛う事ない強さを持ち、戦場で”ナーベス”を見かけたら逃げる事が命令として存在するほどだ。
あの女騎士が強くても勝てるかどうか分からない相手だ。
「さて、わたしは名乗った。貴殿の名前を聴かせて貰おう」
「アリシア・ズィーガーランド。それがわたしの名です」
女騎士が名を名乗り、カシムは首を傾げた。
それに不快感を覚えた女剣士が大声で怒鳴りつける。
「下等生物が!至高のアイン様をどれだけ愚弄すれば気が済むのだ!ゴミである身の程を知れ!」
女剣士は大剣を抜き、一気に肉迫した。
人間離れした身体能力と加速……これを避けられる人間などいるはずがない。
だが、女騎士はただ、棒立ちで事を静観する。
突然の事に対応出来ないのか?等と頭に過ったが、いつの間にか抜かれていた蒼い刀を払い横切った女剣士が硬直する。
そして、蒼い刀を鞘に戻したのがまるで合図だったように女剣士の胴体が正中線から真っ直ぐ切断され、倒れた。
そして、女騎士は呟いた。
「中々、高い身体能力です。でも、それだけ。生まれ持って与えられた力を誇示するだけの高慢な女ではわたしには届きません」
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