世界の行く末

 3均衡会議


 暗い会議室の中で3つの人型のホログラムが浮かぶ。

 誰にも盗聴されぬように独自のアルゴリズムによる回線で会話されている。

 この場合、世界の方針を決める3人が集う場、誰にも聞かれる訳にはいかない、そして誰にも利用されてはならない。

 この地上で最も機密の守られる会議だ。

 そこで3人は今、問題となっている事件について話を進めていた。




「ヒューム。調査はどう成っている?放火を止めたからにはそれなりの証拠は出たのだろう?」

 



 鋭い目線で今回の件を問い詰めるリオ ボーダー総司令。

 彼はこの中で放火と言う行為の恩恵を受けた人物だろう。

 それ故に放火システムを管理するヒュームの放火凍結の処置は理解出来ぬ訳ではないが、それ相応の理由を求めたくて仕方がないと言わんばかりだ。

 ヒゥームはそれに答える。



「調査の結果だが、どうやらPMCペイント社ニジェール支部も宇喜多とは違う独自のルートで我々のシステムを使っていた事が判明した」


「確か、最近出来たPMCだったな」




 軍事に疎いビリオは軍事に精通している2人に聞き返す。




「そうです。ビリオ大統領」




 ヒゥームが肯定する。




「PMCでも我が軍の所属の者が放火をする分には問題ないのではないか?」


「ところがそうでもありません。我々に預かり知らない間に行われたのが問題なのです」




 ヒュームは調査データを投影した。




「彼等が無断でシステムを使った事でテロリストがニジェールで多く発生しました。その数は既に1万人とされています」


「1万人だと!」


「そうです。我々の情報操作網を使い秘匿された事を良い事にニジェール支部は既にそれだけの影響を与えた。子供を誘拐し戦力としている。その過程で多くの紛争が発生し被害者がテロリストになるケースが増えていたのです。彼らは我々政府の名を語り脅迫紛いの行いで子供をさらう。証拠隠滅も図ったケースもあったようですが彼らのシステムの全容を把握していないのか使いこなせておらずその結果、隠滅が上手く行かず政府に対する反感と不信感が募りテロリストになる者が増殖しているのが実情です。」




 その事実にビリオは恐怖を覚えた。

 今までこんな事は一度も無かった。

 何の問題もなく行えて来たのだ。

 それが使い方を誤っただけでこの短期間に既に1万人のテロリスト作ってしまったのは恐怖しかない。

 その1万人が殺意を持って政府の代表たる自分に攻めてくると考えるとゾッとする。




「それによりニジェールの治安は悪化、更に悪化した治安に対してニジェール支部は獲得した戦力を持って治安維持に当たらせています。今のニジェールの治安はニジェール支部による混沌とした茶番劇状態だ。見逃すべき問題とは言えません」




 ビリオとリオは項垂れる。

 事態は彼等の想像以上に深刻だった。

 もし、このままニジェール支部を野放しにすれば、ニジェール地区の人口減少に比例してテロの機運が高まり、サレムの騎士を増長させる可能性もあった。


 しかも、ニジェールの横には独立国家バビが存在する。

 バビはサレムの騎士の資金元であり、砂漠の砂を利用したケイ素産業が盛んな国だ。

 もし、ニジェールの民がバビに流れ込めば、テロリストの増強に繋がる。

 だが、無闇にバビに制裁を加えると市場のシリコンの供給が低下しPC製品に大きな打撃を受ける。


 先日の宇宙からの攻撃もあり、こちらでも打撃を受ければ、宇宙統合軍に隙を与えかねない。

 これから宇宙統合軍との戦争が始まる機運がある。

 そうなれば、武器の需要が上がりPC製品の需要も上がり、ケイ素が必要になる。

 バビはケイ素産業に特化している為、世界のケイ素のシェアの20%を握っており、ケイ素が損なわれるのは痛手だ。

 バビへの制裁は現時点では出来ない。

 既にバビにはテロリストが流入しているだろう。

 だが、少なくともこれ以上の悪化を彼等は望んではいなかった。




「放火の情報流出経路は分からないのか?」




 ビリオは切実な思いで解決策がないか、ヒゥームに聞いてみる。




「現在、調査中ですが、何も出ていません」




 そこでリオが重い腰を上げる。




「やむ終えない。一刻を争う事だ。このまま放火を凍結しニジェール支部を制圧する。現時刻を持ってニジェール支部を敵対勢力と断定する」




 リオの判断は妥当と言わんばかりに3人は首を縦に振る。

 誰もその決断に異を唱えない。




「だが、問題がある。彼らの支柱には既にADがあると言う事だ」




 そう一番問題点だ。

 大戦前にADの回収を3均衡が判断、決定しリオを介して防衛省管轄の元でペイント社に委託したのだ。

 本来は正規軍に任せるべきなのだが、未だ全世界をカバーするだけの正規軍の人員を補えていない為、こうしてPMCの力を借りることも珍しくない。




「先の宇宙での戦闘が裏目に出たな。ニジェール落下に際してバビロンRの起動の為にエンジニアを派遣してしまった。最後の報告では既に稼働状態にある様だ」


「つまり、このまま制圧すれば向こうは反撃に使ってくる可能性がある」

 



 顔には出ていないがビリオの不安が更に募る。

 ADと言う強力な兵器が自分に向けられる。

 国家の代表としてあの戦争を知る者としてその脅威は肌身で感じており、今でも戦慄するほどだ。

 それに早く対処して何とかしたと言う焦燥感に駆られる。

 それを後押しするようにリオが提案を出す。




「そうなると敵に気付かれずに基地を制圧する必要がある。こちらは味方に成りすまし内部に潜入。基地を制圧させるべきだな」


「確かに友軍として中に入れば、防衛設備の相手をする事もなく最小の戦力で制圧が可能でしょう」




 ビリオは急く気持ちからそのように決断した。




「決まりだな。ボーダー君に任せる」


「承知した。直ぐに部隊を編成し事に当らせる」




 そして、議題はもう1つの重要案件に移行する。




「さて、もう1つの議案だが、異星人の侵攻に関してだ」




 ビリオは重く口を開く。

 色んな問題があるがこの議題は前代未聞の問題であり、今までの議題の中で一番慎重性求められる内容だった。




「ラグナロクとオリュンポスですな。アレは厄介だ。幹部と目されるオーディンすらあの力なのだ。前回の戦闘を見るに通常兵器では歯が立たないでしょう」




 ヒゥームが情報を整理して問題点を抽出しリオがそれに口添えする。




「それに関してはわたしもアリシア中佐の戦闘記録を見た。アリシア中佐は超人的な力を使ってオーディンを滅ぼしたが、死に際のオーディンが気になる発言をしていた。「神の子の力を宿す者よ。我が力を取り込み糧とするか。だが、貴様はその力で孤独になるだろう。愚かな泥人形が貴様の力を狙い紐解こうとするだろうが魂を観測できぬ者にはただの呪いでしかない。人間はその愚かさでお前を解剖し呪われ、お前を失い。オリュンポスとの戦いに負けるであろう」と言う発言があった」



 

 それにビリオがリオに疑問を投げ掛ける。





「神の子?アリシア中佐の事か?」


「発言の意図からしてそうでしょう。情報解析班の見解では「アリシア中佐の力を無暗に調べたり、研究すれば人類に破滅が訪れ、最悪中佐を失う」と言う意図と解釈している」


「まぁ、敵の言を信じるならそれは我々にとって大きな損失になりますね。いつ、敵が攻めて来るか分からない以上、対抗策を失うのは得策ではありません」




 リオもヒゥームも不用意な事をしたくないと言うのが本音だった。

 彼らとしてもアリシアを研究して安定的な力を確保したいと考えているのだろうが、こうして、下手な事をすると破滅すると言われればそう手出しができない。

 実はそれがアストの狙いで戦闘記録を捏造してオーディンが死に際に意味深な事を言っているように見せかけ、人類側を牽制する意図で勝手に捏造したモノだった。


 彼らはルーンの力を恐れている。

 そんな未知の力を見せられているからこそ、このように言っておけば未知の力を持つアリシアに丁重に扱うしかない。

 アストは人間の特性をよく知っている。

 その行動原理も含めてだ。


 例えば、核兵器は近代に近づくと連れて小型化した。

 昔は大型で強力な兵器を作っていたが、近代に近づくと連れて大型に作るのをやめたのだ。

 なぜか?

 大き過ぎると地球が持たないから使えない。

 だから、核兵器を使う為に小型化するのだ。

 非核化なんて建前だけの理念など誰も守ろうとする気は昔からないのだ。

 その理念を守っていたならWW3でもWW4でも核兵器なんて使っていない。

 人間は造ったモノを使いたい生き物なのだ。


 だから、その思考の裏を掻いたのだ。

 アリシアを人間によって手が施せない大型兵器と言う風に見せかければまず、アリシアを人体実験に使おうなどと考えない。

 それでオーディンのようなルーンによる世界規模の災害が起きたらたまらないからだ。

 アストの思惑に嵌ったとも露にも思わない3人は同じように考え、ビリオもまるで誘導されるように口を開く。




「アリシア中佐の存在は確かに人類の利益になるが、得体の知れない爆弾に無暗に触れるのは得策ではないな。敵の言葉ではないが魂を観測できないような我々ではあの力を解明できないだろう」


「では、アリシア中佐に関しては現状、今まで通りにすると?」


「それが望ましいとわたしは考える。だが、敵に対して何の対策も無いと言うのは問題だ。そこはアリシア中佐と協力するしかない。その辺はどうなっているリオ?」




 ビリオはリオの目線を向ける。

 リオは両腕を机に置き手の上に顎を乗せる。




「それに関しては本日中にアリシア中佐を踏まえた対策会議を検討されます。確認したところアリシア中佐にはあの敵に対する対抗策があるとの事でした。内容は会議で明かすとの事でしたが期待が持てる話です」


「どの道、その対策とやらにかけるしかありませんな。地球であの存在を熟知しているのは中佐だけでしょうから我々がこれ以上話してもどうしようもないか」




 ビリオの言葉にヒゥームも頷いた。

 この会議は一旦、これで終了を見せた。

 その時、リオの元に緊急の連絡が入り、リオは「ちょっと失礼」と断っておいてから電話に出る。

 電話の相手は側近の中尉だった。




「中尉か。どうした?」


「総司令。大変です。宇喜多が逃走しました」




 リオ ボーダーはその言葉に驚嘆した。

 常識的にあり得ない事態だからだ。




「宇喜多が逃走しただと!」


「はい。護送車に突然、エラーが起き宇喜多の電子手錠と扉が解放され、宇喜多はその隙に逃走。直後、護送車に乗り付ける様に紅い車が現れ宇喜多はそれに乗り逃走しました。現在、警察と協力して車の行方を追っています」


「分かった。何かあればまた知らせてくれ」




 リオは電話を切った。




「諸君。少し問題が起きた。宇喜多が脱走した」


「宇喜多?確か、先日の戦いで重罪を犯した戦犯だったね」




 ビリオがリオに確認する。





「そうです。それと同時に我々の知らぬところで放火システムを利用した男でもあります」


「もしかすると、宇喜多は何者かの支援で我々の情報を抜き取り、その何者かの支援で脱走した可能性がある。宇喜多を見つけ次第、泳がせてみた方が良いかも知れない。何か手掛かりがあるやも知れない」




 ヒゥームは情報的な観点から宇喜多を泳がせる事を提案する。




「確かに手掛かりはあの男だけだ。見つけ次第、すぐには逮捕せずに泳がせる様に徹底する」





 そう言ってリオは側近の中尉に再び連絡を入れた。

 リオが宇喜多の対応で電話をしている間、2人は事態の深刻さを語り合う。

 

 


「さて、不味い事に成りそうだ」


「確か、かなりの危険人物と聞いた。その様な男を野放しには出来んな。そもそも、何故その様な危険人物が今まで基地司令をやってきたのか疑問だ」




 ビリオの意見は尤もだ。

 宇喜多の様な男は軍の統率を乱すだけだ。

 しかも、無能とは言わないが有能とも言い難い。

 はっきり言えば、基地司令の器とは言えない。

 権力を私的に流用し数多くの汚職をしてきたのはこれまでの捜査で出た自明だ。

 寧ろ、基地司令としての能力査定に今まで引っかからず、これだけの汚職を公然としてこれた。

 彼の背後にいる謎の支援者のお陰なのか?それとも只の豪運持ちなのか?と言う考察を浮かべてしまうくらいには妙な不気味さが場に渦巻く。

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