赤き剣の本当の願い

 ギザスは目が点になり呆気にとられた顔をしながら決闘前のアリシアの言葉を想起していた。


 わたしが勝ったらあなたの命は貰っても良いんだよね?


 まさか……と思った。

 

 命を貰う=あなたの自由を貰う。





(えぇぇぇぇぇ!!そっちかよ!!たしかにそう言ったがそっちの意味で受け取るか!)





 どうやら、アリシアの悪い癖深読みのせいでギザスの命は繋ぎ止められてしまったとギザスは理解した。




「契約に基づき今日からあなたはわたしのモノ。ですから、仕えて下さい」


「えぇ!ちょっと待て!そう言う意味!」


「そう言う意味も何も無いですよ。わたし確認したじゃないです。あなたの命は貰って良いんですか?って、言葉通りでしょう?」


「た、確かに言ったは言ったが……普通の命を奪う方だろう?」


「それならそれで命を奪って欲しいなら奪って欲しいと言えば良いじゃないです。だから、念の為の確認もしたんですよ」




(この女、悪巧みとか無しで素のまま言っていやがる。くそ……変人とは聴いていたがそう言う受け取り方をしたか……ある意味、本当に軍人に向いてねー女だな。しかも、その事を本人が自覚しているんだろうな……念を押している分、強気で言えん)






 軍人とは命令を聴き実行する者だ。

 ただ、その点この女は向いてはいない。

 普通に伝えた内容を深読みして命令を誤認し易い。

 本人もその事を自覚しているのだろう。

 だから、念を押したのだ。


 自分の悪いところを治そうとしている奴に強気で叱る気すら今のギザスには起きない。

 普通に軍人としてのキャリアを積んでいたら今の彼女の地位は無かっただろうとここで改めて感じた。





「ん……言ったな。確かに言ったな。言ってる事は正しいがなんか釈然としね……」

 


 

 ギザスは複雑な面持ちでアリシアを見つめる。

 それに対してアリシアも真剣な面持ちで答えた。




「でも、あなた自身死にたいと言う割に死ぬ気ないでしょう?」




 アリシアのその言葉にギザスは怪訝な態度を取る。




「どう言う意味だ?」


「本当に死にたい人はまずわたしとの契約の時に「命を奪え」とか「オレを殺せ」とか断言する筈だよね。死ぬ事を切望するならそれが出来たはず」


「それは……言葉のあやにハマったと言うか……」




 ギザスは歯切れ悪く口籠って答える。




「あと、あなたはさっき銃を使った。正直、驚きました。あなたは持ってはいたけど使わないと思ってました。だから、わたしは刀を抜かざるを得なかった。でも、それってプライドを曲げてまでわたしに勝ちたかった。生きたかったて事じゃないの?」




 ギザスは何も言い返せず、彼女から目線を逸らす。

 自分でも気づかなかった本質を見抜かれている様な気がした。

 「違う!オレは死にたかったんだ!」と強く言い返す事が出来ない。

 否定しようとしても正眼据えてアリシアに反駁出来ない。





(そうだ。俺は生きたかったんだ。だが、何故だ?何故、死にたいと願いつつ生きる事を願う……)





 彼の頭の中にはそんな疑問が渦を巻く。

 その事に思い悩み頭を抱える。

 自分が生きたいのか死にたいのか訳が分からずヤケを起こしそうだ。

「一体、オレは何を求めている!」と自分に叫びながら問いたくなる。




「それはあなたが自由を求めているから」




 アリシアはさり気無くギザスの疑問に答えた。




「自由……オレが自由を欲していると言うのか……」


「あなたは怖かったんですよ。この世界の嫌な所を一杯見てその穢れに加担して自分の魂が死んでいくのを感じていた」


「自分の魂を殺そうとする世界から離れたいと願った。それがあなたが死を望んだ理由」


「でも、それでは真の自由は手に入らないとあなたは本能的に理解している。だから、生きたいと思うあなたもいる」


「……教えてくれ、自由とは何だ?」




 ギザスは内から湧き上がる疑問を彼女に投げ掛けた。

 もう藁にも縋る思いで自分の苦悩を救って欲しいと心から手を伸ばす。




「自由とは生きている事です」


「生きる?」


「心臓の鼓動があるとか脳が動いていると言う意味ではありません。魂が生きているかと言う問題です」


「あなたはたくさん見て来たはずです。他者から奪い、競い、争い、奪った力を我が物の様に振る舞う世界を……あなたはかつてそんな世界と関わりを持っていた。でも、それは死んだ人間のあり方です。命ある者のあり方じゃない。あなたはそれが分かってしまう程に優しかったからそんな世界から離れたくて死にたかったんだよ。でも、あなたは生きる道も探していた。だから、わたしの元に行き着いたの」




 ギザスは喉から手が出るほどその答えを待ち望んでいた気がした。

 まるで乾き切った心に大量の水が注がれているとすら思える爽快感が自分の心を潤す。




「お前といれば、オレは生きられるのか?」


「生きていると言うのは誰かの為に犠牲になる事。つまりは愛です。あなたはその素養は十分にある。わたしはそれを活かせる様にするだけです」


「こんなオレに愛があると言うのか……」


「あなたはフィオナ達に訓練を施したはずです。彼女達が強くなれる様に……」


「アレはオレの為であって……」


「でも、あなたは彼女達の今後も考えて人知れず専用の訓練を考えていたよね。しかも、割と丁寧に根気良く教えてたて2人が言ってました。結果を求めて急く事も出来た。でも、あなたは忍耐強く待った。その忍耐は争いを好まない人間が持つもので愛がある人の証ですよ。自分の目的を犠牲にして忍耐強くフィオナ達が育つのを待ったあなたは間違いなく愛がある人、生きている人ですよ」




 ギザスはまるで救われた様な気がした。

 自分でも気づかなかった様な苦悩を理解してくれた唯一の理解者。

 自分の行いを全てを見て理解し報いてくれる彼女に惹かれて行く。

 彼女は誠意を以て、その苦悩を取り除こうと尽くしてくれた。


 命懸けの決闘までしてギザスに伝えようとしたのだ。

 そんな手間を使わずとも済んだはずなのに手間を惜しまず、彼に言葉を届けたのだ。

 正直、凄く心に響く。

 伝えるタイミングも機会も全て絶妙だ。

 もしかするとアリシアは深読みではなく初めからこうなる事を予測して全ての布石を打っていたのかも知れないとも思えた。

 ギザスの中から死ぬ事に対する執着は消えていき、自然と心が軽くなった気がした。




「成る程、納得した。それでオレはどうすれば良い?」


「そうですね。わたしを信じてくれるならわたしの血を啜って下さい」




 アリシアはそう言って人差し指からしたたる血を彼に差し出した。

 ギザスは躊躇う事無くその血をゆっくりとゆっくりと噛み締めながら啜っていく。

 こうして、古いギザスは死に新たなギザスとして生まれ変わった。

 啜り終えたギザスは正眼据えて、アリシアにひれ伏した。




「これからはあなたに仕えます。よ」




 ギザスは突然、慇懃な態度を改めた。

 ギザスのいきなりの転身は流石のアリシアは少し困惑した。

 ブリュンヒルデにも似たような事をされたが彼の方が何というか……迫力があった。




「えっと、そんなにいきなり改られても……」




 驚き過ぎて少々、場違いな事を言っていると言った直後に気づいた。

 だが、ギザスは気にする事無く語りかける。




「いや、わたしがあなたのモノならあなたは主だ。それともさっきの言葉を嘘ですか?」


「いや、嘘じゃないけど……」


「なら、主は主です。主であろうと約束を違える事は許さん」




 ギザスの口調が改まって強く強調される。

 アリシアを疑っている訳ではない。

 彼は純粋にアリシアに仕えようとしているが、彼はアリシアと言う者を知らない。

 信用はしているが、信頼までは完全には勝ち得ていないからこその態度なのだとアリシアは理解した。


 それは追々、相応しい証を見せる。

 だが、現状として彼はまだ、全てを託すような想いはアリシアにも向けていない。

 教徒になったばかりの人間に100%の信頼を強いるのは無理な話ではあるので不信人とは思わない。

 彼の現状はそれで良い。

 だが、彼としては一度“主”と言う者に大きく裏切られた。


 “主”とは、彼にとって特別であり、その辺の悪党と劣るか同列の“義”であってはならない。

 さっきの口調はアリシアにその意志を示したのだ。


「お前の義が悪党と変わらないならお前を捨てるぞ」と言っているのだ。


 神だと分かっている相手にここまで強気に出る人間は多分、彼が初めてだ。

 だが、言っている事は間違っていない。


 神や教徒の義は世の義よりも勝ったモノでなければならない。


 それはアステリス様の教えでもあり、アリシア自身もその重みを知っている。

 少なくとも神に啖呵を切るほど義に熱い男を手放すのはアリシアの矜持に反する。

 ならば、やる事は決まっている。

 王と言う権威を持つに相応しい振る舞いをするしかない。




「慣れるように努力します」


「結構。主らしい振る舞いを期待します」




 すると、艦内アナウンスが流れた。

 後、30秒で極東に転移すると言う報せだった。




「ギザスさん。何かに捕まって結構揺れますよ」


「これから何が?」


「ちょっと衛星砲撃を防ぐだけですよ」


「全然、ちょっとじゃね!!!」とギザスは心の中で叫んだ。

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