子供達への悟し

 翌日


 任務の都合で学校を休む事になった。

 シン達は平常通りに学校に行かせている。

 まだ、彼等を呼び戻す意味はない。

 それにソロ達の様子や千鶴の様子を知っておきたいからだ。


 アリシアは食堂で朝御飯の支度をしながら今後の作戦を練っていた。

 いつもは天使達に任せているのだが、自分がシオンにいる以上は自分が朝御飯を作ると決めている。

 これはアステリスの教えでもある。

 人間の価値観では食事の席で先にご飯を食べる者が一番偉いだろうが、神の世界では違う。

 給餌をする者が偉いのだ。


 誰よりを自分の身を低くして仕える者が神の世界では一番偉い。

 象と同じだ。

 群のボスが若い象の世話をするのと同じ心だ。


 王であり続けたいなら民に仕えなければならないと言う事だ。

 でなければ、王の高慢により不和が起き、いずれ国が破滅する。

 上に立つ人間のあり方1つで民を殺す事も出来る。

 だからこそ、アリシアが給餌をするのだ。


 アリシアは手慣れた手つきでレタスを剥がし、冷蔵庫に閉まっていたハムを取り出し、それを自分で焼いたパンの中に挟んでいく。

 どうやら、ハムサンドを作っている様だ。


 手慣れた手つきでパンに自家製のソースを塗りながらパンに具を挟んでいく。

 雑にやらず、1つ1つ丁寧に手早く作っていく。

 天使の数と宇宙組の人数も考えて作らねばならない。

 アリシアがサンドイッチを作る速度は並みの人間には処理出来ない速度で熟していく。

 流石に天使だけで1000万人いるのでそこまでサンドイッチを作り続ける訳には行かないので”神創造術”の派生である”神複製術”を施したプリンターを使ってサンドイッチを量産する。

 ただ、複製機1機が1度に複製出来るのは一定時間に精々、1万個までなので元データとなるサンドイッチを用意しなければならない。


 神様の力を使えば、直ぐに作れるだろうと考えるかも知れないがアリシアはあくまで模範だ。

 神の力を誇示する為、来ているわけではない。

 何もかも力で片付けたなら、彼女の周りにいる人間がそれに妥協して怠惰になってしまう。

 最悪、「どうせ、アリシア強いからオレ達が戦わなくても勝てる」と言う考えになられたら、アリシアとしても非常に困る。

 精神的な活力を失うのは魂の死だ。

 GG隊の掟の中に「不労所得を禁ずる」と言う掟があるくらいだ。

 怠惰とは天の世界でも容認しかねる行いだからだ。

 だから、シオン内や私生活では株取引や宝クジ、ギャンブルの類は御法度だ。


 隠れてやろうとした者もいるが、その直後に株のデータが消え、宝クジや賭け金が燃えたらしい。

 そこでそのメンバーは悟った。

 アリシアがいつも目を光らせている。

 それ以来、誰も不労所得をしなくなった。


 全員のご飯を給仕したところでアリシアの感性が鋭く捉え、少し気になる事が発生した。

 アリシアの鋭い感性がシオンの中にいながら遠く離れたイギリスにあるアリシアの家で起きた問題を察知する。

 給仕を終えてすぐに隣の部屋にある転移ポータルに入り、家に向かった。

 家の地下室に声が聞こえ、身を隠して聞いてみるとそこには子供達がいた。

 何か言い争っている様だ。




「ダメだよ。ユリア」




 廊下ではユマリアが周りの子供達を引き留めようと説得していた。




「なんで?別に良いでしょう?強くなる事に何がいけないの?」




 ユリアのその言葉に周りの子供達も同調する。




「そうだよ!オレ達はもうあんな思いをするのは御免だ!だから、悪い奴を倒す為に強くなるんだ!そうすれば!」




 それに対して、ユマリアが強く説得する。




「でも、だからって!勝手にお姉ちゃんの訓練道具使うの良くないよ。せめて、お姉ちゃんの許可取ろうよ」


「私達の事で煩わせたくない!」


「そうかもしれないけど……」


「なんだよ!別に良いだろう!」


「そうだ!オレは強くなるんだ!強くなって悪い奴らを倒すんだ!その邪魔をするなら!」




 1人の少年が懐から果物ナイフを取り出した。

 少年は激情し冷静さを失い、ナイフをユマリアに突き立てる。

 ユマリアは何もする事が出来ないままに棒立ちになる。

 それを見たユリアは思わず、身体が動いた。

 だが、間に合わない。


 そう2人は悟った。

 ユマリアは思わず、目を閉じる。

 そして、ナイフが何かに刺さった。

 ユマリアは恐る恐る目を開けるとそこには右の掌で果物ナイフを受け止めるアリシアがいた。




「お姉……ちゃん?」


「よかった。大丈夫?ユマリア」




 アリシアは何事も無かったかのようにユマリアを気遣う。

 その表情は痛そうな顔一つ見せない。




「う、うん。大丈夫」


「よかった」




 アリシアは安堵するように静かに目を閉じる。

 その間、右手からはポタポタと血が垂れ、少年は恐る恐る果物ナイフを手放した。




「なんで手放すの?」


「えぇ?」




 少年は質問の意味が解らず、困惑する。

 アリシアは目を開き極めて穏やかに冷静に話しかけながら、刺さったナイフを抜きへし折り、静かに床に置いた。

 怒っているようには見えなかったが、少年からすればこの状況でのその物静かな対応が恐ろしく思えた。




「ユマリアはあなたの目標を阻もうとした。だから、敵としてナイフを向けたはず……それを阻んだ私もあなたの敵のはずだよ?」


「そ、それは……お姉ちゃんは特別で……」


「そうやって特別視する者が悪になるんですよ」




 アリシアは怒る事もせず、悟す様に少年に話しかける。




「悪?僕、悪なの?」


「落ち着いて考えてみて。ユマリアにナイフを突き出すのが良い事だと思う?あのままだとユマリアは死んでいたかもしれないんだよ。それって良い事?」


「それは……ユマリアが邪魔したから……」


「世の中の正義を語る人は大抵、そう言うの。自分の行いが輝いて見えるからそれを真理と偽るの。そんな人達があなたの捕まえた大人達の考え方だよ。彼らは自分の行いを正義と思ってる。それは今のあなたと同じよ」


「僕がアイツらと同じ?」


「そう。自分の意見を欲深く言う悪い人が正義を言うの。自分勝手に正義を語る迷惑な人って事ね」


「でも、お姉ちゃんは正義の味方でしょう!お姉ちゃんも悪い奴なの!?」




 男の子は分からない疑問を感情的に投げ掛ける。

 いきなり、自分が悪と言われてその事実が飲み込めず、必死に自信を正当化しようと理由を求めアリシアに迫る。

 アリシアはそれに怒る事なく諭そうとする。


 ここで無理に押し付けても彼らの為にならない。

 相手に要求する様な説教は思い上がる心から出る。

 それでは彼には届かない。

 アリシアは物静かに言葉を選びながら説得を始めた。

 




「正義はね。人が持つモノでも神が持つモノでもないの。自分の行いが正しいと示す人の元に集まるモノなの。だから、私も含めてこの世界の誰も正義の味方じゃないの。示して誰かにそう思われて始めて正義と呼ばれるだけなの。分かるかな?」


「……そう言う風に見られる事をしているって事?」




 ユリアを含めて子供達全員は既に”過越”を受けている。

 無論、彼らに身体を水で洗うとか、パンとぶどう酒の意味を的確に理解は出来ない為、アリシアの権威と力で過程を略して契約している。


 それにアルコール度数がかなり低いとは言え、子供に酒を飲ませる訳にはいかないのも理由だ。

 彼らはアリシアと契約をしている故に彼女が伝える言葉を感覚的に理解出来てしまう。

 一見すると少し難しい言い方だが、彼らは自分なりに解釈するだけの理解は出来てしまうのだ。

 アリシアは優しく微笑みかける。




「そう。でも、だからと言って示す行いを暴力で解決しちゃダメ。それだと果物ナイフを持って個人の意見を言うだけで正義の味方になっちゃう。銀行強盗が正義を主張しているのと同じだよ。ここまで言えばもう分かるよね」


「うん……ごめんなさい……」

 

 

 

 男の子は物静かな彼女の説得力ある言葉に次第に荒ぶる気持ちが治まり、最後には素直に謝罪した。




「それは私じゃなくてユマリアに言うべきだよ。この子はあなた達を諭そうとしていた。正しい事を必死に伝えようとしてたんだよ。私の傷の痛みよりユマリアの想いを踏みにじった事を謝りなさい。全員でね」




 アリシアに促された子供達はユマリアに「ごめんなさい」と謝罪した。

 ユマリアはただ、「うん。分かった」とだけ答えた。

 アリシアは続けて言葉を紡ぐ。

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