残された福音

 10月17日 万高




 大きな作戦前の最後の登校だ。

 アセアンの件もあり、登校が滞る事があった。

 尤も、この4ヶ月合間を縫って、万高の仕事を熟した。

 人探しや護衛や時には以前のモリヤーティ解決の噂を聞き付け、探偵紛いの仕事も請負った。


 だが、どれもそれなりに大きな事件に発展したので困ったものだ。

 考えてみれば、あの時がある意味学生らしくて一番楽しい時期だったのかも知れない。


 戦前の小休止ほどありがたい物はない。

 その点は学校に通えた事に感謝しなければならないと思いながら、学校の門を潜る。

 授業にはついていけるだけの学力が備わっていることもあり、特に問題なく受けられた。


 昼休みクラスメイトから今まで何をしていたのか聞かれたが「任務」で誤魔化した。

 授業が一通り終えると生徒会から急に呼び出しを受けた。

 それはアリシアにとっても丁度良かった。

 彼等に明かす時が来た。

 そういう事でもあるからだ。




 ◇◇◇




 生徒会室




 アリシアはドアをノックして中に入った。

 木目調の壁に覆われた縦長な部屋。

 防弾ガラスでできた窓からは日差しが差し込め、木目を照からせる。

 そこにはいつも通り会長と副会長、そして……千鶴がいた。


 何か神妙な面持ちがあった。

 アリシアが来る直前まで相談していたのだ。

 話の内容とアリシアが伝える内容は合致している。

 アリシアは敬礼をしてから答えた。




「本日はどのような御用でしょうか?」




 3人は顔を付き合わせてアイコンタクトを取る。

 それで互いの了承を得た事を確認して、生徒会の頭脳である黄燐が口を開く。




「君は私たちが何を聞きたいか知っているのではないか?」


「何故?そう思うんですか?」




 黄燐は眼鏡を整えいつも以上に真剣な面持ちで重大な決断でもしたように推察を述べ始めた。

 その目はまるで明暗でも分かつほどの意気込みを感じ取れる。




「ここ数ヶ月の君の行動は千鶴から聞いた。聞けば聞くほど不可解だ。特に君が推理したあの事件は取り分け異質だ。君は推理をしたと言うよりは初めから犯人が分かった上で虫食い問題でも解くように犯人を徹底的に追い詰める証拠を集めていた様だ。それは内の情報科の生徒からも証言が取れている」


「私が犯人を予め用意したとでも言いたいのですか?」


「0では無いが……だとしても手間がかかる。君が関わった全ての事件にそれを当て嵌めてもかなりの労力だ。君はそんな事に労力を割く人間では無い。それはプロファイリングでも明らかだ。君がもしそんな労力を割く様な人間なら子供からの依頼を真摯に聞き入れて依頼を受けたりはしないだろう」


「成る程、わたしはそう言う人間なのかも知れませんね。それでそう言う人間だとして、あなたはどんな結論を出したのですか?」


「そろそろ、万高を預かる者として君の正体について確かめねばならない時が来た。それはある結論に達したからだ。だが、述べる前に1つ頼みがある。いや、命令と受け取ってくれ」


「なんですか?」


「わたしの結論が正しいなら君は今までの真実。そう、例えば、天空寺君の事件の事や君の本当の目的などを聞かせるんだ」


「成る程……確かに知っておくべき事です。しかし、あなた達は話を聞いても理解出来ないかも知れない。わたしが知っている事を喋ってもあなた達が嘘と決めつければ、わたしが話しても無意味です。その話の中にはあなた達にとって都合の悪い話も含まれる。それでも逃げず、聴く覚悟はありますか?」




 その時のアリシアの顔はいつもの温厚な顔ではなく、凛々しくも鋭い眼差しで彼らを見つめる。

 その真っ直ぐさが心に響く。

 その目を見れば嘘は無いと分かる。

 3人は顔を見合わせて頷いた。




「わかった。同意しよう。君から何を聞いてもわたし達は事実として受け入れる」


「分かりました。では、結論をどうぞ」


「では、結論を言おう。アリシア・アイ……君は人類の上位者的な存在なのではないか?わたしはそのように考えているが、当たっているか?」




 アリシアは不意に笑みを零す。

 いや、笑っていた。

 強ち間違いでは無いが、そんな与太話と思わしき事を真実として堂々と言える彼の度胸が凄かった。




(論理的な思考でそこに行きつきますか……凄いですね)




 普通、人間的な論理的な思考では高次元存在を悟るのは困難なのだ。

 何せ、人間論理では非科学的と論破され、終わるからだ。

 自分達の科学が及ばない者を人間は非科学と定義して、固執する。

 まるで自分達の知る事、感じる事が全ての様に思い込むのだ。


 だからこそ、愉快で奇異な話ではあった。

 論理的な思考だけで自分の存在を的確に当てて来た張・黄燐と言う男は確かな叡智と分別力がある。

 恐らく、彼のような男が”賢者”と呼ばれるのだろう。

 ”己の賢き知性で真理に到達する者”……その称号は彼にこそ相応しい。


 その事は叔父貴との感動を彷彿とさせるほど面白く、喜ばしかった。

 ここで彼女の抱いていた彼に対する想いは確固たる確信に変わった。

 彼は間違いなく最後の福音に預かる者だと……。




「えぇ、何を以て、上位者とするか定義にもよりますが、わたしは俗に言う神と呼ばれる高次元生命体です。しかし、よく分かりましたね。大抵の人間はそんなはずないと躓くモノですよ」


「驚いている。信じられないとも思った。だが、どう考えてもその事実に行き着いてしまう。なら、素直に事実を受け入れるしかないと考えるしかない」


「その素直さに感謝を……」


「では、話して貰えるか。君の知る真実を……」


「そう言う命令ですからね。分かりました」




 アリシアは黄燐達に真実を話した。

 自分という存在、天の楽園、ネクシレイター、英雄因子の事やサタンの存在、GG隊がサタン討伐の為の組織である事を……。

 一通り話し終えた辺りで黄燐は眼鏡を整える。




「なるほど、英雄因子、サタン、GG隊はそれらと戦う組織だったのか」


「えぇ、何分どれも現代科学では観測出来ない事なので人類に説明する事も出来ず、話しても受け入れません。だから、独力で対抗する組織を作るしかなかった」




 そこで千鶴が何か気になる事があるように大きく手をあげる。




「もう一度聞くけど、真音土がシュミレーターで不正をしたのは”英雄因子”の力なのよね」


「その通りです」


「確か、自分の都合の良い結果を事象に反映する力だったかしら?」


「当たり判定をノーダメージにしたり、大した努力をしていなくてもすぐに結果を出したり、どんなに計画が破綻していても周囲に悟られず計画を遂行したり、そんな力です。それさえなければ、大した力を発揮出来ないのが”英雄”です」




 千鶴は暗い影を落とした後、黙り込み、急に頭を掻き毟り始める。

 すると、突然、その場で地団太を踏み始め、怒り混じりの苛立ちを顕にする。




「あああぁぁぁぁ!アツイめ!ムカつく!じゃあ、1年の体育祭の時のトーナメント!あの被弾!絶対直撃だったって、事でしょう!きいぃぃぃぃぃ!あいつのせいでわたしは1000万円逃したなんて!!本当はわたしが受け取るはずだったなんてぇぇぇ!!!自分に都合の良い結果を導くだぁぁぁぁ!あんた1000万円なんて要らんだろうが!!!」




 千鶴はいつになく取り乱した。

 まるで背後に火山でもあるような怒りようだ。

 よほど、その時の事が悔しかったらしい。

 しかも、相手が大して努力もしていないと聞いて無性に腹が立っている。

 その気持ちはわからないでもない。


 アリシアの努力に対して真音土の努力など微々たるものだ。

 それを”英雄因子”1つであの決闘では途中まで追い詰められていたのだ。

 寧ろ、理不尽な力に怒って当然だ。

 そこで黄燐が質問してきた。




「それでは君が天空寺君に勝てたのは何故だ?君なら最初からその”英雄因子”を無力化出来たはずだ」


「わたしはサタンとの戦いの中で弱体化していた影響でネクシレイターとしての力が弱くなってましたからです。更には敵の妨害もあり、そのせいで天空寺・真音土の力を中和するまで時間がかかったんです」


「なるほど、だからすぐには勝てなかったと言う訳か……そして、君は”英雄因子”の特性を利用して天空寺君を逮捕させたのか?」


「えぇ、”英雄因子”はその名の通り人理の英雄になる者の事です。それ故に人理に深い関わりのある英雄を潜在意識レベルで不認識……つまり、否定すれば英雄の力……強いてはサタンの力を弱める事が出来る」


「あの事件を機に天空寺君の不正や戦争再発防止法に違反した事でその事実が浮き彫りになった。それも君の計画の内か?」


「言っておきますが、虚偽の罪は告発していません。嘘を言っては量子的な潜在意識的の観点から効果がありませんから……それにアレでも天空寺・真音土の罪のほんの一部です。それでも世間に対しては絶大でした」




 実際、公になっていない真音土の罪も羅列すると相当な数になる。

 戦争幇助に加えて、罪状としての罪では無いが、真音土が武力を持ち過ぎた事でテロリストもその力に拮抗して力をつけ、その拮抗が戦乱を拡大させる原因を造った。

 それによる2次被害などが広がった事例もある。




「成る程、では次の質問だ。君は元人間であり、ある日一度死に楽園に向かった。その世界で世界を創造した神と出会い世界が置かれた危機を知った。君はその問題を打開する為に神により、神にされ、この地球でサタンと呼ばれる高次元存在と戦っているのだったな」


「その通りです。そして……もう世界の残された時間は少ない」


「少ないとは、どのくらいだ?」


「あと2ヶ月持たないでしょう」




 3人はその事実に驚嘆した。

 その時間はあまりに短いからだ。

 2ヶ月なんてあって無いようなモノだ。

 その間にそんな高次元に存在に対して備える事など到底できない。

 何せ、人類科学では観測できない存在だ。

 観測する為の論文や技術を組んでいる間に世界が終わっていてもおかしくないのだ。

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