契約の箱について
警察署
「正当防衛ですね」
警察署の面会室の中で太めの体付きの男の当番弁護士にそう言われた。
「正当防衛ですか?」
分かってはいたが一応、聞き返す。
「えぇ、警察とも話しましたが、周囲の防犯カメラの映像から加害者はあの男性でした。更に素手のあなたに銃を突き付け発砲。あなたはそれに思わず、力を込めて反撃してしまった。当然の事であり、証言通りです。男性は脳に損傷を負った様ですが、あなたが賠償を払う必要はありません。悔やむ必要もありません。手続きはこちらで済ませますから今日中に釈放でしょう」
「何から何までありがとうございます」
アリシアは一度席を立ち、軽くお辞儀した。
「いえいえ、こちらも仕事でした事です。いや、しかしこれは非常に個人的ですが、あなたは噂通り凄い方ですね」
「わたしの事知ってるんですか?」
「あなたは自分が思っている以上に有名ですよ。ともあれ、感激しました。わたしも今はこんな体ですが昔は柔道をやっていました。だからこそ、感激でした。かなり鮮烈な映像でしたが、人間もあそこまで武を極める事が出来るのだと……鮮烈さ以上に思わず見惚れてしまいしたよ」
当番弁護士の男性は自嘲するようにお腹周りをポンポン叩く。
この前の綾から見惚れてしまうと言われたが、自分の技はそのくらいの洗練さがあると言う事なのだろうか?などを客観的に自分を分析してみたが、それよりもまずは感謝を述べねばならないと男性を見つめ直す。
「お褒めに預かり光栄です」
「おっと余計な話が過ぎましたな!いや、失敬!わたしはそろそろ失礼させて頂きます。しばらくしたら、警察の方が来ますからそれで釈放だと思います。あーそそ。あなた宛に加害者の親族を名乗る方から連絡がありました。示談で和解したいと」
「加害者……ですか……では、応じましょう。ただし、こちらの要求は1つだけです。それを向こうに伝えて下さい。それとあなたに仕事の依頼をしたいです。構いませんか?」
「何なりと」
アリシアは当番弁護士を介してあるメッセージを伝え、彼に仕事の依頼をした。
◇◇◇
警察署から出たらすっかり夜だった。
夜は遅いし学校には連絡は入れているが遅刻する訳にはいかない。
早く極東基地に戻らねばならない。
アリシアは足早に駅の近くのタクシー乗り場に向かう。
本当は走った方が速いのだが、車以上の速度で走ったらまた、警察のご厄介になる可能性があるのでそこは自重した。
だが、どうやらその必要はない様だ。
警察署の前には既にタクシーが止まっており、そこには
「お勤めご苦労様!」
「いやいや、刑務所じゃないから!」
思わず、ツッコミを入れる。
彼には似合わずふざけながら、敬礼をしていたのが意外だった。
そう言えば、兄である事を伝えてから彼の接し方が少し変わった気がする。
前よりも優しくなった?そんな印象を受ける。
何故、だろう?と最近よく思う。
「ずっと待っていたの?」
「まぁ、少しな」
本当は15時から21時まで6時間待機であるが、それを言うと自慢になりそうなのでシンは自重した。
「あぁ、そうだ。少し待っていたのはオレだけじゃないこいつもだ」
タクシーの後部座席を開けるとそこには繭香がいた。
「繭香!無事だったの!」
「いや、あなたこそ大丈夫ですか?父に酷くやられたみたいですけど……」
「大丈夫だよ。あなたの受けた痛みに比べたら」
本当は肉体的な痛み以上にあの男から湧き出る間欠泉の様な悪霊の影響の方が痛いがアリシアは繭香を心配させまいと弱みを見せない。
寧ろ、繭香を気遣う。
事実、あんな父親の元に長く居たのだから、自分よりも辛かった筈だと繭香を憂う。
「とにかく、中入れ。話はタクシーの中でも出来るだろう」
シンに促されアリシアはタクシーに乗った。
シンは前の助手席に座り、運転手に「すまない、出してくれ」と頼み車は走り出した。
そして、シンの計らいで前と後ろの座席の仕切りが透明から黒くなり、防音機能が起動した。
この時代のタクシーでは過去にタクシー運転手が携帯電話の声を盗み聞いて個人情報を流出させた事を受け、後部座席に人を乗せる場合、プライバシー保護の為、黒くなる仕切りと防音機能が起動しプライバシーを保護する。
ちなみに人間が運転するタクシーが現れたのは大戦後からだ。
それまでは人工知能を使った交通機関が主流だった。
だが、戦時中のHPMの所為で交通機関が麻痺した事を受け、HPMの影響を受けない人間の操作する乗り物がまた普及し始めた。
車は夜の街を走り抜ける。
アリシアはやはり街夜が苦手だ。
人の様々な思惑と感情が渦巻く。
街には悪霊が渦巻く。
人間はそれを楽しんでいるのだろうが、アリシアからは酒に酔い痴れ、快楽に浸る下品な笑いに聞こえる。
声を聞かなくてもそれが魂を揺らす。
尤も、人間は自分が綺麗な者に見えるからそんな風には思わない、分からない。
感じ過ぎるアリシア特有の悩みとも言えるだろう。
「あの……」
繭香は沈黙に耐えかねて思わず、声がかかった。
「ありがとう」
「ふぇ?」
「その……よく分からないですけど、わたしの為に色々してくれたんですよね。その顔の傷も父の事も……家の縛りを壊したのも……全部……」
「その……ごめんね。本当はあなたの意志を確認してからやるべきだったよね」
「いえ、良いんです。それだと多分、わたしは迷ったから……父の影に怯えて何も出来なかったと思います。でも、あなたは会ったばかりのわたしの為に身体を張ってまで助けてくれた。だから、教えて下さい!あなたの事を!もっと詳しく!」
繭香は真摯な眼差しで彼女を見つめる。
(良い眼をしている)
藻掻いて進もうとする良い眼をしており、それが美しいと思えた。
アリシアはその誠意を受け取らぬわけにはいかなかった。
「そっか。あなたは自分から前に進もうとしてるんだね。嬉しいな。分かった。何が聴きたい?」
「まずは今回何が起きたのか教えて」
話の取っ掛かりとしても気になる内容としてもその話題が適切だろう。
アリシアは繭香が知りたいであろう今回の内容を詳しく語り始めた。
「聖書の概念拘束作用?」
「わたしが神なのは何となく分かるよね?」
繭香はコクリと頷いた。
「でも、今のわたしはある戦いの所為で弱体化してるの」
「弱体化してるんですか?結構、強いと思いますけど?」
「それでもだよ。今のわたしだとあなたのお父さんに呪いをかけるのに最低でも2時間はかかった。あんなに速攻で肩はつかない」
それでも2時間あれば間藤家を壊滅させる事が出来る力は正直凄いと思わざるを得ない。
「でも、今回は僅か数秒で決着がついた。それが聖書の概念拘束作用ですか?」
「わたしを生み出した原初神はかつて世界を救済する為に預言とたる様々な文献を世界に残した。まぁ、聖書以外ほとんど残ってないけど……とにかく、その本は神の計画を必ず一点一画も狂い無く完遂する事をコンセプトに作られている。だから、聖書が起動している以上もう神であっても止められない。計画が狂うかも知れないから止められないようにしている。止めようと思えば止められるけど、止めるにも48億年の歳月が必要だから殆ど無理」
「48億年ですか……長いですね」
あまりの極大指数に繭香は言葉を詰まらせる。
何とかついていけているが、話が大き過ぎて全体像が掴み難い。
彼女は一体、何を目指しているのか凄く興味が湧いた。
「それでね。聖書に書かれた概念拘束の1つに”契約の箱の預言”があるの」
「契約の箱?確か、触れたら死ぬ箱でしたか?」
「まぁ、そんなところね。でも、これには少し深い意味があってね。契約の箱とは神の法たる十戒が収められている箱なんだけど、それと同時に箱が神そのものを現した例えでもあるの。箱には数多の話があるけど、割愛すると箱を大切にした人には祝福を与え逆に蔑ろにした者には呪いを与える」
その時、繭香は今回の内容を理解し「あ!」と呟いた。
「もしかして、父があなたを蔑ろにしたから契約の箱の預言が起動した……」
「そう、聖書の預言は神であっても簡単には解除できない。妨害や干渉は出来るけど、ほぼ確実に起こる。わたしは今回、契約の箱の預言にわたしの力を上乗せしただけに過ぎない」
本来の概念拘束に加えて、エクストラスキル”契約の箱の呪い”を自発的に使い、呪いに呪いを上乗せして繭香の父を呪った。
あの神父みたいにケルビムの天罰でも良かったのだが、あの神父の罪も重いのでヘルビーストにすら成れないほどの地獄の火刑に処す事になっている。
ただ、それともベクトルが違う意味で繭香の父の罪も重い。
ヘルビーストになる事もない死を与えつつ、あの神父と同等かそれ以上の火刑に落とす手筈になっている。
そう言う刑罰を与える為に今回のような形を取ったに過ぎない。
すぐに殺しても良かったがこうして見せしめにしておけば、彼と同じ様な事を考える愚か者共を牽制できるからだ。
その分、煩いも減る。
「では、あなたに逆らった人間は簡単に殺されると言う事?」
「いや、そこまでじゃないよ。概念拘束機に関してはわたしの忍耐が限界を迎えたら発動するだけだから。余程の事でもない限り契約の箱の預言は発動しない。今回はまぁ……言うまでもないでしょう。あなたの父親なんだから」
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