クーガーの新たな一歩
それからアリシアは食事を片付けて、ユリアを寝かしつけ、人払いをしてからクーガーと2人で自分について話した。
聖書の句節を交えながら「過越」「常燔」「除酵」「復活」「角笛」「仮庵」「五旬」アリシアのスキルとして”汎用戦術コンバットシリーズ”にも組み込まれているこれらの儀式とアリシアの関係性と役割をクーガーは聞き耳を立てながら相槌を打つ。
自分が神の代理で来ただけの神であり、聖書にも記載されていないが、これらの儀式サイクルを基に信者を強くして力を高め、強大な敵に挑まねばならず、その敵を倒さねば世界が滅びてしまう事とその敵は争いが大好きであり、そこで発生する特殊エネルギーを糧にしている事、人間世界で起きている様々な戦いにはその敵が関与しており、かなり狡猾な敵で仮に人類の存続、存亡、平和をかけて戦ってもそれすら新たな大きな争いを生み出す布石として、その戦いを嗾けるような巧妙さを持った敵だと説明した。
「そいつが人類の戦いの全ての原因なのか?」
「全部が全部、そいつのせいじゃないけど……並行世界を含めて全ての世界で起きている戦いの90%はそいつの仕業だね」
クーガーは何か思いつけたように感慨にふける。彼が何を思っているのか分かる。彼の想いは常に彼女に向いている。
「……アンタはオレの過去を知ってるんだよな?」
「えぇ、あなたの両親があなたが生まれた時に初めて何を言ったのかも全て知っています」
サタンの妨害があるにしてもこの距離なら相手の記憶を介して全ての過去を覗くくらいできる。
それこそ、8歳の頃のクーガーの髪の本数まで把握している。
勿論、彼がサレムの騎士になったきっかけも知っている。
「あなたがサレムの騎士にいるのが、エレーナさんの復讐だと言うのも知っています」
「やっぱり、お見通しか……ならよ……」
「あなたが聴きたいのはエレーナさんの死とそいつとの関係性ですよね?」
「そうだ」
「……結論を言えば、答えはYESです」
アリシアは知っている。8年前、彼には恋人がいた。
エレーナと言う長いブロンド髪の淑徳溢れる笑みが特徴的な女性だ。
統合軍兵士だったクーガーが付き合っていた女性だ。
まだ、任官したての新任少尉だったクーガーにとって心の支えとも言える女性だった。
彼女のお陰で辛い訓練にも耐え、これはパイロットとして頭角を現した。
全ては彼女と幸せを築くためだった。
だが、彼が中尉になった時に辺りである事件が起きた。
エレーナが何者かに殺されたのだ。
だが、犯人は分かっていた。彼の上官だった男だ。
家のペット用の見守りカメラに上官が軍で管理していた拳銃を使い、ペットの犬諸共、エレーナを射殺するところがしっかり録画されていたのだ。
だが、警察は上官を逮捕せず、不起訴にし、上官はその直後、ジュネーブの第1特殊任務実行部隊と言う秘密部隊に移籍し、何度もジュネーブに乗り込むとした面会を拒絶され、追い返される。
それを繰り返す内に男の方が門兵と口論をしているクーガーの前に現れて、こう言ったのだ「あの女が悪いのだ。あの女がわたしにウィスキーを出さないのが悪いのだ」と亡き彼女に悪態をついた。
クーガーは酒が飲めなかった。
だから、同居する家には酒は置いていない。
以前、上官が家に来た時、そう言う理由で酒を出せず、コーヒーを出した事があった。
更にその男は「あのような泥水ではなく、オレの為にウィスキーを買ってくるのが奴隷である女の務めだろう。寧ろ、お前は感謝すべきだ。あのような女がオレに殺され、わたしの純潔のために殺されたのだ。寧ろ、感謝しろ」それが男の本性だと分かってから殴りかかるまで数秒とかからなかった。
それから門兵に拘束され、営倉に送られた。
許せなかったのだ。
クーガー自身の事を侮辱されるならまだしも、あんな男に強くて綺麗で健気なエレーナが理不尽に殺されたことに憤りを覚えずにはいられなかった。
どう、考えても可笑しい。
証拠が揃っているのにあんなサイコパスのような男が不起訴になった事も軍が軍備品である銃を不正に使っても何の沙汰も起こさない。これは何かの作為を感じた。
この殺人は軍や警察も絡んでいる。
何故、エレーナを殺す必要があった?
彼の中に政府に対する不信が募る。
(何故、エレーナが死なねばならないのか!エレーナが何をしたと言うのだ!真心込めて接したはずだ!それが悪だと言うのか!彼女の純潔が、あの男の純潔に劣るとでも言うのか!いや、そんなはずはない!そんな事はあってはならない!あんな糞野郎にエレーナの純潔を汚されてなるモノか!!!)
彼は神を呪いたくなるほど男を憎んだ。
それから彼がサレムの騎士になる事を決断するまで、そう時間はかからなかった。
営倉を飛び出したその足でサレムの騎士に入団した。
その後、あの事件の事を調べたが何も分からなかった。
そこで彼は第1特殊任務実行部隊を執拗に追い回した。
結果、部隊長をしていたその男を抹殺し、復讐を果たし、男の持ち物や遺品を全部、奪って背後関係を調べたが“支援者F”と言う存在がバックにいる事以外何も分からなかった。
それから8年間彼はサレムの騎士として戦ってきた。
それが彼の経緯だった。
「恐らく、その支援者Fはわたしが追っている敵、もしきは敵の協力者ですね」
「その恐らく、と言うのは?」
「この世界にあった絶対の”権能”は既になくなっています。だから、神でも絶対はこの世にはないんです。だから、わたしの情報精度も絶対ではない」
「……なら、それで良い。オレが気になるのはそいつの動機だ。なんで、エレーナをそこまでして殺す必要があった?」
「わたしの予測も入りますけど、その方が面白いから……だと思います」
「面白い……?!」
クーガーは顔を顰めた。あくまで予測の範囲の話だが、犯人の動機が快楽に根差したモノだと認識、憤りが零れた。
(そりゃ……怒るよね……)
とアリシアは思った。
「多分、敵はこう考えたんだと思います。あなたを怒らせて復讐に駆り立たせた方が効率的であり面白い」
「効率って……のはその特殊エネルギーの採取なんだろうが、それがなんで面白いと結び付く?」
それがイマイチ、分からない感覚だ。
仕事の効率化と遊びでは相反するはずだ。
効率を重視するなら「面白い」などと言う娯楽的な要素はないはずだ。
「あなたはテレビゲームのプレイ経験は?」
「まぁ……暇つぶしにやった事はあるが、それがなんだ?」
「ゲームをやっていって強化されたあなたなら、レベル1の敵1000体と戦う?それともレベル40の敵1000体と戦う?」
「それは強化具合にもよるがレベル40だろう」
「それと同じ」
「はぁ?」
「敵もそれと同じ。その敵にとって歯応えのある敵と勝負する演出、時、場所が必要だった。その方が激戦になり、多くのエネルギーを集められ、勝利した時のアイテムやポイントが大きい。あなたの復讐劇はその演出の内だった。恋人の復讐劇、それに付随した大きな戦い。あなたの復讐の為に男の前に何度も現れ、妨害したはずです。それによって大きな戦乱を起こす事が敵の目的だったのだと思います。あなたと言う個体が妨害しなければ大した激戦にもならず、それを起因とした戦いも大きくならず、何より演出として面白くない。わたしが知る敵の情報を照らし合わせるとそう予測できます」
「……つまり、そいつはオレを復讐鬼に仕立て上げて、自分が考えたゲームを楽しむ為だけにエレーナを殺したと?」
「そうなりますね。あなたの上官だった男も内心屑だった事を利用されてあなたの元に送られたんだと思う。内心屑だから、多少の事で忍耐できなくなり金や賄賂、不起訴処分なんかチラつかせれば、簡単に犯罪に手を染めると分かってたんでしょうね」
かなり荒唐無稽の話ではあるが、筋は通っているように思えた。
そもそも、極一般的なエレーナを殺すために何故、政府や軍まで介入して死の真相を隠すのか?
その不合理さを説明するには人の人生をゲーム感覚で楽しんでいる享楽者がいると言う説明の方がクーガーが立てたどの仮説よりも信憑性がある。
「アンタ、神様なんだよな?」
「そうだよ」
「天国ってのはあるのか?」
「あるよ」
「エレーナは天国にいるのか?」
「いる。彼女の尊い純潔は守られた。彼女の美徳です。そして、あの男は地獄に送られた」
クーガーはそっと胸を撫で下ろした。
(そうか、アイツの純潔は守られたんだな)
この世の中は理不尽ばかりだが、神は公平だったようだ。
悪事を働いたあの男まで天国にいたなら、それこそ理不尽以外の何者でも無い。
だからこそ、地獄と言うモノがあるのかも知れない。
公平な存在だからこそ、地獄が無ければ公平とは言えない。
「あなたは彼女と再会すべきだよ。だからこそ、地獄に落ちるべきではない」
「そうはどうすればいい?こんな汚れた男だぞ。そんなところに行けるのか?」
アリシアの台所にある包丁を手に取り、右人差し指の先を切り血で滴る指を彼の口元に持っていく。
「あなたがわたしを神と信じて罪が赦されたいと切に願うなら啜りなさい。血中のタンパク質はわたしの肉、ヘモグロビンはわたしの血です。罪の赦しの糧です。赦しを得たいなら値なしに啜りなさい」
彼は一度、整理する。
彼女が正しいのか?
あの書物に書かれている内容に基づく事を行い、エスパーでも出来ないようなクーガーの過去を正確に読み取る力、そして、彼女はエレーナの純潔を褒めてくれた。
なら、彼女は正しいのだろう。
仮に間違っているとしても今のクーガーの人生よりは正しい筈だ。
なら、貫徹してでも付き合ってみたい。
何より、エレーナにもう一度、会いたい。
彼は彼女の血を啜った。
その瞬間、岩のように閉ざされていた心の目が開かれ目の前の景色が変わる。
「なんじゃこりゃ!」
思わず、驚いてしまうほど壮大な光景だった。
クーガーの目が高次元を捉えているのが分かる。
高次元に見える数多の未来、過去が目に見える。
遍く、蒼い世界でそれは散乱と輝いていた。
正しく生きて、クーガー。
突如、光が見えた一瞬だが……女のシルエットが見え、クーガーに微笑んだ。
一瞬だが、忘れるはずがない。
「エレーナ!エレーナ!」
クーガーは手を伸ばそうとするが、エレーナは遠くに行ってしまうように離れて行った。
最後まで微笑みを絶やす事なくクーガーを見つめていた。
力が制御が上手くなかったクーガーをアリシアは引き戻し、クーガーを落ち着かせた。
それからクーガーがアリシアの元で戦うと決断するまで1秒もかからなかった。
確かに彼女は神なのだろう。
神に忠義が尽くせるなら、誉れかも知れない。
だが、クーガーの中ではエレーナの事が忘れられなかった。
話を聞く限りのこの契約を全うした暁にはエレーナと同じ場所に行けるらしい。
なら、やる事は決まっている。
エレーナにもう一度会う。
その気持ちの方がクーガーの中では一番優先的であり、それがクーガーを再起させる。
神に対する不順とも思ったが、アリシアは「それで良いよ」と言った。
神の許可は下りた。なら、迷う事はない。
クーガーはそれを胸に新たな一歩を踏み出した。
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