追撃者
輸送機内部
輸送機を自動操縦モードに切り替え、輸送機はアラスカを目指す。
かつて、シンが拠点としていた基地がそこにある。
並の地球統合軍ですら近づけない防衛力を備えた特殊な要塞だ。
シンの話では、シンのいた世界では日本とアメリカが”強化計画”を共同で行い、その研究開発を兼ねて作られた研究要塞だ。
それ故に基地に出入り出来るのは当時の関係者だけでそれ以外は撃墜される。
シンが生み出される前に既に要塞自体は完成していたが、この世界では強化計画自体がペーパープランになり、要塞だけが残された。
また、大戦後の混乱でこの基地の所有コードが上手く譲渡されず、地球統合軍ですら持て余す要塞と化した。
だが、シンがここを制圧した際に発行した所有コードをアリシアは彼から貰っていた。
万が一の時の為に渡されていたのだ。
まさか、使う事になるとは夢にも思わなかったが、幸い基地の防衛能力があれば、地球統合軍からも身を守れる上、仮にヘルビーストが襲ってきても十分対処できる。
そもそも、”過越”を受けた人間が集まれば、ヘルビーストがアラスカの要塞に現れる可能性は皆無に等しい。
そこでアリシアを少しでも休ませたいと天音は思っていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アリシアは天音の横の席で息を荒立てて座っていた。
顔からは汗が流れ出て熱もある。
とても辛そうな顔をしている。
コックピットに着いてからずっとこんな感じだ。
天音は体調を気遣い「大丈夫なの」と言うが、その度に「大丈夫」と気丈に振る舞う。
全然、大丈夫そうには見えない。
彼女は基本的に弱みを見せるタイプではない。
自分に対して厳しいと言うより冷酷なタイプだからだ。
そんな彼女ですら天音でも分かるほど辛そうな表情を浮かべていた。
多分、輸送機を奪う時には既に体調が悪く、それでも無理を押して戦っていたのだろう。
恐らく、アセアンとの戦いで何かあったのだろう。
大丈夫とは言っているが、本当は大丈夫ではないのは彼女自身が分かっているのだ。
だからこそ、子供達を不安にさせない為にコックピットから出ようとしない。
本当は横になりたいのだろうが、子供達のいる場で横になる事は出来なかった。
今でも子供達に自分の気持ちを悟らせない為に気持ちを引き締めている。
(見ていて痛々しいわね)
彼女には気が休まらない間もない。
この瞬間も自分を犠牲にして戦い続けている。
見上げた愛だと感心する。
天音は途端に自分が小さく見えた。
彼女に比べたら、今の自分がやはり小さく見えてならない。
一応、人間としては自分が彼女よりも年上であり、先輩で導く立場にあるのに自分が引っ張られてばかりだ。
ヒゥームにはあのように言ったが、天音も自分が情けない大人に見えた。
自分と比べれば、アリシアの方が大人している。
「天音……さん」
アリシアは苦しそうなのを堪え、天音に話しかけて来た。
「そんなに……自分を責めないで……あなたはよくやっている……それはわたしが……知っている……から……」
「こんな時まで人を気遣いなんかするな」とでも言ってやりたいが、そんな雰囲気でもない。
だが、これだけは確認したい事があった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、これだけは本当の事を言いなさい。本当に大丈夫なの?」
天音もその言い方に流石に観念した様に虚ろな目で天音を見た後、アリシアは目を閉じ、話し始めた。
「正直、分かりません。呪いが酷過ぎて生きているのがやっとで力の殆どを”金の鎖”に回している感じです」
「それ、自分の回復へは殆ど回せてないじゃない」
「そうとも言うね」
アリシアの心中は分からないが相当苦しそうなのは確かだ。
本来なら疲れている時や怪我をしている時は休んで欲しいのだが、こればかりはどうにもならない。
アリシアにしか出来ない事だ。
やはり、1人の女の子に全てを押し付けている様で心苦しさがある。
「回復させる目処はあるの?」
「あるよ」
回復手段が決して潰えてはいないと聞いて少し安心できる。
「ただ、どの道、アラスカ基地に行かないとならないけどね」
「そう、それなら急いで行かないとね」
すると、輸送機からアラート音が鳴り響く。
何かが後方から接近して来ているとレーダーに判明した。
消去法になるが、”過越”を受けている関係上、ヘルビーストが襲ってくる可能性は皆無だ。
そうなるとそれ以外の戦力が仕掛けて来たと判断するのが妥当だ。
だが、統合軍の識別信号は出ていない。
正体不明のUNKNOWだ。
だが、その答えはすぐに分かった。
通信機が勝手に開き、そこから声が漏れていた。
「正義……正義……俺は……我は我らは……正義を……貫く」
複数人の同じ声が同じ事を復唱していた。
その声に天音は聞き覚えがあった。
「天空寺・真音土!」
その声は確かに天空寺・真音土の声だった。
だが、明らかに様子が可笑しい。
声の色合いも随分、ダークな感じになっている。
そもそも、何故、複数人の声が聞こえるのかも疑問だ。
「成る程、力を封じられた状態で最小の労力でわたしを狩る為に……複製容易な真音土シリーズを量産しましたか……」
天音にとって寝耳に水な用語が飛んでいたが、今はそれを聞いている暇はない。
天音は子供達にシートベルトをして何かに捕まる様に指示を出す。
とにかく、分かったのは相手には敵意があると言う事だ。
この輸送機には攻撃能力がかなり低い。
出来る事は回避するくらいしか出来ない。
本当ならアリシアに操縦を任せたいが、とてもではないが出来そうにない。
天音はオート操縦からマニュアル操縦に切り替え、操縦レバーを握る。
天音は輸送機のスラスターを全開にした。
後方に設置されたカメラに映る黒塗りのネクシル・ブレイバーはXM29アサルトライフルの派生であるXM222A2アサルトライフルを取り出し、こちらに発砲して来た。
どうやら、ネクシル・ブレイバーの唯一の武装のようだ。
輸送機に取り付けられた光学回避プログラムが起動、輸送機を激しく揺らす。
その揺れと共に子供達が怯える様な悲鳴をあげる。
今ので分かったのはどうやら、あの機体の武装には神術系の光学兵器が装備されていないと言う事だ。
出なければ、今の一撃で沈んでいた。
今のレーザー攻撃はXM222A2アサルトライフルのセミオートマチック方式の107.7mm炸裂弾ランチャー部をレーザー砲に改造したモデルと思われ、将来的なAPへの光学兵器搭載への検討を考慮に入れた検証試作品が近年開発されていると噂されていた火器だ。
敵を見る限り、恐らく、エレバンでは既に完成していたと見るべきであり、サンディスタールも限られたリソースの中でアリシアを確実に仕留める為に光学兵器を用意したかったが、神術式光学兵器が用意できず、やむを得ず、代替品としてXM222A2アサルトライフルを投入したと考えられる。
天音は敵にロックオンされないように軌道を激しく変えながら、敵を振り切ろうとした。
幾ら光学回避プログラムがあると言っても単調に撃つだけの敵とは違い、知性のある敵なら逆手に取った攻撃も十分可能だ。
いつまで避けてはいられない。
輸送機はAPとの交戦を想定して機体の最大速度はAPを超えられる様には設計されている。
ただ、本体重量が大きい為、加速に関してはAPに劣り、この様な激しい空戦では明らかに不向きだ。
加えて、それは相手がただのAPだった場合の話だ。
天音は急速降下と急速上昇、急反転させ、左右に避けながら、敵の攻撃を避ける。
これでも天音の卓越した操縦技術がなければ、今頃撃墜されている。
だが、天音が距離を離す度に敵のネクシルタイプは”ネェルアサルト”で接近、機体に取り付こうとする。
天音はその度に機首を激しく揺らし、振り解き、加速する。
敵は再び、追撃、XM222A2アサルトライフルの30mm実弾で牽制を仕掛け、減速を狙う。
だが、距離を離れるとすぐに”ネェルアサルト”を使い接近する。
そして、天音が払う。
それをずっと繰り返す。
だが、次第に敵の勢いが衰え、始めて来た。
「敵の機動力が落ちて来た」
それに関して、アリシアが補足する。
「成る程……あの真音土シリーズはわたしと戦った天空寺・真音土よりも……体の生命維持も含めて全てを英雄因子による補正で賄った突貫工事仕様みたいですね……その分、英雄因子への依存が大きくなってる。封印された影響で完全な状態の真音土を作れなかったみたいね」
「そう言うことか……」
天音の顔が不敵に笑う。
勝機はあると天音は確信する。
つまり、このまま逃げ続ければ、奴らはネクシレイターによる干渉で因子が中和され、自滅する。
(なら、時間との勝負か)
人理を重んじる”英雄”の力はサンディスタールにより与えられている。
「人間には力がある」と思わせ、慢心させ、可能性と言う言葉で人を惑わし、ネクシレイターの教理から遠ざける為だ。
超能力やエスパー、特異体質等がその最たる例だ。
彼等からすれば、ネクシレイターの教えは耳が痛い話であり否定したくなる話しだからだ。
「人間は無力だ」等と言えば、簡単に逆上してネクシレイターを否定する様な考え方だ。
ネクシレイターが人間を理解出来ても人間がネクシレイターを理解する事は出来ない。
だからこそ、彼等にはネクシレイターによる因子干渉が働き、その力を削がれる。
況して、敵の”英雄因子”の純度が高いなら尚更効果は大きい。
このまま時間を稼げば、彼等はいつか止まる。
天音は距離を稼ぐ事より時間をかけても確実に避ける戦術に変更する。
輸送機の機動力を落とし、運動性を重視して避け始めた。
真音土シリーズ達の攻撃は弱体化の影響で弱まっている事に加え、天音の回避テクニックで思うように当たらなくなっていた。
時間が1秒1秒かかる毎に徐々に勢いが落ちていく。
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