最大規模の親子喧嘩

 地獄の最下層。


 アステリスは失意を抱きながら、その場から去ろうとした。

 自分の希望を自分で消してしまった。

 仕方なかったとは言え申し訳がないと思う。

 「全ては自分の罪である」とアステリスは懺悔の気持ちを抱きながら、その場を去ろうとした。




「待て!」




 突然の声に後ろを振り向く。

 すると、ネクシレウスを目の前にイリシアが浮かんでおり、目は死んだ魚の様な目でこちらを見つめる。

 アステリスは悪寒が走り直ぐに距離を取った。





(気づけなかった?わたしが……)






 そんな筈はない。

 世界そのものであるアステリスは世界の全てを監視しており、人間の髪の毛が全世界で何本あるか精確に把握出来る程であり、如何なる存在も自分の背後は取れない。

 なのに取られた。それもいとも簡単に……。


 アステリスは戦慄した。

 目の前にいる上半身だけのイリシアは口で何かを高速で呟いていた。

 アステリスすら把握出来ない。

 すると、イリシアの肉体が蒼い光に包まれた。




「まさか……そんな馬鹿な……」




 アステリスは驚愕した。

 目の前のイリシアは間違いなく神のみが使える”権能”で下半身を再生させ、破れたスーツも元に戻した。

 本来、教えなければ絶対に取得出来ない”権能”を使っている。

 この地獄と言う世界ではスキルは使い難い、それでもなお、使うとなれば”エクストラ スキル”に類するスキルしかないが、イリシアには”再生”を司る”エクストラ スキル”はない。

 ならば、”権能”を使っているとしか思えないのだ。

 すると、イリシアの肉体は再構築され、外見は変わっていないが確かに違う。

 溢れ出るスピリットの量が尋常ではなく肉体も魂も”権能”でそのように合わされている。

 神の存在が小石に思えるほどの圧倒的な力だ。

 それ故に気づいた。彼女はイリシアではない。




「お前は何者だ!イリシアではありませんね。正体を明かしなさい!」


「我が名はオリジン!」




 イリシアの口から男の口調で話かけてきた。




「オリジン?」




 アステリスの情報網でも該当する存在はいなく完全に未知の存在だった。

 すると、オリジンは召喚された大太刀を左手でガッシリと掴んだ。




「我は悪魔を斬り裂く剣!」


「悪魔を……斬る?」


「まずは貴様を斬り裂く!」




 オリジンはアステリスが反応出来ない速度で一気に目の前に現れる。

 オリジンは力任せに剣を振るおうとした。





(剣先が単調ね。これなら!)





 アステリスは剣でガードした。

 だが、オリジンの振るわれた剣は溢れ出るWNの力を受け、威力を増し放たれた一撃はアステリスの剣をグニャリとへし折った。

 アステリスは驚き咄嗟に距離を取ろうとしたが、それよりも速く畳み掛ける様にオリジンはネクシレウスを回し蹴りをお見舞いした。

 ネクシレウスは激しく機体を打ちつけながら、地面を滑走していく。

 アステリスは機体のスラスターを噴かせ、姿勢を立て直す。




「馬鹿な!何と言う膂力!ネクシレウスのパワーを超えるだと!」




 ネクシレウスの膂力は世界でも最強の部類であり、ADと相撲したとしても負ける事はない絶対ない。

 それをあの存在は易々と蹴り飛ばして見せた。

 畏怖すべき相手だ。

 だが、畏怖をする時間など相手は与えない。


 オリジンはトドメをさせなかった事もまるで腹を立てるように怒りを滾らせ、WNを超新星爆発の様に滾らせる。

 その波動はありとあらゆる世界にまで及んでいた。

 ありとあらゆる並行世界で宇宙全域で予兆の無い地震が起き嵐を巻き起こしていた。




「何なの?これだけの存在がこの世にいたのにわたしは今まで気づかなかったなんて」




 考えうる可能性は1つだけあった。

 人間は神の存在を見る事も感じる事も出来ない。

 なら、このオリジンも同様だ。

 アステリスが感じられないほど高次元の存在と言う可能性だ。




「そんな可能性があり得るの?」




 答えるはずのない自問自答だ。

 怒りの炎を力に変え、大太刀が更なる輝きを放つ。




「桁外れのスピリット。単純な力押しだと負ける」




 オリジンは再びアステリスに接近し大太刀を振り翳し、トドメを刺しにかかる。




「何度も同じ手は!」




 アステリスはオリジンの太刀筋を見切り、右真横に避けた。




「同じだと思うなよ!」




 彼から放たれた一撃は銀河数十個すら飲み込むほどの大きな濁流となり、呑み込もうとした。

 直撃では無いにしろネクシレウスは悲鳴を挙げ、関節は所々にダメージが入り火花を散らす。

 動きが一時的に緩慢になる。




「早く。修復せねば……」


「このまま貰っていくぞ!貴様の首をな!」




 時間経過と共にオリジン自身の技量も精神も成長していく。

 オリジンは追撃して更にもう一太刀、アステリスにお見舞いしようと大太刀は更なる輝きを放ち始める。

 アステリスは直感した。






(この一撃は宇宙すら創りあげる一撃なんて……)







 これを喰らえば幾ら永遠の存在の神とは言え、世界そのものを失えば死ぬ。

 アステリスは目の前に突然、現れた死と言う者に戦慄する。

 防ぐ事も避ける事も出来ない。

 アステリスは思わず目を閉じた。




「はあははは!死ねぇぇぇぇぇ!」




 オリジンは悪どい笑顔でトドメをさそうと大太刀を振り翳す。





(ダメ!)





 オリジンはその言葉に振りかざす剣を止めた。




(その人を殺しちゃダメ!)




 声の主の言葉にオリジンは疑問を投げかける。




「何故だ?イリシア?この者はお前を裏切った。信頼を捨てた。愛の無い無関心な存在。悪魔だ。悪魔は全てを無にする。我らに欠落……寂しいを作る存在。悪魔は殺すべし!」




 オリジンも悪魔と言うモノが怖くて堪らないように悲痛に叫ぶ。





(確かにそうかも知れない。この人は私を裏切った。どんな意図があったとしてもそれは変わらない)






「ならば!」





(でもね。あなたがしている事も悪魔なんだよ)





「ギギ。悪魔?オリジン……悪魔」





(あの人のやった事は確かに酷いよ。でも、彼女の言い分が分からない訳じゃないの。彼女が悪魔になっちゃった理由も分かるの。あの人も欠落しちゃってるから悪魔に成っちゃうの)




「ギギギ。欠落が悪魔を作る」





(それの補って悪魔にするのを阻止する。それが仲間や家族、友達だよ。オリジンだって欠落は嫌で補って欲しいでしょ?私に欠落補って貰って嫌だった?)





「嫌……じゃない。救われた」






(だから、私は同じ事をあの人にもしないといけない。体、変わってくれる?)





「うん」




 オリジンは素直に大人しく下がった。

 イリシアの体から蒼い光が迸り、徐々にイリシアの表情が柔らかくなる。




「元に戻った?」


「アステリス……様」




 彼女は戸惑い、未だ怒りを抱きつつもアステリスの気持ちを汲み取り、陳謝して何とか言葉に口にする。




「あなたが人間を救おうとしたのは本心だった。でも、人間が欲望や誘惑であなたに背きあらゆる世界を汚染している。幾ら救ってもキリがない。だから、あなたがめんど臭いと思うのは分かるよ。あなたは孤独だから、誰にもその苦しみを分かち合えず苦しかった」




 アステリスは黙って言葉に耳を貸す。




「だから、あなたがわたしを道化にしたくなったのは分かるよ。やってられないもの。正直、あの子達を地獄に送ったのは許せない。でも、罪人であるわたしがあなたを咎める資格もない。でも、確かに言える事がある。ありがとう」




 アステリスは思いがけない言葉に表情がかすかに動いた。

 流石の彼女も感謝で出るとは思わなかった。

 でも、「それでこそ」と思うところがあった。

 どんな状況でも感謝が出る者こそ真に神の嗣業を受けるに相応しいのだから……




「あなたは確かに救ってくれた。一度は天の世界に導いてくれた。地獄で生きていける言葉もくれた。あなたはわたしを殺すつもりだったのかも知れない。でも、わたしはお陰で地獄でも生きていけるだけの強さを得られたと思う。こんな戦いと殺し合いしか無い痛くて、辛くて、寂しい世界だけどわたしは確かに生きてる。命をあなたから貰えた。だから、もう何も要らないです。罪人は罪人らしく地獄で生きましょう。今までありがとうございます!」




 イリシアは優しく微笑んだ。

 その顔は逆境の中でも決して感謝する心を忘れないほど強く洗礼された魂へと昇華していた。

 アステリスも不意に笑みが零れ大いに満足した。





(これなら大丈夫そうね)





 不意に安堵の笑みを浮かべる。




「でも!」




 イリシアは突然真顔になって語り始めた。




「神であろうと!いや、神だからこそ窃盗は許しません!」


「う?ううん?」




 突然の事に何を言っているか分からなかった。




(え?窃盗?わたしが?それは十戒違反……アレ?そんな事いつした?)




 アステリスは困惑した顔でイリシアを見つめる。




「あなたはわたしの胴体真っ二つにしたんだからその借りは絶対に返します。いえ、返してもらいます!というより返しなさい!」




 子供のように駄々を捏ねた思いがけない言葉にアステリスは唖然となる。

 長い沈黙を置いたあと、アステリスから笑いが込み上げた。




「ふははははは!えぇ!そうね!確かにとんでもないモノを盗んだわね!それで?どうやってその借りを清算すれば良いのかしら?」


「互いの全力を一撃にかけて!」


「一撃で仕留める技を撃て。そう言う事ね」


「えぇ。でも、わたしはあの力は使わない。わたし自身の全力全開であなたを倒しあなたとの契約通りあなたを超える!」


「良いでしょう!なら、挑み。倒してみよ!」




 アステリスは両手で構え剣先をイリシアに向けると御業を使った。

 ネクシレウスの後方に蒼い何かが現れた。

 それはイリシアが戦った太陽規模の竜をよく似ていた。

 青白い竜は光となり剣に宿り剣から激しく圧が迸り空間を揺らす。




「凄い。そんな事が出来るんですね」


「これがわたしの全身全霊。かつての戦いでサタンに深手を負わせた私の渾身の一撃です」


「流石、全知全能の神ですね。あなたを前にすればわたしは何も出来ない存在なんでしょうね。だから、わたしはわたしに唯一出来る事に魂が砕けるほどの全力を注ぐ!」




 イリシアも両手で構え剣先をネクシレウスに向け、自分の有りったけのWNを注ぎ込む。

 だが、その注ぎ込み方は尋常では無かった。

 自身の魂を消滅でもさせようとする程の力を彼女は躊躇いなく、注ぎ込み莫大なエネルギーが辺りの空間を激しく揺らす。

 互いの力が拮抗、空間が悲鳴を挙げ始める。

 あまりの力の前に地獄の戦域では津波や竜巻が巻き起こり、地獄の亡者や獣を根刮ぎ刈り尽くしていく。




「まさか、これほどとは……」


「いくよ!アステリスおかあさん!これが最初で最後の親子喧嘩だよ!」




 イリシアとアステリスは突貫した。




「はああああああああ!!」


「はああああああああ!!」




 2人の剣先が激しく激突した。

 お互いの蒼い輝きを放つWN粒子が嵐の様な奔流を巻き起こし、激しく激突、空間を揺るがす。

 地獄全域で竜巻が巻き起き、火山が噴火し、雷撃が天から雨の様に降り注いだ。

 地獄の亡者達は神々の戦いの前にただ無力に飲み込まれていく。

 空間は揺れ、3次元の地球でも人間が感知出来る程の異常な重力波が地球を襲う。

 地球ではマントルの対流が加速し大陸プレートが呑まれ、マグニチュード5以上の地震が世界各地で連続して発生する。


 地球全域で津波が起き、世界各地の津波防止の障壁が海岸上に展開する。

 各地の火山地帯でも噴火が起きていた。

 人間はその異常事態に対処した。

 原因を知らぬままに……。

 そして、地球では瞬間的に異常な重力波の爆発が観測された。




 

 辺りには煙が立ち込める。

 イリシアとアステリスは互いに激突し交差させ、互いに力を出し切った様に過ぎ去った。

 互いに硬直し動こうとしない。

 背中と背中を向かい合わせ動こうとしない。

 その静寂を破る様に上空から何かが落ちてきた。


 重厚感のある音を立て地面に落ちたそれはとても大きな剣の刃先だった。

 そして、イリシアが大太刀を払った瞬間、ネクシレウスは力尽きた様に地に足をつけ、うつむせに倒れ込んだ。

 機体の全身から火花を散らせ、もう動く事すら出来ない。

 イリシアは後ろを振り返り倒れた敵を見つめた。




「アステリス様。わたしの勝ちです」




 イリシアはフッと微笑んだ。

 コックピットの中でアステリスは息を切らせていた。




「ま、負けた」




 アステリスは力が抜けたようにコックピットにもたれかかる。

 途中までアステリスが勝っていた。

 攻撃を御業により効率的に放ったアステリスの攻撃はイリシアの攻撃を押していた。

 それで勝ちを確信した。


 ひっくり返る訳がないとすら思った。

 だが、結果は覆った。

 イリシアは負ける可能性を感じたその時、自身の持つ限界を超えた力を振り絞った。

 下手をすれば魂が砕け本当の意味で無に還る所業をやってのけた。

 神は永遠の存在。


 人間を救う為に痛みを伴う血と肉を削る行為をした。

 だが、永遠故に魂を消える事がない削れた魂は回復する。

 だから、どこかで完全に消えるまで追い込む事に緩慢になっていたのだ。

 だが、イリシアは自分の限界を超えるほどの修行で躊躇いを完全に捨てていた。

 勢いの強い者に勢いが僅かに劣る者が負けるのは戦の必定だ。

 イリシアの今までしてきた愚直な努力がこの結果を生んだ。


 世界そのものであるアステリスは世界がある限り、再世する永遠の存在で永遠でなければならない。

 それ故に死力を尽くす事に何処か緩慢に成っていた。

 魂の死と身近にいたイリシアはとにかく生き残ろうとすることに貪欲過ぎた。

 その勢いの差が勝負を別けた。

 自分の肉を削り誰かを救う事には愛が無ければ出来ない。

 だが、イリシアはアステリス以上に己を犠牲にして自分から勝利いのちをもぎ取ってみせた。


 イリシアは愛を実践し愛を知り愛と言う命を持ち示す者となった。

 神はそれを生命と呼ぶ。

 イリシアのいのちの大きさがアステリスに勝った要因だった。




「はぁ……私もまだ、未熟でしたか。こうして戦って初めて痛感したわ。ありがとう。イリシア。あなたは救われたわ。そして、救ったわ」




 それがアステリスとアスタルホン以外のの誕生だった。

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