宇宙神対策会議
宇宙神対策会議
ジュネーブの一室で各基地司令官とテレビ電話を繋いだ会議が行われようとしていた。
議題は宇宙から来た空想の神に対する対策だ。
それが由来して今後、オーディンの様な存在を“宇宙神”と言う呼称で呼ぶことになった。
世界各地の基地司令がこの電話会議に召集され、その中には天音もいた。
皆がアリシアが作成した資料に事前に目を通しながら意見交換を交わす。
天音も資料に目を通しながら情報を整理する。
初めてな割に中々の完成度だと感心する。
特に必要な情報を短くまとめている。
そこには重要な要点が纏められており、詳細な説明も書かれていた。
・宇宙神には既存通常兵器は効かない(仮称、量子同化現象と言うモノによるものである)
・宇宙神は神話に基づいた特性、武器、史実などを保有している。(オーディンがフェンリルに食べられた逸話など)
・オーディンなどが使用した力(仮称、魔術)は量子的な観測作用による派生技術と推測される。故に単なるオカルトではなくサイエンスに類する技術体系である。理論的に量子的な観測が可能なら技術再現可。
主な議題としてこの3つを話すのだろう。
中々、分かり易く魅力を感じる話だ。
こちらが置かれている問題を的確に答えた上で解決可能な糸口もちゃんと提示できている。
どこまで信憑性があるのかにもよるが、オーディンが使った魔術が再現可能と言うのは魅力的な話であり、今後の人類の方針を明確化する上で分かり易い指標だ。
初めてにしては悪くない纏め方だ。
あとは説明する本人が緊張しててんぱる事がないように祈るだけだが……。
すると、主役がテレビモニターに現れ、一同が静まり返る。
色んな意味で今、一番目立つのは彼女だ。
多分、下手な基地司令よりも影響力は上だろう。
彼女は望んでいないだろうが、次期基地司令になっても可笑しくないポテンシャルを持っている。
この会議場にいる何人かは彼女の技量を一目で見抜き下手に刺激しないように気を引き締める。
リオ ボーダーが会議を始めると宣言して皆が敬礼をしたのちに着席した。
「それではアリシア中佐。早速だが、対策について頼む」
「はい」
アリシアはその場で立ち上がり全員の目を一度一瞥する。
中々、どうして様になっている。
自分よりも階級が上に人間に一切臆しておらず、堂々としている初めてで主役とは緊張するモノだが、それすら伺わせない。
凛々しい眼差しで全員の目を見ている。
流石に数ある激戦で培った胆力が為せる業だろう。
今更、人間相手に臆する意味などないのかもしれない。
本当に若い時の天音が見たら嫉妬しそうだった。
「それではまず、結論から申し上げますがわたしが持っているこの黒い板があれば宇宙神に対抗が出来ます」
その言葉に会議場がどよめいた。
そこにあったのは稲妻のような刻印がされた何の変哲もない黒い板だった。
会議場にいるメンバーは薄々、気づいた。
アリシアが謎の力の使えると言うのはここにいるメンバーの周知だ。
それに関連したモノなのだと気づいた。
「この板の詳細を説明する為にもまず、お手元の資料の最初の見出しにある宇宙神に既存兵器が効かない理由を説明させて頂きます」
アリシアは周りの反応に臆する事無く、手元でタブレットを操作してデータを表示した。
「このデータはアクセル社が開発した試作機APでわたしの乗機であるネクシルの観測データを基に作成しました。乗機の副産的な機能ですが、この機体の量子観測器により今回の戦闘のデータを取らせて貰いました。あとで各研究機関の方で検証して頂ければと思いますが、結論から言えば、人類の兵器が通じないのは量子の働きによるものだと判明しました」
その言葉に騒めく。
軍人である彼らにいきなり、量子の話を持って来られても何が何だか分からないと言う顔だ。
だからこそ、研究機関で検証して欲しいと頼んだのだ。
これは予測通りだが、この説明は避けては通れない。
「まず、今回の量子には地球のユウキ ユズ ココ博士が発見したWN粒子が深く関係しています。WN粒子には2種類あり右スピンする回転と左スピンする回転の2種類に大別されます。その粒子は人間の体内や言葉から多く生成され、人類の大半が左スピンのWNを持っているようです」
かつて、暇つぶしに読んで学んでいた量子力学の知識がこんな形で役立つとは全く予測していなかった。
しかも、偶然なのか必然なのかアストによるとWNとは神力の事らしい。
もしかすると神様は自分にこの説明をさせる為にあの本を読ませたのではないかと運命論者的な事をふっと考えられさせた。
お陰でこうして上手い説明を作れたから良しとしよう。
「この量子は人間の精神に影響される側面が非常に強く言葉だけではなく人間の行う行動にすらこの粒子が通うのです」
”通う”と言う言い方をしたが、それは分かり易く言い方を変えただけだ。
正確には量子世界では左スピンを持った人間の全ての動きなどが量子化された状態で存在しているが適切だ。
この宇宙がパソコンのだとしたら左スピン型の人間の動きがLデータとしてパソコン内で動いているのと同じだ。
これは右スピンでも同様だ。
「そして、問題なのが恐らく、全ての宇宙神が人間と同じ左スピンのWNを保有していると言う事です」
アリシアは新たなデータを表示した。
そこにはWIMP(人間)とSIMP(宇宙神)と書かれた炎(左スピン)の絵と水(右スピン)の絵が現れた。
WIMPは弱い量子力、SIMPは強い量子力とお考え下さいと言う補足を入れて解説を始めた。
「人間同士の場合、量子ともそこまで強い量子力がないので弾丸を放てば肉体に損傷を与える事ができます」
アリシアは作成した動画の絵で人間が人間に発砲する絵を見せて説明する。
その人間の中央には炎と書かれ、発射された弾丸にも炎の表示があり、命中すると損傷と書かれた表示が現れる。
「しかし、これが宇宙神と人間になると話が違います」
新たな映像には宇宙神と人間が対峙し人間側が発砲するが直後、弾丸に表示された炎と言う表示が抜き取られ、宇宙神に吸収されてしまった。
軍人達は何が起きたのか分からず、ひそひそと相談する。
「今、起きた事を説明するなら宇宙神の強いSIMP粒子に弾丸の量子的なWIMP粒子情報が抜かれた事で攻撃と言う概念を失い、宇宙神に取り込まれたのです」
今の説明に流石に何人かがついていけなくなり、見かねた天音が手を上げた。
「つまり……敵の強い力でこちらの攻撃と言う力が全部抜き取られるからそもそも攻撃が成立しないって事?」
「そうなりますね」
その言葉に辺りが騒がしくなる。
そもそも、攻撃が通用しない敵と言われて落ち着いていられないのだろう。
確かにそれが如何に不安な事か理解できる。
斬って撃って倒せるならいくらでも対策しようがあるが、それが通じない敵となると不安に駆られるのは当然だ。
それを見かねたリオが「静粛に!」と一喝して辺りを沈めた。
これでは説明を最後まで聞けないと言う合理的な判断によるものだ。
「続けさせて貰います。このように敵との間の強いWNの差によって敵の保有する大量のSIMP粒子に人間のWIMP粒子が吸われ量子的な攻撃と言う概念が存在を保てず、吸収されることが通常兵器が効かないと言う説明に繋がります。この現象は同じスピンをもつWN間で発生し例えるなら強い炎に弱い炎を近づけると弱い炎が強い炎に勢いに飲まれ、同化してしまう現象に似ています。これを仮称的に量子同化現象とわたしは呼称しています。よって、攻撃を成立させるには宇宙神と迫るほどの左スピンのWNを保有するか、この例のように炎に水をぶつける、つまり、右スピンのWN保有者をぶつけるしかありません。ちなみにわたしの攻撃が通ったのは後者側の理由です。わたしは数少ない右スピン型のWNを持った人間なのです」
そこで天音が再び手を挙げた。
「理屈は分かったわ。その上で聴くけど、左スピン型が多いと言ったけどそれはある程度、調査した結果なのかしら?だとしたら、右スピン型の人間は一体どのくらいいるか分かる?」
「そうですね。左スピンのデータに関してはユウキ博士の論文を読んだデータを基に推測したモノですが、そのデータが正しいなら右スピン型のWNを保有者の数は人類全体で1%以下だと考えます」
その絶望的な数字に誰もが項垂れ「1%……」と呟く。
その事実が認められないのかある軍人が口を開く。
「そもそも、君は量子力学の博士号でも持っているのか?」
「いえ、持ってはいません」
「そんな小娘が語る推論に一体何の価値ある。大体、そんな量子力学ではなく単純に敵の装備が優秀だと言う方がまだ納得できる。君は小難しい事を言って自分の知識をひけらかしているだけではないのか?」
その声に賛同して他の基地司令も同調してアリシアを詰り、蔑み、貶す。
傍から見れば学校にも通った事のない無学な女が偉そうに物理学の教鞭紛いな事をしていれば、偉そうに見えるし現実逃避した者達からすれば彼女の無学は言い訳に否定する事ができる。
アリシアはこれと言った反論が出来ないまま黙って罵られる。
今の彼らに話しても無駄だと分かる上、自分が無学なのは知っているから反論出来ない。
だが、決して救いがない訳ではなかった。
机をドンと叩く音が鳴り響き辺りに静寂を齎す。
「アンタ達、なにざけた事言ってんの?」
天音だ。
彼女は手が赤くなるほど、強く机を叩き騒ぎ立てる者達を黙らせた。
冷たく凍りつくような声が彼らの肝を震え上がらせる。
「無学だろうがなんだろうがわたし達は彼女を専門家としてここに呼んだはずよ。それをなに?自分達に都合が悪いからって彼女の無学を言い訳にして現実逃避?馬鹿なの?アンタ達は都合の悪い現実が現れる度にそうやってすぐに他人の所為にするの?呆れる話ね。そんなんでよく基地司令が務まるわね」
軍の中でも毒舌とその辛辣で知られる言葉が彼らの心に突き刺さる。
反論、したいが反論できない。
彼女の言葉には自然と重みがあり、並大抵のことを言っても正論をぶつけられる。
しかも、ここにいる何人かは実戦経験をした事がない官僚エリートコースの司令官ばかりでどこか実戦経験のある天音と違って余計な感情が入り過ぎる帰来がある。
過酷な戦いに身を置かなかった怠慢さかも知れない。
それが悪いとは言わない。
各々に役割があり、一概に良い悪いはないが時と場合を分別せず、ただの現実逃避などしていいはずがないのだ。
そんなことを繰り返していれば、本当に基地が襲撃でもされた時に現実から逃げて多くの人間を殺す事になるのだから。
そこでリオも口を開いた。
「たしかにその通りだな。我々は彼女を専門家として招集し対策を乞うたのだ。なら、最後まで話を聴くのが道理だ。出なければ、対策の立てようがない。それとも君達はわたしやジュネーブの判断を信用できないと言うのか?」
その言葉に騒ぎ立てていた軍人達は口を閉ざした。
流石の彼らもここで総司令の反感を買うのは得策ではないと理解した。
騒いでいた軍人達は頭を下ろしバツが悪いのか頭を上げようとはしなかった。
「見苦しいところを見せたな。すまないアリシア中佐。良ければ続けてくれ」
リオは部下に代わって深々と頭を下げた。
アリシアも迫害され複雑な心境だったが、ここで責務を投げ出すわけにはいかないと思春期真っ盛りの年頃の少女の不器用な感情を何とか持ち前の理性で抑え込み再度説明を始めた。
「先に説明した通り、右スピン型の人間を探すのは非効率的です。仮に見つけたとしてもWNが本人の感情に左右されやすい関係上、右スピンが左スピンに傾く事も否定は出来ません。ですが、それでは安定した戦力を確保するのは不可能に近いです。そこでこの板です」
アリシアは右手に持った板を翳した。
「この板にはわたしなりに魔術で対宇宙神戦闘を想定した術式が入っています。世界各地の基地に各100枚ずつ用意しています。これを既存の武器に近づけると武器に吸収され、それで宇宙神に対する攻撃性を得るはずです。無論、その武器は今まで通りの使用も可能です」
この板はアリシアが持つ神刻術で作ったモノだ。
作る過程で何度も失敗しようやく完成させ、何とか量産に成功させた板だ。
ちなみにスペックはこんな感じだ。
付与板
神力保有 D
偽神特攻 大
無効貫通 中
浄化 中
これなら対偽神に対して破格の性能を得ながら人類に余計な力を与えず使用できる。
無論、付与板を研究サンプルにされる可能性はあるが、アストの私見では人類が魂を観測できるようにならないとメカニズムすら分からない代物であり、どんなに解析を頑張っても1000年以上の時間が必要らしい。
これでとりあえず、魔術系の技術を渡してもすぐに滅びる心配はない。
”無効貫通”がある以上、”下位攻撃無効”に対しても効果が期待できる。
それにシンプルな効果の方が量産が容易であり、扱い易い。
ただ、アリシアが作った物なので”偽神特攻”も右スピンのWN用のスキルになっている。
左スピンの人間にも微かに右スピンはあるが、それで戦闘で効果を発揮する為には大(1.5倍補正)しないとならない。
一応、善処できる限り左スピンでも使用できるように”浄化”と言うスキルで左スピンを右スピンに補正し、何とか戦闘に使えるレベルになったがあくまで下降補正を無理やり上方補正したに過ぎない。
オーディンクラスを負傷には追い込めるだろうが、致命傷を与えるかは微妙なところだ。
最悪、撃退できれば十分な性能な性能であると言う旨を彼らに伝えた。
彼らはさっきの事があり強くは何も言わなかったが、さりげなく更なる性能向上を打診して来た。
それは仕方がない。
いざという時に殺せませんでは話にならないのだから正当な要求だ。
一番確実なのは全員を右スピンにする事だ。
それは”過越”を受けさせれば可能だ。
アリシアはそうしようと思ったのだが、アストに強く反対された。
今はその時に相応しくない。
というのが理由らしい。
”過越”に関してはアリシアよりもアストの方が知っている。
ここは彼の判断に従う事にした。
その後、後学としてアリシアは彼らとの実戦の経験談を交えながら説明した。
宇宙神は何故か地球の北欧神話やギリシャ神話に準えた特性を持ち、何千年か前に地球に実際に活動、その時の記録が神話として地球で語られている可能性やアリシアが使えるようになった仮称魔術についての質問だ。
基礎技術は量子力学に観測と言う行為を加える事をベースにすれば、理論的に再現可能と説明した。
ただ、それも魂を観測するほどの精度がないと再現はできないと説明した。
無論、例外はある。
それはスキルだ。
アリシアは魂を直接見れない。
強いて言うなら神力が上がったせいか、感じられるレベルにはなった。
ただ、スキルとは神が許可しない者には基本与えられない特権とアストは言っていた。
アストの話では何処かのファンタジー世界のように魔法的な力が誰でも手軽に扱えたら今の人間社会が今、以上に混沌とするからだそうだ。
自らの罪を悔い改めず、頭を上げて高ぶる愚かな無力な人間にそんな力を与えたら、増長して破滅するに決まっていると言うのが理由と言っていた。
言いたい事は分かる。
それなりに人の世の在り方や戦いに触れてきてその事は痛いほど分かった。
仮に宇喜多のような人間が魔術なんて使った日には1つの街で1日に1000人くらい死ぬのが日常の世界になっていたかも知れない。
神様がいたらそんな人間にスキルを与えようとは考えない。
アリシアが神様ならスキルを与えるにしても厳しい審査と試験を設けて合格した上で渡す。
そう考えると自分は合格しているって事なのかもしれないと思いその事に感謝した。
その後、無事に会議は終わりアリシアは各基地に付与板を送った。
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