全ての事は成就した

「では、契約してもらえるなら。わたしの指先の血を啜って下さい」




 アリシアは右の人差し指を彼らに差し出す。

 指先の切り傷から血が滴り落ちている。

 3人は顔を見合わせた。

 誰が先に行くか悩んでいる。

 未知の体験に足を踏み入れるのだから無理はないかもしれない。


 アイコンタクトで自然の成り行きで千鶴が先頭に立ち、アリシアの指先に口を添え、血を啜った。

 すると、目が開く。

 岩の様に硬かった心の目が音を立てて開く様な感覚だ。

 その時、千鶴の目の前の景色が変わった。




「嘘、アリシアなの……」




 千鶴の目に迸る生命の光がアリシアから流れ、それが自分に注がれているのを感じた。




「おい、千鶴どうした?」


「黄燐、ボス……啜ればわかるよ……」




 千鶴は驚きのあまり開いた口が塞がらないようだ。

 2人は顔を見合わせ、続けて竜馬……そして、黄燐が血を啜った。

 すると、彼らの目も開かれ見ている景色が変わった。




「こ、これは!」


「どう言う事だ!?」


「これがわたし達が見る高次元の世界前もって先の事を見る力です」


「先のことを見るだと?」


「聞いた事があります。高次元では先の事を前もって見る事が出来る世界であるとこれがそうなのか……」


「えぇ、今なら見えるはずですよ。人類の未来が……」




 すると、3人はある近未来を見た。

 巨大な影が地球から現れ空間に亀裂を入れる。

 その亀裂が大きくなり、ブラックホールの如く周りの物を吸い込んでいき、宇宙の全てが呑み込まれる。

 その世界には闇しか存在しないかに思えたが突如、希望の光が差し込める。


 だが、彼らは感づく。

 それは惑わしの光であると……。

 光の中に入ると永遠と戦いしかない世界が広がっていた。

 それが未来の人類の可能性である事を知る。




「これが人類の終焉です。サタンや英雄が指し示す人類の希望は永遠に争い合い憎み合う可能性しかない。わたしはそんな悲しい現実から生き残りたい者達を救い楽園に連れて行く。それがわたしの目的であり目標です」




 アリシアは一泊置いてから次の言葉を語った。




「わたしを信じて共に来てくれますか?」




 アリシアは真剣な眼差しで彼らを見つめ、手を差し伸べる。

 彼らは悟った彼女こそ本当に希望の光であると。

 誰よりも真剣に未来を考えていたのは彼女なのだと悟った。

 3人は頷き、3人の代表として竜馬がその手を固く握る。




「では、わたしの最期の計画”オメガノア”について語りましょう」




 こうして、アリシアは彼等に”オメガノア”計画を説明した。

 ”オメガノア”……それが彼らにとっての未来そのものだ。




 ◇◇◇




 アリシアは千鶴を引き連れ、格納庫に向かった。

 それは最後の福音者である808整備分隊に救いを知らせる為だ。

 ”過越”は消費期限付きの契約みたいなものだ。

 出来るだけ早めに食べる事が要求される。

 アリシア達は足早に格納庫に向かう。

 工藤達が学校のネクストを整備する場所に降りていく。

 すると、目の前に工藤達が見えた。

 だが、そこにはソロがおり、ぶどう酒とパンを彼らに食べさせていた。




「あ……」




 アリシアはすぐに分かった。

 どうやら、自分よりも先にソロが工藤達に”過越”を施した様だ。

 すると、ソロがこちらに気づく。




「アリシア様」


「まさか、あなたが先に施すとは予想外でした」


「申し訳ない」


「怒ってないよ。寧ろ、驚いている。まさか、わたしが説明しなくても工藤先輩達が受け入れているなんて……」




 すると、工藤達は目を開いて、我に帰る。




「な、なんだ今の!」




 工藤はあまりの衝撃に驚き辺りの視界の変化から周りを見渡す。




「調子はどうですか?工藤先輩」




 その声に工藤がこちらを向き、驚いたように目を凝視させながら、見つめる。




「アリシア……か?ふん……なるほどな。こういう事かよ……こりゃ凄いな。なんか色々分かる。色々、イマジネーションが湧いてくる。こりゃ……そう悪くない感じだ」


「お気に召した様で何よりです。まさか、わたしが教えなくてもわたしを受け入れるとは少し驚きました。」


「あんなモノ、散々見せられたら流石にお前がどんな奴か聞きたくなる。だから、ソロに聞いてみた。ほかの天使からも分かり易く色んな事を教わった。聞いてみたら内容を納得する自分がいたからな。それに教えられた命ある者の生き方は人間らしくない人間が人間らしい生き方と定義した生き方そのものだった。お前はたしかにそれを体現していた。なら、信じてもいいと思ったのさ」




 工藤達はあの演習の後で天使達から様々な事を聴いたらしい。

 その一環で色々、教えられたようだ。

 何を教えたのかは一応、知っているが、それで契約を結んでくれるから五分五分だった。

 どちらかと言えば、結んでくれないのではないかと考えていたが、彼らは予想以上に切実な悔い改めの望んでいたようだ。




「そう。そう言って貰えて嬉しいです。さて、ここで預言通り宣言しないとね」




 遂にこの時が来た。

 長くも短い福音の報せ、全てはこの時の為にあり、全ての民は全て救い切った。

 もう、アリシアの煩いもなく不安もない。

 後はひたすらに裁く過程しか残されていない。

 この宣言をすれば、その憂いも無くなる。

 地獄に落ちる彼らが哀れでならないが、それも彼らが自由奔放に口先で無責任に言いたい事を言いたい放題に言った末路だ。

 義を行なった者が天の国に入るのは当然として何もせず、悪口などの悪に手を染めた者まで天の国に入れたら義を行なった者が理不尽に会う。


 況して、相応しくない者を楽園に入れるほど天の国は寛容ではない。

 公平な神の長子として悪人は全て裁く。

 それがこの為の宣言だ。

 アリシアは浅く息を吸い、世界に響くように宣言した。




「全ての事は成就した」




 神の最後の宣告がここに述べ伝えられ、福音は終了、神の言葉に呼応して、天国の門は閉ざされた。

 ”過越”を受けた者以外の世界中の人類が救われる門は開かれる事はない。

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