黄燐の仮説
「加えて、天空寺君の件だ。調べた限り君の意見に天空寺君が逆情して君に決闘を挑んだ。君はそれを受けた。この時、主導権があるのは天空寺君だ。何せ不正をする、しないに関わらず決闘は彼が要求して来た事だ。何か事前準備をしていたとしても有利なのは天空寺君だ。彼が仕掛ける側である以上決闘に対する準備は彼が有利だ。だが、結果はわたしにも信じられないモノだった。天空寺君が負けた事よりも天空寺君が不正をして負けた事だ。これはここにいる誰もが予想出来なかった事だ。だが、それに対する君の対応も速い。軍の要請もそうだが、何より警察への証拠提供には君の弟が関与していた。無論、証拠には不正は無い。だが、何故君の弟はこんなにも速く証拠を用意出来たのか?何故、そもそも試合の分析などしたのか?その答えは1つしかない。恐らく、君は天空寺君が決闘を挑んだ時点で天空寺君が不正をする事を予め想定していた。その為のマニュアルも短時間で準備したからだ。無論、君が天空寺君を貶めた可能性もあるかも知れないが限りなく無い。君が犯人である事を想定した様々な予測も立てたがどんな仮説を立てても白にしかならない。一番有力な仮説は君がハッキングツールを持ち込んだ場合だったがダイレクトスーツにそんな機能を付けられた痕跡は無い。加えて、君の手持ち検査も行われたが何も持っていなかった。まるで疑わる事すら想定して論破されたようだ。尤も、地震を起こせる人間にかかれば証拠など残さない可能性もあるがそれは可能性の話だ」
彼の推理はほとんど命中している。
非現実とも思える推理だが、彼は自らの主観や固執を捨てて客観的に話している事に脱帽する。
人間がここまで主観を捨てて考えるのはアリシアでも驚きだ。
万高のシャーロック・ホームズの名は確かに物だと知る事が出来る。
その事に驚き混じりの敬意すら感じる。
「そこから分かる事はだ。君は誰も予期しない出来事にも対処する事前準備と対応の速さと判断能力が高い事が伺える。丁度、間藤・ミダレの空席を埋めねばならない。君はトラブルメーカーで勉強がそこそこ出来る程度だ。だが、決して無能な訳ではない。それに少々、変わった団体を組織しているようだが、変わっているだけで”異端”と言う訳でもない。その組織の運営や功績は目が離せないほどだ。学校のお勉強が出来ない事を揶揄する者のいるかも知れないが、所詮は学校の勉強だ。万高においてそこは重要ではない。それに君の素行は決して悪くはない。寧ろ、謙虚と定評だ。それ以外に関しても欠点らしい欠点が無いほど完璧だ。ならば、生徒会として優秀な人材を確保するのは当たり前だろう」
黄燐は鋭い炯々な眼差しでアリシアを見つめる。
完全に目をつけられた。
生徒会に入れたいという気持ちは嘘ではないだろう。
だが、本音は監視だ。
アリシア・アイという不確定要素が危険か、危険ではないか、見定める為に管理下に置きたいのだ。
対応能力の高さも理由だろうが、それ以上に彼はアリシアの非現実的な要素を炙り出そうとしている。
彼女が危険分子なら学校に置くわけにはいかないだろう。
ここで無理に断る手もあるが千鶴がいる以上印象を悪くしたくはない。
それにもしかすると彼もアリシアが探している天使候補者かもしれないと思えた。
「了解しました。ですが、わたしも軍の仕事があるので生徒会の仕事ばかりはできませんよ」
「その辺はしっかり配慮する。心配しなくていい」
彼もアリシアに反感を持たれなくないのか彼女の要求に同意した。
「では、生徒会役員として最初の仕事だ。本日付で千鶴と分隊を組んでもらう」
「えぇ?わたしと組ませるの?」
「何を言う?優秀な補佐官が欲しいと嘆いたのか君だろう。その要望に応えたじゃないか?」
「まぁ確かに欲しいとは言ったけど本当に良いの?」
「良いとも」
「本当に?本当に?」
「何度も聞くな。本当だ。彼女は好きに使うと良い。ただし、分隊長は君なんだ。部下の経過報告はちゃんとするんだぞ」
千鶴は「よし!」とガッツポーズをとった。
よほど、優秀な助っ人が欲しかった様だ。
万高の特性上、準軍人扱いの組織だ。
実戦的な仕事にも従事しそれが単位にもなる。
だが、あくまで予備軍人扱いの学生なので正規軍の様に中隊以上の規模で作戦には基本参加できない。
小隊や分隊規模で動ける作戦に限定される。
学園や軍からの特例の要請が無い限り、学生としての安全は確保される。
しかし、生徒会に至っては特例案件を引き受ける場合がある。
頻繁ではないがその為に学園内でも優秀な人材が選ばれ易い。
特にペーパーテストよりも実戦を重視される傾向がある。
都城・竜馬が会長で張・黄燐が副会長なのはその典型だ。
実戦なら都城は誰にも負けない。
対して張は実戦も腕が立つが頭脳派だ。
普通の学校なら立場が逆だろうが、万高はこれが正常だ。
「では、アリシア ・アイ君にはT4を与える。それを元に学園での自分の機体を作ると良い。それが君達の最初の任務だ」
「えぇ!?わたしも?」
千鶴が一歩引き、仰け反る。
「当然だろう。後輩を監督せずしてどうする。1年のAP組み立てには最低1人の付き添いがいるのを忘れたか?」
「いや、そうだけど……この娘、大丈夫でしょう?」
千鶴は一瞬アリシアを見つめ「大丈夫よね?」と確認を取るような目線を送る。
「正規の軍人であろうと学園にいる以上例外はない。行け」
黄燐の命令に千鶴は「了解……」と渋々従う。
気持ちは分からんでもない。
APの組み立ては簡略化されているとは言え手間がかかる。
時間的な拘束は大きいだろう。
千鶴は笑顔を繕いながら「行きましょうか」とアリシアを促す。
アリシアは「はい」と答え千鶴の後に続く。
彼女達の後ろ姿を見送り部屋を出た事を確認すると都城が口を開く。
「良かったのか?お前と分隊を組ませた方が監視し易いだろう?」
黄燐は再び眼鏡を整え、隣に居る竜馬を見つめて説明する。
「彼女はこちらの意図に気づいていますよ。下手にわたしの元においても警戒されて手の内を明かさない可能性が高い。ならば、警戒心を解くには裏表の激しくない千鶴の側の方が良い」
「お前がそう言うならそうなのだろう」
「それに下手に刺激するのも得策とは言えない。彼女はあの事件では完全に被害者ではある。だが、無関係ではない。加害者に起きた事象について何か知っているのは確かでしょう。彼女が少なからず、それらを制御しているのも事実でしょう」
「つまり、お前は彼女を被害者にすると何か起こると言うのか?」
「非科学的なのは分かります。ですが、どこからどこまでを科学と線引きすれば良いのか懐疑でもある話です。最近ではWNと言う粒子が発見されました。それが非科学的と言われた幽霊の存在を確かなモノにし始めたくらいです。地震の発生や危険予期と言う超常的な事も制御出来れば非科学的とは言えない。何はともあれ監視は必要です」
「確かに得体の知れないところはあるか……そんな彼女を橘に預けて大丈夫か?」
「今回の事件を調べるに加害者に共通するのは彼女に高慢な振る舞いをしたことです。間藤家当主は独善的な価値観で彼女を隷属しようとした。天空寺君は正義を語った。正義も過度に行き過ぎると高慢だ。もし、一連の事に彼女が関与しているなら「高慢に対する裁き」という表現が妥当かもしれません。その点、千鶴に任せればまず、問題はありません」
「高慢に対する裁きか……まるで神だな」
「ですが、あながち間違いでもないかもしれません」
その言葉に竜馬は眉を動かし驚いた。
黄燐がそんな非現実的な存在を信じるとは思えず、この場の「神」と言う存在を肯定するような発言をするとは思えなかったからだ。
「そうなのか?」
「バビ解体戦争時彼女は敵味方問わず、傷ついた者の傷を癒し、難病する治癒したと言われています。更に先日のアフリカでの第2次宇宙軍侵攻作戦後に軍の上層部に対して自らを神と名乗ったとも言われています」
「確かに筋か?」
「えぇ。情報は確かです。彼女から会議中落雷を食らったと恐怖した軍人がいた様です。まぁ、残りの上層部はあまり信用していない様です。それに天空寺君も似たような事を言っていた。恐らく、天空寺君にも神と名乗ったのでしょう」
「普通に聞けば、頭の可笑しい奴で片付けるがそうとも言えないか……」
「何せ危害を加えず、両者を倒していますからね」
「普通じゃないな。神を名乗っても不思議と高慢な気がしない雰囲気があった。だが、逆に不思議だ。聞く限り天空寺も含めて神が身近にいて雷を落とす奇跡も見せながら軍の奴らは何故、信じないんだ」
竜馬からすれば、事実何もないところから雷が落ちればすぐに神だと理解できるだろうと言う感覚だった。
ただ、それに対する黄燐の意見は違った。
「神様はあんな少女で来るわけがないと言う固執と先入観でしょうね。後は預言ですかね」
「預言?」
「聖書用語に狭い門という題目があります。そこには神を受け入れる者は非常に少ないと解釈できる表記があります」
「つまり、どう言う事だ?」
「本物の神様ほど人から受け入れられないと言う事です。もし、簡単に受け入れられるなら神を十字架に磔たりはしないと言う事でしょう。逆に大衆的で簡単に受け入れられる神は神ではなく悪魔という事です」
黄燐は淡々と事実を述べていく。
あまりに現実離れした話だが、竜馬は黄燐という男が事実を客観的に見て私情を挟まず話す事を知っている。
黄燐自身も中々、信じられないとは思っているだろうが……それが先入観などを一切、取り払うとそのような結論になるのだから、自分の感情で異を唱えても仕方がない。
自分や人が信じられないからそれが真実ではないと感情的に考えられるほど黄燐は人間ではないのだ。
だから、人間のようには考えず真実を解明するシャーロック・ホームズと言う異名の他に「解明者」と言う異名が付くほど張・黄燐と言う人間がどこか機械的だったのだ。
「彼女が神だとしてだ。今後、どうすれば良い?」
「史実通りなら神は高慢な者と敵対する。極度に高慢な振る舞いは避けるべきでしょう。でなければ、地震を起こされ万高壊滅と言うシナリオも考えられる」
「そんな簡単に怒る様には見えんがな」
「まぁ、確かにそうでしょう。神とは慈愛と懐の深さがある存在と言われていますから。しかし、それ故にその思考は計り知れないところがある。例えば人間にとっての救済と神の救済が違う場合も十分あり得る」
「それは、どう言う事だ?」
「人間は多くの人間を守る事を正義とします。ですが、神は一部を救ってそれ以外を滅ぼす事を考えている可能性ですよ」
竜馬は思わず、席を立ち上がり隣にいる黄燐を見つめる。
人間としての竜馬の考えが、その考えを否定するところがあったからだ。
「そんな事があって良いのか?」
だが、竜馬は一方で辻褄が合う話でもあった。
人間のやり方と違えば人間はそのやり方に意を唱える。
だからこそ、神のやり方を信じられないと思い大衆に流されるのではないか?とも思っていた。
「人間基準ではダメでしょうね。だからこそ彼女の事を見定めねばならないのです。彼女が一体何を考えているのかを……」
人間からすれば神のやり方は悪にしか見えないだろう。
だが、人間的なやり方で世界を救えるかと言われればそんな事はない。
史実でも様々な事を試みられたが上手くいった試しはない。
いずれにせよ、見定めなければならない。
黄燐は鋭い眼差しで目には見えない誰かを見つめる。
彼は彼女を神と認めながらその行く末を見守る。
それが吉と出るのか凶と出るのかそれは神にしか知り得ない。
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