裁判官、走る

「一応、アセアン側には私の事をGG隊の予備軍人と名乗っておいた。任務はネクシルの技術を悪用するテロリストの排除と伝えては置いたが、果たして効果はあったのか……」


「多分、聴かないでしょうね。今回の介入を口実に統合政府の宣戦布告と思うでしょう。あなたは知恵が正しくても無視をしますね」


「確かに今は第4の時代。私のいた第2の時代とは違い、この世界は肉的にも霊的にも過酷な世界だ。霊を語るだけ無意味にされるか……あの2人の女の様にはいかない」




 そこで繭香がソロに質問した。




「あなたは確かイスラエルの王でしたね。ソロモンの裁判の中で2人の女と赤子の話がありましたがその話の事ですか?」


「そうだ。あの時代は肉的に過酷だった。物事を肉的に解釈する傾向は強かったが、どこか霊的な事がどこか輝きを増すところがあった。だから、私は自分を犠牲にして赤子を救おうとした女を救おうと思った。だが、この世界は霊的な輝くを曇らせる様だな」


「私の知る限り黒い輝きを白と偽り、白い輝きを黒に偽るのがこの世界のあり方です」


「私の時代よりそこまで霊の価値が薄れているのか。世知辛いものだ」




 繭香とソロはどこか寂しそうに項垂れる。

 人類を救おうとしているのに人類はその手を拒み、その者達を悪とするこの世のあり方に哀れみと憤りを覚える。

 そこでアリシアが手を叩く。




「とにかく、侵攻まで4ヶ月あります。備えるとしましょう」


「そうだな。それに相手はサタンだ。方々で手を尽くし、妨害してくるだろう」


「では、任務と言う事で学校側には報告しておきましょう」


「こんな時にも世の学業を大切にするのですか?報告などしなくてもいい事だろう」




 ソロは殊更、首を傾げた。

 天の世界にも彼の時代にも学校など無かったのだ。

 宮廷で学んだ事はあるが、学校と言うモノを通った経験がなく彼にとってはあまり重要なファクターではないのだ。




「こんな時だからです。私は天使候補者達の模範であらねばなりません。学業を疎かにする訳には行きません」


「成る程、確かに言い得ている。小耳に挟んだ事だが、ネクシルの技術を使った機体を作っているそうですね」


「天使候補者の育成の一環です。私を信じて貰うにはそれなりに証が必要でしょう。それでも、信じるかは彼等次第ではあります」


「良ければ、私が手伝おう」


「良いのですか?」


「私がここに来たのはオメガノアを障害となるイレギュラーの排除と候補者の監督だ。その機体作りが一環なら断る理由はない。幸い、私にも技師としてのスキルはあなたから賜っている。作るだけなら問題なかろう」


「そうですね。私は作戦を練らないといけません。なら、お願い出来ますか?」


「承知した」


「それとあなたは悪くないけど、あなたは顔が無愛想だから誤解されるかも知れないから気をつけてね」




 アリシアはソロの事を心配し注意を促す。

 それを無理に直せとは言わないが何分、無愛想人間を好まない人間もいる。

 アリシア自身は寡黙な人間の方が好みではあるが、アリシアの好みと人の好みとは違うので念の為に促しておく。




「承知した。忠告に感謝する」


「じゃあ、放課後にあなたの事を紹介するから16時に正門に来て。迎えに行くから」


「承知した。では、私は任務としてとある場所に行かねばならないのでそれまで自由行動させてもらう」


「内容は聞かない方が良いかな?」


「アステリス様の機密絡みでしてね申し訳ない。ですが、心配要らない。あなたの周辺に不穏分子を偵察するだけだ。基本的に殺しはしない」


「そう。気をつけてね」


「それはお互い様だ。では!」




 ソロはそう言ってアリシアに背を向け、屋上から飛び降りたと思ったら常人離れした脚力で走り去った。

 正樹はそれに目を凝らしながら驚いた。




「さぁ。戻ろうか」


「あいつ、ほっといて良いのか?」




 正樹は不安そうに尋ねる。

 見た限りただの常人とは思えない。

 何か計り知れないモノを感じ取れ、その計り知れなさ、故に恐ろしくも見える。




「嘘はつかないし悪い事もしない人だよ。それに何より自由な者を縛って良い理由はないから」




 そう言ってアリシアは教室に戻って行く。

 正樹にはその意味がよく分からなかった。

 少なくとも言える事はあのソロが人外である事くらいだ。


 正樹は簡易的に軍用のSNSで綾に連絡を取る。

 この後、何が起きるかこの時の正樹は知らない。

 自宅の居間で正樹からのSNSを受け取った綾は文面を確認した。





 ◇◇◇



「ソロ……そう言えば、先日のアセアンとの戦闘でその様な名を名乗った男がネクシルタイプの機体とやり合ったと……」




 その時、部下が血相を掻いて、慌てて居間に駆け込むのが見えた。

 相当、緊迫しているのか声に思わず、力が入っていた。




「綾様!」


「何事ですか?」


「敵襲です!」


「数は?」


「それが……」


「何ですか?ハッキリ言いなさい!」


「1人です」


「1人?」


「1人の男が屋根伝いを走りながらこちらに急速に接近しています!」


「映像を!」




 綾はその屋根伝いを走る男をカメラで見た。

 その男は人間とは思えない速度で屋根伝いを走り抜け、命罪流が市街に設置した防衛設備をCz75モデル100ハンドガン2丁と体術だけで破壊していく。


 男に警告するが男は警告に応じない。

 防犯用のセントリーガンが作動、屋根上の男目掛け、撃退用のゴム弾を連射しようとする。

 しかし、男はまるで見えていると言わんばかりにカメラの認識と反応の僅かな隙をついてCz75モデル100ハンドガンを乱射。

 発射前のセントリーガンの銃口に鉛玉を放り込みセントリーガンを破壊、そのまま進撃。


 だが、放たれる前に全てのセントリーガンを処理するのも困難であり、男はセントリーガンの発射を許す。

 男に向けてセントリーガンの一斉掃射が放たれる。

 しかし、男は前方上に跳んだ。

 セントリーガンの射線を絶妙な所で避ける。


 男の軌道に対してセントリーガンの軌道も修正されるが、それよりも僅かに男の放物線の動きが速い。

 男はそのままの勢いでセントリーガンを踏みつけた。

 衝撃でセントリーガンの銃口が曲がる。

 男は踏んだセントリーガンが踏み台に別のセントリーガンに跳躍、踏みつけ、蹴り飛ばし、殴り飛ばした。

 男はセントリーガンを無力化、そのまま進撃を続ける。

 男は屋根を降り、屋敷の正門のある道路を走り抜ける。




「敵!屋敷に侵攻!最終防衛ラインに接敵!」




 屋敷を取り囲む壁瓦から無数のセントリーガンが展開、道路を走る男に一斉に銃口が向けられる。

 上から放たれる一斉掃射のタイミングを計り男は斜め前方に跳躍、一斉掃射を掻い潜り壁を超えそのまま彩のいる居間めがけて突撃する。


 綾の数人の護衛が男に銃口を向けるが彼らが銃を構えるよりも速く男はCz75モデル100ハンドガンを抜き、正確無比の射撃で銃を弾き飛ばし、敵の利き腕の神経が集中する箇所に目掛けて弾丸を放つ。


 あまりの痛みに護衛はその場で悶える。

 綾も反撃しようと銃を向くが、男はそれよりも速く綾を突き飛ばし、綾は居間の床に叩きつけられた。

 綾は這い上がろうとするが、喉元には既に銃口を突きつけられていた。




「大人しくして貰う。抵抗しなければこれ以上危害を加えない。周りの者も同様だ」




 男は無愛想で表情1つ変えず淡々と告げる。

 太古の裁判官による取り調べが始まろうとしていた。

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