3人の想い

「今のところ、2ヶ月後には人類の戦いが激化、獣に喰われ、炎に苛まれ、人類同士が滅ぼし合う戦争が起きる。そこから抽出されるWNで異形の獣を生み出し、地球を襲う。その物量と人類同士の戦いで1時間経たない内に人類は滅び、獣を滅ぼす為に炎を使い地球を包む。その後、サタンはそこで得た莫大なWNを使い、神を殺しその神から奪った力を利用して世界を再創世して自分の都合の良い世界を作るつもりです。尤も、世界が滅びるまでの過程は今後変わる可能性はあります。今のサタンにはそれだけの力がありますから」


「都合の良い世界とは、どんな世界だ?」




 竜馬は「都合の良い世界」と言うのが漠然としており、理解できず、質問してきた。

 確かに漠然としたニュアンスだけでは理解できない話だ。

 竜馬でなくても疑問に思うだろう。




「今の世界よりももっと酷い世界。争いしかない世界ですかね。そこでサタンはお金を稼ぐ様に人のWNを貯め力をつける。そんな世界です」


「その事、誰かに伝えたの?」




 千鶴は事態を重く見て必死そうに確認する。

 これだけの危機、人類一丸となって対処しなければならないと説明すべきと考えているのだろう。

 尤もな意見だ。

 だが、アリシアは首を縦に振った。




「えぇ、3均衡には既に異形の怪物ヘルビーストの危機は伝えました。その解決法も提示しましたが彼等は聞き入れませんでした」


「なんでよ!これだけの危機なのに!」




 千鶴は思わず、感情的になる。

 感情的にならずにはいられないほど危機的だと分かるからだ。

 普通に考えたらおかしい。

 そんな危ない危険な存在を野放しにしたら人類が滅びるのは目に見えている筈だ。

 それに何も対処しないとは、狂っているとしか言えない。




「彼等はわたしが提示した解決案が理解出来ない、現実的ではないと言う理由で否定しました」


「その方法とは?」





 黄燐が眼鏡を整えてその対応策を聞く。

 彼自身も「もしかすると、まだ、対応できるのではないか」と思い、その意を込めて質問している。




「”過越”を受ける事です」


「”過越”……確かネクシレイターになる為の儀式だったか?」


「はい。”過越”は災いを逃れる量子的な保険です。ヘルビーストの前ではある程度の効果があります。しかし、それが人類全体規模なら話は別です。地球全土で強い抗体を作ればウイルスたるヘルビーストは次元の壁を超えて侵攻する事はない。その為にわたしは地球全土で断食を行う様に3均衡に仰ぎました。しかし……」


「成る程、全人類規模の断食など彼等は認めるはずがないな」


「しかし、それ以外に過越を施す術はありません。わたしは既に2回、”過越”を施す機会を与えました。しかし、それでも全人類はそれを拒みました」


「3均衡が拒んだだけで全人類とは、大げさではないか?もしかしたら、どこかにはその”過越”を受けた人間が……」




 竜馬はその様に疑問に思った。

 普通ならそう考えるだろう。

 組織のトップの意見と末端に人間の意見は違うと考えるのは実に人間らしい。




「いえ、そうとも言い切れない」




 黄燐は首を横に振りそれを否定した。




「どういう事?」




 千鶴も竜馬と同じく「なぜ、言い切れないのか」理解出来なかった。

 黄燐は極めて冷静に落ち着いた口調で話始める。




「WNの権威の1人であるユウキ・ユズ・ココ博士の論文によると人類の”総意志”とは人類の代表となる者の意志で決定するとあります」


「つまり、どういう事だ?」


「3均衡がその様な決定を下した時点で人類全てが同じ決定を下したと言えるのです」


「えぇ?そうなるの?1人残らず全て?」




 千鶴は疑問を尋ねる。

 最も知りたい内容でもあるからだろう。

 1人残らず、”総意志”に語ったから、人類は破滅するしかないと言うのは半ば承服できなかったからだ。

 世の中には良い人間もいるにも関わらず、それすら滅ぼされなければならないと言うのは肯定的にはなれなかった。




「いや、それ以外の意見は必然的に他の”総意志”に加担すると論文にはある。つまり、多くの人間は3均衡に集まり、少数派はアリシア君に集まる様になっているらしい。それは紛れもない事実であり、それを疑うのはストロンチウム式光格子時計の刻む1秒の精度を疑う以上の愚行と論文には書かれていました」




 ◇◇◇




 ストロンチウム式光格子時計

(絶対的な1秒かつ高精度な1秒を刻む事が可能な時計の一種。現代の時間の単位の大根底単位)




 ◇◇◇




「えぇ、その通りです。そして残りの既にほぼ全て人間がわたしに集っている。残るはあなた達3人と工藤先輩達808整備分隊だけです」




 3人はその言葉に耳を傾ける。




「えぇ?わたし達!?」


「あなた達はわたしの話を聞いて理解している。普通の人間なら興味がないとか話を聞いているだけで逆鱗に触れた様に唱導して、怒りを抱いたりします。それはサタンの血を分かつが故に神の理を拒む心理現象です。ですが、あなた達はわたしの言葉に一切疑問を抱いていない。それはあなた達にはまだ救いが残っていると言う事です」




 そこでアリシアは本題を切り出した。




「御三方。わたしと契約しませんか?」


「契約か……我々にノアの箱舟に乗る権利を与えると?」


「そうです」


「でも、それって他の学校のみんなを見捨ててわたし達だけ生き残るって事よね」


「千鶴姉様。あなたは優しいですね。でも、もう我儘が通るほど人類に自由は残されていません」


「我儘って……」




 その厳しい言葉を言っているアリシアの顔は今までになく真剣で重かった。

 実際にそうなのだ。

 人間は贖罪と言う責務を忘れ、自由奔放に振る舞い過ぎた。

 責務を果たさず、自由を振り翳した。

 それは非常に醜い。

 その不法、故に彼らは裁かれる時が来てしまったのだ。




「冷酷なのは知っていますよ。でも、人類の営みを守る為に一体どれだけの犠牲を払って来たか分かりますか?」


「犠牲?」


「人間が悪を積み上げる度に天の世界ではそれだけの災いが起きた。人間の悪徳に満ちた世界を維持する為に最低でも4500兆人以上の命が失われています」


「4500兆……」




 あまりに膨大な単位に言葉を失う。

 少なくとも世界人口に対して1人当たり約100万人は殺した計算になる。




「我々の使者達は地球において、争いや不平不満、憎しみを抱かない様に教え導いて来ました。しかし、それでも人間はやめなかった。家庭内単位からやめる様に促しましたがやめなかった。その度に英雄が現れては「いつかきっと」と言ってそんな見てくれだけ綺麗な言葉を並べて人々を惑わし、問題を永遠と先送りにして来た。その代償を払う時が来た。それだけの事ですよ」




 3人は返す言葉が無かった。

 彼女が嘘を言わないのは今までの事で理解出来る。

 信じられないが、それが事実だ。

 確かに4500兆の命を奪った事実は耳を塞ぎたくなる。

 何故なら、アリシアの言っている事は酷く正論だからだ。

 考えて欲しい。


 ある宇宙人が来て、「我々はあなた方の起こした戦争の所為で今も人民が被害を受けているから、地球圏を平和にして欲しい」と依頼する。

 その為に地球は援助を受け、条約まで結んだ。

 だが、何年も何十年もその問題を解決せず、他の惑星の人民を命を侵害し続けた果てに……「我々の自由と尊厳の為にお前達死ね」とか「平和を守る為に悪の宇宙人と戦う」とか「宇宙人の地球人民ではないから、命の勘定を入れる必要はない」とか言い出せば、そんな事が許されるだろうか?

 条約は守って当たり前であり、反故する言い訳を並べるのはあってはならない。

 況して、”義務”を果たす前に”生存や自由の権利”を主張するなどナンセンスだ。

 アリシアの言っている事はそう言った事であり、地球人類が言っているのもそう言った事だ。


 黄燐達も少なからず自分達もそう言った”罪”に加担していたと言う自覚はあった。

 この世界で生きている間に少なくとも自分の意志で1回は不平不満を述べたのだから……アリシアはそんな中から自分達を救おうとしているのだから、ありがたい話でもある。


 彼女の強い意志が目から迸る。

 槍の様な意志を貫き通そうとしている。

 彼女は計画を変更する気はないのは見れば分かる。




「確かに人類は怠惰になり過ぎた」




 黄燐が口を開く。

 まるで重大な決断を告白するような迫真があった。




「人間は飽くなき欲に駆られ高慢なり、固執に囚われ時に正義と語る者が現れては悪に対して報いに形で武力と言う悪を用いた。どれだけ綺麗事を並べても悪に悪で報いに形は何百年も変わっていない。我々の幼少の時にも戦争の爪痕は残った。人類の愚かな幻想のせいで多くの命が失われた。いい加減決断すべきかも知れない。人類に贖罪の機会は十分に与えられた。だが、家庭単位ですら人間は不平不満を漏らす。これが平和を愛する者の考えとはとても思えない。そして、何百年前から提唱される人類の希望とやらは未だ叶わない。いつかいつかと問題を先送りにするばかりだ。もう結論を出すべきだ。人類に希望などない。そんなものはただの惑わしであり誤魔化し幻想だ。人間はただ、自分達に都合が悪いから人類の希望とやらで言い訳をして来ただけに過ぎない。これが本当に平和を愛する人間のやる事なのか?どう思います?2人とも?」




 黄燐は重苦しい口を開き2人に問いかけた。

 今の言葉に感化され、今度は千鶴が重々しく口を開く。




「確かにわたしの生まれた時代は戦争終盤で戦争のことはほとんど覚えてない。でも、周りの人間がいがみ合ってばかりいたのはよく覚えてる。父さんも母さんもよく喧嘩していた。その時の不平不満の言葉がわたしが最初に発した言葉らしいわ「馬鹿野郎」だってさ。ほんと呆れるよね。普通、パパとかママなのに初めに発した言葉が「馬鹿野郎」だもん。結局、両親はそのせいで離婚してさ。その時もわたしをどちらに押し付けるか両親は喧嘩してたな……。結局父親に引き取られたけど、父さんもわたしが小学校卒業直後に死んだ。だから、わたしは生きていく為に万中学に入学した。まあ、小さい頃のネグレクトがあったから反抗心と素質があったからここまで強くなれたと思う。それには感謝してる。でも、この前その事を思い出す事があったわ。真音土の件よ。あいつアリシアに当り散らしたのを見て思ったわ。あいつは相手の気持ちとか考えずアリシアに感情のまま当り散らしていた。まるでわたしの両親みたいだった。自分の都合ばかりで相手の気持ちを考えないどれだけ自分を高尚ぶっても中身はただのゲス。だから、あの時、思わず、ブン殴った。見てて醜かったから」




 千鶴は過去の思い出を振り返り暗く影を落とす。

 今度は竜馬が感化され、重々しく口を開く。




「オレの親父は凶悪な強盗だった。自分の私欲を満たす為に銃を持って金品を盗んでいた様だ。親父は機嫌が悪いとよく暴力を振るった。今となっては弱い相手を一方的にいたぶるのが好きなイカレ親父だったんだろうな。親父はよく言っていたよ。「世の中は力だ。武力さえ持てばなんでも正義になれる!なんでも正当化出来る!思った事を何でも実現出来るし武力があれば誰も逆らわなくなる」てな。それが親父の最期の言葉だった。親父はその夜警官との抗争で射殺されたらしい。オレはその後、施設に拾われた。あの時は本当に安堵した。ようやく地獄から抜け出せたと……だが、最近になり、親父の言葉を思い出す事があった。天空寺の件だ。あいつは自分の資本と武力を拝見に正義の味方を名乗っていた。その結果は戦争再発防止法にまで違反していた。結局アイツもただ自分の意見を押し通したかっただけの碌でなしである事をよく理解した。世の中の正義や希望など蓋を開ければ、取るに足りないと理解出来る」




 各々がアリシアの言葉を悟り受け入れた。

 人間はやり過ぎた。

 裁かれるだけならまだしも人様に迷惑をかけてまで自分達の正義や固執、貪欲を満たそうと奔走し関係のない者まで巻き込んで偽善と欺瞞に満ちた言葉で人類の希望を語り怠惰になり過ぎた。


 人の世でも悪い事をすれば裁かれる。

 なら、今回はそれが人類全体に及ぶと言うだけの話だ。

 決して、理不尽などどこにもない。

 仮に子供であろうと無関係ではいられないのだ。

 子供であろうとドッヂボールで不正を働き他の子供を陥れ、その為に偽の証人を遣わせば、天の国では無実とはならなず、その報いを必ず受ける。

 それにより与えた”理不尽”は悪魔に属した者と変わらず、それを悔い改めないならその者は罪に応じた報いを受ける。


 人はその罪に応じて悔い改める期間や期間は様々だ。

 子供の時点で裁きを受けてもそれは決して理不尽にはならず、子供だからと言い訳もできない。

 加えて、1人の従順が多くを救うように子供が救われないのは大人の無責任さによるモノとも言える。

 そして、組織とは全体で1つだ。

 自分だけ無関係とはいかないのも世の常だ。

 要するに人間は裁かれるべくして裁かれるのだ。

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