サンディスタール・ヴァイカフリ
ほぼ同時刻に全ての”ファザーファミリー”に刃が突き立てられ、敵機は撃墜される。
それぞれの敵機はコックピットに深刻なダメージを負った。
ある機体はコックピットを突き刺され、ある機体はレーザーで焼かれ、ある者はコックピットに強い衝撃を受け、ある者は頭脳を無数の弾丸に撃ち抜かれ、ある者はコックピットを斬られた。
どれも確実に死んだと言えるレベルのダメージだ。
それぞれの機体は力を無くした様に海面に落ちていく。
辺りにはさっきまであった騒がしい銃声のざわめきが消え、静寂だけが立ち込める。
嵐が過ぎ去った静けさの様な余韻が辺りに響く。
聞こえるのは戦いの音で聞こえなくなっていた海の音。
近くに島に潮のさざなりが鳴り風が海面を静かに撫でる。
そこにはこの静けさに不釣り合いな人工物が散乱する。
APの軍用セルロースナノファイバーの破片が散乱している。
事後処理が大変そうなのが見て取れる。
アセアンが攻めて来る事はほとんど根拠も証拠もない話だった為、ジュネーブの総司令部にすらこの事は知られていない。
尤もアセアン侵攻の兆しがある事やその他の証拠は事前にジュネーブに提出していたが確証が無いと取り合ってはくれなかった。
だから、この作戦は極東基地の独断とも言える。
反論されぬ様にアセアンの現行犯の証拠は幾つか揃えてはいる。
宇宙軍のAD部隊やアセアンの通信記録などを証拠にすれば、ジュネーブも黙るしかないだろう。
それにこちらはアセアン侵攻と宇宙軍の侵攻を前以て知らせていた。
それにも関わらず、地球軍は全世界でブラックホールからの避難と言う愚行を行なっていたのだ。
それを防衛したGG隊を極刑にはしないはずだ。
ただ、人とは不平不満や人の悪いところを非難したがる性にあるので決して罰を免れる事は無いだろう。
尤も、”オメガノア”が発動すれば、アリシア達の刑罰など些末な事ではある。
今日は10月24日だ。
後、2ヶ月後には世界が終わる。
全ての苦痛と苦難罪悪に満ちた世の中が全て終焉する。
その先にあるのは本当に生き残りたいと願う謙虚で柔和で愛がある者達が住む事の出来る理想郷だ。
人間は謙虚で柔和で愛、それら神の品性が良い行いである事を知りながら、それに反逆する様な道を取ってきた。
良い事だと知りながら、悪い道を取るのだ。
それだけの悪逆は存在しない。
既にアリシアやネクシレイターにより全ての人類に福音を宣べ伝えた。
その事を潜在的に覚えている人間もいるだろうが、覚えていない人間もいる。
何せ、本来なら100年くらいかけてやる福音を数ヶ月で終わらせる必要があったのだ。
覚えているいないのは、斑があるにで当然だ。
だが、神の力を使い1人1人の人間に全て丁寧に伝わる様にしている。
多少、”福音侵攻界”を使って福音を伝えた。
だが、それでも聞かない者は聞かず……寧ろ、アリシア達を迫害し、嘲り、罵った。
そして、聴いた者は聞き従い、神の品性を実践して、聴かなかった者は自分の罪の為に裁かれる。
それだけの事だ。
これをアリシア達の独善とエゴ、高慢と言う者はいるだろう。
だが、その者は自分の命や自分の保身によって言っているだけだ。
自分が死の危機にあるから死を与える者を悪としているだけだ。
その論理は破綻している。
例えるなら、裁判で死罪を言い渡された者が死の直前で執行人を悪と罵るくらい論理が破綻している。
自らの意志で悪逆に手を染める道を選んだ者に非難する権利はない。
忠告した上でそれを語るならかなりタチが悪い。
況して、悪い事を実行したなら、反省して悔い改める。
それは人間として当たり前の”正義”であり、”善良”だ。
それをしない言い訳など神であろうと人間であろうと聴き入れられるはずがない。
これは「いつか、いつか良くなる」と問題を先送りにして怠惰になった人間への罰でもある。
問題の先送りを繰り返した事で後、2ヶ月で人類は滅びる。
”オメガノア”の発動はあくまで滅びを30分早めるだけの話しだ。
”オメガノア”の発動が人類の死を導くのではない。
人間の高慢と怠慢が滅びを生むだけだ。
「ネクシルリーダーよりシオンへ周囲に敵影を認めず」
「こちらウリエル・フテラ。右に同じ」
ギザスとウィーダルは各機体のデータリンクや自身の感覚から周囲に敵がいない事を確認した。
吉火もその事を確認した。
「了解した。戦闘を終了。直ちに帰還されたし」
吉火は戦闘が終了したと判断した。
シオンの下方部のハッチを開け、機体の回収を始めた。
「各自、順次着艦して……」
すると、シオン戦艦内にアラートが鳴り響く。
メラグが急いで状況確認を急く。
「待って下さい!海中から膨大なエネルギー反応感知!これは……も、もの凄いスピリット量です!」
シオン戦艦のセンサーが捉えたエネルギーがメーター化され、表示される。
その推定出力はアリシアと同格かそれ以上の”神”と形容できる程、強大な者だった。
だが、それはSWNの膨大な出力値であり、神と言うより悪魔と言う形容が正しい。
吉火が部隊に警らする。
「全部隊!警戒態勢!何かが海面から浮上する!」
吉火の言葉に一気に緊迫感が張り詰める。
そうでなくてもネクシレイターである彼等は感覚的に異常なモノを感じていた。
「各機、油断するなよ。いつ何が来ても……」
ギザスが「油断するなよ」と言いかけたところで海中から突如、黒い棘の様な槍がギザスのコックピットを貫いた。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
ギザスの声にもならない叫び声がネクシレイター間の認識共有が捉える。
彼等には理解出来た。
この棘は死ぬ事のない自分達すらも殺せる槍である事を理解して、戦慄した。
ギザスは肉体的にも霊的にも死にかけていた。
「不味い!緊急テレポートだ!」
「は、はい!」
吉火の即応的な判断でギザスをテレポートとさせ、間一髪、魂の即死は免れた。
しかし、ギザスの魂は深手を負い魂は瀕死に等しく、いつ消えても可笑しくなかった。
「くっなら、再世の書で!」
アリシアは”再世の書”の力でギザスを元に戻そうとした。
しかし、出現した本は力を行使しようとしたと共に霧散した。
「なっ!妨害された!」
他に書の力も使ってギザスの状態を好転させようと試みるが、それらも全て妨害され、無効にされた。
”再世の書”は本来、妨害する事すら出来ないほどの高位の道具”権能”に近い道具であり、その絶対性に近い力から無効にする事はおろか、妨害するのはほぼ不可能であると誰もが周知していた。
本来、あり得ない異常事態が現在、起きていたのだ。
その事実に含めてネクシレイター間で不安と恐怖が過る。
元々、”英雄”と戦えばこの様なリスクを負うことは承知の上だったが、機体側の防護策や様々な訓練をしていた事で今まではなんとか戦って来れた。
そして、何より最悪、”再世の書”の力を使えば、最悪の事態は回避できるとどこかで安心感を抱いていたのだ。
だが、ここに来て仲間の負傷を見た彼等の間には僅かながら動揺が見られ、その不安が波及する。
「なんなの一体!」
「全く気配すら分からなかった!」
「これじゃ何処から攻撃されるか……」
フィオナ、リテラ、繭香など比較的経験が浅いメンバーが心の支えとも言えたギザスを失い、一番動揺していた。
「落ち着け!取り乱すな!やられるぞ!」
経験者であるシンが彼女達を諭そうと窘める。
彼女達は一旦、落ち着いたが、それでも不安が伝播しているのが分かった。
シンも同じだからだ。
だが、不安に呑まれるとやられる事も彼は良く知っており、戦闘を引っ張る自分が不安に呑まれれば、部隊が全滅すると歯を食い縛っている。
「一体何が起きている……」
それが徐々に暗雲が立ち込め辺りが暗くなる。
既に夕方も終わり夜になりかけ日も沈みかけていた。
暗がりの空から不気味に雨が降り注ぎ、風が海を荒立てる。
そして、その怪物は海面からゆっくりと浮上して来た。
「あ、アレは!」
シンだけではなく周りの者も息を呑む。
それはまるで巨大な竜人……全長50m程あり、背中からはコウモリの様な巨大な4枚の翼が生え、さっきまで無かった太く先端の鋭い尻尾に脚や腕には竜の頭が生え、その口から手首や足首が生えていた。
その装甲は赤紫の宝石の様な装甲に胸には金の杯のエンブレムに加え、頭部のドラゴンヘッドは角が10本になり、ヤギの角の様に曲がり、刺々しく丸く湾曲している。
その禍々しさは外見だけでなくオーラからも分かる。
既にシオン戦艦内の天使が体調不良を起こしているほど異常な気配が辺りに立ち込めていた。
シンは敵を見つめて確信した。
その敵は自分が討ち取ったネクシル……ロアのネクシルであると理解出来た。
「サンディスタール・ヴァイカフリ……」
シンはその存在の真名を潜在的に認識、その強大な敵の名前を呟いた。
こうして世界は終わりへと向け、更に混沌とした時代を迎える。
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