NPの目的
???
ファザー施設の一角にある自室の中でタブレットPCを宇喜多は眺めていた。
白い純白のバスローブを羽織、片手にワイングラスを持って注がれている赤ワインを回す。
「ご苦労だった。それで結果はどうだ?」
宇喜多は高慢な笑みを浮かべながら、マクレーンを労いながら任務の報告を聴く。
「はい。コードブルーは死にました」
「死体を確認したのか?」
「こちらをどうぞ」
マクレーンは無残な姿に成ったアリシアを見せた。
宇喜多から見ても派手にぐちゃぐちゃになったブルーの死体、凄惨に赤い血が辺りに飛沫を上げたような跡があり、とても人間がやった所業とは思えない惨状だった。
「おいおい。随分と派手にやったな」
「APで数十発殴りつけましたので」
「随分とえげつない事をしたな」
「お気に召しませんか?」
「いや、最高の趣向だ。この写真見せれば御刀の悔しがる顔も拝めるだろう!」
宇喜多は勝ち誇った様に上機嫌に殊更、不気味な笑みを浮かべ、ワインを煽る。
「しかし、いけ好かない小娘だ。死に際にも往生際悪くまだ銃を構えようとしている。馬鹿としか言いようがないな」
「ですが、それも過ぎた事です。もうあなたを阻む者はいません」
「そうだな。俺はこれから世界を全てを手に入れる。いや、もう手に入れたも同然だ。この世界は俺のおもちゃだ!」
宇喜多は高笑いを決め込む。
権力を得た人間は全能感に浸り、権力と言う誘惑に惑わされる。
権力があればこの地上では何もかもが思い通りになり、真実は悪とし悪は真実とし正義とする。
それらは全て自分の掌の上であり、人とは権力を得ればそれに溺れる。
聖人のような政治家などいない。
そもそも、聖人のような人間ほど権力など求めず、政治には関与しない。
宇喜多 元成と言う男はそう言った意味では人類の悪を体現し代表したような人類の悪に正直な男であった。
「では、次は何をする?」
「そうだな。この際散々俺をコケにした御刀を始末するか?極東基地を沈める程のデカい花火をな!」
「了解した。私の体の修復と並行して準備に入ろう」
「不便だな。体と機械を直接繋いで自由に動けないとはな」
「そうでもない。ネットの情報は人間以上に速く把握出来る。観たいドラマも10分あれば1シーズン全視聴出来る。それにこの圧倒的な力と優越感はたまりませんよ!私を改造してくれたファザーには感謝しきれない。そして、この世の悪を思う存分討たせる機会を下さる貴方にも感謝していますよ。宇喜多司令」
「フン。そうか。満足なら何よりだ。これからも宜しく頼むぜ」
2人は互いに不敵に笑った。
それはまるでこの地上に舞い下りた悪魔が人間を嘲笑するかのような歪んだ笑みを浮かべていた。
その悪魔達の脅威が着々と世界を侵食している事を人間達は知らない……だが、知ってもいた。
それは人間と言う悪が体現した破滅への因果の形でもあったのだから……。
◇◇◇
ベナン基地
関係各所にアリシアの戦死が知らされ、一様に皆が驚いていた。
最強と謳われる女がこんなにあっさりと死んだ事に驚いていた。
その情報は総司令部にも伝わり、アクセル社モーメントを介して現状の詳しい報告を求められたが、それに答えた吉火すら声が震え、怒りを露わにしていた。
アリシアを襲ったワイバーンは戦闘映像からジュネーブ総司令部直属の第2特殊任務実行部隊だった。
つまり、総司令部がアリシアを殺したという事だ。
それを白々しく報告を求めてくるとは喧嘩を売っているとしか思えない。
その事をジュネーブ側の将官に伝えると驚いており、どうやら、全く身に覚えがないらしい。
そんな言い訳が通るとは思えないが、本当に知らないようだった。
後々の調べでアリシアに国家転覆罪が何故かかかっており、それが殲滅の理由になっていたと判明した。
その後、第2特殊任務実行部隊で今回の任務に関与した者達に対して取り調べが行われたが、全員が知らないと答えたそうだ。
また、ガイアフォースのツーベルト マキシモフが搭乗した機体も介入して来た事にモーメント社を介してガイアフォースに事情を問いただしたところ、ツーベルトは拘束中に脱走した脱走兵であり、ガイアフォースも行方を追っていたとして脱走兵が第2特殊任務実行部隊にいる事を今度はガイアフォースがジュネーブに問い合わせるなど混迷を極め、半ばこれらの組織間で疑心暗鬼が起き始めた。
アリシアの死はイギリスのレベッカにも伝えられた。
彼女は涙ながら彼女の死の嘆き、以前知り合っていたリテラに「アリシアさんとのかつての契約に乗っ取り今の家は子供達に寄与します」と伝えてきた。
どうやら、アリシアは自分がいつ死んでも良いようにレベッカと交渉、自分が死んでもその領地は子供達が譲り受けるように取り計らった。
これで子供達が家から追い出されることはない。
そして、彼女の財産も子供達にわたし吉火が管理する運びとなっていた。
ちなみにアリシアの資産は危険な任務を何度も従事した事で相当額溜まっており、子供達を一生養えるだけの額があった。
「あの子、最後まで子供が好きだったね」
「うん、そこは全然変わらない」
2人は誇らしい反面、寂しくもあった。
あんな良い娘が何の前触れもなく居なくなったのだ。
ずっと、自分達の傍にいるとさえ思える安心感があり、頼れる友達が呆気なくいなくなったのだ。
悪人世に憚ると言うが、本当に何でそうなるだろうと世知辛い気持ちになる。
2人はブリフィングルームに入ると壇上に滝川 吉火、部屋の両片隅には目を瞑ったまま黙した神代 シンと大柄で豪胆な雰囲気のある整えられたブロンズ髪のギザス ボンドフがおり、3人は何も語らずそこにおり、シンとギザスは吉火を警戒している様だった。
そこで吉火がフィオナとリテラが来ていることに気づく。
「全員揃ったな。これからブリーフィングを始める。今回はアクセル社の会長ディーンコルス氏にもテレビモニターで同席してもらう」
シンは若干眉を潜め殊更、怪訝な態度を取った。
すると、モニターにまるブチ黒グラサンをかけた老人が現れた。
「こうして会うのは始めてかのう?初めましてアクセル社でNPの創設者のディーンコルスじゃ」
全員がモニターに目線を向ける。
「此度の件は残念だった。命がけの仕事を押し付けているのは承知している。私としても惜しい人材を失って胸が割かれる様だ。すまなかった」
全員の顔に暗く影を落とす。
だが、ほぼ部外者のギザスには何も感じる事はなく淡々と受け流し
シンに関してはディーンをマジマジと見つめ、辟易したような態度を見せていた。
「白々しい」とでも思っているかのような不快な顔を覗かせていた。
「彼女との契約により彼女の子供達と両親に契約金を渡す事にした。家族の方は集落へのアクセスが遮られ現在の調査中だ」
フィオナとリテラは「やっぱり」と思った。
大方、予想はしていた。
報告は受けているので自分達の両親は恐らく、生きていると言う事は判明している。
だが、何故かそこへの道が必要以上に規制され行く事が難航していた。
理由は分からないがNPに対してだけそう言う圧力がかかっているような妨害工作が為されている印象を受けていた。
「だが、ワシとしてはNPをこのまま継続せねばならない。幸いにもTSの複製に成功している以上ワシは計画を続けねばならん」
「その計画とはエレバンとの決戦だろう?」
この場にいる全員がシンに目線を向けられ、真実を口にしたシンに対して吉火とディーンは驚きを隠せなかった。
「何故、その事を……」
「伊達にネクシルには乗っていない。テリス……TSを持っていればそのくらいの事は知っている」
「一体、お前はどこまで知っているんじゃ!?」
「そうだな。俺が知る限りでは……」
シンはNPの目的を話し始めた。
NPとは管理者ファザーを中核に据えた組織を倒す為の組織であり、管理者の決定事項を実行、支援する為に組織エレバンの打倒を目的としている事。
エレバンの歴史は古く太古より大きな戦乱と共におり、暗躍したとされる歴史を持ちファザーを使った現在の体系はここ300年で出来た体系であるのだが、その管理者がいつしか狂い始めた。
無闇に紛争や戦争の火種を作り、多くの犠牲を生み始め戦乱を拡大するような演算と計画を練り始め、管理者としての地位を使い様々な事を画策した。
その汚証がWW4であり中国とアメリカにソルを落としたのはファザーだった。
国連の調査資料をもみ消し、その間に中国が攻撃を仕掛ける様に仕向けたのもファザーだった。
ディーンコルスはその真実をTSを介し知る事が出来た。
ちなみにこの時の
アストとしてはそれが最大の致命であり、余計に戦乱を拡大させてしまったと考えているのは言うまでもない。
そして、ディーンは危機感を抱いた。
世界には紛争が絶えず、頻発しWW4で人類40億人が死んだ。
ファザーはエシュロンと繋がっており、実質世界を支配している。
このままファザーとエレバンの支配体制が続けば、多くの人間が死ぬ事になる。
こうしてディーンはTSから得た情報を基に対エレバンの決戦の為の準備をした。
TSから得た情報でアクセル社を巨大化させ、資本と技術を使い世界のエネルギーシェアの80%を掌握し決戦の為に兵器を開発した。
そして、TSを解析しTSとネクシルを組み込んだ機動兵器部隊を作り上げる
だが、そんな矢先TSがある人物をパイロットにする事を要求してきたのだ。
TSの解析に行き詰まりを感じていたディーンはそれを足掛かりにTSの未だ見ぬ情報ソースが搾取出来るのではないか?と考えた。
それがアリシアと契約をした真意であり結果、アリシアはTSを使い熟した。
アクセル社が不可能だったTSの複製に成功し新たなパイロットも生み出した。
「そこまで知っていたのか……」
「あぁ」
「君は何者なんだ?我々以外のネクシルを保有しNPの詳細まで知っている。何が狙いなんだ?」
「何が狙いか?強いて言うなら俺はエレバンの敵でありNPの敵だ」
「我々の敵?」
「我々の考えを否定するのか?」
ディーンは殊更不機嫌な口調で問い詰める。
「考えている事は間違っていない。俺が問題なのはお前達自身だ」
「問題?我々にか?」
「いくらNPの目的が崇高だろうと正しさが伴わなければ間違えと同じだ。アンタ達には伴う強さが無い。口で言っている事とやっている事が矛盾している。アンタ達の行動は平和活動やっているフリだ」
「我々の行動が破壊行為だと言うのか!」
ディーンは思わず興奮し憤慨した。
自分がやっている事が正義であると疑わず、何ら顧みる事も一切せず、自分が正しい事に固執し害を振り撒く存在、シンがこの上なく毛嫌いする人間だ。
「沸点低いな……本当にやりにくい」と心の中で悪態を吐くほどだ。
「アクセル社のNPの兵器開発主任にユウキ ウズ ココと言う女量子物理学者がいるだろう。お前はあの女に何を作らせた?”神の誘惑”が正義だと思うのか?」
ディーンはシンのその言葉に殊更、驚かされた。
NPの最高機密であり、決して明かされる事がない秘密の中の秘密であり、上手く使えば世界を破壊する事なく一瞬で決着をつける決戦兵器である。
シンはそれを知っている事にディーンの警戒心が高まる。
「俺は“神の誘惑”の使用は認めない。お前達は危険性を分かっているはずだ。だが、それはお前達の目的とは沿わない。だから、俺はお前達を認めない」
「リスクは限りなく低い。君の懸念はただの杞憂だ」
「だから、お前達はダメなんだ。それはただ、世界を救うと言う見栄、誘惑に囚われているだけだ」
「我々が誘惑と囚われていると言うのか?」
「なら、何故”神の誘惑”の被害が起きた際のリスクヘッジをしない」
「現時点でそれが出来ないからだ」
「だが、俺が言うまでリスクヘッジしようとも思わなかった」
「!」
ディーンはまるで心の読まれたような確信を突かれた。まるで自分の正義の弱点を突かれたかのような意表を突く言葉であり、完全に図星だったので一瞬言葉を失った。
確かにリスクヘッジをしようとはしなかった。
限りなく安全だと慢心して万が一の危機には何も対処していない。
シンに言わせれば、それは人類に対する無関心に他ならない。
そんな奴に世界の命運預けようとするのは誰が見たって土台無理だ。
「その爪の甘さがある以上、俺にとってNPの正義もエレバンの正義も対して変わりない。それだけだ」
そして、シンは深く溜息をついた。
吉火もディーンも少し沈黙して考えを巡らせるが、シンはそれすらも封じるように更に言葉を続ける。
「お前達はどうせ、自身を正当化しようと頭を巡らせて言い訳を考えている」
それも図星だった。
人は自分の欲や権威を脅かされると正当化したくなる。
誰もが自分の不義を認めようとせず、自らを潔癖の白であると偽ろうとする。
それそのモノが不義を愛する事だと知りながら不義を愛する。
その者は自分の事を「正義の味方」と言う言い方をする事もある。
それは自分の罪と向き合おうとしない弱い人間が外界の不義に責任転嫁する口実に過ぎない。
そう言った者は古来から”俗物”と言われ、”俗物”に何を言おうと変わらない。
だから、説明するのも虚しい。
「だから、嫌いなんだよ。正義なんてな。お前達の世界を救いたいなんて覚悟は所詮その程度だった。だから、中途半端で力をコントロールも出来ない。所詮、誘惑と囚われた人間の語る正義なんてその程度だった。それだけだ」
「なんだと貴様!若造が偉そうに!我々が力をコントロール出来ていないだと実際、見てもいない癖にどの口が叩く」
ディーンのシンに対する怒りが臨界に達し、理性を失い獣のように吠え猛る。
ディーンからすれば自分の計画や意志を知ったかぶったような態度を取るシンが面白くなく、その発言は自分の自尊心を掻きまわすようで不愉快だったからだ。
「いや、失敗する。俺は全てそれを知っている。お前達はその傲慢で世界を滅ぼす」
「ボロが出たなこの傲慢なペテン師め!我々が神の誘惑を使った事実はない。使ってもいないものをどうやって見たと言うのだ!」
シンは黙り込んだ。
これ以上語っても無駄だと感じる。
理性を失った奴は自分に有利な言葉以外聞こうとはしない。
自分に有利な言葉だけを抽出してそれを言質を取ったかの如く言い張るのが人間の罪であり、悪辣さであり、それが自分の身を滅ぼす楔となると知っていて行っているのだ。
そんな奴と話しても無意味だ。
シンは既に言葉は尽くした。
だが、シンが真実を語ろうと彼等は聴く耳を塞ぎ、見える目を閉じ無い物とする。
シンは語る事に疲れた。
シンが寡黙なのはそう言った人間に常に悟すように趣向を凝らし、言い方や伝え方を考えても人が全く自分の話を聴かないから、どんな事をしても認めないと言う事を理解した。だから、分かり合う事、伝える事が面倒になり、億劫になり喋りたくないのだ。
そう言った相手の言い分を真面に聴いている心が病みそうになるからだ。
「ほれ!どうした!何か反論してみろ!言い分があるんだろう!無いのか無いのか?無いなら始めから反論するんじゃねーよ!」
(やっぱり、こうなるか……)
シンは辟易していた。
この高慢な振る舞いと品性が世界を滅ぼす。
彼らに説明しても無駄だと改めて理解した。
それで滅びるなら自分達だけで勝手に滅びろとすら思ってしまう。
それが分かるのはこの場でフィオナとリテラくらいだろう。
何せ、彼等はネクシレイターだからだ。
吉火は比較的に冷静だったが、まるで憐憫な眼差しでシンを見つめる。
まるで哀れな生き物を見る様な蔑む目だ。
(なんで、俺はこんな奴とまた、一緒にいないとならない……)
勝手に考察だが、シンの中では吉火のそう言った物の考え方がアリシアを殺したのではないか?とも考えていた。
実際にその因果関係を見た訳ではないが、この男の行動なら無自覚にやりかねないと理解しているので無性に腹が立っていた。
シンに右手の拳がグギギと音を立てる。
だが、第3者がいたのが幸いしたのか、ギザスがシンの異常さに敏感に気づき、仲裁に入り互いに「頭を冷やす」と言う名目で一度解散となった。
それからシンは静かに部屋を出た。
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