ジョージ・マクレーン

 施設の組み立てを手伝っていると右肩に座る浄化竜パーシヴァルが髪を引っ張り何かを訴える。




「どうしたの?ヴァル?」




 すると、柵の外からカメラの音が聞こえる。

 マスメディアだ。

 ヴァルは初めて見るそれが非常に気になる様だ。

 アリシアがここにいることを嗅ぎつけ来た様だ。

 自分はみてくれだけなら見栄えが良いのだろう。


 スーパー美少女軍人などとネットでは書き込まれたくらいだ。

 アリシア個人としてはあまり目立ちたくはない。

 軍がプロパガンダに10代半ばの小娘使いたい理由も分からんでもないが乗り気がしない。

 別に正義の味方を気取りたい訳でないと言うより、アリシアの行いは人の思うような願いにはなり得ない。


 人類の存続、未来、平和アリシアのそう言ったモノを根ざしているわけではない。

 地球が滅んでも1人でも多く人間を地獄に送らない為にサタンと戦うのであり、目指しているモノが違うのだ。

 アリシア個人は統合軍に忠誠など尽くしていない、ただ良い信者を獲得する為にそのように振舞っているだけだ。


 そんな人間をプロパガンダにするのは如何なものかとは思う。

 それに神と言うのはそれほど社会的地位が欲しいわけではないので別に目立ちたくはないのだ。




「ヴァル。あぁ、言うのは気にしちゃダメなんだよ」




 ヴァルは多少気になる様だが、アリシアの言葉に従順して大人しくアリシアの右肩で眠る。

 アリシアはマスメディアを無視して組み立てを続ける。

 すると、背後から不穏な気配がした。





(殺気!)






 少し妙な殺気、何かを構えた音。

 恐らく、武器だ。

 持ち上げる前に先手を取る。

 アリシアは背中を向けたまま背中を屈めながら、体当たりをお見舞いする。

 「グホォ!」と唾を飛ばす様な声が聞こえた。


 だが、唾が自分にかかろうと関係ない。そのまま体を反転させ、地面に落ちた者の首元にナイフを突きつけた。

 ガタイの良いグラサンをかけた男は怯える様にこちらを見つめる。




「待ってくれ!殺さないでくれ!」


「なら、目的を話しなさい」


「仕事だ」


「仕事?暗殺のかな?」




 アリシアはキリッとした目でナイフを更に首元に近づける。




「ち、違います。そんな物騒な話じゃありません」


「なら、麻薬の取引でもしようと……」


「それもちがーう。犯罪紛いな行為じゃありません!」


「人の背後から武器を突きつけてよく言いますね」


「武器じゃない!カメラだ!」




 アリシアはキョトンとした顔になる。




「カメラ?」




 よく見ると地面には武器は転がっておらず、代わりにカメラが転がっていた。

 アリシアは徐に手に取る。

 軽く手に取り調べてみた。

 どうやら、武器が内蔵されていない本物のカメラの様だ。

 特殊な計測器や測定デバイスも付いていない。

 本当にただのカメラだ。






(なら……この人、誰?)







 民間人の立ち入りは制限されている。

 制限されてなければ、柵の外のカメラマンが一斉に自分の所に来るだろう。

 よく見るとこの男軍服を着て胸に部隊章が付いている。

 見覚えのある部隊章だ。






(そう確か……)






「あなた、もしかして広報部ですか?」


「はい。私は広報部のジョージ マクレーン大尉だ」




 アリシアは再度良く見直すと部隊章の横に階級章があり、確かに大尉の紋章だった。

 不可抗力とは言え、いきなり突き飛ばしたのは事実だ。

 アリシアはすぐに頭を下げた。




「も、申し訳ありません!いきなり、突き飛ばして!」


「いえ、こちらこそすまない。断りもなくカメラを向けてしまって……君の背中のラインや肉付きが美しくて、ついね……驚かせた。すまない」




 大尉は真顔で紳士的に言い放ち、軽くお辞儀して謝罪した。

 普通ならセクハラだが、幸いアリシアのこの言う事には疎い。

 それに多少、馴れ馴れしく階級上のアリシアに対して飄々としているがアリシアは特に気にしない。

 だが、いささか気になる事がある。




「大尉。つかぬ事を聞いても良いでしょうか?」


「何かな?」


「大尉はグスタフ マクレーンと言う名前に心当たりは?」


「うん?心当たりも何もわたしの兄だが……」




(やっぱり、そうか……)





 苗字を聞いた時もしやと思った。

 写真で見たグスタフの鼻の形がよく似ていると思った。




「君は兄を知っているのか?」


「えぇ……少しお世話になった事があります」




 そのお世話の意味が殺されたと言う意味である事などジョージは知る由も無い「そうですか!奇縁ですね!」と笑い飛ばすくらいだ。

 恐らく、ジョージには言葉の意味は知る由も無いだろう。




「それで大尉はわたしにどの様な御用でしょうか?」


「うむ。実は軍の上層部から命令を受け我が広報部は今話題の君を被写体にする事にした」


「却下」


「ええぇぇぇ!即答!」



 かなりのオーバーリアクションで口を開け、手の振りもかなりオーバーに驚いている。




「わたし、幾ら命令でもそんな偶像アイドル紛いの事したくない。偶像なんて精神腐らせるだけです」




 アリシアは年頃の女の子の様に拗ねてそっぽ向く。

 実際、年頃の娘だから仕方ない。

 ジョージは有無を言わさず、断られるとは想定していなかった。




「しかし、総司令部からの命令なんだ。悪いが絶対に従ってもらう」


「絶対いや。気に入らないなら懲罰房にでも入れれば良いです」


「命令違反は最悪、極刑だぞ」


「だったらそうすれば」




 実際、彼女に肉体的な死など基本的に存在しない。

 人間に殺されて魂の死を迎える可能性は確かにあるが、絶対とは言えないがその死に逆らう事は出来る。

 死ぬ時に苦しむ事は変わらないにしても寧ろ、自分が本当に生きる意味でこの要求を呑むのはごめんだ。


 何せ、信者に偶像崇拝を禁止しているのに自分の意志で偶像アイドルに加担するのは示しがつかない。

 極刑とは言うが、宇宙神の抑止力とも言える自分を殺すのか……いや、現に第2特殊任務実行部隊差し向けたくらいだ。それを言い掛かりに殺す可能性はなくはない。


 よほどの事でも無い限りは仕事としてアイドル活動はしない。

 それに総司令部には信用がない。


 天音やカエスト閣下に切迫して頼まれたら、真面目に仕事をすると言う模範を信者に示す為にやるが、総司令部の指示はその限りではない。

 もしかすると、自分のそう言う事情を分かった上で陥れようと画策している疑いがある。


 古来、悪魔とは人を巧妙に騙し、信者を作らないようにして来た。

 全部の世界が全部の世界ではないが……旧世代宗教には“教皇”と呼ばれる存在がいたらしい。

 ただ、それがアステリスの悩みの種でもあった。


 教皇は神に仕える者なのだから何が悩みの種なんだ?と疑問に思うかも知れないが正確には違う。

 何を持って神に仕える宗教とするかは人間の価値観だろうが、少なくとも神の認識で教皇と呼ばれる人が聖典などの救いを書き記した文献の教え、強いては神の教えを守る事はほとんどない。


 教皇は神の名を傘に着て、自分のしたい事をしているだけで聖書などの教えに沿った事はしていない。

 旧世代宗教の時代に書かれた旧世代宗派の中でも高い地位のある教徒が書いた「百万人の信仰」と言う著書の141ページの内容を要約すると「書物を残らず読破しても日曜日を聖日とする義務はない。書物には土曜日を聖日にするように義務付けている」と旧世代宗派の教徒自身が自分達は聖書の教えに背いて「土曜日を守っていません間違っていますが日曜日守っています」と嘯きながら神聖な神の教徒を名乗っているのだ。

 やっている事は神聖ファリの神父とそう変わらない。


 サタンはそうやって人を言葉巧みに騙すのだ。


 巨大組織の考えなら正しいだろう。


 大衆がやっている行事なら正しいだろう。


 そう思わせるのが狙いなのだ。

 人は自分の置かれた境遇と位置ですべての物事を判断しようとする自己中心的な習性がある。

 故に自分達とは違う考え思想と見ると無条件よくかんがえないに“異端”とするのだ。

 地動説を説いたガリレオのように正しい物を“異端”の一言で片付けるのだ。

 大衆的な意見、正義、思想が絶対正しいとは限らない。


 アニメの正義の味方が「人々の平和を守るために!」と言おうと大衆の平和を守る事が正しいとは限らないのだ。

 そのせいで大きな戦いが起きる事もあるのだ。


 今のアリシアにとって総司令部もそうだ。

 総司令部を教皇に見立てるなら、総司令部は世界平和と言う神の威光けんりょくを傘に着て尚且つ、自身の正義が正しいと証しない。

 それは証である聖書などの教えに反した教皇のやり方と大差なくその威光を以て、アリシアを殺す事を正義としたと言う事だ。


 これで総司令部に忠義を尽くせとか好感を持てと言われても無理だ。むしろ、罠だと思う。

 どう言い訳しようとその事象が起きたと言う事はその原因があり、結果があるのだ。

 騙されたにしろ、そう言う因果を引き寄せ、やった事実は変わらない。

 統合軍はアリシアにとって口先友軍、暫定敵とそう変わらない。


 軍の命令は父親が子供に言う事を聴かせるようなモノだと例えられるが、父親が父親としての責務や威厳を果たせないなら、それは父親ではない。

 責務が果たせないならそれは規律と言う秩序を乱すク〇ガキと変わらない。

 父親が父親としての責務は果たさず父親とは言えない。


 責務は果たせないのは子供だけだ。

 この世の事は天の世界の写しでもある。

 子供が親の親権を拒否する事もできると言うのは親に責任能力がないなら背く事もまた、理と言う事だ。


 そうならないように神とは、自分に厳格であり自身の高慢を人以上に厳しく律する生き物なのだ。

 今の総司令部の信用はアリシアにはその程度しかない。

 加えて、「偶像に加担しろ」と言うなら作為を巡らせているかもしれないのだ。

 拒むのが道理だ。

 アリシアの強情とも取れる強い意志は瞳に現れる。

 

 ジョージは並々ならぬものを感じていた。

 今まで数多くの被写体に会ってきた。

 それは全て軍の知名度を上げ国力強化の為でもあった。

 今回のモデルは今までのどの被写体よりも輝いていた。


 強く、賢く、可愛く、飾りっ気のないスタイリッシュさもありカッコいい。

 それは肉体の強靭さにも現れている。

 彼の目は見抜いていた。

 彼女の溢れんばかりの生命力を……感性のリビドーの迸りを感じる。


 背中のラインや肩幅のある広背筋、胴回りを超えた脚回り隆起した腕の力こぶ。

 それらがスレンダーの体に詰まっており女性らしいふくよかさもある。


 一見女性らしい細さがあり腕の太い男よりも弱そうにも見えなくはない。

 しかし、そのスレンダーな身体には見合わない程の男すら刃が立たない程の鋼の肉体が内包されている事を彼の感性とインサイトは見抜いていた。


 筋の通った様な合理的な肉体。

 見掛け倒しのイメージ戦略やプロパガンダ的な要素は一切ない。

 彼女はガチの戦士だ。

 それも超一流では収まらないハイスペックだ。






(見た目も良く、完全なガチ戦士で最強の名を欲しいままにしたここまで精強な人間がいるか!可愛くて強い子なら見た事はある。ここまで秀逸した被写体が未だかつてにいたか?いや、いない!何としても!何としても!絵を撮らねば成らん!わたしは紳士として世を喜ばせねばならんのだ!)






 彼の異様な熱がアリシアにも伝わる。





(なんか、変な殺気が更に増してる……)





 アリシアは思わず一歩後ず去る。

 神と呼ばれた自分でも彼の気配はこれまで戦った中でも独特の気配だった。

 この手の敵と戦った事はなかった。

 警戒しておいた方が良いだろう。

 ジョージは「コッホン」と咳払いした。

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