そこまで落ちぶれたの?
「おい、本当に見たのか?」
男の1人がもう1人に訝しく尋ねる。
「多分、この辺に動き人影が見えたんです。しかも、蒼髪の……」
「蒼髪ね……確かに無視出来ない情報だな」
2人の男は辺りを探索する。
アリシアはその時、その内の1人が大尉の階級章を胸につけているのを見た。
様子を伺うと彼等はこんな事も言っていた。
「大尉、質問いいですか?」
「なんだ?」
2人は辺りを探索しながら話し始める。
「御刀司令がGG隊の嫌疑で監禁されるのは分かるんですけど、なんでイギリスにいた子供までわざわざ監禁するんですか?あまり見てて良い気はしませんでしたよ」
男の1人は言動からして天音達が監禁されていたところに立ち会ったらしい。
だが、不快なモノを見た様に釈然としない態度ではあった。
「俺も詳しい事は分からんが、なんでも御刀司令も含め、あの子供達には特殊な超能力があるんだと……だから、一カ所に集めて厳重に管理しているんだとさ」
「超能力ですか?」
「人類に敵対的な超能力者なんだとよ。お前はその時、いなかったみたいだが、1人の女の子が無理やり連れていかれそうになった時、掴まれた兵士の腕を握っただけでそいつの腕を圧し折ったんだよ」
「へ、圧し折った?」
「あぁ。だから、あいつらが超能力者と言うのは強ち嘘じゃないな」
「それでその子供はどうなったんですか?」
「あぁ、折られた兵士が暴れて銃でその子を殴って射殺しようとしたんだが、上からはこの後、日本の研究機関に研究サンプルとして輸送するように言われてたから殺してはいないだとさ。そう言えばそろそろ、輸送機が来て輸送されるとも言っていたな。あ、ちょうどアレじゃないか?」
大尉の男が指を刺す先には1機のオスプレイ型の輸送機と護衛のAPの姿が見えた。アリシアは木陰から離着陸地点を覗くとそこには天音と子供達の姿があった。
遠目で確認した限り、全員いる事が確認できた。
本来、イギリスの自宅には防衛用の神術セキュリティが敷かれていた。
元々、オーディンが2匹襲って来ても問題ない程度のセキュリティをイギリスの自宅には展開していたが、戦神になった後でその設計を見直し、かなりの脅威すらも想定して「消えてしまえ!」と念じて全てを消滅させる敵の出現等を想定してカウンターで敵にその能力を反射させ、消滅させるようなセキュリティやトラップを多重に組み上げていた。
何度考えても、地球の兵士が容易く突破するのは不可能であり、その背後には間違いなく強大化したサンディスタールが関与している。
それでも突破できるはずがないが、サンディスタールの強大化はアリシアの想定を大きく超えており、今のアリシアでも勝てる確証はなかった。
子供達に手を出している時点でそれがアリシアにとっての弱点だと知った上での行動と言う事になり、アリシアを殺す為に誘っていると改めて、確信できた。
それは少なくとも、アリシアと真っ向から戦う事を相手も避けていると言える。
そこに付け入る隙があるかも知れないが……恐らく、この状況を抜け出しても何か、策を用意しているだろう。
そうならないように子供達には安全策を施したが、自分の慢心がこの事態を招いたのではないか?と思うとアリシアは少しだけ悔やんだ。
やはり、何度、熟考してもどうやって、突破されたのか分からない。
それが分からないのが逆に歯痒く、悔しくもあった。
だが、輸送機到着までもう時間が無かった。
アリシアはすぐに行動に移す。
その為には出来る限り気づかれず、辿り着かねばならなかった。
アリシアは木陰から「大尉殿」と声をかけた。
大尉の男は声がした方角を向いた。
その直後、声がした方角とは違う方向から、もう1人の男の声がして大尉が振り向くとそこにはもう1人の男の脳天に空中で蹴りを入れ、その回転運動で腰を回し、自分の脳天に回し蹴りを放とうとする者がいた。
その時、大尉が最後に見たのは凄い形相で睨みつける蒼髪の少女の姿だった。
◇◇◇
輸送機着陸場
天音達の前にオスプレイ型の輸送機が真上まで来て着陸を始めていた。
天音は何とか脱出する算段を考えていた。
自分1人だけなら練度の低そうな新兵から銃でも奪って脱走できる。
だが……天音は自然と自分の後ろにいる子供達に視線をやる。
天音の元には大勢の子供達がいた。
彼らを連れて脱出するのは自分だけでは無理だが、見捨てるのは論外だった。
別にアリシアに頼まれたから論外と言っている訳ではない。
これ以上、大人の都合で子供を振り回したくはなかったのだ。
自分は過去にアリシアだけでも十分振り回したのにそれに加え、子供達を見捨てて逃げる事は出来なかった。
況して、この後の事を考えると自分よりも子供達の方が不遇だ。
天音は大人だからモルモットにされる展開が確実ではあるが、子供達の場合はもっと不遇な扱いを受けるだろう。
なにせ、幼い段階でネクシレイターとして覚醒した子供だ。
幼少期の子供の段階から発育との関連性等を調べられる。
しかも、発育時の子供の方が脳の基質の関係上、精神操作など容易にし易い。
天音が自分の人格を持ったまま死ぬにしても子供達はそれすら許されない可能性がある。
しかも、これだけの数がいるのだから、かなり扱いも劣悪になる可能性も高い。
(一度、失敗しようと代替えの子供は幾らでもいる……か……最低ね)
そう思うと自分の無力さが歯痒くてならない。
自分は基地司令と言う役職を与えられ、その力を行使してきただけでアリシアの様な戦略的な力など持ち合わせていない……ただの無力な人間だと思い知らされる。
(もう……ダメなのかしら……)
天音の中に半ば諦めに近い雰囲気が現れる。
子供達も無意識のその不安に煽られ、落ち着きが無くなる。
オスプレイ型の輸送機が着陸、兵士が中に入るように促す。
天音は逆らう事無く輸送機に乗り込む。
子供達は兵士に急き立てられるも中々、入ろうとしない。
天音は「大丈夫よ」と微笑んだ。
子供達は天音の事を信じて小さな足で輸送機に入ろうとした。
(わたしは悪い大人だ……)
今、自分は嘘を吐いた。
本当は大丈夫でもなんでもない。
ただ、兵士が苛立ち子供達が殺されないように嘘を繕っただけだ。
本当は自分に背いて逃げてほしい。
自分と言う羊飼いが連れて行こうとする場所は奈落でしかないのだ。
自分はそれが分かっていながら何もできず、無垢な羊達を死に連れて行こうとしていた。
だが、それほど今の天音にはどうしようもないほど無力だった。
今の彼女には今をやり過ごす為に知恵を働かせる事しか出来なかった。
(ごめんなさい)
天音はうつむき加減に暗く影を落とし、唇を強く噛み締める。
そこから血の味が口に広がる。
もう完全にチェックメイトになったと思った。
だが、輸送部隊の隊長が輸送機から降り、部下に作戦中止を報せた。
天音はその言葉を聞いて驚いた。
(何が起きてるの?)
何が起きているのか天音は分からなかった。
そんな天音の心中など知らないと言わんばかりに隊長が天音の耳元に通信機を渡す。
天音はそれを受け取り、応答した。
「アマネか?」
その声に聞き覚えがあった。
忘れもしない。
自分達にこんな対応をした
今の天音はその声を聴いてかなり不機嫌だったが、子供達の前でそれを現すのは憚るられるのでいつも通りの対応で努める。
「なんの用?」
いつも通り結論から求めた。
流石にヒゥームの切羽詰まっているようでいつもの様に調子よく昔話からの導入はなかった。
「アリシア・アイとコンタクトを取ってほしい。ヘルビーストの対処を仰ぎたい」
端的に要求を伝えて来た。
天音は流石に呆れた。
この僅かな間にヘルビーストが出現した事は兵士の会話を小耳に挟めば分かる事だ。
だが、それはあまりに身勝手な要求だった。
アリシアは語ったはずだ。
ユダの様な裏切りは許される事は無い。
再び、悔い改めるチャンスは焼却され、それは死に至る罪である。
そのように警告していたのだ。
だが、ヒゥームもビリオもアリシアの一度、召し出され、アリシアの力や悔い改める為の力を受け取りながら、幾度もその力を間近で見ながら、尚、裏切った。
これは神でなくても、人間として、あってはならない事だ。
だが、この2人が特別に狂っている訳ではない。
歴史を見れば、”免罪符”と言う制度を造ったローマ・カトリック教会も真理の知識を知りながら、故意に罪を犯していた。
経典等を見ても”免罪符”と言う制度は本来、存在しない。
寧ろ、その様な行いは“不義”であると記されているにも関わらず、違反したのだから、彼らは間違いなく違反者である。
だからこそ、ローマ・カトリック教会は異端審問と称して、何億単位の人間を人類史で殺して来たと言える。
彼らが太古にその権威の幅を利かせていたのは、神の殺害に異を唱える者への証明だからだ。
ノアの箱舟の時代等では、ローマ・カトリック教会と同等の”悪”が蔓延っており、その彼らを生かした場合どうなっていたか……ダウンスケールでローマ・カトリック教会の悪行を使って、未来に対して、証明しただけだ。
ノアの箱舟の時代の人間が現代に生きていれば、その悪行も量子的に引き継がれ、世界はもっと、混沌とした世界史になっていただろう。
人間は殺した数を重視するが、神は殺した数よりも誰を殺したか……こちらの方が重要であり、善良な人間は地球1つよりも代え難いのだ。
要はヒゥームもビリオも歴史と言う輪廻からは逸脱できなかった敗者と言う事だ。
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