天の世界の待ち人
???
アリシアは何処かで目を覚ました。
身体中はあまりの激痛で動かす事も出来ず、空を見上げる様にして身動きが取れない。
だが、可笑しい。空の色が可笑しい。でも寧ろ、綺麗だった。
蒼穹の如く澄み渡る空。
青空には数多の星が輝いており、日が当たる中でもはっきりと見える。
でも、その光は優しく目に刺激とはならない。
蒼穹の空には地球とは違い蒼い光の粒があたりに風の様に流れていた。
なんとか首を横に動かすと一面は花園だった。
光の粒が草木や花に纏い黄色花と蒼い光の粒が混ざり、輝きを放つコントラストを見た。
不意に「きれい……」と思わず呟いた。
不意に笑みも溢れた。
すると、今まで気づかなかったが誰かの鳴き声が聞こえた。
アリシアは声のする方に首を傾けるとそこには泣き崩れた女性がいた。
顔を手で隠し只々泣いていた。
そして、ひっきりなしに「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と謝っていた。
なんだかアリシアの心も痛くこの人の苦しい思いが伝わる。
「あなたは……誰?」
すぐには思い出せなかった。
だが、何か引っかかるような気がする。
前々から知っていた気がするのだ。
だが、まるで深海から記憶が浮上するようにその名を口にした。
「アステリス……様?」
淑徳に満ち溢れた輝くような蒼いロングヘアの30代とも40代ともつかない妙齢な女性は覆った手を放しアリシアは見つめた。
「大丈夫なのですか!イリシア!」
「アレ……私はアリシ……あぁ、そうか。ここではこの名前なんだ……」
なにかが徐々に蘇ってくる。
どうして忘れていたのだろう。
忘却の檻に閉じ込められた記憶が蘇る。
ここは地球ではない。地球が3次元ならここは遥かに高い次元。天国と呼ばれる高次元だと直ぐに分かった。
何故、分かるのか?
それはアリシア アイと言う人間が元々この世界に住んでいたからだ。
アリシアだけに限った事ではない。
他の人間もそうなのだ。
だが、何故地球にいたのか?
そして、目の前にいる者が誰なのか?
それを全て思い出した。
自分が犯した過去に途轍もない大罪を……本来、許される事の無い罪をした事。
目の前の人物が自分の産みの親であり、創造主である事。
幼かった自分は事もあろうと創造主を殺そうとした事を……思い出した。
ここは天国と呼ばれる場所であり、この人は創造の母“
イリシアの目から次第に涙が溢れる。
「アステリス様……ごめんなさい」
「何を謝るのです!謝るのは私です!」
イリシアはその傷ついた身体でそっとアステリスの胸に触れた。
「私はあなたの胸に刃を突き刺してしまった。幼かったとは言え、私の未熟があなたを深く深く傷つけた」
「ですが、あなたはちゃんと罪を清算した。それも誰にも恥じる事がない程懸命にです。何を謝る事があるのです!むしろ、謝るのは……」
アリシアは首を振った。
「それだけではありません。私はあなたに任された新たな契約を現世で完全には果たせませんでした。いや、完全に果たせるモノではないにしても私は全力を出さずにここに来てしまった。あなたの与えた使命に自分の全力すら尽くせず私1人がここにきた。それが許せないのです」
「私がそれを赦したのです!あなたは子供を守る為にその身を引き裂きながら戦った。友を私の元に連れ洗礼を受けさせた。貴方は十分やりました」
アリシアは更に首を振った。
「アステリス様。あなたは甘い。甘くなった。あなたはダメなモノはダメとハッキリ言う方だった。きっと優しいからなんでしょう。ですが、私は友に理を従順させる前にここに来てしまった。私がいなければ誰が友を導くのですか?彼等が迷ってしまいます。それは許されない事です。例え、私が許された魂であってもやり残した仕事を放り出す事は出来ません。例え、この魂があの世で朽ちようと許されないのです。例えあなたが私を赦しても友を捨てる事は出来ないのです。あなたが私に地球に下る事を許さないなら私は再び罪人となってでもあの地に下る。それが私の自由であり覚悟、信念です」
彼女の目を見たアステリスを彼女の魂を吟味し、彼女が本気である事を悟る。
その目は真っすぐと輝いており、自分が苦難にあっても他者を救おうとする気持ちを確かに感じた。
それはどこかの誰かの生き写しだった。
自分の栄光と名誉、ここでの安息を捨ててまで尽くそうとするその愛は本物だ。
(やはり、彼女は任せるに足り得るようですね……)
アステリスは彼女を試していた。今までの事が演技と言う訳でもないがアリシアが真の栄光を受け継ぐに足り得るのかそれを試していたのだ。
そして、現時点でそれに足り得るとアステリスは判断した。
「あなたは自らの意志であの地に地球に戻るのですか?こんなに身体を傷つけ迫害を受けたのに戻るのですか?」
「元より私は罪人です。他者から責められて当たり前の身。それに私をこの様な目に合わせた者の言い分は決して間違ってもいない。私が人を支配し暗躍したのは事実です。ですから、私がこの身の血と肉が削られるのは当たり前の事なのです」
「怖くはないのですか?」
「怖いです。あの世界は油断を見せれば魂を腐らせ、腐ったモノを正義とする命の無い、命を消す世です。出来れば、ここにいた。ここで穏やかな生活を送りたい。でも、それ以上に友を救いたいのです。そんな地獄から」
アステリスはしばらく何も語らず、イリシアを見つめた。
どんなに聞き返しても彼女の考えは変わらない。神の言いつけに不従順とも言える。
だが、同時に他人を愛する事を縛る掟など神であっても敷いてはならない。
アステリスは決断した。
(この娘になら全てを任せられる)
「分かりました。ならば、あなたには教えねばなりませんね。今、この世界で何が起きているか」
アステリスはアリシアに触れた。
アリシアの身体の傷は癒え、アリシアの身体はあっという間に全調子となった。
「付いて来なさい。今の天の国をあなたに見せます」
アリシアは立ち上がりアステリスの後について行った。
これからアリシアは世界の真実を知り歩み出すのだ。
それが世界においても転換期を迎える事になる。
◇◇◇
ベナン基地
神代 シンは外に出て夕日を見ながら黄昏ていた。
永遠と続く地平線。その地平線に消えていく太陽の壮大さに心を打たれていた。
(だが、この風景をいつまで拝めるのだろうか?)
地球が消えれば、拝めないのは間違いない。
現実的な話としてそれがあり得てしまうのだから、非常に恐ろしく人間の業とはそれほど深い。
先のディーン コルスとの会話で彼の品性に欠ける言葉が過ぎり、思い出す度に実に腹が立つ。
1+1=2
これは誰にでもわかる事だ。
だが、ディーンを含めて今の人間達は「分からない、理解出来ない、教えろ」と分かる答えを聴こえる声を見える目で見ようとしない。
剰え、ちゃんと教えられないお前が悪いと言う始末であり1+1=2すら分からないなど考える気が無いとしか言えない。
シンはただそんな当たり前を話しただけだ。
だが、自分が話をして一体何人の人間がこんな当たり前の事に気付くだろうか?
昔、誰かが言っていた気がする……「人は暖かい心を持っている!平和を願っている!人の温もりと希望の光を示さないとならないんだろう!そうすれば、世界は平和になる」どっかの正義の味方の様な台詞だが、何度思い返しても反吐が出る。
そんな心が初めからあるなら戦争は起きはしない。世界には迫害や差別が溢れている。放火もそうだ。
3均衡の全会一致が無いと方針は決まらない。
つまり、民意で選ばれた大統領がそれを承諾した。
強いては市民が放火を容認したと言える。
例え、知らなかったとしてもそれで平和を享受するのは市民だ。
宇宙コロニーの資源搾取で生活を潤しているのもまた市民だ。
それは迫害と自由を奪う事で成り立ち人間は知らず知らずの内に迫害や差別を容認する。
剰え、その事に誰も感謝をしない。
感謝がないところには争いが起きるしかない事を知らぬ者がいるのか?
(そんな人間のどこに暖かい温もりがある?)
他人に無関心なだけだ。
だから、知らなかったで正当化出来るのだ。
「人に温もりがあるなら俺に教えてみろよ」
シンはここにはいない誰かに苛立つをぶつける。
そんなモノが本当にあるなら何故、世界を救おうとした女が死なねばならない。
ジュネーブは知らないと言っていたが仮に知らなかろうとジュネーブの誰かがそれを命令し行った事だ。
それは軍意と言える。
その意見に反対するならそもそも、世界を救い世界の抑止とも言える人間を殺したりはしない。
つまり、軍も世界もアリシアを必要ないと言っているのだ。
(狂っていやがる。恩を仇で返すと言うのか……あいつが一体どれだけ頑張ってどれだけ犠牲にしてきたと……)
そんな遣る瀬無さに奥歯を噛み締める。
「ここにいたのか?」
思いがけない声に彼は後ろを振り向くとそこには滝川 吉火がいた。
シンは彼を睨み付けると何も言わずその場から去ろうとした。
「待ってくれ!」
シンは足を止めた。
「話を聞かせてくれ」
「話?アンタと俺がか?」
「そうだ」
「話して何になる?話せば分かり合えるとでも思っているなら大きな間違えだ。アンタ達の正義なんてどうでも良い」
「違う。私が聴きたいのは君の目に映る私だ」
「……」
(流石に気づいたか……)
隠しているつもりだった。
だが、やはり滝川 吉火に対する殺意は消しきれておらず、吉火も流石に罪悪感のようなものを抱いていた。
「私は君に何かしたのか?」
「何かした自覚はあるのか?だったら治せば良いだろう?」
「その何なのかが分からないんだ」
「何も考える事はない。アンタは覚悟が無いだけだ」
「覚悟がない?」
「美しい記憶に縋れるのは過酷な戦いに身を置かない者の特権だ」
「!」
「兵士は誰もが死神の鎌を持つ。だから、俺達は美しい思い出にも偶像にも縋れない縋る権利も無い。アンタの言葉だ。アンタは口先ではなく伴う行動をしろ。でないと同じ事を繰り返すだけだ。正義と偽り民間スペースコロニーを落す悲劇を繰り返すぞ」
吉火は驚嘆した。
あり得ない現実を目の当たりにしたような目をシンを見つめる。
(彼は何なんだ?私と知己なのか?なんでそんな事を知っている?)
そうでないと説明がつかない。
死神の鎌の話もWW4のスペースコロニーの話も全て説明がつかない。
それ以上に吉火はスペースコロニーの話を誰にもしていない。
アリシアにすら話した事はない……どう言う事なんだ……。
「何で知らないはずの事を知っているんだ?って、顔だな。悪いが教える気は無い。だが、俺にはアンタ達には分からない事まで分かる。ディーンコルスとの会話で話した事はその範疇の事だ。それだけは忘れるな」
「君には我々には無い。多くの判断材料があると言うことか?」
「そうだ。だからお前達は世界を滅ぼす。エレバンもお前達も同じ穴の狢だ」
(何で俺はこんな事をしている?どうせ、俺の言う事なんて誰も信じない、誰にも伝わるわけがないのに……)
「君の言い分は分かった。だが、我々はエレバンとは違う。私達は人類の平和を願って此処にいる。多くの人の幸せと安息を守らねばならないんだ」
「それが美しい記憶に縋ってるんだよ!」
シンはキレた。「やはり、こいつは何も分かっていない。愚か過ぎる!」と怒りが込み上げる。
何度伝えても何度も真実を語ろうと誰も信じず、シンの考えが下らないモノ、取るに足りないモノのように扱い、蔑み、あざ笑い、蔑ろにする。
どれだけ、努力して伝えても誰も認めない。頑なに自分の固執と主張だけを優先して誰も認めず、世界を滅ぼす方向に向けようとする。
世界を滅ぼす事が善であるかのように悪辣に振る舞い世界を救う事が悪であるかのように嘯く。
どれだけ伝えても伝わらない虚無と怒りにシンの頭は可笑しくなりそうだった。
「やはり、お前は何も分かっていない。何が死神の鎌だ。お前自身が美しい記憶に一番縋ってるじゃないか!ふざけるな!お前は期待通り結局変わらないんだな。人類の希望の光とか御大層な美しいモノに惹かれる。誘惑に惑わされた俗物が!お前達とエレバンが違うだ?ざけたこと言ってんじゃねーぞ!エレバンが何の為に作られたのかも知らずにどの口が叩ける!少なくとも奴等の中にはお前の何十倍もの覚悟を持って事を成そうとしている奴がいたぞ!少なくともエレバンはお前達よりまだマシな奴らだ。それに勝とうなんて自惚れるのも大概にしろ!」
シンはその場を走り去った。
吉火はその背中をただ茫然と見送る事しか出来なかった。
今の彼の形相が心に刺さる。
あの顔、まるで吉火が傷つけてしまった少女と同じ顔だった。
(わたしはまた、気づかぬうちに誰かを不幸にしたと言うのか……)
「私は……気づかぬ内に美しい記憶に縋っていたのか……」
吉火は自問自答する。彼の心に得体の知れない影が落ちる。
吉火の心を現す様に辺りから
(アリシア……俺は無性にお前に会いたい……)
シンは心の底から思った。
その直後、シンはベナン基地を出た。
滝川 吉火達と関わりたくないと言う気持ちもあったが怒りに臨界に達したからなのか彼はある相手への”復讐”を思い当たった。
シンはその相手に全ての怒りをぶつける為に馳走する。
◇◇◇
???
アステリスに連れられアリシアは丘の上に着いた。
そこには地球では拝めない光景が広がっており、丘の花園から臨む一面星の世界。
数多の星が各々の輝きを放つ幻想的な世界が広がっていた。
中にはダイヤモンド、サファイア、エメラルド、孔雀石、柘榴石、水晶で構成された星が蒼い輝きを放つ世界で反射し各々の輝きを放っていた。
「綺麗……」
その一言に尽きる。
地球では拝めない光景が一面に広がる。
だが、その中に一際は真っ黒な異彩を放つ複数の同じ形の星があった。
「あの黒い星は何ですか?」
「アレは地球です」
「ふぇ!?」
その星はイリシアの知る青い星とは大きさは似ていても全く別の何かだった。
強いて言えば、感情のドス黒い塊と言う形容が正しいとイリシアの感性が確かにそう捉えた。
「私は……あの中に住んでいたの?」
「そうです。今のあなたから見てあの惑星はどう思いますか?」
「全てが暗くて飲まれそうで気を抜いたら闇に呑まれて気が可笑しくなりそうな。感じ……あっ……そうか、この感覚」
「そう。それはあなたが悪魔と呼んだモノの正体です」
「アレは何なんです?」
「サンディスタール」
「サンディスタール?」
「悪魔サタン、別名明けの明星と聞けば聞き覚えあるかしら?」
「あぁ、だんだん思い出してきた。私はお兄ちゃんやお姉ちゃん達と一緒にサタンに唆させられた。サタンの方が優秀な統治が出来るからアステリス様とアスタルホン様を討ち倒し新たな創造をしよう。無知な私はその考えに賛同した」
「私もあの時の事は忘れない。何を知らなかった無知な子だったとは言え、あなたは穢れてしまっていた。その様な者をこの世界に留めておく訳にはいかなかった。正直、辛かったです。ですが、私への反逆と殺害は世界の消滅と言う大罪。その罪は地獄に行く事でしか償えない。だから、私達はあなた達を地球に追放した」
アステリスは口を噛み締めるように語る。
彼女にとってそれほど苦い記憶だったのが、ヒシヒシと伝わる。
過去の事とは言え、罪悪感のようなモノを抱き今でも拭えていないようだ。
「でも、あなた方は私達の失敗を赦してくれた。その為に態々地球に訪れアスタルホン様は過越で人類の救済をしようとした」
「あの人も救いたいと言う一心で十字架に架けられました。でも、アレが人生で一番辛かったとも言っていました」
「肉体での苦痛とはここまで耐え難いのか!早く救わねばと俄然やる気を出してました。まぁ私も同じでした。地球に降りた時同じ経験を80年は経験しましたからよく分かります」
「私は感謝しています。こんな私達の為に救いの機会を下さった事に感謝しても仕切れません。ですが、1つ良いですか?」
話す内にだんだん色んな事を思い出して来たイリシアはある疑問に突き当たった。
「本来、救いは300年前に完了しているはず……」と言う記憶だ。
その疑問を読み取ったのか、アステリスは口を開いた。
「あなたの疑問は分かります。何故、300年前に救いの仕事を終えなかったのか?ですよね」
「えぇ。今なら分かります。あなた達はWW3による破滅で地球を終わらせあなた達の信者を救済する手筈だった。でも、時代は進んでWW4まで起きてしまった。何故です?」
「1つ断って置かなければなりません。私はもう神ではありません」
「ふぇ?」
「預言の書物に記した預言を成就出来なかった口先だけの高慢な者です」
アステリスは苦々しい記憶の傷を穿り返すように顔を歪め悲しみを堪えている。
神様は辛くてもそんな顔を見せはしないが、その時の事はそれほどショックな事だったのだろう。
アステリスは過去に起きた事を話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます