脱出

「信頼と言う言葉知ってる?アンタ達にその信頼があると思うの?」


「今はそんな事を言っている場合ではない!地球滅亡の危機なんだぞ!」




 ヒゥームは恰も自分達の言い分に従って当たり前と言わんばかりに慌てふためく。




「それはアリシアが前に説明したでしょう。アンタ達は自分で地球の危機を見逃しといて何を今更、正義面してんのよ」


「それは分かっている!だが、頼む!ここまでくれば我々もアリシア・アイと言う神を信じる!だから頼む!」





 だが、もう遅い。

 アマネは不意にアリシアから教わったあの経典の一説を思い出す。

 世界が終わる日、多くの者が「主よ、主よ」と言うらしい。

 神を信じない者までもが災いの日になって慌てたように懇願して、呼び求めるらしい。

 だが、救いの知らせを伝えても尚、不法から離れなかった者に対して、「知らない。わたしとは関係ない」と答えた。




 まさにヒゥームがやっている事と全く同じだった。

 災いが来た時に騒いでも既に遅い。

 幾らその時、神を信じると言っても慈悲深いアリシアであろうと助けない。

 その日の仕事を頼んだのに10年後に仕事をすると言う人間の事を信頼する人間がいるだろうか?

 それと同じだ。

 その時に悔い改めないならその後、悔い改めますと言っても遅いのだ。

 アリシアは決して理不尽な要求等していない。

 社会人として当たり前に等しい要求をしただけであり、それを反故したのは、人類であり、こちら側にはなんの落ち度もない。

 すると、天音はある気配を感じ、眉が微かに動く。

 もう話す時間も僅かだと悟った。




「ヒゥーム。あなたは緩慢過ぎる。あなたは誰よりも速くアリシアの仕えていたのに悔い改める心すら忘れた。そんなあなたが世界の危機を語ってもなんの説得力もないわよ」




 すると、離着陸場の兵士の悲鳴が聞こえ、勢いよく飛んでいく兵士が天音の前を通り過ぎる。




「来たわね」




 周りの兵士が一斉に反応、吹き飛ばされた兵士を目で追う。

 しかし、それが盲点だ。

 彼らの目線がそっちに逸れた事で真横からの攻撃に全く気付かない。

 すると、今度は別の兵士がさっき飛ばされた兵士と同じ方向から飛んで来た。

 残りの兵士が飛ばされてきた方角を向くと兵士の視覚には蒼髪の少女が既に自分の目の前に跳び膝蹴りをお見舞いする直前まで迫っていた。

 女の人間離れした速度から放たれる蹴りに兵士は後方に飛んでいく。




「天音さん。急いで輸送機に!」




 天音は特に何も言わず頷き、混乱に紛れ、子供達を輸送機に乗せる。

 子供達もアリシアの言葉の意図を少なからず理解して、さっきまで渋っていた足取りを軽くして、雪崩れ込むように輸送機に入る。

 天音は輸送機に乗り込み長年愛用しているSIG SAUER P320ハンドガンを持ち、操縦席に向かう。

 操縦席に乗り込むと既にパイロットが死んでいた。

 横の窓が開いており、その方向から脳天を撃たれた痕跡があった。




「根回しが良いわね」




 だが、操縦席の真横に設置されていた作業用の移動式階段からこちらを狙っている兵士がいたが、天音は一度も振り向く事無く、SIG SAUERP320ハンドガン左手に持ち、右腕の脇に通して、敵兵士にヘッドショットを決め、兵士は即死した。

 そして、天音は何事もなかったようにパイロットを席から窓に投げ捨て、警戒態勢に入った。

 外の殆どは敵はアリシアに釘付けになり、こちらに寄って来る事はなかった。




 兵士達は極東原産のHOWA Type39アサルトライフルを構え、無力化しようと発砲する。

 だが、その瞬間、アリシアは肩を一瞬引く様な仕草を見せた。

 対射撃戦用技”射狂”だ

 脳は相手との距離感を測った上で狙いをつける。

 アリシアが肩を動かした事で脳内の距離感が狂った事等、誰も気づかない。

 弾丸はどれもアリシアの体には当たらず、掠めるくらいしか当たらない。

 その隙にアリシアは一気に距離を詰め、今度は鋭い左ストレートで兵士の顔面を抉るように後方に吹き飛ばす。


 兵士達の経験則ではあの距離は外れるはずがなく当たらなかった事が、現実離れし過ぎて混乱する。

 まるで未知の敵に順応できずにいた。

 だが、左ストレートは放ったアリシアの動きを止め、アリシアは後ろを向いている。

 人外離れした動きをされる前に彼らはアリシアを止めようと殺すつもりでHOWA Type39アサルトライフルを向ける。


 だが、アリシアは一切後ろを向く事無く、両脇から敵を倒した際に奪ったベレッタF180ハンドガンを取り出し、敵を一切見る事無く狙いを定める。

 そして、素早い早撃ちで放たれた弾丸が敵の脳天を捉え、兵士達が倒れていく。

 だが、それでも残った兵士が後ろ姿の彼女に狙いを定め、発砲する。

 しかし、アリシアはまるで全て見切っているようにその場で跳躍、宙返りしながらリロードしたベレッタF180ハンドガンを抜き、的確に敵の脳天や眼球を狙う。


 人間離れした身の身の熟しからなる3次元的な動きにまるでついていけず、彼ら放った弾丸は2次元的な動きのまま彼女の頭上を擦り抜ける。

 残りの兵士全てをその超感覚で捉えたアリシアはベレッタF180ハンドガンの引き金を引き、弾丸が全ての兵士を即死させる。

 アリシアは着地して周囲の状況を確認する。

 周囲に敵影は無かった。

 尤も周囲にはだが……アリシアから見て9時方向400m先にスナイパーがいた。

 SIG SSG3000スナイパーライフルの派生であるSIG SSG6000スナイパーライフルを構えているスナイパーが受けた命令はアリシア・アイの抹殺だった。

 ”3均衡”の決定は遂さっき変更した事であり、優先的に輸送部隊に伝えられた事でこの基地に配備された兵士には基地制圧時の命令の1つであるアリシア・アイが現れた場合に対応が有効だった。

 スナイパーはダイレクトスーツを着た部分は防弾性があるのでアリシアの脳天に狙いをつける。

 そして、狙いをつけ引き金を引く。

 その瞬間、アリシアの鋭い目線が確実にこちらを向いた。

 だが、既に引き金は引かれ、弾丸は彼女の脳天目掛けて飛んでいく。

 弾丸はアリシアを捉え、真っすぐと飛び命中した。


 スナイパーは効果を確認する。

 だが、アリシアは何事も無かったかのようにその場に立っていた。

 それどころか最初と何か違った。

 左腕を頭の辺りまで上げ、握るポーズをしていたのだ。

 そして、左手を離した時、何か光る物が落ちていくのをスナイパーが確認する。


 その瞬間、レンズから彼女の姿が消えた。

 スナイパーは直感的に理解した。


 アリシア・アイは化け物だ……と


 彼女は飛んでくる音速を超える弾丸を素手で握り、受け止めたのだ。

 だが、それを理解した時には既に遅い。

 その隙があれば彼女の十分な反撃を与えてしまう。

 アリシアは周囲に転がった兵士が装備していたHOWA Type39アサルトライフルをダイブロールしながら手に取り、400m離れたスナイパーに狙いを定め、弾丸を放った。


 HOWA Type39アサルトライフルの有効射程は400m~600m前後はある。

 狙撃銃ほど遠くの狙う精度は無いが、彼女にはそれで十分だった。

 放たれたHOWA Type39アサルトライフルの弾は敵のスナイパーのレンズを貫通、脳天に食い込んだ。

 スナイパーは死に際に「化け物め……」呟き、事切れた。


 そして、アリシアは最後の敵に目をつける。

 輸送機を護送してきたAPだ。

 APには対人火器を装備する事も可能だが、それはただのオプション……暴徒鎮圧を目的としているならまだしもAP戦で対人火器等、なんの役も立たない。

 輸送部隊もAP戦を想定した火器しかなく今まで攻撃しなかったのは歩兵部隊の邪魔になるからだ。

 加えて、輸送部隊は”3均衡”の指示により、アリシア達を殺す事は出来ない。


 だが、アリシアは輸送機で脱出しようとしている。

 その為にAPが邪魔でならない。

 アリシアは鋭い目線でAPを見据える。

 パイロットのその鋭い目線に恐怖する。

 幾ら身体能力と戦闘能力が高くてもAPに勝てるはずがない。

 分かっていてもその瞳は本気でAP諸共、自分達を殺そうとしていると思え、恐ろしかった。


 アリシアは”空間収納”から”アーマーハンドガン”として改造したブルーメタリックなM500リボルバーハンドガンを取り出し、輸送機の左右にいる2機にAPに銃口を向け、輸送機よりも高く飛ぶ。

 後は一瞬の事だった。

 強力なアストロニウム製徹甲弾式マグナム弾がAPのコックピットを貫通して、パイロットをダイレクトスーツ諸共、上半身を吹き飛ばし、ミンチにした。

 アリシアは輸送機の上に着地、再び辺りの様子を確認する。

 敵は既にいないが、基地の方から増援部隊が派遣されているのが見え、彼女は急いで輸送機に乗り込み、コックピット席に乗り込む。

 そして、天音に操縦を任せ、発進させる。


 増援部隊は飛び立った輸送機を撃墜しようとはしなかった。

 ”3均衡”の命令によりアリシア・アイを殺さないように命令が下っていたのだ。

 尤も、輸送機の装備でも基地から逃げる程度は十分に可能でもあった。


 どの道、攻撃しても逃がした可能性の方が高かった。

 輸送機は暗雲立ち込める夜の空を飛んでいく。

 輸送機は光学迷彩とステルス機能を使い、どこから消えて行ってしまった。

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