裁判官の取り調べ

 その男は綾でも、分かるほどの気迫で物申す。

 あまりの気迫で分かる。

 彼は本気だ。

 本気で殺す気もないが、こちらが逆らえば本気で殺す。

 彼の後ろで立ち上がった護衛が合図を送る。

 だが、綾は首を微かに横に振り、何もしないように指示を出す。




「賢明な判断だ」


「あなたは何者なんですか?忍者か何か?」


「通りすがりの裁判官だ」




 言っている事が滅茶苦茶なような気がする。

 裁判官はここまでアクティブには動かない。

 銃を使ったり、物理的に実力行使したりしない。

 そのように物申したかったが、綾は冷静さを保とうと心がけ、喉に押し込める。




「裁判官なのに武力行使なのね」


「何分、部下を置いてきていてな。逮捕から起訴まで1人でやらねばならん」


「私は差し詰め容疑者かしら?」


に関してはそうだろう」




 綾はその言葉に引っかかりを感じた。


 


 と彼は言った。

 では、それでは無い件は差し詰め罪人だろうか?

 心当たりがあり、過ぎて困る。

 命罪流が太古からの武装集団である以上、決して白い部分ばかりでは無い。

 黒い部分も確実にある。

 その部分を取り出されたら際限なくなる。




「それで罪状は何かしら?」


「貴殿はあの方をどうするつもりだ?」


「あの方?」


「イリシア……いや、アリシア・アイ様の事だ。彼女をどうするつもりだ?」


「どうする?」


「蹂躙するのか?羽交い締めするのか?それとも侮蔑するのか?」




 男のあまりに飛躍した論理に綾は思わず、口を開け「えぇ?」と間抜けな声で聞き返した。

 そんな事を一切、頭に浮かべた事すら無いのだから当然だ。

 男もそれが読み取れたのか、首を傾げ、聞き返した。




「何を驚いている?」


「あの……そんな事、一度も考えてませんけど……」


「……」




 男は落ち着いて考え直す。

 そして、何か得心したように「そう言う事か」と呟いた。




「その選択肢は無いようだな。ならば、隷属が目的か!」


「違います!!!」




 綾は思わず、反駁した。




(さっきから何なのこの人!話に脈絡が無さ過ぎて、言っている意味が全然、わからないのだけど……)




 突然、現れ、蹂躙とか、隷属とか、卑猥な言動、一歩手前の発言ばかりして何が探りたいのか、分からない。




(わたしがアリシアさんをそんな風にする女に見えると言うの?!それはそれでかなり遠回しに失礼な事を言われていない?!)




 綾は内心叫んだ。




「なんで私があの娘にそんな事しないとならないんですか!?」


「……俄かには信じられんな」


「何がです?」


「本当にその様な考えが無い事にだ。”過越”を破ってあちら側の手勢に成り下がっている筈だが……」


「一体何の話ですか?」


「伝わっていないのか?命罪流と我が一族との密約……と言うより契約の話だ」


「契約?」


「我々の契約破った貴君達が契約の要石を手中に収めようとしている事に申し立てをしている。まさか、知らずにやったのか?」


「あなた、一体何の話を?」




 男はしばらく、綾の目を見つめる。

 まるで心を品定めする様に具に観察する。

 そして、何か得心したように「うん」と頷いた。




「成る程、知らずにやったなら仕方がない。この場合に限っては知らない者にまで血の責任を負わせる訳にはいかんな」


「あなた、さっきから何を?」


「知らないなら簡潔に述べよう。貴君達の組織の創設には我らの主が協力した」


「えぇ?」




 この発言に綾は寝耳に水だった。

 創設時の事は確かに記録は残っているが、膨大な量で綾を全て伝え聞いているわけではない。

 あくまで命罪流を管理する教育を受けただけで命罪流の史実は深くは知らない。

 当主代行の綾が一番詳しいだろうが、それでも創設時の契約の話は聞いていない。




「その時、健全で無垢な初代に一族に世々に渡り契約を守る事を条件に日本での武装化を容認化させる事にした。当時の日本は武力を持てなかった故に協力したのだ」




 命罪流の時代背景を見ると確かに第2次大戦後、軍隊が一時的に廃止された背景がある。

 そんな中でも不思議な事にアメリカなどが命罪流の軍事力保持を認めた背景は確かにあった。

 今、考えてもあり得ない話だ。




「だが、第3次大戦辺りから貴君達は契約を捨てた。それ故に我らもお前達の支援をやめた」


「でも、おかしくないですか?あなたは我が主人の契約と言った。なら、その方は既に400歳超えているではありませんか!」


「その通りだ」




 ソロは断言した。

 それが一切間違いでは無いと大胆に現すように大胆に不敵に何の抵抗も逡巡もなく断言して、そのように答えた。




「我が主は人間とは違い死と言う物が無い」


「死が……無い」


「そして、お前達が引き込もうとしているアリシア様は我が主人の直系にしていと高き正統なる後継者だ」


「!」



 この言葉に流石の綾も驚いた。

 とんでもない才女とは思っていたが、何やらとんでもない人の後継者だったという事実に驚愕する。

 しかも、よりにもよって元から命罪流の縁者だったとは何か皮肉めいたモノを感じる。

 だが、逆にある疑念が浮かぶ。




「それはつまり、その主人の子供と言う事ですか?」


「そうだ」


「なら、猶更、おかしいじゃないですか!」




 綾は言葉に力を込めて進言した。

 男はそれに首を傾げた。




「何が可笑しいと言うのだ?」

 

「親なのになんで彼女に唾を吐きかけ、侮蔑するのですか!アリシアさんがどのような方か知りませんが、親が子供にそのような事をするなど断じて親子とは思えません!あなたは話は信用しかねます!」




 綾の疑念も尤もだ。

 要石だの大切に扱っている割に子に対する親の扱いが悪辣過ぎる。

 そんな者の言葉を信じる事は出来なかった。

 ソロもアリシアが地上でどんな目にあったか、知っている。

 だから、綾の疑問は至極当然とモノであり、それに怒りを抱いたりはしない。

「なるほど、通りだな」と綾の言葉を肯定する。




「あなたが言っているのは彼女の育ての親の話だ。わたしの主はアリシア様の生みの親アステリス様の事だ」


「育ての親?」


「彷徨っていた我が子が別の親に育てられた。だが、最近になり、ようやく取り戻した。それだけの話だ」




 辻褄が合わない話ではない。

 確かに彼女は生みの親とも育ての親とも言及はしていない。

 確かに親が2人いるなら、それぞれが違う親だ。

 子供を大切に思う親もいれば、思わない親もいる。

 確かにそれなら辻褄が合う話ではあった。

 綾は一応、納得したように黙し「話を進めていいか?」という男の要求に綾は頷く。




「私は契約を破った貴君達がアリシア様を不法に扱おうとしていると考えてここに来たまでだ。だが、どうやら貴君達は無意識に契約を結ぶ事を望んでいると分かった。私は帰る。後はアリシア様に聞くと良い」





 そこで綾は新たな疑問が浮かぶ。




「彼女はこの事を知っていたのですか?」




 アリシアの雰囲気からして元々、命罪流と主人とやらの契約を知っている様子ではなかった。

 でも、アリシアの場合、任務と為とか機密保持の為に隠し通そうとする気もした。

 あの娘は中々、演技が上手い。

 その可能性はゼロではないかもしれないと考えたのだ。




「彼女も知らなかった。お前達の存在は本来、許されない存在だからな。主もその事を苦悩していたからこそ伏せていた。お前達は万が一の為の保険だったからな」


「万が一の保険?」


「命罪流とは本来、許されない存在Crime of Lifeだからな。貴君達は本来、ギデオンの300勇志として戦う事を契約した身。その為に剣を持つ事を特別に許可された存在だ。だが、剣を持つ者は剣で滅びる。契約を守れない者はそうなるしかない。そして、貴君達はいつしか役目を忘れ自由に振舞った。だから、許さない存在なのだよ」


「ギデオンとは聖書に存在する軍師の名でしたか?それと我々に何の関係が?契約とは何です?」


「それはアリシア様が説明する。今の彼女は事情を了解している。彼女から説明を受けると良い。19時には電話に出るだろう。ではな」




 男は綾の首筋に突き付けたハンドガンを下ろし、その場を立ち去ろうとした。




「待って!」


「まだ、何かあるのか?」


「あなた、名前は?」


「ソロだ」




 綾はその名を聞いて思い当たる事があった。

 それはアセアンで戦ったと言う男の名であり、正樹からも報告を受けていた名だった。




「その名……確か、先日……」


「それ以上、私が答える権利も義務も無い。全てはお前が従順するかしないかだ」




 ソロはそのまま綾に背を向け走り出し、居間から飛び出して行った。

 綾は呆然とその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。




「中々、あの娘の周りは驚く事に事、欠かないですね」




 それは呆れもしていたが少し羨ましくもあった。

 その人生はそれだけ他人と秀逸で唯一無二の輝きを放つと言う事だ。

 自分に起きた出来事よりもアリシア・アイと言う自分には無い輝きを持っている事、そして、本人がそれを掴み取る為に努力した事も踏まえて少しだけ彼女に憧れてしまう自分がいた。

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