宇宙で戦う者3

『アリシア、大丈夫ですか?』




 アストが突然、アリシアの容態を訪ねた。




「大丈夫。いつも通りだから気にしないで」




 アストはなにか心配事でもあるように尋ねた。

 アリシアはアストの不安を悟りながら「大丈夫だから」と付け加えた。

 アストを恐らく、戦いが苛烈になり自分の特有の弱点を気にかけているのだと思った。

 アリシアは人間ではないが、同時に人間とは違う弱点を抱えている。


 人間が仮に人を殺しても自分が死ぬ事はない。

 だが、アリシアが人を殺す場合、高い次元の存在故に人間には感じられないモノまで感じてしまう。

 それが彼女の精神に負荷をかけている。


 それは1人殺す毎にナイフで心臓を刺される感覚であり、それだけのSWNが発生する。

 人間がこの感覚をまともに味わえば、心が壊れてしまうレベルだ。

 人間は殺す事に鈍感過ぎる故に感じられないが、人を殺すとはそれだけのリスクが本来伴うのだ。


 その負荷は戦闘とも無関係ではなく、神術の発動効率とも関係している。

 敵のAPの総数は100万、ADなら1000機以上存在した。

 アリシアは平然と純白のH&K417アサルトライフル”一にて千を射貫けワン・オブ・サウザンド”を撃っている様だが、全く対価がない訳ではない。


 100万機という事は”一にて千を射貫けワン・オブ・サウザンド”の”因果複製”を使っても1000回、実質100万発撃たねばならない。

 しかも、殺せば殺すほどSWNが満ちる戦域でZWNを行使して1000回撃つのはかなりの負荷だ。

 アリシアが超神とは言え、決して辛くない訳ではない。

 精神もそうだが、体力も奪われている。

 普段、過酷な訓練をしていなければ決して耐えられたものではない。




「全滅まであと何発?」


『あと994発です。いけますか?』


「何の為に訓練してると思うの?このくらいならなんとでもなります!」




 アリシアは自分の体調など考慮せず、勢いよく撃っていく。

 その度に死者の呻きが聞こえる。

 死者の声が自分の心を無数の弾丸で抉るように握り潰していく。

 それでも彼女は自分を奮い立たせ、武器を握る手を強める。

 本当は殺したくはないが”福音”が終わったならアリシアは神の使命として彼らを裁かねばならず、殺さねばならない。


 アリシアはGG隊を引っ張る模範として自分が最初に福音が終わった後の戦いの在り方と言うモノを示さねばならない。

 だから、アリシアは仲間達よりも先に”率先して人を殺す模範”を示していた。

 そうしてこそ、”裁き”と言う計画が完遂されるのだ。

 自分の心が無くなっていき、何者か分からなくなりそうになりながらも敵に一切容赦しない。

 その勢いに押され徐々に戦域に変化が現れる。

 アリシアのあまりの無双に数で押していた宇宙軍の中に畏怖が現れ始めた。




「な、なんなんだ!あいつは!撃っても撃っても当たらない!」


「それどころか友軍もマークがどんどん消えていってる!」


「あいつ、本当に人間なのか!」


「違う……俺たちが戦ってるのは化け物だ!俺たちは簡単に踏み殺す怪物だ!」




 通信越しに広がる恐怖の言葉が別の部隊更に別の部隊への波及していく。




 言葉は神であった。




 そのように書き記した者がいた。

 それだけ言葉には絶対的な力がある。

 出来ないといえば、出来ない……出来ると言えば出来るのだ。

 人に憎悪すれば、人は死ぬ。

 高慢な事を言えば、誰もが高慢となり争いを生む。

 故に恐怖の言葉を言えば、言葉を聞いた者は数が多ければ多いほど惑わされる。

 そして、ある1人で敵前逃亡を働いた。




「貴様!敵前逃亡は銃殺だぞ!」




 小隊長は部下に銃口を向けるが、1人で敵前逃亡と端を発して部下が次々と逃亡を計る。




「コラ!逃げるな!戦え!」




 小隊長は檄を飛ばすが、加速度的な離反から収拾がつかなくなり、秩序維持の為に部下に銃口を向け、引き金を引こうとした。

 その時、ロックオンアラートがなり振り向いた時には”一にて千を射貫けワン・オブ・サウザンド”の餌食になっていた。


 軍隊とは、目標と目的に分かれる。

 目標が大きな戦いの勝利なら目的はその為に必要な小さな勝利だ。

 目的は実現可能なモノでなければならない。

 でなければ、秩序が乱れる。


 そして、戦域のAPパイロットにとってアリシアを撃墜する事は不可能な目的にすり替わったのだ。

 例えるなら、「生身で艦隊を全滅させろ」と言われているくらい無謀になったのだ。


 ならば、全滅するくらいなら敵前逃亡した方がまだ自己の生存確率が高いと判断出来たのだ。

 どの道、APで勝てないならADに任せればいいと考えてしまったのだ。

 AP部隊は雪崩のように敵前逃亡を開始、ノウマンもその収拾がつかなくなっていた。


 APとADの兵力差による安全性の差が彼らの気持ちを解離させる。

 AD側は気持ちに安心感があるが、APにはそれがない。

 AP側は当然、あんな化け物相手に冷静ではいられなかった。

 化け物の相手をするなら化け物ADがすれば良いとパイロットの間でそんな共通認識が芽生えた。




『敵部隊。総崩れが起き始めています』



「化け物ですか……彼らから見ればわたしはそうなのでしょうね。ですが、これは好機!この隙にAD艦隊を潰します」




 アリシアは一にて千を射貫けワン・オブ・サウザンドを右のマウントハンガーに納め”空間収納”に格納、機動力を重視する為に”来の蒼陽”だけを構え、一気にADに懐に飛び込む。




「敵のAP急速、接敵!」


「おのれぇぇ!」




 ノウマンは忌々しそうにネクシレウスを見つめる。

 1000にも及ぶADの艦隊が1機のAP目掛けて砲撃を見舞る。

 APの実弾よりも速いレーザーはネクシレウスを牽制するには十分ではあったが、かのAPも光に迫る速度で移動している事もあり、分が悪い。

 しかも、恐ろしい事に宙域を覆い尽くす弾幕を全て見て適切に避けている。


 1発のレーザーがネクシレウスに向かうとネクシレウスはそれを上に避け、それを見越して上に放っても光速を維持しながら直角に右に避け、更にそれを読んでネクシレウスを囲む様に四方にレーザーの弾幕を張って動きを封じ、真ん中にレーザーを発射してもレーザーとレーザーの間を縫うように機体の運動性を活かし、その中をすり抜ける。


 ならば、更に隙を無くすまでと透かさず、レーザーを放つもその前に機体を捩り、レーザーの間を抜けて脱出する。

 ADが大型故にレーザー同士の間隔がどうしても大きくなる。

 APほど細かな制御ができない。

 その事をアリシアは見越した上でチャンスを十全に活かしながら、AD艦隊に迫る。




「敵!さらに接近!」


「何故だ!接近してどうする?接近すれば倒せるとでもいうのか?」




 ノウマンは前回の戦闘データを知っている。

 ウィーダル・ガスタ中将がやられた時、その時もネクシレウスはケルビムⅡに接近した。

 しかし、ネクシレウスは接近しただけでトドメを刺したのは後方にいた戦艦だ。


 一連の行動に意図を持たせるならネクシレウスがケルビムⅡに何か細工を仕掛け、その細工を基づき、後方の戦艦が攻撃したと軍の分析官達は見ている。

 だが、根本は戦艦の攻撃であり、ネクシレウス自体にAD撃墜できるほどの火力はないというのが結論だった。


 だが、この戦域にはネクシレウス以外の地球軍はいない。

 伏兵の可能性を考えたが、現時点で見つかっていない。

 況して、戦艦を隠していたとなれば見つからないはずがない。

 ならば、あのネクシレウスが何らかの勝算があって接近しているとノウマンは読んだ。

 ノウマンは決断した。




「全部隊に告ぐ。ブラックホール展開!同時にこれより行軍する!目標!地球!」




 ノウマンの指示で全艦隊の前方にブラックホールを展開し行軍を始めた。






 ◇◇◇






「な!」




 アリシアは急停止、急いで反転した。

 AD撃破可能な武器の有効射程に入る前に敵に対策を取られた。

 目の前にはブラックホールでできた分厚い壁があった。

 流石に飲み込まれたらアリシアでもかなり苦労する。


 ブラックホールの壁がゆっくりと前進しながら迫る。

 ブラックホールの方に進まない限りは光速で動くネクシレウスも吸い込まれる事はない。

 しかし、厄介な事になった。

 ブラックホールの壁が厚く……そして広い。


 ブラックホールは木製圏の衛星を吸い込みながら前進をする。

 遠くを観察しているとかなり遠くの衛星も微かに揺れ、ブラックホール側に吸い寄せられていた。

 これはかなりの広範囲に対してブラックホールの影響が及んでいる証拠だ。

 影響が出ない航路で迂回すると恐らく、その間に地球に辿り着かれてしまう。

 ”アサルト”を使う手もあるが、SWNが多い世界でかつ重力がここまで強いと転移が成功する可能性が五分五分になる。

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