会談

 リカルドの車の中


 車の中は少し小さめなリムジンになっている様で3人は席を囲む様に座った。

 目を凝らすと所々に怪しい仕掛けが、仕組まれている。

 流石に世界を裏で操る組織のトップだけあり、暗殺の対策も暗殺する方法も心得ている節がある。


 幸いこの車の強度から見てアリシアの膂力で破壊出来る。

 不味くなったら床を吹き飛ばしてリカルドを事故死させるのも手だ。

 リカルドは鋭い眼光でこちらを見つめる。




「なるほど、君はやはり綺麗だな」


「ふぇ?」




 仮にも敵とは思えない誉め言葉に思いがけず、褒められた事にアリシアは少し驚いた。





「余計な淀みも不純もない綺麗過ぎて他人から毛嫌いされるタイプとみる」


「えーと、褒めてるんですか?」


「勿論だとも……ここまで綺麗になるには相応の苦労をしたはずだ。寧ろ、敬意すら抱くよ」


「あ、ありがとうございます」





 予想外の対応に少し困惑した。

 エレバンの当主だけあり、高慢に高圧的に接してくると思っていたが、全くそんなところがない。

 社交界の時の人物像は演技だったのではないかと疑ったが、そんな毛色もなく、本心のようだ。

 寧ろ、アリシアの人となりを見て、好々爺の様に微笑んでいる。

 もしかすると、意外と気が合うのではないかとすら思える。

 加えて、彼には”腐敗臭”がしない。

 人間として腐り切った人間は魂からそのような臭いがする。

 表面的に良い人間の面をしても、そこまでは隠せない。

 アリシアの経験に基づく感性であり、他のメンバーには分からないらしいが、その感性の精度が狂っていた事は一度としてない。

 犬が飼い主の臭いが間違える可能性が発生する以上の可能性で皆無だ。




「さて、本題に入ろうか。まずは君達の要求を聴こう」




 彼もアリシアと似て余計な話をしないタイプの様だ。

 そこはアリシアとも気が合い、アリシアとしては助かった。




「それでは……エレバンによる戦争を止めて欲しい事。それとあなた達の管理するファザーの居場所も教えて欲しいです」


「……理由を聞いて良いかな?」


「あなた達が人類の救済の為に戦争を仕掛けているのは知っています。しかし、それには大きな欠点があります。なので、ファザーを破壊しま。」


「欠点?」


「あなたは戦争の予兆を見る目を持っている。WW4を起こした後その予兆は大幅に停滞した」


「わたしの目の事を知っているのか?」


「シン。兄からあなたの事を聞きました」




 リカルドは眉を動かした。

 何か予想外の展開が発生したと思わせる顔だ。




「そこにいる彼は君の兄なのか?」


「えぇ、異父兄妹です」


「つまり、母親は同じという事か?」


「そうですけど、それが何か?」




 アリシアは質問の意図が読めなかった。

 普通なら何故、リカルドの目の事を知っているのか経緯を聞くはずだ。

 なのに、彼はそれよりも自分達の血の繋がりを優先としている節がある。

 この会談、何か自分達絡みで何かあるとアリシアは感じていた。




「すまない、話の腰を折った。続けてくれ」


「あ、はい。WW4の予兆は消えましたが、それでも近年、WW4前よりもその予兆の加速が激しいのではないんですか?」




 リカルドは思い当たる節がある。

 原因が分からないが確かにその通りだとは思ったからだ。

 リカルドが感じているのは空間に漂うSWNの気配だ。

 人が悪い言葉などを発するとそれが空間に溜まり続け、事象発生に還元されない限りは漂い続ける。

 だから、人間を殺せば、SWNの生成が抑えられると言う点は間違っていない。




「君は理由を知っているのか?」


「WNをご存知ですか?」


「これでも科学者だ。当然、知っているとも……物理的に干渉する超対称性粒子だ。わたしが見ている紫の予兆もWNだと睨んでいる」


「その見解は間違っていません。だからこそ、あなたは知るべきです」




 アリシアは机の上にタブレットにポケットから取り出したUSBを差し込み、リカルド手渡す。




「ん?何かの論文かな?」


「わたしが書いたものです」


「ほう。才女なのはわかっていたが論文も書くのか……どれどれ、大学教授していた時の様に採点してみよう」




 リカルドは何か嬉しそうに論文を見つめる。

 流す様に1枚1枚また1枚見ていく。

 その顔を徐々に険しくなっていく。




「そんな……まさか……いや、待て……そうなると……辻褄合う……」




 リカルドは顎に手を置き考え始める。

 何か項垂れて呟き始めた。

 そして、何か結論に至ったらしくすぐに聞き返す。




「この低次元の実測値は一体どうやって測定した?わたしのモノよりも実測値に近くないか?」


「実際にその世界に行ったと言っておきます」


「行っただと……馬鹿な……こんな世界に入り込んだら、次元圧でただでは済まないはずだ」


「では、これを納め下さい」




 アリシアはポケットの中から石を取り出し、リカルドの前に置いた。




「これは?」


「あなたの論文には低次元に理論物質に対する論文がありました。そこには低次元は物質が3次元よりも物質が遷移して石1つとってもダイヤモンドよりも硬いと記載されていたはずです。これは一見ただの石です。この世界に持って来たので多少モース硬度が下がっていますが、モース硬度を測れば、それがただの石なのにモース硬度30くらいはあるはずですよ」




 リカルドは渡された石を手持ちの機械でスキャンした。

 石の素性を調べるとそれはただの石だった。

 しかし、モース硬度は確かに30を超えていた。

 何かの誤作動とも思い、もう一度スキャンをしてみるが結果は同じだった。




「これでわたしが低次元に行った事は証明出来たかしら?」


「どうやら、そう見るしかない。信じられないことではあるが……この石を我々の科学力で作り上げるのは不可能だ。ならば、低次元から直接取ってきた方が辻褄が合う」


「納得なされて何よりです」




 リカルドはアリシアの論文の内容や低次元に対する検知などから推移して、この論文が正当であると判断した。




「つまり……我々がしてきた事は戦争の予兆たる人間を消したのではなくより低次元に追いやり、そこで予兆が増幅、それが3次元にまで影響しており、3次元で更に予兆を増幅させているという事か?しかし、ここには輪廻転生をする人間は”英雄”と呼ばれる存在の干渉がないと低次元には送れないと書かれているぞ。我々は”英雄”と呼ばれる者を使役した事はないぞ」


「”英雄”とは戦う事を肯定した時点で誰でも成れてしまう。特にエレバンの考えに同調した者は”英雄”になり易い傾向があります。それにエレバンではロア・ムーイを使役しているではないですか」


「確かに彼もエレバンと言えば、その通りだが……」


「WW4で核のボタン押した人もエレバンの息がかかっていた以上、”英雄”として扱える。それだけ低次元に送る要員は世界に溢れている」


「う……」




 リカルドは不承不承ながら、納得せざるを得なかった。

 この論文の内容を全て理解したわけではない。

 だが、断片的な情報は確かに理論的で合理的で整合性が取れている。

 整合性が取れていない論文では決して無い事は読めば、理解出来た。

 もし、彼女が自分の生徒ならA判定は与えても良い論文だ。

 リカルドは事を理解した上で答えた。




「そちらの要求は理解した。確かにこれを見たら否定出来ない。それに近年、ファザーのやり方が過激化していたのも事実だ。既にファザーが人類存続を曲解しているのもこれで納得がいく」


「それでは要求に応じて貰えると?」


「問題は理解したが、打開策はあるのか?わたしはそれを知りたい」


「結論を言います。打開策はありません」


「なんだと……」




 思いがけない答えだった。

 エレバンの当主として人類存続の手段を講じて来た彼にとって、その答えは感情的に容認出来ないところがあった。

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