宇宙で戦う者2

「結局、こうなるしかないのか……」


『仕方ありません。それが人間と言う者です。最後まで人の話を聞かなかった彼らの責任です』




 アストは落ち込むアリシアは宥める。

 実際、警告したのに人の話を聴かないのだからどうしようもない。

 アリシアの言葉には神としての力が宿っている以上、教徒も含めて人の心を開く力がある。

 なのに、それでも聞き入れず、人を侮辱、辱め、蔑み、殺そうとするならもうそれは彼らの責任だ。

 誰も悪くないのだ。

 無論、アリシアも悪くない。




「哀れでなりません。もう、戦うしかないなんて……」




 アリシアは一度目を瞑り、すぐに開いた。

 まるで気持ちを入れ替える様に……眼にさっきまでにないほどの鋭さを増す。

 哀れではあったがこれも全て彼らが無責任な自由を行使した為のモノだ。

 自由の神でもある自分には彼らの自由を阻む事は出来ない。

 できるのはその自由の対価を支払わせる事だけだ。


 アリシアは大軍戦闘用のオブジェクト”汎用戦術コンバット5”をセット、同時に機体の手と足のレバーを操作した。

 敵のミサイルや重力式光学収束砲、更に宇宙統合軍APの正式採用銃である宇宙での反動を考慮して、更なる低反動化を施したサイガ・MK-107アサルトライフルの派生であるサイガ・MK-240-Sアサルトライフルの弾丸がネクシレウス目掛けて飛んでいく。


 ネクシレウスがいたところで激しい爆発が起きる。

 誰もがその爆発に目をやるほどに誰もが敵の死を心待ちにしている。

 だが、それが人間の性であり、限界なのだ。


 敵の死や不幸を喜ぶ者は悪魔と変わらない。

 神は悪魔に対して容赦はしない。

 そんな感情を抱いた時点で彼らにもう慈悲は無かった。

 爆発の中から勢いよく飛び出る蒼い機影が見えたと思った時にはその閃光は人型とは思えない速度で戦場を駆ける。




「逃すな!討ち取れ!」




 ノウマンは必要以上にアリシアを攻める。

 それだけの敵意を向け、慈悲の無い敵意を向ければ、アリシアはもう本気になるしかない。

 いくら彼女が人を殺さないかつ慈悲の神様の直系だとしても英雄以外殺さないわけではない。

 自分の言葉を伝わっていない敵なら戦場で殺す事はしない。


 だが、自分の言葉を伝えた上でこちらに立ち還らず悪魔の側に立ち尚且つ福音が終わったなら容赦する理由はない。


 地獄への影響も配慮する必然性もこの時点で無くなっていた。

 もう人類に救いは残っていない。

 ノウマンに話しかけたのは念の為の確認と争いを避けたかったと言うアリシアの想いに過ぎないのだ。


 アリシアは左手の”来の蒼陽”を力強く握り締める。

 本当はこんな事をしたくない、本当は殺したくないと言う気持ちを押し殺す。

 だが、彼らは戦いを広げる存在だ。

 その高慢さと固執、貪欲さ世界の棘となり、食い尽くす。

 それが自分の守る民に向けられるなら……アリシアの心の中に民や子供達の笑みが浮かぶ。




(あの笑顔を奪わせるわけにはいかない!)




 彼女は自分の気持ちを後回しにした。

 本当は殺すのが怖くてしかたがない。

 人を殺す事を平然とやってのける人間を正気とはアリシアは思っていない。

 でも、そんな自分の心を犠牲にしても守らないとならない者が彼女にはある。


 自分を顧みる余裕などアリシアには無かった。

 だからこそ、すぐさまに躊躇いと迷いを捨てた。

 アリシアは決意混じりの言葉で静かに押し殺す様に呟く。




「ネェルアサルト起動。敵を殲滅するまで稼働を維持して」




 アストはアリシアの機敏に心を全て理解した上で一言『了解しました』と答えた。

 ネクシレウスはその異名通りに”蒼い閃光”となり戦場を駆ける。


 肉眼では見えない数多のAPがネクシレウスに向けて弾丸を放つ。

 流石にウィーダルの経験が活かされている様だ。

 ネクシレウスの亜光速に対して敵のカメラはしっかりとネクシレウスの姿を追従している。

 カメラ技術には光の発射から到達までを観測するカメラが民間向けにも存在する。

 亜光速で動くネクシレウスをロックオンする事自体は決して不可能ではない。

 だが……。




「なんだこいつ!速すぎる!」


「カメラが追いついても銃が!わぁぁぁ!」




 敵のAP部隊は次々と撃墜されていく。

 いくらカメラで追えたとしてもロックオンの照準補正速度と機体の追従が追いつかない。

 目で敵を追えているが体が全く追従出来ない状態だ。

 そうなれば、本当にパイロットの技量が求められる。


 ロックオンの補正を上手く扱いアリシアの動きを予測して撃たなければならない。

 だが、それでも彼らの武器の殆どが実弾……光に近い速度で動くネクシレウスの前では狙っても当たる見込みがない。

 況して、相手がアリシアほどの技量を持てば、その動きは決して単調ではなく、機動力任せの動きはしない。




「意志を持った光」と言って良い動きをしてくる。

 アリシアは速度だけに頼らず、ちゃんと的確に敵の弾道を読んで避けていく。

 幾ら実弾が遅いとは言え、弾幕を張られたら動きに制約がかかる。


 油断すれば流れ弾に当たるだろう。

 だが、その中にも確かに穴はある。

 アリシアは機体の運動性を駆使しながら、その穴を掻い潜る。

 穴を掻い潜りながらアリシアは右手に持たれた純白のH&K417アサルトライフルのようなライフルを抜いた。




「一にて千を射貫け(ワン・オブ・サウザンド)」




 アリシアには見えていた。

 宇宙迷彩でどれだけ隠そうとアリシアには何の意味も無い。

 例え、どこに隠れようと神の目は全てを見ている。

 アリシアは敵に向け、1発のレーザーを放つ。

 放たれたレーザーは敵の弾幕の中を飛んでいき敵のコックピットを貫いた。


 その瞬間、神の御業が起きる。

 それを合図に複数のAPのコックピットにもレーザーが命中、撃墜された。

 宇宙統合軍のレーダーから友軍のマークが一気に消える。

 その数は1000機以上にも及び軍団規模のAP部隊が一瞬で撃墜された。

 幾ら地球側の方がAP技術が優れているとは言え、これは有り得ない。

 宇宙軍は何が起きたか分からないまま、混迷していたが残念ながら、目の前の女はその隙を決して逃さない。




「悪いけど、手加減はしない」




 アリシアは再び、敵のAPに向け、レーザーを放った。

 敵はアリシアの動きを見て必死に右に動くが、アリシアはそれを予測した上で敵のコックピットを貫く。

 それと同時に複数の機体のコックピットにレーザーが命中する。


“一にて千を射貫け(ワン・オブ・サウザンド)”はアリシアがミトラの”因果魔術”を習得、”神因果術”となった神術を基に作った神造兵器の1つだ。


「敵に攻撃が命中した」と言う因果が成立した時、その因果を複製、追加攻撃を加える。

 つまり、誰かに攻撃が命中してしまうと他の千の敵に回避不能の攻撃が成立してしまう。


 1発の命中判定を1000の命中判定にするのだ。

 尤も射撃と命中の手間を省くだけで1000発分発射すれば、”因果複製”を込みにして1000発分以上のWNを消費する。

 だが、大軍戦闘を想定したこのオブジェクトをセットする事で通常時よりも多くの神力を保有、制御下に置軍隊事で” 一にて千を射貫け(ワン・オブ・サウザンド)”の燃費の悪さを抑えながら戦う事ができる。




「これで!」




 アリシアは3発目を放った。

 敵は機体の運動補正機能などを駆使して上へ避けようとするが、機体の挙動でどちらに避けるか見切っているアリシアの前では止まっているも同然だ。

 3機目に命中した瞬間、戦場に出たAP3000機以上が撃墜された。




「一体どうなっている!伏兵は!」




 ノウマンが慌てながら状況を確認する。

 常識的に考えてこの状況を1機のAPが作り出せる訳がない。

「どこかに伏兵がいるはずだ」とノウマンは考えたが、オペレーターは無常にもその考えを否定する。




「未だ確認出来ません」




 だが、ノウマンも愚将ではない。

 仮にもウィーダルを配下に置いていただけはあり現状、原理不明の事象が起きている事に対して冷静に状況を受け入れ、「敵に隙を与えてはならない!畳み掛けるべきだ!」とすぐに判断した。




「残りのAPも発進させろ!物量で押し潰すのだ!」




 ノウマンはADに格納された全てのAPを投入した。

 小型のADでもその中には1000機を超えるAPが格納されている。

 尤もその全てにパイロットは登場していない。

 HPM下で使用すべきではない人工知能搭載機もある。


 宇宙の総人口が少ない。

 その分、相対的な戦力は地球軍に劣っている。

 その不足分を機械で補っているのだ。

 無論、宇宙軍もHPM下でも使用出来る様に機体側に対策を施している。


 尤もネクシレウスは対HPM処理が施されており、HPMをオミットしてそのスペースに高性能量子コンピュータを内蔵しているので奇しくも宇宙軍の人工知能機はこの戦場においては最大のポテンシャルを発揮する機会を得ていた。


 その甲斐あって機械の方がアリシアの戦闘を惑わされる事なく行動を予測、精確な射撃をして見せていた。


 だが、アリシアにとっては関係ない。

 どんな敵であろうと弾を正確に避ける。

 一度も油断せず、雑に操縦をしない。

 アリシアは敵の弾幕を隣接する衛星群の陰に隠れながら避ける。


 ADのレーザー砲により、すぐに衛星は破壊されるが、彼女はただ被弾リスクを下げる為にしているだけだ。

 元々、長居をするつもりもない。


 衛星が破壊された瞬間に姿を出し、狙い澄まして純白のH&K417アサルトライフルが1発2発3発と放つ。

 アリシアと艦隊や艦隊の周りのAP部隊とはかなりの距離があったが彼女はそれを御構い無しに正確に当ててくる。

 傍から見れば差し詰め、高機動型スナイパーと言う言葉が妥当だろう。


 だが、アリシアのスナイピング技術はこれでもGG隊の中で一番低いと言えるレベルだ。

 リテラと比べれば見劣りするレベルなのは勿論、フィオナが相手でもスナイピングなら負けるだろう。

 しかし、アリシアは高速移動物体に対する射撃能力は非常に高く、射程が無くても、有効射程内なら確実に1発で決める。


 ただ、人間レベルで比較すれば、彼女が尋常ではない狙撃技術を持っている様に見えるのは疑いようの無い事実でもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る