ミダレの英雄

 アセアン沖 深度1000m


 そこにはエレバンの潜水艦があった。

 複数人のスタッフと整備兵がネクシル リビフリーダの整備と改修を行っていた。

 先の戦闘で武装の殆どを失い、パイロットから更なる高火力と機動性を求められ、作業は難航している。

 それを苛立ちながら待っている女がいた。

 間藤・ミダレと呼ばれていた……キラース・カーショとなった女だ。




「くそ、遅い。何を悠長に遊んでいるのよ。役立たず……」




 すると、そこに1人の女性が歩み寄る。

 この部隊の責任者であるユウキ博士だ。

 キラースはファザーに保護された後、ユウキの実験部隊に配属されていた。

 キラースはユウキの事をあまり好きにはなれなかった。

 ユウキもキラースには利用価値のある駒程度にしか思っておらず、ギブアンドテイクの関係であり、それ以上の関係ではない。




「苛立っても仕方ないんでしょう。修理に加えて、ハイスペック化しようとすれば、時間もかかるわよ」


「そんな悠長にしている場合、今、アイツらに襲われたらたまらないわよ!」


「大丈夫じゃないかしら?」




 ユウキは飄々と断言する。




「なんでそう言い切れるのよ!」


「アセアンは今、極東に向けて侵攻する作戦を企てている。それはGG隊を潰す為よ。でも、あの部隊の隊長は無闇に人を殺す事を嫌がる。だから、恐らくGG隊が極東を離れた事をアセアンにリークするでしょう。その為の準備をしてね」


「つまり、あいつらも準備をしている?」


「準備期間が重なったならこちらとしても好都合よ。後は決戦でどちらが勝つかよ。尤も、パイロットが低能なら負けたも同然だけど……」




 ユウキはキラースを煽る。

 この女狐は高慢で何かと人を煽り、何かと秘密を抱えている。

 自分だけ高みの見物を決め込み、上から目線と言うのがどうにも気に入らないとキラースは常々思っていた。




「何よ!負けたのはわたしの所為ってわけ!アンタが渡した”英雄因子”とやらがただの雑魚なだけじゃないの!?」


「へえ~なら、最も強力な”英雄因子”があれば勝てるのかしら?」


 

 ユウキはキラースを挑発する。

 キラースもここぞと言わんばかりに畳み掛ける。




「何よ。まだ、出し惜しむモノがあるの?それともただの虚勢かしら?」


「そこまで言うなら出しましょう。尤も、今回はかなりの特別性よ。何せ、世界によってはこの英雄は無自覚な悪意で世界を滅ぼした。慢心の英雄よ」


「なにそれ?強そうじゃない」




 キラースは満足そうな笑みを浮かべる。

 英雄とは良くも悪くも肉的な強さを求めたがる。

 意志の力を信じようと向かう先が肉的なモノになるのが英雄の悪い癖だ。




「ただ、極端に人を殺したがらない英雄らしいわよ」


 

 

 キラースは「はぁ!?」と激昂はしないまでも怒り気味な顔を浮かべる。

 自分の英雄がかなり半端モノばかり宛がわれる事に辟易していたからだ。




「なにそれ?!大量殺戮者の癖に殺したがらないなんて、なんなのよ!大体、アンタが最初に付与した英雄と似たり寄ったりじゃない!なんでわたしの英雄はそんなもやし野郎ばかりなのよ!」




 キラースは駄々を捏ねる様に不平を漏らす。

 ユウキはそれに飄々とした態度で受け流し、淡々と説明する。




「本質的な所が似ていると親和性が高いのよ」


「わたしとそんなもやし野郎が!?」


「多分、表と裏がある事ね。あなたは世間の顔と本性の2つの真逆の側面が強かった。あなたの英雄も世間的には善人だったけど、無意識では対極の思考を持っていたから親和性が高いのかもね」


「つまり、世間の顔とわたしみたいに高貴な思考を持っていたのね」




 キラースは自分の事を本気でそのように捉えている。

「お前のどこが高貴なんだよ!」「どの口が言うんだよ!」と内面に深く入れ込んだような事を一言でも入れるところだろうが、ユウキはそれをせず、面倒だから受け流す。

 ユウキは面倒臭がり屋なのだ。

 無駄に話が長くなるくらいなら適当に相槌を合わせる。




「そうなんでしょうね。ちなみにその英雄はその世界の女王から禁忌の兵器を託されたらしいわ。あなたなら正しく扱えるみたいな口約束を交わして何のリスクヘッジもせず、禁忌の兵器を渡されたそうよ」


「へー差し詰め。そいつは正しく使えず、リスクヘッジをしようとしなかったから禁忌の兵器で世界が滅んだのかしら?」


「そんなところね。敵の同じ禁忌の兵器を止めるべく禁忌の兵器で対抗した結果、破滅した。”鱗粉の王ロード・オブ・スカリー”と言う化け物を産んで世界を滅ぼしたらしいわ」


「”鱗粉の王”か、何か知らないけど、口約束だけでリスクヘッジしないなんてそいつは飛んだ愚か者ね。わたしならしっかりリスクヘッジしてその鱗粉の王すら配下にしてやるわ」


「あら?なら、やってみる?丁度、あなたに付与する英雄の武器を再現した兵器があるわよ」


「あるの?」


「オリジナルの”鱗粉の王”は制御機能が殆ど無かったせいで無差別な破壊をしていたらしいけど、わたしのはちゃんとした制御回路と誤作動しない優秀な戦闘AIが搭載されているわ。そもそも、”鱗粉の王”を召喚する事を前提に作られた兵器に仕上がっているわ。使う?」


「勿論、使うわ。わたしは勝つ。世界を変えて自由を得るわ。その為なら悪魔の兵器だろうと使ってやるわ!」




 こうしてリビフリーダに急遽”鱗粉システム”が搭載される事になった。

 その結末がどうなるのか?

 この時、アリシアですら知らない。

 だが、何をどう辿ろうと結末は変わらない。

 それだけは確かな事だ。




 ◇◇◇




 地獄


 アリシアは己の体を苛め抜く。

 黒いダイレクトスーツで自分の力を制限して徹底的に追い込む。

 3均衡との対話の際の事が頭に過る。

 哀しかった。辛かった。

 まるで心が無数の弾丸で貫かれた様に痛かった。

 天使候補者以外の全ての人類がアリシアの救いを拒んだ。

 その時、人類の無意識を聞いた。




 神など必要ない


 お前のやっている事を間違っている


 お前のやり方は異端だ。今すぐやめろ。お前の為だ。




 彼女がどんな想いで今まで耐え忍び苦しんで来たか知らず、心無い言葉ばかりを聞けば、ストレスが溜まる。

 アリシアはストレスに強いタイプの人間では無い。

 だから、こうして体を苛める事でしか忘れられないほど不器用なのだ。

 幾らアリシアが慈悲深くても許せる事には限度はあるのだ。

 神の限度を超える行いを人は裁きとも言うのだ。

 アリシアは手を鉄棒に括り付け、両足にアリシアの身長を軽々と超えるほどの円形の金属の塊を付け、肋木腹筋をしていた。




「かはぁぁ……はぁ……っ……はぁ……」




 足には付いた重りの重量を気合と根性、強靭な意志の力でねじ伏せ、永遠と足を真上に伸ばす。

 空間から受ける膨大な負荷と重り、更には”力場操作術”と言う術で自身に働く重力を7000兆倍化等の常軌を逸した負荷に耐えながら、アリシアは持ち上げていく。

 自分のただの道具、ただの機械であり、それ以下の何か紛い物の道具と自分に言い聞かせる。

 体は震え、全身が痙攣を起こし、ダイレクトスーツがあまりの発汗性から濡れる。


 体中から体液が滲み出て今にも壊れそうだ。

 腹筋はダイレクトスーツ越しに血管が浮き出て、腹筋の肉厚が増し、更に引き締まりを帯びる。

 引き締まった腹筋がアリシアの激しい呼吸で大きく躍動する。

 まるで体内で生命力を作り上げているようだ。


 彼女は無心になり体を鍛え続ける。

 あまりの長時間同じ箇所に負荷がかかった鉄棒には彼女の手形が残り、軋みをあげながら曲がる。

 鉄棒が折れるまで何度も何度もこれを繰り返す。


 いつまで続けるのか?

 彼女が死ぬまでだ。

 あまりに膨大な時間を地獄での生活に費やした彼女の体も魂も地獄ですら簡単に死ななくなっていた。

 飼い殺しにしようにも死なないのだ。

 地獄で死のうと魂が変質するまで永遠と蘇生を繰り返す。

 それでも本来なら、いつか変質して”過越”を施した者であってもいずれ、死に至るような世界だ。

 そして、変質した者がヘルビーストに変化する。

 だが、今のアリシアは魂が変質しようが無いほど魂が強く、逞しく、太くなっておりかつ蘇生する以前に死ぬ事すら無い程、肉体も精神も超神化していた。


 つまり、彼女は自分を殺す為に過酷なトレーニングを積んでいるのだ。

 自分は罪人だから死んで償うという気持ちが彼女を動かす。

 ”オメガノア”で殺す罪を償うなら当然、すべき事だと言う責任感が彼女を動かす。

 そんな想いと覚悟に負けた様に鉄棒がまるで骨が砕けるように折れる。

 アリシアは折れた鉄棒の両端を力強く握り締める。

 折れた鉄棒の端と端を繋ぐように空中に宙吊りとなる。

 あまりに強い握力が鉄棒に更に手形を付け、鉄棒がその分細くなる。




「はぁ……はぁ……1億3000本……まだ、足りないか……」




 彼女は人には優しいが、自分には徹底的に冷酷だ。

 彼女に言わせれば、他人にも自分にも厳しい人間などただの甘えだ。

 自分への厳しさは優しさだ。

 それは他人に尽くすべき事であり、誰かに優しくしたいなら自分を切り捨てるしかない。

 だから、アリシアは冷酷でいられる。

 それが神の模範であり、愛だからだ。

 彼女は今日も己に冷酷に振る舞う。

 その瞳は過酷な世界の中でも輝きを失わず、力強く真っ直ぐと目標を見つめる。

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