神を見つめる眼差し

 月曜日


 天空寺との一件で注目の的になってしまった。

 別にそうなりたかった訳では無い。

 必要だったからやったのだ。

 だが、真音土が学校のエースパイロットだったのもあり、ある種の下克上が成立してしまった。


 例の如く休み時間にクラスメートに囲まれるのだが、そこは正樹が上手く捌いてくれた。

 そんな時に生徒会から連絡があり、放課後に生徒会室に来るように副会長から呼び出しを受ける。




(何か厄介ごとかな?)




 入学から僅かな間に間藤家絡みや天空寺家絡みで2件の事件に関与した。

 その所為で朝から職員室に呼ばれる有様だ。

 尤もアリシアに過失は無い。

 だが、あまり厄介ごとを起こさない様にと副担任から注意された。


 稲葉は相変わらず忙しいらしい。

 それはさて置いて放課後、アリシアは校舎の1階にある生徒会室にノックして入った。

「失礼します」と声をかけると「入れ」と返答があった。


 アリシアは自動ドアの開閉ボタンを押した。

 部屋の壁は木目調で縦長の部屋だった。

 床は綺麗に掃除されているワックスが光沢を放つ。

 部屋の奥には大きな木製のテーブルとそこを基準に部屋を覆うようにU字型の木製のテーブルがあった。

 奥の椅子に座った大男とその横に立つ眼鏡をかけた目の鋭い男と女子生徒が立っていた。

 その女子生徒には見覚えがあった。






(橘千鶴姉様だ)





 何故、彼女がここにいるのかは事前の調べで彼女が生徒会役員だからだと調べはついている。

 彼女の事は特に尋ねずアリシアは姿勢を正して前に立つ。




「アリシア・アイ。ただ今参りました」




 そこで眼鏡をかけた真面目そうで目が切れ目の男子が答えた。




「ご苦労。楽にして良い」




 アリシアは休めの姿勢を取る。




「発言しても良いですか?」


「構わない」


「本日はどの様なご用ですか?」




 手短に本題を切り出す事にした。

 長い前置きするのは苦手なのもあるが、何事も結論から入った方が軍人として好まれるからそう言ったアリシアの習慣だ。

 尤も、人によって変えるがこの相手なら問題ないと直感で分かったのでそうした。

 それは向こうも同じ気質なようだったので彼は眼鏡を整えてから口を開いた。




「では、単刀直入に言う。生徒会に入って貰う。任意ではない。命令だ」




 予想外な事に眉が微かに動く。

 入学以来問題ごとを起こす女を生徒会に入れるのが意外でならない。

 確かに他者よりは武技があるのだとあの武闘大会で分かったが、だからと言って勉強が出来る訳ではない。


 アリシアに対する周りの意見も賛否に別れる。

 肯定的な意見もあれば批判的な意見もある。

 悪党を蹴散らす様がヒロインと評価する者も多いが、短期間に問題を起こし過ぎると批判する人間も少なくはない。

 若干、ネットの掲示板などでは肯定気味な意見も多いように見えて問題児扱いされているのも事実だ。

 少なくとも生徒会に選ぶなら批判的な意見がある生徒など選ばないはずなのだ。

 仮にも準軍属高等学校なのだ。

 世間体の評価なども気にするので生徒会の選抜も厳しいはずだ。

 況して、アリシアはGG団体を組織しているのでそれを”異端視”する者もいる。

 そんな人間を生徒会入りさせるのはデメリットもあるはずなのだ。

 何故、そんな人間を選抜するのか?と言う疑問が浮かぶ。




「何故、わたしなんですか?」


「その前に自己紹介が必要だろう。わたしは張・黄燐、生徒会副会長だ」




 続けて机に両肘をついた巌のような大男が名乗る。




「生徒会会長の都城・竜馬だ」




 アリシアは両手を前で重ね合わせて面と向かって「存じています」と答えた。

 張・黄燐は生徒会の頭脳と言われる鬼才でその知能指数は280を超えるとされる。

 都城・竜馬はこの高校屈指の実力者であり、1人でテロリストの連隊を倒した傑物だ。

 実力主義傾向の強い万高に相応しい会長であり、巌のような隆起した筋肉からは覇気が滲み出てかなり鍛錬されている。

 普通に戦ったら英雄因子が無い分、真音土より苦戦しそうな相手だ。




「名前を把握していたのか?」


「生徒会役員の名前を覚えておく事が不思議ですか?」




 普通の生徒なら比較的に気にもしない事だ。

 生徒会の仕事は一般生徒とはある種無縁だ。

 中々、一般生徒との解離が見られるが彼女には関係ない事だ。




「勤勉で何よりだ」


「ありがとうございます。それで私を選んだ理由は何ですか?」




 アリシアは世間話をしに来たわけではないので結論をすぐに求めた。

 物事は簡潔な方が良い。

 無粋に長口上を垂れるのは自己主張に病んで欲深く語る高慢な人間のする事だ。

 普通の会話ならともかく、こうした重要な話には好ましくない。

 長話は出来る限りやめておいた方が身の為だと軍人としてのアリシアは思っている。




「では、結論だ。1つ1年生代表として生徒会に入るはずだった間藤・ミダレが退学した事。2つ生徒会役員だった天空寺・真音土が停学になった事。3つその為早急な補充要員が必要になった事。4つ君の問題対処能力が高い事だ」


「えーと、もしかして……わたしが2人を追い詰めたからその責任を取れとかそう言う理由ですか?」




 その事は会長の都城が首を横に振って釈明する。




「誤解するな。誰もそんな風に思っていない。確かに君はあの事件に深く関わりはあるが完全に被害者だ。それはうちの副会長の見解でもある。だから、決して腹癒せに君を役員にする訳ではない」


「では、何故?」


「わたしが一番主眼としているのは君の問題解決能力だ。わたしなりの分析と解析による見解だがね」




 黄燐は眼鏡を整え、アリシアを見据える。

 その鋭い眼差しはまるで真実へと一直線に伸びる槍の如き、信念があった。




「黄燐はうちの頭脳よ。情報戦に関しては右に出る者はいない程の天才よ。知能指数は283だったかしら?」


「千鶴。前にも言ったがそう言う事は言わなくて良い。幾ら知能指数が高かろうとそんなモノはあてにはならない。それはただの数だ」




 千鶴が言いたい事をアリシアは要約する。




「つまり、張先輩は生徒会の頭脳だから信頼していると言いたいのですね」


「そうそう、そう言う事」




 黄燐は軽く溜息をつき話を戻した。

 どうやら、自分を天才視される事を好ましく思わないタイプらしい。

 アリシアにとってのそのような人格者の方が信用に値する。

 黄燐は経緯を説明し始めた。




「わたしの解析では間藤事件は間藤の党首がゲリラ的に君に強行かつ暴力的な振る舞いをした。その直後に汚職が発覚や不幸が降っただけだ。わたしが着眼したのはその後、間藤・繭香に対する対応だ」


「繭香に対する?」


「君の間藤・繭香に対する対応は速かった。彼女を間藤家から切り離す為の手際は見事だった。更に当番弁護士を介して天空寺君との示談に話にも間藤・繭香の解放を盛り込み間藤・繭香の戸籍変更の手続きを依頼している。天空寺君の示談はアドリブだったのだろう。だが、君の間藤・繭香に対する動きは速すぎる。まるで事前にとも思える。その上で幾らか対策を練っていたのだろう?」




 アリシアは思った。

 この張・黄燐は頭がキレる。

 知能指数283は伊達ではないと頷ける。

 アリシアは無言を貫く。

 下手に口を開くとボロが出ると思ったからだ。

 黄燐はそれを肯定と受け取り話を進める。




「となると、間藤家の事は突発的な事象だったとは言え、君には対応手段が事前にあり間藤・繭香を救う為に間藤家を何らかの方法で崩壊させたとも取れる訳だよ。間藤家が権力を持ったままなら間藤・繭香を家から切り離す事も出来ないだろうからね。無論、そうなるとこの事件は事前準備による君の策謀となる訳だが、君は完全に被害者だ。君から何か仕掛けた事実は見つからなかった。寧ろ、間藤家倒すならもっと効率的な手もあったとも思える。今回の件で間藤の管理する工場が地震でやられた。。地震を起こすより告発文をばらまくだけでも効果があった。百歩譲って君が地震を起こせるにしても間藤家を滅ぼすにはオーバーキルだ。ただの浪漫とも言える。となると、君には地震が予期できなかったもしくは予期したが発生場所は制御出来るが発生そのものは制御できなかった。と非現実的な仮説が立つ訳だよ。そこから君のアクションは間藤家当主のゲリラ的な強行に対する咄嗟のカウンターだと考えられる。そうだとすればやはり君は完全に被害者で正当防衛したに過ぎない」




 更に黄燐は続ける。

 よほど、自信があるのか、まるで確信めいた言い方だ。

 確かに殆ど事実ではあるが、一部世の中として現実的とは言えない事実も入っている。

 ただ、それはあくまで客観的に素直に事実として受け止める彼の度量は凄い。

 頭が良いだけではない。

 確かな明哲さも兼ね備えている。


 そして、それは大胆に事実だと言い切る失敗を恐れていない心も凄い。

 失敗を恐れる者が失敗をする。

 その点で言えば彼の振る舞いは非常に理に適っている。

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