明かされし家族
「あなただって薄々勘づいていたはずです。人間は争いをやめない。平和にできない、やらない言い訳ばかりを並べて、楽な選択を選び、争いたがる。その所為で予兆の発生を無限に繰り返す。どの道、今の問題を解決してもそれは問題を先送りにするだけです。もう行き詰っているんです。それにわたしはその予兆も既に超えてはならない一線を超えると考えている。それこそ人類の本格的な破滅でしょう」
「うん。確かにその通りではあるが……」
その通りではあるが、感情論としてどうにも認められない。
人間が滅びるしかないと聴かされて「はい、そうですか」と潔くなれる人間はそうはいない。
何か別の方法を使って生き残ろうとするだろう。
それが人間の性と言うモノだ。
「仮に人類が生存したとしてもその世界ではまた骨肉の争いを続ける。結局、人が変わらない限り永遠と争いと破滅は終わらない」
「なら、どうする?」
「現実から目を背けて人類の未来とか希望とかに縋るよりも現実的に生き残りたいと願う人間だけを生かすべきです。本当に生きたいと願う人間は他者との共存を望み不平と不満を言う事は無いはずです。あなたもその様な人間が平和を望んでいると知っているはずです」
「うん……しかし、それを一体どうやって選別する?」
「既にわたしの方で選別をほぼ完了しています」
「なんだと?」
予想だにしない行動力に面食らう。
彼女は明確な目的意識の元で既に選分けを行ったと宣言している。
しかも、虚言やブラフではないのは見て取れる。
少なくともそう判断出来るだけの確証が彼女の中にはあると伺え、彼女の今までの行動と実績が言葉に雄弁さを与えていた。
「総数は300万人です。もし、気があるなら、あなたのその目で確認してみて下さい」
「うん……つまり、君の真の狙いはその300万人に危害を加えない為に我々に戦争をやめて欲しいわけだな」
「そうなります」
「ふん……」
リカルドは考え込む。
そして、アリシアを見つめ、まるで品定めをしている様に見た。
「感情的には納得できんが……良い判断だ。合理的であり、かつ行動力も責任感もある。上に立つ人間の品格を兼ねていると言えるだろう」
「あ、ありがとうございます」
確かに納得はいかないが客観的に見て、極めて合理的だ。
人間は戦争をやめない。
争いを続けたがる。
今まで様々な人間がそれを止めようとしたが上手くいった試しはない。
「いつか、いつか」と方便を垂れ、結局はこの様だ。
これは「いつか、いつか」と怠惰に行ってきた人間のツケなのだろう。
ツケはいつか払わねばならない。
その時が今、来てしまったのだろう。
偶に“悔いない”と救いを得られないと人に宣言すると……「何故、それをしないと受けられないのか?神は人類を隷属したいのか?それとも無能なのか?なら、釈迦に祈った方が良い」と主張する人間もいる。
だが、その答えは簡単だ。
“悔いる”と言う事は、受ける因子があり、受ける因子があると言う事は”悔い改める”可能性が高い。
故に”悔い改めた”なら救われ、天国に行くと言うシステムになっているだけだ。
誰でも救えなくはないが、仮に救っても”悔い改める”程度の事ができない者が天国に行っても天の秩序を乱すからだ。
“悔いる事”は天の法律を守る為の模型であり、要するに「この程度も守れないなら、テロリストと同じ」と言う事だ。
それに反論する為に中二病気取りの俗人の妨害や仏教者の妨害もあるが、そもそも、彼らは「これは可笑しい」とか「こんな事はあり得ない」と語るが、その根拠を語らない。
”証明”もできず、ただ、獣が喚く様に感情的に否定するだけの俗人者も多い。
「これは可笑しい」と言っているような人間はただ、自分の感情で否定したいだけで考える事を放棄した負け犬に過ぎない。
それはつまり、詐欺師だ。
詐欺師は証明できないからだ。
そんな奴らまで天国に連れて行ったなら、天国の世界が乱れる。
だからこそ、“悔いる事を為した者”だけが救われるのだ。
悔いる事すら為す気がない者はその道を生きた事もなく、相手を慮らないから受けられない。
故に罪であり、罪価は必ず支払わなければならない。
「君ならわたしの要求にも答えられそうだ」
「そう言えば、あなたの要求は何なんですか?」
「わたしの要求か?わたしの要求は……」
ここからアリシアとシンにとっての驚愕が始まる。
「君にわたしの跡を継がせる事だ」
その言葉にアリシアは「ふぇ?」と口を開け、硬直して、彼の言葉を頭の中で整理していた。
(えーと、彼はなんと言ったか?跡を継がせる?跡を継がせるってどういう意味だっけ?親から子供に仕事を受け継ぐ事だよね?……なんで?)
結論はそこに行き着いた。
リカルドとそこまでの関係性がない自分がなんで彼の跡を継ぐ話になっているのか見当がつかない。
「何故、そうなったと言う顔をしているな」
リカルドはアリシアの気持ちを的確に読む。
ただ、その顔はどこか微笑ましく、まるで何か驚かせようとする不敵な悪ガキのような笑みを浮かべていた。
「まずはそこから話さないとならないな」
リカルドは説明を始めた。
まるで思い出を振り返るように感慨に耽りながら回想する。
「この話の発端は君がNPとして活動し始めた時から遡る。わたしは我々と敵対する者の存在をマークする名目で我々と敵対するパイロットを調べた。そのパイロットの名を知った時、わたしは驚いたものだよ」
そのマークしたのが自分だとアリシアはすぐに想像できた。
しかし、何がそんなに驚きなのだろう?
「わたしの名前のどこに驚くのですか?」
「我らの一族でアイの姓を名乗るのは当主になる前の名前だからだ」
そこでアリシアは一瞬、硬直した。
「えっと、それはつまり……」
「結論を言えば、君はわたしの孫だよ」
その言葉はアリシアだけではなく、シンすら凍り付いた。
あまりの告白に思考が凍りついて開いた口が塞がらない。
「大丈夫か?」
リカルドは硬直した2人を気遣う。
アリシアとシンはなんとか頭を働かせる。
「証拠はあるのか?」
今まで口を閉じていたシンも流石に口を開いた。
それは自分にも無関係な話ではないからだ。
それにそう言ったブラフを使って、こちらの動揺を誘っているかも知れないと言う警戒心から確認せざるを得なかった。
尤も、シン自身がリカルドがそんな姑息な手を使うとは思ってはいないが、念の為だった。
「ある」
そう言ってリカルドもタブレットを出し画像を表示した。
そこには遺伝子の情報が記載されていた。
「これは社交界の時に取ったアリシアのDNA鑑定の結果だ。このように照合結果からもわたしと君は血縁関係にある」
アリシアは目を丸くして画面を見つめる。
アリシアの顔は未だに信じられないと言う顔だ。
自分には祖父などいないとばかり思っており、それが世界の裏を牛耳る組織のトップであり自分の敵とも言える相手であったなど夢にも思わなかったからだ。
リカルドは心境を語り始めた。
「わたしはあの戦争で娘は死んだと思っていたんだ」
娘……つまりはアリシアの母親であるキャサリンだ。
「確かに戦争を起こしたのは我々だが、わたしは図々しくも娘を生かそうとした。だが、行き違いがあってな。娘が乗った飛行機は墜落してしまい。わたしは君が現れるまで娘は死んだと思っていた。だから、驚いたよ。若い時の娘の生き写しが目の前に現れてわたしは本能的に孫である事を確信した。その後、居ても立っても居られず、事実を確認しようとした。だから、社交界に向かい君がわたしの孫と分かった時は嬉しかった。同時に君がグスタフに殺されたと知った時、落胆もしたよ。何故、もっと早く救えなかったとな」
リカルドはその時の苦々しい気持ちを振り返るように噛み締めて語る。
顔には出さずにいるが、その顔は本当に辛く悲しかったと告げているのが、魂を見極める2人にはよく分かった。
「だが、君はどういう訳か蘇った。それはわたしの元にも伝えられた。だが、初めは君の偽物と考えていた。NPの立てた影武者だと……だが、バビでの活躍や声明を見るとどうしても偽物とは思えなかった。わたしはすぐにバビに飛んだ。そこでわたしが見たのは皮膚病の娘を癒す君だった。そして、君はバビの民に奇跡を見せ、人々を導く様に努めた。わたしはその時、君に導きには乗らなかった。俄かには信じられない内容だったからな。それを確かめる為にわたしは皮膚病の娘さんの服についた君の遺伝子を確認した」
「でも、確認出来なかった」
アリシアの言葉にリカルドは頷いた。
「正確には一部しか確認出来なかった。君の遺伝子の自壊とDNAの更新があまりの速さで正確なことは確認出来なかった。だが、それでも確認出来たのは遺伝配列の一部はやはりわたしと同じ事だった。これはわたしが立てた仮説だが、君は人間以上の進化を果たしていると考えた。高速で遺伝子を自壊させ再構築を繰り返す事で進化を果たした人間ではないか?ならば、あの奇跡も納得出来るとな」
正確にはネクシレイターとして高位の彼女の力を発揮する為に肉体もそれに合わせて進化していると言うのが正確だ。
彼女にとって肉体とはこの世界ではトレーニング用の枷であり、神術を増幅するシステムの様なものだ。
リカルドの解釈は決して間違ってはいなかった。
「それからわたしは君の行動を観察することにした。わたしは君が孫である確証を得たかった。そして、君がキャサリンと会った事でわたしは確信したよ。君はわたしの孫だとな」
アリシアの顔が微かに暗くなった。
あの時の事は思い出したいモノではない。
人生で最大の不愛でありアレほど心を抉られるような痛みを感じた経験もない。
アリシアにとっては思い出したくもない記憶となり、辛い歴史なのだ。
リカルドは今の言葉でアリシアの表情が微かに暗くなったのをを察していた。
「その……すまない!」
リカルドは深々と頭を下げる。
まるで自分が悪い事をしたように申し訳なさそうな声色をしていた。
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