正義と悪魔は表裏一体

 南ブロック 廊下


 万高には有事の際に備えて兵器プラントも完備されている。

 普段は大きな改造や組み立てが無い限りは使われない。

 APの改造は大抵格納庫でも出来てしまうからだ。

 しかし、今回はT4からの組み立てになる為、大掛かりになる。

 千鶴がアリシアの代わりに事務手続きを済ませ中に入った。




「どうもありがとうございます」


「良いのよ。後輩の面倒見るのが先輩の役目でしょう。そんなに気にしなくて良いわよ」


「はい。ありがとうございます」




(本当に素直で良い娘よね……)




 千鶴は彼女の顔を陶然と見る。

 とても愛くるしい顔をしている。

 おっとりしてつぶらな瞳が可愛く何となく戦いに向いていないタイプに見える。


 でも、中身はかなりの強戦士だ。

 彼女を英雄視する者も少なからずいる程だ。

 少なくとも、バビ周辺ではそう見られている。

 可愛らしさと屈強さのアンビバレンスな対比が中々、良い。

 瞳の中には厳しい戦いに身を置いた者だけが持つ輝きがある。

 彼女は千鶴よりも年下だが、実戦経験は千鶴以上の戦いをしてきたのは目に取れる。




「どうかしました?」




 視線を感じたのか首を傾げながら尋ねてきた。

 つぶらな愛くるしい瞳でこちらを見つめる。




「ううん。何でもないわ。可愛いから抱き締めちゃいたいと思っただけよ」


「ふぇ!」




 思わぬ返答にアリシアは困惑する。

 仕草も可愛いと千鶴は思った。

 だが、あまり揶揄するのも可哀想な気がしたので「冗談よ」と告げた。

 アリシアは「そ、そうです……」と困惑から立ち直る。




「ところでどんな機体を作るの?決闘と同じでオラシオ系列で行くの?」


「それも考えたんですけどオラシオの反応速度でもまだ遅いんですよね」


「えぇ!オラシオって反応速度と機体に追従性ならトップクラスよ。エキスパート仕様とまで言われるのにまだ足りないの?」


「はい。天空寺・真音土さんとの決闘でも終盤わたしの反応速度が速過ぎて処理が追いつかなくなってました。加えて、加減してたんですけど機体の関節や鋼筋がボロボロでこのままだと任務をする度に機体を使い捨てにしないとならないんですよね」


「それは……致命的ね……てか、そんな話聞いたわ」




 半分冗談だと思っていたけど、どうやらリテラ達が言っていた事が本当だったと今更知った。




「そうなんですよ。ですから、既存のカテゴリーの機体では無く新たな機体を一から作る必要があります」


「えぇ?そんな事出来るの?」


「はい。こうなる事は分かっていたので一応、既に設計図は出来ています。後はパソコンにデータを入力するだけです」




 そう言ってアリシアはUSBメモリを見せた。




「APってそんな簡単に作れるものだっけ?」


「そこはGGマジックと思って下さい」




 ネクシレウスのデータを流用すれば不可能は無い。

 ちょっとだけ今のAPをネクシレウスに近づける作業をするだけだ。

 幸い、ネクシル レイやTYPE WやTYPE Nの実戦データもあるので流用はしやすい。

 それに人間が仮に設計図を見てもその内容は理解出来ないはずだ。

 理解出来る程度にデチューンしてもGG隊にとっては致命的にはならない。

 人間がそれを悪用するかもしれないがそこは根回しすれば問題ない。




「設計計画があるのはいいとして……でも、一からとなると2人だけじゃ足りないんじゃないの?」


「いえ、問題ありませんよ」


「なんだ対策あるんだ。流石!」


「5日くらいノンストップで作業すれば……」


「……ちょっと待て!」




 千鶴は思わずツッコミを入れる。

 流石に今の発言は問題発言を否めない。




「ふぇ?」




 アリシアは何が問題なのか分からないと言う顔で思わず、聞き返す。

 何が問題かまるで分っていないという顔だ。




「ふぇ?じゃないわよ!そんなデスマやれるやれない以前に許可出来ません!健全な学校生活送る!これは前提にしなさい!監督役のわたしもとばっちり喰らうわよ!」


「う〜ん。確かに千鶴姉様に迷惑かける訳に行きませんね」




「自分の体よりも人の心配って……」とアリシアの天使メンタルに呆れてしまうが気にしないでおく事にした。




「しかし、早めに完成させておきたいですね。改善や改良を見出す面でも時間は欲しいから1日12時間労働で換算して……」


「やめなさい。その歳で過労死しなくてもいいでしょう。要は人数が確保出来れば問題ないんでしょう?」




 千鶴は頭を抱えて半ば呆れながら提案を出した。




「当てがあるんですか?」


「これでも私は生徒会の役員よ。整備課のエンジニアを集めるのは造作もない事よ。それに整備課の知り合いの何人かはあなたに会いたいて人がいるんだから喜んで引き受けてくれるわよ」


「ふぇ?わたし、ですか?」


「あなたって良い意味で無自覚よね。あなたはあなたの思っている以上に有名よ。AD殺しのガチ美少女軍人の名は私の耳にもちゃんと轟いてるわよ」


「いや、まぁ。確かに苦労しましたけど自分1人だけの戦果ではありませんから……」


「うんうん。自慢し過ぎない程度に誇る姿勢。お姉さん嬉しいぞ〜!」




 千鶴はアリシアの頭をぐしゃぐしゃと撫で「あわわ」とアリシアは声を漏らす。

 やっぱり、仕草が可愛いかった。




「まぁ、ともかくよ。あなたが学校にいる事を知って会いたい人間は整備課にもいるのよ。ほら、ジェットブーツとかネクシルとか言う機体のスペックとか巨大空中戦艦とか色々聞きたいのよ」


「殆ど機密物ですけど答えられる範囲なら……」


「それで良いわ。きっとアイツらはあなたの機体作りに乗ってくると思うわ。では、早速行きましょう」




 アリシアは千鶴の案内に従いこの近くにある整備課の元に向かう。






 ◇◇◇






 同時刻


 間藤・ミダレと天空寺・真音土は検察から起訴と判定され、裁判所に送られていた。

 間藤・ミダレは武器の密輸、不法売買、違法薬物の製造並びに殺人等の容疑がかかった。

 天空寺・真音土は違法ハッキングとハッキングの私的流用、名誉毀損、傷害未遂等の容疑がかけられた。

 更に調べると戦争再発防止法に違反した戦争幇助の疑いも浮上した。


 天空寺・真音土は世界各地にいるサレムの騎士やエレバンに対抗すべく新兵器開発を大幅に行った。

 ブレイバーに搭載されたハイパーブラスターがそれだ。

 ADの兵器をAPで使用するには破格のエネルギー効率と破格のPCの処理スペックが求められる。


 その為に天空寺・真音土の指示のもとで大量の希金属やシリコンを購入、自社工場で兵器を作らせたようだ。

 これの何が問題かと言えば、彼が素材を購入したのが旧バビだった事だ。

 バビは砂漠資源をソースとしてシリコンだけではなく希金属の分野にも大きな市場があった。

 だが、旧バビはテロ支援国家であり、サレムの騎士の支援国だ。

 大量に買い込んだ希金属の中には超電導物質ニオブがあった。


 砂から生産的に取り出すのが難しいが、バビ独自の技術で生成される金属だ。

 ブレイバーのハイパーブラスターにはエネルギーの伝導性の良いニオブが大量に使われている。

 天空寺・真音土は部下に命じて大量の超電導物質とコンピュータに使うシリコンと希金属を調達させた。

 だが、求められる素材量から部下はバビから調達する事にした。


 それによりバビには天空寺コンツェルンから莫大な資金が流れ込んだ。

 それがサレムの騎士の資金源となり、バビで心理兵器建造を促す要因となった事が3均衡により臨時編成されたFBIやアフリカ基地の諜報機関の調査や第2連隊の証言で判明した。


 バビでの取引の際に天空寺コンツェルンとの取引の際に通常レートよりも格安でニオブが取引されていた事からバビとの癒着が取り立たされ、更にセイクリッドベルをけしかけ第2連隊への妨害など戦争を幇助したと思える内容ばかりだった。

 更に通常のレートを考えるなら近場で格安でテロ支援国ではない公認のゴビ砂漠からニオブを入手するのが合理的な判断とされ、バビとの取引は明らかな作為を感じさせると判断され、天空寺コンツェルンの一斉捜査が行われ真相究明に走っている最中だ。


 天空寺・真音土は自分の敵であるサレムの騎士に間接的に資金援助をして戦争を幇助したと言う戦争再発防止法に違反した容疑がかけられたのだ。

 尤も、バビが心理兵器を使う前にアリシアがバビを解体した事で被害は出ていない。

 だが、この件が世間で報道されると天空寺・真音土が掲げた正義が物議を出す。

 被害予測は心理兵器の使用による被害想定も込みして1000万人に昇るとも言われた。



 ネットの掲示板




 自分の正義の為にテロリストに金渡すとかマジクズwww


 何が正義だよ。自分の事しか考えてないエゴイストじゃん。


 正義の為にテロリストと戦ってたのにテロに加担するとかマジ茶番wwww


 新兵器→(攻撃対象)→市民


 ↑動機 エゴと見栄


 てか、やっぱ、アリシアちゃんスゲー。


 ↑だよな。こうなる事を予期した様な動きだよな


 もうこの娘、正義で桶ww


 かわいいは正義!




 等と書き込まれた。

 そのニュースが街の電光掲示板に載っているのを護送中の車の中で見た真音土はその時、自分の正義が崩れる音は聞いた。




「違う……オレはそんなつもりは……オレは嵌められ……」




 真音土は独り言を呟く。

 だが、車が走り出す瞬間に見た電光掲示板の言葉が頭にこびりつく。




 てかさ、天空寺真音土って……


 悪魔じゃね?


 悪魔じゃね?


 悪魔じゃね?



 その言葉が頭に響き渡る。

 アリシアの言葉が想起される。




 あなたのやろうとしている事は間違いじゃない。でも、正しさが伴っていない。悪魔と変わりない所業です。




 あの時のアリシアの言葉が心を揺らす。




 悪魔




 市民から見ても自分はそんな風に見られている。

 その事実が愕然としてならない。




 俺は悪魔じゃない


 俺は嵌められただけだ。


 みんな騙されているんだ。




 あの女に……。


 すると、彼の心の中に不意にある感情が芽生える。




 憎い。


 憎い。


 憎い。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!




 その感情に一気に支配された。

 自分から正義を奪い世の中から正義という希望を奪ったあの女が憎いとその感情が一気に彼の中に湧き上がる。




 憎い!憎い憎い!


 今すぐ、あの女をぶっ殺してやりたい!


 力!力が欲しい!正義を絶対化する力!


 神すらも殺す圧倒的な力がこの手にあれば!


 彼は心の中で願った。




 ならば、叶えよう。その願い。



 何かの囁きが聞こえた。

 すると、突如、車が急ブレーキをかけながら激しく横転した。

 その幻聴を最後に意識が無くなった。





 ◇◇◇






 気づくとそこは円卓と大きなモニターのある部屋だった。

 何者かに運ばれた様だ。




「ここは一体?」


「ようこそ、我が内に」




 すると、モニターに道化師の顔が映る。




「誰だ!お前は!」


「我が名はファザー。お前を開放し招いた者だ」


「招いた?」


「ここには警察も追っては来れん。わたしはお前をスカウトする為にお前を逃がしたのだ」




 真音土は突然の事に不信には思ったが不思議と過度に警戒する事は無かった。

 自然と彼の事を信頼して、質問を投げかける。




「あなたがオレを逃がした?なんの為に?」


「世界を救う為。正義を貫くためだ」


「正義」


「その為にはお前の力が必要だ」


「どう言う事だ?」


「今、世界は滅びようとしている。アリシア・アイにより多くの人間が死ぬ事になるだろう。」


「なんだと!」




 多くの人間が死ぬという単語が真音土の中で本能にも近い感覚で拒絶、顔が険しくなる。




「あの女は近い内にほぼ全ての人類を淘汰するだろう。あの女が選んだ人類だけを生き残らせる」


「なんだと!そんな計画があっていいわけがない!人類には誰にでも平等に自由に生きる権利があるはずだ!それを一個人が選ぶなど高慢にもほどがある!」


「そうだ。アリシア・アイはこの世の悪だ。人間の望まない形に世界を変えようとする悪だ」


「わたしはその計画を知り悪に対抗する正義を用意した。それがお前だ」


「オレが……正義……そうだ。俺は正義なんだ!人類の平和を守れるのは俺だけなんだ!」




 真音土は正義と言う単語に固執するあまりファザーの事を碌に疑いもせず、言葉を鵜呑みにする。




「そうだ。お前に力を与えよう。神をも殺す力を!」


「ファザーあなたは一体何者なんだ?」


「わたしは神。人類の願いと希望と人理を守る神だ」


「人理を守る神」


「そうだ。人の力を信じそれを支える人類の願いを叶え全ての人間を救う存在。今は故あって人工知能に魂を移している」




 真音土の中で彼の存在は疑う余地もなく確信に満ちていたが最後の一押しとなる決定打を欲した。

 彼は神を試した。



「あなたが神なら奇跡を見せてくれ」


「良いだろう、神ならば奇跡を見せるのが当たり前だ。奇跡を見せてこそ、神だ」




 ファザーは快く引き受けると辺りが光に包まれた。

 すると、真音土は感じた。

 今までに無い感覚が脳に響く。




「なんだ?この感覚は……まるで意識が拡張されたような……」


「これが我と契約を交わした者だけが許される力”ネオス”の力だ」


「ネオス」


「人の心を読み。人類の意志を感じ人類の望む結果と意志を常に感じる力だ。人類の多くが望む結果が間違っている訳がない。寧ろ、神を名乗りながら少数意見しかないエセ神とは違う。多くの者が望む結果が正しいのが当然だ。お前は多くの者の希望を常に感じながらこれから人理を破壊する破壊神アリシア・アイと戦うのだ!お前は希望の戦士!真の正義の戦士なのだ!」


「真の戦士……」




 真音土は感慨に耽る。

 自分の事を散々否定されたが自分の事を応援し支えてくれる者がいるのは心強かった。

 地獄に仏とは、まさにこの事だ。




「良いだろうファザー。オレはあなたに仕え世界を守る刃となろう」


「良き返事だ。ならば、オメガノアの詳細を知らせねばならんな。あの悪魔の計画の詳細を……」





 ファザーはかなりの情報網を持っており、アリシアが秘密にしていた計画の一端を知っていた。

 それを事実を交えながら真音土の気を引くような憶測と可能性を混ぜ、妄信的な真音土を欺く。

 ファザーはアリシア・アイが計画したオメガノア計画を説明した。

 それは最後の救済の箱舟。

 その逸話の様にノアの一族だけを生かし他の者に裁きを下す計画だ。

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