夕食のカレー

 クーガー スリンガーは鼻に刺さるような香ばしい香りに目を覚ます。




「アリシアお姉ちゃん、カレーまだ?」


「あーあと5分待ってくれるかな?」


「うん、わかった」


「カレー……楽しみ」


「美味しそう」


「ここまで経口エネルギー源を主体とした物には興味がある」


「ラグナロクでは味わえん、風習だからな。それに鼻を刺激するこの匂いは悪くない」


「ラグナロクでは手から補給でしたからね」




 寝起きで寝ぼけているのか、意識がぼんやりとしている。微睡む意識の中でクーガーは思った。

 自分はさっきまで戦っていたはずなのに……何故か、家族団欒な食卓の席にいる。

 厨房で料理をする母(?)に、椅子に座るシルクハットを被った夫(?)もしくは長男(?)が腕を組み座り、その隣に凛とした勇ましい長身金髪ロングヘアの長女(?)と長女によく似た次女から四女に加え、彼女と比べて遙かに幼く顔が似ていない五女まで縦長のテーブルを囲っており彼らがテーブルの横側を陣取り自分が縦側にいた。


 薄々、感づいたが長女(?)と次女(?)がクーガーの真横に付けてられている。

 気配からして見かけに反して相当の手練れだ。呼吸の仕方で分かる。

 かなり整って聴き入ってしまうほどだ。

 だいぶ、意識が戻ってきたのか、この面子の事が少しわかった。


 五女以外戦闘経験者ばかりだ。

 この中なら長女(?)が一番強い、その次に長男、クーガーが勝てそうなのは二女と三女と、四女らしき幼い子は長女に次いで強そうなので無理であると判断できた。

 かろうじて、二女と三女なら刺し違えて倒せそうと言ったところだ。

 なんで自分がここにいるのかうまく思い出せないが、五女を人質に逃げると言う手も考えたが、そうする前に長女か四女に殺される。

 仮に突破しても長男、更に突破しても二女、三女が阻むだろう。

 それを意識してなんだろう。

 クーガーと五女の席は一番遠いところに配置されている。




「みんなできたよ」




 母(?)らしき人がカレーの鍋からルーをご飯にかけて往復しながら1人1人に渡していく。

 五女から始まり、長男を経由して最後に長女と言う順番で渡していく。

 皆がそのカレーを見て目を輝かせ、心躍らせる。

 旨味を含んだ匂いが鼻腔を刺激、意識が一気に戻りそうだった。






(やべー、母親と目があった……)





 その時のクーガーが意識がぼやけたせいで、幻なのか、こんな凶悪戦闘民族に対する潜在的な恐怖で見た走馬灯なのか、分からないが目があったクーガーに女は優しく微笑みかけた。

 と同じように……その淑徳と慈愛溢れる純潔さがと重なる。

 その時、の顔を見た気がした。




「エレーナ……」




 クーガーもおぼろげな中で思わず、呟いていた。

 もう会えるはずのない想い出を口にして全員の視線がクーガーに向く。




「あー起きたんだね。ちょうど、よかった。お腹すいたでしょう?よかったらご飯食べて」




 そう言って女はご飯の上からルーをかけ、クーガーの席まで持ってきた。

 何がなんだから分からないクーガーは言われるがままに「あぁ、ありがとう」とだけ答えて、渡されたスプーンを手に取る。

 その後、皆ぎこちない感じで合掌して「頂きます」と母親の後に続いた。


 母親と五女以外はぎこちない感じで2人を真似しながら、スプーンでカレーを口に運ぶ。

 彼女らはカレーを初めて食べたのだろう。その味に舌鼓を打ったようだ。

「初めて味わった」と言う声も聴いたが「神力が高い」「神力が豊富」「神力が繊細」と言う聞き慣れない単語が飛び交うが、クーガーには理解できない。

 ただ、美味しそうに食べている。

 実際、口にすると確かに旨い。


 一度、高級カレー料理店のカレーライスを口にした事があるがアレが、ぼったぐりに思える旨さだった。

 台所を見ても市販の材料しか使っていない。

 家庭料理でこれが作れるなら自分があの店で食ったカレーはなんだったんだ?とあの店の料理人に問いたい。

 だが、あまりの旨さに本気で目の前の女を主婦だと思い込んでいた事をようやく、気づいた。






(いかんいかん、寝ぼけとカレーに釣られて肝心な事を忘れていたぞ)




「アンタ、アリシア・アイだよな?」


「何を今更、わたしの顔を知ってるなら見た時から分かるでしょう?」




「それは仰る通りです」としか言いようがない。ようやく、思い出した。

 自分はあの時、アリシア アイに撃墜されたのだ。





(その後、どうなったか知らんが状況からして捕虜になった……んだよな?)





 なんで、疑問形で尋ねるのか?と言えば、捕虜がこんな手厚い待遇受けるわけがないからだ。

 普通、牢屋に入れられて生きさず殺さずのような食事しか与えられず、ジュネーブ条約無視の非人道的な扱いを受けるのが常識のはずだ。

 彼女の対応はあまりに現実と乖離し過ぎている。





(それとも何か油断させる為の罠か?)





 そう、疑いながらクーガーはカレーを口にする。

 毒は入っていないようだが、それ以前に不信に思うなら口にしなければ良いモノを何故か、自然にスプーンを口に運んでしまう。





(なんて、恐ろしいカレーだ)




 これはこれで敵の術中に嵌っていると言えるかも知れないと内心思った。




「アンタ、オレを捕虜にしたのか?」




 クーガーはカレーを口に運びながら尋ねた。アリシア アイは近くの席にいた五女の口元についたカレーを拭きながら答えた。




「見れば分かるでしょう?」




(見ても分からん)




「いや、すまん。分からん」


「ん?そう?捕虜に食事を与えるのは普通だと思うけど?」




(与えるにしてもこんな完成度の高いカレーを振る舞うのはアンタくらいだ!普通は缶詰1個で終わるわ!くそ、なんか、話が噛み合わんな)




「捕虜の扱いって普通はそう言うモノ?」


「あぁ……そう言うモノだ……ん?」




(アレ?今、口にはしてないよな?まさか、考えを読まれたのか?)




「ある程度、読めるよ」





(嘘だろ……今までの事筒抜けか?)




「うん、筒抜け」




(エスパーか!)




「エスパーではないけど、筒抜け」




(マジか……下手な隠し事はしない方がいいな……)




「その方が良いと思うな」




 クーガーは「はぁ……」と息を漏らす。




「それでオレを捕虜にしてどうする気だ?」


「あなたをスカウトしたい」


「何?オレをか?アンタ、正気か?オレはテロリストだぞ?」





 この世界のどこにテロリストのスカウトする統合軍の軍人がいると言うのだ。

 元テロリストの自軍に引き込んでも厄介事が増えるだけだ。

 自分はそこそこ腕が立つが、それを考えてもデメリットが多いのは誰の目から見ても自明だった。




「メリットならある」


「あるのか?」


「わたしにしか分からない価値だけど、あなたはパイロットの技量以前に尊い価値がある。例えば、自分の食事を削っても1人の女の子の空腹を癒そうとする誠実さと愛する気持ちとかね」


「!」




(何故、そんな事まで知っている?心を読む力は、そこまで読み取れるモノなのか?)




 少なくともクーガーの知るエスパーはそんな事はできない。

 彼らはあくまで「今」考えている思考を読むだけで人の過去や記憶を読むわけではない。

 それでもなお、それを知るとなるとクーガーにとってアリシアはある種の底知れなさを感じて少し畏怖を覚えた。

 パイロットとしては既に超人の域に達しており、噂では身体能力も人外であり、ナイフ1本で銃を持った兵士達の首を刎ねたとか言われているのだ。

 あまりに残酷な殺し方に目撃した新兵が発狂し、PTSDになったと言われている。

 ちなみに他の噂としては何度が生身での戦闘を行っており、その際に刀やG3SG-1を片手に戦場を荒らし回り、たった1人で戦域にいたサレムの騎士を皆殺しにした事もあったと言われている。

 

 アリシアとしてはそれは事実なのだが、荒らし回ったと言うよりは向こうが勝手に自分への脅威度を跳ね上げて戦力を差し向けたので迎撃せざるを得ず、スナイピングしたりフルオートで50発装填式のうつむせでも撃てるように改造された通常のマガジンの3倍の横の長さのあるマガジンを使い潰したり、刀で首を狩ったり防弾チョッキごと胴体を両断したり、或いは敵の銃を奪ったり、トラップにかけて地雷で建物ごと破壊したりなどして当時は生き残る為に懸命だった。

 そのせいでクーガーが薄々、自分の事を恐れているとアリシアは感じていた。

 皆殺しにしたのは事実なのでそこは敢えて否定せず、何も触れずに会話を進めた。





「少しニュアンスが違いますが大方その通りです。だからこそ、わたしにとってはあなたの方が万金よりも価値がある」

 



 アリシアは知っている。

 兵士にとって自分の食事を抜くと言うのが如何に致命的な事かよく知っている。

 人並み以上に食べるアリシアなら猶更、その意味を知っている。

 それがパイロットにとってどれだけ死活問題か、それが生死を分かつファクターでもある。

 だからこそ、自分の命を削ってまで自分のできる範囲で救おうとした彼の誠実さと愛は素晴らしい。


 その場限りの施しと少女を救う事は違うかもしれないが、その時の彼は本当に少女を哀れみ、心を尽くして救おうとしたのは分かっている。

 そして、その僅かな事で彼女の生命を繋ぎ……アリシアがバビの都市部を制圧して彼女を癒し信者に出来たのだ。


 全ては彼の想いと因果により為された事だ。

 多少、魂の形は悪く、トゲトゲしい彼を抱くのは辛いモノだ。

 過越をすると言うのは、相手の魂にアリシアの神力を切り離して与え、繋がる事だ。

 彼らが生まれ変わるまで繋がりを使い、神力で力を注ぎ、トゲを無くしていき、時としてその者の咎と言う茨も抱えないとならない。


 ある意味、出産のようなモノだ。

 信者と言う名の新たな魂を作る為の信者の数だけ出産しないとならないし、完成するまで生みの苦しみを味合わねばならない。

 その点で言えば、咎のある魂は出来れば抱えたくはないが、彼は見込みがある。

 育てれば、良い信者になってくれる可能性はある。

 例えそれが……テロリストであっても罪を悔いてくれる可能性があるなら等しく救いを与えるのが神だ。




「まるで全能者だな……神のようじゃないか」


「ようだ、ではなく本物ですよ?」


「何?」




 クーガーは尚、驚いた眉が跳ね上がる。




「宇宙神を倒したから神と名乗っているのか?」




 その問いにラグナロク組の口が止まり一瞬、クーガーを一瞥した。




「自称、神様なんて異常者みたいと思わない?」


「思うな。自称、神様なんて世の中幾らでもいるからな。その定番と言えば、変な呪いや奇跡なんかを見せて人を惑わすパターンだ。だが、どれもロジカルの範囲内のペテンだ。アンタがやった術がどんな理屈か知らんがそれだと自称の域を出ないだろう?」




 アリシアは自分の術を奇跡として見せているつもりはないが、他人から見ればそう見えるのは知っている。

 それに彼の言う事はもっともだ。

 様々な文献に神が奇跡を行ったから奇跡を行う者が神だと勘違いしているが……それで良ければ、イエス キリストと言う男は奇跡を行ったのに何故、磔に遭わねばならなかったのか?


 奇跡を行った=かのうせいなら誰もかの者を殺さなかっただろう。

 それどころか、かのうせいを信じただろう。

 ジャンヌ ダルクも啓示を受けて奇跡を行ったが結局、火刑に処されている。


 人間の歴史が奇跡=かのうせいではないと証明している。

 どれだけ「奇跡が人類の希望」だの厨二臭い事を言おうと事実がそうなっているので認めるしかない。

 子供みたいに「認めない」と喚こうと物事の正当性はそこにはない。

 何故なら、口先だけで「奇跡が可能性」と言っているのに人間が一度として「可能性」を信じた試しも無い。

 つまりは「可能性」を信じると言う証を一切していない。

 ペテン師達もかのうせいを信じると言いながら、行動は口先だけだ。

 奇跡を見せびらかして自慢しているだけに過ぎない。


 残念ながら、本物はそんな事はしない。

 アステリスの話では、アスタルホンが奇跡を行ったのは当時の人間達の多くが文字の読み書きや論理思考がまともにできなかった為、分かり易く神の真理を教える入門編のような形で「奇跡」を行っただけで「奇跡」などただのオプションだ。


 読み書きとある程度の論理思考ができるこの時代で「奇跡」メインで「わたしが神様です」と言っても胡散臭いだけだ。

 そうならない為に神はこの世界の複数の文献に自分を証する証明本兼救いの本を残したはずなのだが、人間の因果により大半が失われ、残ったのは聖書だけになってしまった。


 だから、アリシアはある程度、聖書に沿った形でアリシア自身を証せねばならず、2割くらいの奇跡も行わねばならない。

 神の大罪後の人類は人間性が衰え、論理思考が弱体化している為、多少、奇跡見せないと納得しないからだ。

 そう言う意味ではクーガーはやはり見込みがある。

 アリシアがそれを教えなくても「奇跡」が無価値だとよく分かっているのだ。

 本来はクーガーのような考え方が正しい。


「奇跡」なんて悪魔でもお手軽に起こせるモノだ。

 人はかのうせいではなく「奇跡」を信じたい生き物だから、奇跡を見せたら簡単に悪魔に騙される。

 それを人類の可能性とか希望と勘違いするのだ。

 よく考えればそれが違うと分かるはずだが、そこは論理思考の弱体化が招く固執としか言いようがないが因果応報でもある。

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