英知ある武神

 香苗は優勝トロフィーを受け取りながら、多くの歓声を受けていた。

 尤も、見栄えの良い勝ち方では無い。

 その場の雰囲気に合わせた拍手されているだけと言った感じだ。


 本来、賞を貰うべきはあそこにいる2人であり壇上で囲まれている香苗は遠くにいる2人を見た。

 叔父貴とアリシアは互いに自己紹介を交わし話し合っていた。

 叔父貴は常に無言で何も話さないがアリシアにはその意図が読む。

 周囲からすれば会話が成立している事が不思議に思える程だ。




「……」


「試合は引き分けでしたけど、アレはあなたの勝ちです。わたしは最後気の迷いを抱いた。かっこ悪いな……うん。その点あなたは最後まで己を通して戦えた。凄いと思います。だから、あなたの勝ちです」


「……」


「えぇ?それさえ無ければ、わたしが勝っていた?そうかも知れませんけど、戦いに”もしも”を求めるのは邪推では?」


「……」


「だが、わたしにはあそこまで己を鍛える事は出来なかった。もし、君のコンディションが完璧なら負けたのはわたしだ。ですか……でも、コンディションを整えられなかったら、わたしが悪いのです。言い訳しても仕方がない」


「……」


「もし、君が今後コンディションを常に保つならわたしに勝ち目は無い。この戦い互いに実るモノがあった。良い試合だった」




 そう言って叔父貴は左手で握手を求めた。

 叔父貴は右利きの筈だが、アリシアへの敬意なのか、左利きのアリシアに合わせた。




「ありがとう。叔父貴さん。次は負けませんよ」




 アリシアは嬉しそうに叔父貴の左手を握った。

 互いの握られた手は非常に力強く暖かい。

 良い気の波動が心にまで伝わる様だった。

 叔父貴も快く再戦を望んだ。




(この人、凄いな。一度も口を開かない。口を制する者は英知を得ると言うけどこの人はそれを体現している。語るは己の生き様。人と会話せずに人生を過ごす事は出来ない。完全に口を制しているのは、やり過ぎだと思うけど逆に簡単な事でない。事実口を制している。まさに賢者……いや、武神の名に相応しい人ですよ)




 アリシアは口には出さないが心のそこから叔父貴を尊敬した。

 全く喋らないのも問題ではあるが、そんな事は些細な事だ。

 彼に余計な言葉は無い。

 語るは己の生き様のみ。

 達人にはそれに十分伝わる。

 その人から見れば失礼と思われ、虐げられ生きて無様を晒す様はまさに武神の名に相応しい。

 鳳凰と綾はそんな彼等を遠くから見つめる。




「まさか、叔父貴さんと心通わせる人がいるとは思わなかったわ」


「あの変人の考えはワシにも分からんからな。だが、武人として奴の右で出る者はいなかった。もう、それも過去の話か」


「接戦でしたからね。彼女の最後の気の迷い。多分、わたしが余計の事を言ったから……アレがなければ勝ったのは彼女でしょう」


「あの娘はそれを言い訳にする者ではあるまい。だが、確かにその通りだ。吉火め……とんでもない娘を育ておって」


「うちで一流と言われたパイロット瞬殺でしたからね。彼等も面目丸つぶれでしょうね」




 バトルロイヤルに参加した5人はあの2人のあまりの力量差に自信を喪失していた。

 彼等も実戦を経験したエリートだったのだが、小娘と爺に瞬殺された事が余程ショックらしく更衣室で塞ぎ込んでいた。




「あの者達は少々、荒くれ者だったからな。良いお灸だったやも知れん」


「まぁ、それは置いておくとしましょう。問題は今後、彼女とどう付き合うかです」




 大会では勝てなかったとは言え、アリシアと叔父貴の戦いはやり過ぎた。

 アリシア自身もここまで本気かつ真剣になるとは想像していなかった。

 いつも本気だが、敵や正義の味方相手に真剣勝負はしない。

 罠を使おうがチート武器を使おうが、人を不幸にしない方法以外なら彼女は手段を選ばない。


 元々、公平な戦いを仕掛ける様な女では無いのだ。

 だが、今回は違う。

 彼女は純粋に武人として叔父貴と対等に公平に勝負を仕掛け、互いの武を競った。

 勝者になりたかった訳でも無い。

 栄誉や名誉が欲しかった訳でも無い。

 競っていたが争った訳でも無い。

 ただ、純粋に叔父貴と本気の遊びチャンバラがしたかった。

 そんな彼女の人間らしい欲が出た瞬間でもあった。


 だが、彼女がやったのは実戦さながらの大人の遊びだ。

 優勝した香苗よりも彼等は目立ち過ぎた。

 命罪流の異端とも言われ命罪流内でもその名を知る者少ない古参の叔父貴。

 本名は鳳凰以外知る者がおらず、本人は叔父貴と呼ばせている事からこの通り名で通っている。(プラカードでそう呼ぶように促す)


 薙刀を捌かせれば、天下無双とまで言われ命罪流の剣の師範鳳凰ですら勝てないと言われた孤高の武人。

 いつからか誰とも話さなくなり、その態度が軍の上官から反感を買った事もあり、当時の将軍の前ですら一切口を開かない程だ。


 その所為で異端視され、都内の路地でひっそりと寿司屋を営むが、その寿司がクソ不味く誰も寄り付かない。

 命罪流が資金を工面しているが何かと資金難で綾が偶にアルバイトを寄越し、生計を立てていた。


 今回試合に出たのはそんな理由だ。

 そんな叔父貴の名前は知らずとも偉業は伝説化しており、命罪流内でも影響は無視出来ない。

 そんな最強で人間嫌いの叔父貴と互角以上に渡り合ったアリシアの処遇をどうするか悩む所だ。


 彼女自身、財団などに関与しないと言っているが実際、繋がりはある以上今回の件を含めて無関係とは言えない。

 戦闘能力の面では既にあの若さで師範代の域にまで達しており、多方面で秀でた才能もあり、指揮官としても能力も高く部隊の統率力も極めて高いと評価され、元党首の吉火の愛弟子でもある。

 財団のPMCとしての基質を考えるとこれほどの指導教官もいないだろう。


 綾としては吉火との因縁など介さず、命罪流の上層部に配置すべき逸材だと思っている。

 だが、あまりに若い。

 加え、吉火との因縁が取り立たされる可能性もある。


 そんな彼女をどのように扱うか上層部で揉めるだろう。

 無論、これは彼女を縛るモノではない。

 財団とは少し違い、命罪流にだけ席を置いておきながら命罪流の上層の者が軍人として仕事をして命罪流の力を借り受ける事も良くある話だ。

 アリシアに与えられるのは権力と言うよりは資格証に等しい。

 綾みたいに命罪流の運営に関わる必要は無いのでそれならアリシアも拒まないはずだ。

 ただ、上層部の中で「あの少女にどれだけの物を持たせるのか?」は議論になるだろう。

 それがまるで予想が着かない。

 そんな事とは知らず、アリシアは叔父貴と話す。




「へー。お寿司屋さんですか。行っても良いですか?」




 叔父貴は無言で内ポケットから紙を出した。

 そこには住所が書かれていた。




「なら、後日伺いますね。明日、学校なんでこれで失礼しますね」




 アリシアは叔父貴に手を振った。

 叔父貴は無言でそれを見送る。

 綾に軽く挨拶を済ませ彼女はそのまま帰って行った。



 ◇◇◇



 後日、アリシアは叔父貴の店に訪れた。

 中に入ると噂で聞いたよりも綺麗なお店で明るい木目調のカウンター席の前にガラス張りのケースに切り身の魚が入っていた。

 そこには黙々と魚を切る鬼面を外した叔父貴がいた。

 年季の入った堅物そうで鋭い眼差しをしている。


 でも、心の奥から良い気を出している。

 顔を見たことなくても叔父貴と分かる。

 叔父貴は特に何も言わず黙々と切り身の魚を捌く。

 アリシアは「こんにちは」と挨拶をしてカウンター席に座る。




「赤身のマグロあります?」




 アリシアの注文に叔父貴は黙って応えた。

 魚を捌いていた包丁とは別の包丁を取り出し、ガラス張りのケースから赤身のマグロを出した。

 まだ、切り終えていなかったのだろう。

 大きな赤身の部位を刺身にしていく。


 アリシアは聞き耳を立てて聞いていた。

 赤身が斬られる音を……赤身が何の抵抗も無く斬られている。

 細胞の一片まで斬られた事すら分からないと表現出来るほど研がれた包丁。

 細胞を殺さず、旨味を一切逃がさない。


 包丁の身を斬る音は「スッ」と音を立てて、入って行く。

 聴いていた心地の良い音だ。

 思わず生唾を呑み込む。

 不味い寿司を作っていると噂されたがそうではない。

 わざと不味くしていたのだ。


 人間を追い返す為に……。


 彼は的確に手早く赤身を斬ると手早く手に飯を乗せ、握って見せた。

 そして、黙って目の前に2貫の赤身マグロが皿で出て来た。

 アリシアは叔父貴から醤油を渡された。

 皿を受け取り寿司を手掴みで食べた。

 一度口に入れると衝撃が走る。




(旨い)




 その一言に尽きる。

 斬った切り身には生命力が溢れ、アリシアの舌と切り身が細胞同士で癒着する舌に残る旨味。

 切り口が鮮やかに切れていて、酢の加減もよくサッパリして食い応えがある。

 噛む度に溢れる旨味の香りが醤油の塩気のある旨味と合わさり、鼻を刺激する。

 醤油まで拘っていると分かる。

 噛んだ後の呑み込みの喉越しも含め、3つの要素を満足に楽しめる味だ。


 そして、何よりネクシレイターにとって重要な味もある。

 この寿司には確かにZWNがある。

 叔父貴の意志が篭り、良質で量のあるWNがあり、”想念食”と言うスキルを使って食べるとまた、違った味わいがあり……全身が舌となり、魚と旨味を全身で浴びている感覚に浸ってしまい、その格別さがよく分かる。


 物理的な旨さと合わさり、霊的な旨さもよく引き立っている。

 彼はアリシアが来るのに備え、店を綺麗にして新鮮な切り身をわざわざ、用意した事を感じる。

 自分の為に少し値の張る魚をわざわざ、用意していたのだ。

 自分の生活費を切り詰める思いまでしたのだ。


 どんな物を作っても作った者の魂が物に現れ、糧となる。

 映画を作るにしても悪い映画を見れば、毒になるが良い映画を見れば、糧となる事もある。

 ネクシレイターにとっての物の価値観はそう言うものだ。


 この叔父貴の寿司ははっきり言えばアリシアでも作れないと断言出来る物だ。

 それだけの誠意が籠っている。

 どれだけ包丁を研ごうとどれだけ上手く魚を斬ろうとこの寿司は作れない。

 アリシアは軽く手を拭いてから改まって叔父貴に伝えた。




「叔父貴さん。わたしの事をどう見ていますか?」


「……」


「人間離れした気を放っている。とてつもなく大きな気を放っている。まるで世界そのものを包んでいるようだ。うん。それが分かるあなたはかなり非凡ですね。なら、わたしが神様だって名乗れば信じますか?」


「……!」




 流石の叔父貴もその言葉に息が詰まる。

 人外なのは目に見て明らかだが、神様とまで言われると俄かには信じられない顔をしていた。


 ここで奇跡でも見せれば良いのかも知れないが、それでは意味がない。

 奇跡を見せれば、誰だって神様を簡単に信じてしまう。

 だが、それでは意味がない。

 奇跡を見たから神を信じるのではない。

 神を信じるから奇跡を見るのだ。

 プロセスが逆であってはならない。

 逆にすると昔の韓国の役職、暗行御史の例え話と逆になってしまう。


 暗行御史の人が立派な衣装で街を視察すれば、街の長はその時だけ対面を繕う。

 それでは立派な監督役の見た目だけを見て、その場凌ぎの悔い改めをしたに過ぎない。


 アリシアが望むのは監督役がどんな格好で来ても罪に悔い改め、不法を働かない者だ。

 仮に奇跡を見せてもいずれ忘れ、感謝と悔い改めを忘れ、悪に染まる。

 感謝等を忘れるからこそ、不平と不満が満ちこの世には悪が蔓延するのだ。


 ここまで伝えて納得するかしないかは叔父貴の意志だ。

 神を信じると言うのは悔い改めると言う事だ。

 神を信じないと言ったとしても最終的に因果で悔い改めの道に進むのが人間だ。

 これだけしか伝えていないが叔父貴なら答えてくれると確信していた。

 もし、足りないならまだ、口を添えるのもやぶさかではない。




(さあ、叔父貴さん。あなたはどんな選択をするの?)




 叔父貴は強面の顔を微動だにせず、考え込む。

 しばらく、アリシアの目を凄い目力で見つめる。

 アリシアも目を離さない様に見つめ返す。

 叔父貴はアリシアの心を見た。


 じっくりと隅から隅まで見た。

 まるで魚の品定めをする様にその心眼でアリシアを見た。

 そして、ゆっくり目を瞑り「うん」と頷いた。

 アリシアの顔も明るく晴れるような笑顔になる。




「ありがとう。でも、どうして?」




 嬉しくはあったが殆どの人間が今の話を聞き入れない。

 だから、何故受け入れたのかどうしても知りたくなる。




「……」


「大抵の人間は目を見れば大体の事が分かる。君は良い人間ではあるが同時に計り知れぬ深さがあった。神かどうかは別にしてもその懐の深さに感服した。なら、神と言えるのではないか?と思った。ですか」




 叔父貴は叔父貴の尺度で彼女が神である事に気付いた。

 叔父貴も吉火や繭香の様に神である以前に人間としての彼女がどんな物を見定めてから神と判断した。

 心の固執と言う曇った眼鏡で彼女を見ても曲解して見てしまう。


 ロアや真音土の様にだ。

 叔父貴は彼女の品性と品格を固執を捨て正しく見つめた。

 そうしなければ神を正しく見る事は出来ない。




「叔父貴さん」




 アリシアは右人差し指を懐のナイフで切った。

 人差し指からは血が滴る。




「この血は贖いの血。血の中のタンパク質は石の心を肉の命に変える。罪を認めれば許される血、私と共に歩むならこの血を値なしに飲んで下さい。私はあなたを剣として扱い私はあなたに仕える者となる。私の側には常にあなたがおりあなたの側には私がいる。この義この理を受け入れ罪を赦されたくば飲みなさい」




 叔父貴はアリシアの指先を少し凝視してから迷わず、その血を啜った。




「!!!」




 叔父貴は身体に衝撃が奔るのを感じる。

 まるで今まで岩の様に閉じていた目が軋みを上げるような音を立てながら、開いていく様な感覚だ。

 身体の衝撃が治り、アリシアを再び見た。


 すると、さっきよりも分かる。

 彼女の全身から蒼い覇気が常に滲みでており、空間を埋め尽くす様に覆っている。

 叔父貴は慌てて外に出る。


 そこには街や一面に空に敷き詰められた蒼い覇気が輝きを放ちながら空間を漂う。

 圧巻で圧倒的「美しい」の一言に尽きるモノだった。

 叔父貴はようやく理解出来た気がする。

 彼女は神だと……。




「叔父貴さん」


「……」


「あなたの作る者は色んな人に触れられるべきです。だから、引っ越ししましょう。私の拠点たる戦艦シオンに」




 叔父貴はその言葉に無言で同意した。

 神に言われたから従ったのではない。

 叔父貴がアリシアと居たいと思ったからだ。

 不安な事があるとすれば人間付き合いを上手く出来るか?だけだ。




「大丈夫ですよ。シオンには多かれ少なかれ私みたいな人しかいません。叔父貴さんが嫌いな人間らしい悪性の無い人達しかいませんよ」




 叔父貴は腕を組み「ならば、良し」と言わんばかりに頷いた。




 ◇◇◇



 後日、シオンの一角に「叔父貴屋」と言う寿司屋が開店した。

 多くの天使達がその店に訪れたと言う。

 味もそうだが寿司に含まれる豊富なWNは彼らを満足させるもので彼らのタラントンを上げる。


 天使達の間では叔父貴の寿司は食べれば強くなれるほど、素晴らしいものだった。

 天使達はそんな叔父貴に感謝を述べながら、店を後にする。

 叔父貴は黙って黙々と作業するがその顔は微笑んでいた。

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