神は高慢な者を嫌う
屋上
屋上には誰もいない。
コンクリートで出来た床の上にヒートアイランド対策として植えられ、植物園にはブドウの木と桃の木が生い茂り、周りに流れる小さな川の流れがある。
大戦中APの需要や輸入に頼れない状況下で様々な政策が生まれ、その過程で産業の効率化を果たした日本は今や経済特区にも指定されるほど豊かだ。
病院と言えど、このくらいのヒートアイランド対策は一般的なモノであり、万が一の際は果物が食料にもなる。
「それでお話とはなんですか?」
「今日から君はわたしの長男と結婚してもらう」
「ふぇ?」
あまりに唐突で強引な要求に呆気に取られる。
だが、叔父はそんなアリシアに歯牙にもかけず、話にを続ける。
「本日付で君は軍を退役し我が家計に尽くし家計を回すのだ。なお、式は明後日執り行い……」
「ちょっと勝手に決めないで下さい!なんの許可があって!」
すると、アリシアの左頬が叩かれた。
「君に口答えする権利は無い。寧ろ、我が間藤家に選ばれた事を誇りに思うが良い。君の為でもある」
「いや、なんでそれをあなたが勝手に決めるんですか!」
アリシアは相手のあまりに横柄な態度に反駁するが、叔父は再びアリシアの左頬を叩いた。
まるでアリシアを見下し、その意見を無価値なモノとして扱い、頑なに自分の意見だけを通そうとする高慢で貪欲な人を物としか見ないような見下す目線でアリシアを見つめる。
「君に拒否権などない。我が間藤コンツェルンは世界を席巻する企業だ。世界の上位者として君臨し僕達を扱う者だ。わたしは君をただの小汚いスラム人種から支配階級にしてやろうと言っているのだ。わたしは感謝されど非難される言われはない。君が愚かであり間違いであり今この場に上位者であるわたしの意見こそ崇高で正しい答えだ」
この男は世の中は自分のモノで他人は自分の都合で動くのが当たり前であり、それに逆らったら死んで償うのが当たり前だと思いそれを良心の呵責すらなく悔い改める気も無く、その罪を一切心に留めようともせず、罪を働いて人の人生を何度も破壊してもその事を1日も経たない内に忘れてしまうほどの無慈悲の権現である事をアリシアはこの会話の中で相手の情報を全て読み取り理解した。
正直、その映像を見る度に心が穢れたようになり、激しい嫌悪感を抱くほどだった。
アリシアは沈黙したまま心の中を整理、憤りを沈め怒りや憎しみを抑える。
だが、いくら慈悲の神の直系たるアリシアにも限度はあった。
(この男だけは絶対に赦さない!この男が天の国に行かせるわけにはいかない!)
この世界の王にして、この世界の裁き主であるアリシアはそう決意した。
それは実質、目の前の男の”死”を明示しており、まともな死に方など彼には残されなかった。
その彼の高慢さが唯一無二の絶対法則を起動させる。
「戯言を……」
「何?」
「お前の言っている事を全て戯言と言っている。愚かな上位者よ」
アリシアは口調がいつもとは違い辛辣さを増し、叔父はそれが気に入らず頬を叩く。
アリシアの左頬に痛みが奔るが、アリシアはそれを黙って受ける。
ただ、その眼差しは叔父を殺そうとせんばかりの殺気で満ちていたが叔父は相変わらず見下していた。
もし、勘の良い人間だったら今のアリシアを見れば、間違いなく逃げたがこの男は知能が低い故に生存本能よりも自分の貪欲やプライドが上回ってライオンに吠えるチワワのような愚かな行動に奔ってしまった。
「お前の言い分はただの戯言だ。正しい事を何も証していない。虚空で中身のない愚か者の言い分だ」
更に叩かれるが、アリシアはそれでも反撃しない。
一重に彼女の忍耐力があるから彼は生かされているだけだ。
アリシアが辛辣な事を言わねば彼は悔いない。
だが、一向にその気配はなくアリシアの忍耐も限界に近い。
こんな男に天の国の救いを報せるのは不本意だが、それでは神としての掟に反するので忍耐して報せようとする。
だが、一向に脈はなく男は目の前のチャンスを棒に振っていく。
「お前はただ、山の大将を気取っているだけの三下だ。貴様の地位や名誉に明日など無い。そんなモノ私は欲しくもなんとも無い」
そして、力拳で左頬を殴られる。
だが、アリシアは黙って相手を睨みつける様に見つめ、叔父はそんなアリシアに唾を吐きかける。
「ほざくな小娘。負け惜しみを!お前に何が出来る。少々軍で良い待遇されているだけの運の良い小娘がわたしに楯突くとは生意気な。ならば、やってみせろ。わたしの地位は神であっても揺るがん。奪えるものなら今すぐ奪って見ろ!」
流石にアリシアももう限界だった。
この男の裁きはこの時を持って決定した。
「ならば、お前の言葉通りになれ!
アリシアは詠唱による認識強化をかけながら、スキルを発動させた。
あの神父の時のような自動発動ではなく、自分の意志で能動的に”契約の箱の呪い”と”神呪詛術”と”神言術”の複合魔術を発動させた。
アリシアが発した力が目には見えないが事象に干渉し顕現する。
叔父は訳の分からない事を言う生意気なアリシアをもう一度殴ろうとした。
だが、その時叔父の電話が鳴り、内ポケットからスマホ型PCを取り出し電話に出た。
「もしもし、わたしだ」
相手は執事の男からだった。
執事はいつになく取り乱し、口を震わせていた。
「旦那様!大変です!間藤鉄鋼の各地の工場で突如地震が発生して工場が全滅!幸い死傷者は出ておらず……」
すると、今度は秘書の女性から電話が飛んで来た。
彼女もいつになく取り乱し慌てていた。
「社長大変です!我が社の株価が物凄い勢いで低下しております!」
「原因はなんだ!」
慌てた叔父は声を荒だてて尋ねた。
彼の顔から嫌な汗が滲み出始めていた。
「それが各地で我が社の脱税、汚職、インサイダー取引、兵器の密造、密輸、マネーロンダリングまで告発された様で……」
すると、今度はミダレから連絡が入る。
ミダレもまた、慌てふためき取り乱していた。
「叔父様大変です!警察がこちらに向かっています!どうやら、叔父様が過去に冤罪を着せた事件の証拠が揃って……私達が関与した密輸や臓器売買も摘発されてこのままだと私まで……叔父様どうすれば……」
そして、叔父は頭に血が昇り、電話を切った。
その憎悪を目の前の少女に向ける。
アリシアは口周りの血を左腕で拭き取り、静かに冷たい眼差しで呟いた。
「お前の願いは叶えた。わたしは間違っていない」
叔父が言った事をまるで言い返す様なアリシアの態度に叔父は激情し理性が蒸発した。
「キィィィィサァァァァマァァァァァ!!!」
叔父は懐に忍ばせていた銃を取り出し、アリシアに向けて発砲した。
だが、気づいた時にはアリシアは視界から消えていた。
そして、懐に飛び込み呟く。
「まずは、これはわたしの分」
アリシアは熊手にした右手で彼の腹部を打ち付け臓器を激しく揺らす。
体がよろめき、銃を手放した彼に左手を構えた。
その力、加減はするが人間に行使する物ではあらず、正しく岩をも砕く一撃を放とうする。
彼女はそれだけ怒っていた。
「わたしの事なら別に良かった。でも!」
アリシアは体を全身の連動と肉体の制限を一部解除した。
「繭香を苦しめ続けたお前をわたしは許さない!」
そして、左ストレートが放たれた。
左から放たれたストレート全身の躯体と連動、無抵抗な叔父の右頬に直撃、激しく重い一撃に顎の骨がグキグキと音を立てながら砕ける。
更にこれでもかと言う程にその亀裂は頭蓋骨まで達した。
あまりの勢いにまるで顔面に乗用車がぶつかった様な衝撃が響き、男の体は宙に上がり勢いよく体が宙を回転しながら後方の柵に放物線を描き飛んでいく。
男は勢いよく柵に激突、そのまま落ちた。
床にグッタリと倒れ痙攣を起こしながら局部は淫らに垂れ、顔面の原型は一部が留めていなかった。
すると階段を駆け上がって来る足音が聴こえた。
万高に在中する万高警察の警察官だというのはすぐに分かった。
恐らく、自分は現場検証の為にこのまま警察のご厄介だろう。
確かに警察の厄介になるのは面倒だが、決して無駄な努力ではなかった。
これで繭香を縛った鎖は絶たれ繭香を救えたはずなのだ。
それが自己満足と言う者はいるかも知れないが、それは繭香が決める事だ。
あとで勝手な行動をした事は繭香にちゃんと謝るつもりだ。
アリシアは倒れ込んだ無様を晒す男を見下ろしながら呟いた。
「わたしの痛みよりも繭香の痛みの方が大きかった。
それが彼に対する
神はいつの世も行いに応じて報いる。
高慢な者には死を与え、柔和や愛がある者には幸福を与える。
尤も人間は罪人である為、現世での幸福は最低限でその報いは死後に与える事が多いが何事にも限度はある。
この男はやり過ぎた。
アリシアだけならまだしも繭香にまで手を出したのだ。
アリシアはいつになく怒りその報いとして生きている間に裁きが下され彼の死は確定した。
肉体的な死が早まり魂の死もこの時点で確定した。
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